第6話 その3
沖田さんの歩みが早くなる。隣を並んで歩いていたのが、沖田さんが前で僕は後ろ、そんな構図に変化する。
前を歩いているその表情を伺うことはできない。もしかしたら、沖田さんは初めて僕に弱みを見せたのかもしれなかった。
見えない表情を読むことは叶わない。
「僕にも幼い頃には、ちゃんと夢があったんです。シュリーマンがトロイヤの戦争に夢を馳せたように、紡ぎ出される色鮮やかな物語に、僕もまた心を奪われました。彼ほど偉大になれる自信はないですけどね」
嘘偽りのない心をさらけ出す。その決心を終えるまで、長い時間をかけてしまった。
「僕はそれに触れるたびに、僕自身もこんな世界を生み出して見たいと考え続けていました。それはきっと、今でも忘れられない思い出だから……」
けれどもう流れてしまった時間を気にすることはない。二年間黙り続けていたのなら、今度は二年間語り続ければいい。そんな単純な計算で十分なのだ。
失った時間を取り戻すことはできないのに、過去を憂い続けたところでなんの意味があるのだろう。それに縛られ続けていた自分は、本当に愚かだったんだろうな。
「沖田さんが夢を語っていて、僕もまた夢の道を進みたい――いや、進まなければならないと確信したんです。もうわがままばかり言ってはいられない。だから――」
あとはもう、駆け足で未来を歩いて行こう。
「僕は、小説家になりたいです」
事故から回復して二年。秘めていた心を解き放つ。
「……そうですか」
沖田さんは依然として振り返ることなく、道を歩き続ける。
僕はゆっくりと、その後ろをついていく。
やがてその足取りは、花屋の前で動きを止める。どれくらい黙り続けて、どれくらい歩き続けたのかは定かじゃない。
「ここでしばらく待っていてもらえませんか」
やはり沖田さんはこちらに顔を向けない。声だけでは何を感じているのかはわからない。
「……どのくらい待てばいいんでしょうか」
「こればかりは私にも推測できません。けれど、必ず戻ってくることを約束します」
でも――そう言いかける口を無理矢理に噤んだ。
「本当ですか?」
「嘘はつきません」
「……わかりました」
そうして噛みしめるように返事をする。弱々しい返事だったことは間違いない。自分がどう話したのかさえ、はっきりと感じられない。
うつむいて深呼吸をする。沖田さんを直視できなかった。なぜなのかはわからない。
そして顔をあげる頃、沖田さんの姿はどこにもなかった。ほんの1分もしない間だったはずなのに。僕はただただ、必ず帰るという言葉を信じて、その場に立ち尽くした。





