第6話 その1
「ふぅ、ごちそうさまでした」
……まさかあの激辛坦々麺を、涼しげな顔で完食してしまう人がいるだなんて。今で夢にも思わなかった。
辛いを通り越して痛い、そんな記憶が脳裏から蘇ってくる。今にも口からよだれが溢れ出しそうなほどだ。正直あまり思い出したくはない。かなり辛い思い出だ。
それに炒飯と餃子も頼んで、合わせれば三人前くらいになるんじゃないだろうか。この店は全体的に量もかなり多めに設定されている。果たしてあの胃袋の許容量はどうなっているんだろう?
「確かに辛い坦々麺でした。けど辛さの中にも濃厚な旨味があって、非常に美味しかったです。良いお店を教えてもらいましたね」
どうして何事もなかったかのように振る舞えるのか、まるで理解できない。
ただでさえ僕から見た沖田さんは謎だらけなのに、それが味覚や内臓にまで広がってしまうなんて、考えるだけで気が引けてしまう。
やっぱり、よくわからない。
「人心地ついたことですし、そろそろ……用事でしたっけ。そちらの方に向かいますか?」
「そうですね、では参りましょう」
椅子から立ち上がり、傍に畳んでいた袴に袖を通す。その瞬間、沖田さんの纏う空気は一変した。
「……どうしました?行きますよ」
「え、あぁ。はい」
その姿に思わず目を奪われる。声をかけられるまで、その場に座り続けていたかもしれない。
呼びかけに応じるように、すぐさま席を立った。
ふと、沖田さんが腰元に携えている大小二本の刀に目を向ける。それらはずしりという重たさを帯びていて、今にも金属音が飛び出しそうな異様さを放っていた。この二日はそんなもの微塵も感じられなかったのに。
その中身はまだ目に収めてはいないが、なんとなくの確信は持てた。刀は模造刀などではない。間違いなく本物だ、と。
風俗だなんだと言っていた自分が恥ずかしい。すぐさま過去に戻って、思いっきり殴りつけてやりたいくらいだ。なんて間抜けた思考だったんだろう……。
そしてようやく、奇妙な違和感の正体を理解する。これは沖田さんから迸る、濃密な殺気によるものだ。先ほどまで何も感じなかったはずの袴や刀に、こうまで強烈な印象を感じさせるのは、そのせいなんだろう。
表情の豊かさは、裏表を切り替えていたことの表れなんだと思う。
普段は少女らしい、天真爛漫な表情だったのに対して、今はどうだろうか。死地に向かう戦場の兵士のような鋭さと、歴戦の猛者が安堵しているような緩やかな覚悟が同居していた。
真面目な場面ではそれ相応の態度をしていたのだろうが、どう見ても今の方が覚悟が決まっている。僕が見ていた沖田さんは、まだまだ表面上のものでしかなかった。その現実は僕の心の弱さと比較できない。
「さて栞、準備はできましたか?」
「……はい。お会計も済ませましたし、どこまでも歩いていけます」
「よいことです。今回は私の用事なのですが、そうですね……」
けれどそれでも、ようやく一つだけ確信が持てた。
「栞には、別の世界を見せてあげましょう」
沖田さんは、暗殺者だ。





