第5話 その6
「栞」
その言葉は今までのどの言葉よりも、鈍重なものとして僕に伝わってきた。
「自分の心に気がついた、そう言いましたね」
「……はい」
厨房の喧騒全てを消し去るかのように、声は透き通って流れていく。
まさに空気が違う。
「あなたに、夢はありますか?」
「夢……?」
「はい、夢です」
夢、夢か。
幼い頃はそれこそ、何にでもなれるなんて思っていた。
事故で精神障害を患ってからは、もはやそのようなことが望める体ではないと考えている。自由を手に入れるための、大きな壁として立ちはだかっている。
「今の僕には何もありません、何も――」
「それは違う」
怒気を孕んだ小声が、僕を突き刺す。
「あなたにも夢はあるはずでしょう。今はそれを無理やり納得して、「もう無理なことだ」と諦めようとしているに過ぎません。そのような状況を夢がないとは言えない」
全てが真実だ。
沖田さんは推測によって、完璧と言っていいほどの正解を叩き出している。
そしてこの真実は僕にとって、毒ではなかった。
「そうやって僕は、何かを信じてもいいんですか……?」
「何を言ってるんですか。人間は自由です。あなたにも進むべき道があり、掴むべき自由があります」
本当に、いいのだろうか。
生き残った罪悪感。
僕にとってそれがどのように存在していたのかを痛感させられている。僕は事故という大きな枷によって、精神だけでなく体までもを縛り付けられていた。
沖田さんの出現で、僕は今まで知らなかったことを次々と暴かれている。
なんて幸せなことなんだろう。
人間が悟れる瞬間なんてそうそうあるものではない。その多くは自らが考え、悩み抜いた末に見つけ出すものだ。それを僕は他人の手によって授けられている。
「ありがとうございます……」
感謝の言葉が出るのは当然だ。だけどそれ以上に伝えたいことが、頭の中から幾重にも流れてくる。整理している余裕なんてないけれど……。それでもなお、込み上がってくる思いは止められない。
「今、一つだけ伝えたいことがあります。いいですか」
「えぇ、存分に語ってください」
きっと僕は笑っている。
沖田さんはどんな思いでこの気持ちを受け止めてくれるだろうか。それが楽しみで楽しみで仕方がない。
もちろんこの宣言は僕のためのものだ。だからこそ今、語る。
「ようやく、僕の進むべき道が見えました」
そう語る。
「……それだけです?」
「えっ」
結構悩み抜いた結果の言葉なんだけど、足りなかったのか?
「すみません、なんていうか……この言葉を真っ先に伝えたかったので」
「そういうことですか。いいじゃないですか。栞」
「……はい」
なんだか拍子抜けしてしまう。僕にとっては一世一代でも、沖田さんにとっては、はしたの願望にしか聞こえないのだと考えると、言葉の不思議な魔力を感じられる。





