第5話 その1
「いらっしゃーい!」
店に入ると同時に、店長さんの威勢の良い挨拶が厨房の奥からこだまする。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
アルバイトだろうか、最後に来た時には見なかった顔だ。
「2人でお願いします」
「2名様ですね。カウンター席かテーブル席、お好きな方をどうぞ」
お昼前ということで店内は比較的空いていて、どちらも余裕がある状態だ。適当にテーブル席を選んで座り、沖田さんはその対面に座る形になった。
「良いお店ですね。中華料理店でしたっけ?」
「よくある『街の中華屋さん』ってやつですね。メニューも豊富ですよ」
やはりあの頃と比べても、良い意味で空気や雰囲気は変わっていない。メニューのページが一枚増えたようだが、値段設定は財布に優しいままなのもありがたいことだ。
「先に注文を決めてしまいましょう。食べながら話す方が気持ち的に楽じゃありませんか?」
「そうですね、ありがとうございます」
正直なところ、面と向かって話し合うには勇気が足りないように思える。
でもそんな有様だからこそ、僕はこうして沖田さんと同席しているんだ。あのとき解放されるような調子でなければ、そのままいつも通りの日常へと進んでいただけだ。
それは深淵を覗く行動にも似ている。身をかがめ目を細め、慎重に暗闇の底を覗くのは、はたから見れば深淵に身を沈めようとしているように見えるだろう。
もっとも、深淵の底を見通すことができるのかはわからない。深淵がこちらを覗き込んでいるかも定かではない。
ニーチェの真意を解釈するよりも、言葉だけを額面通り受け取って都合よく使ってしまう方が楽で仕方ない。
「注文はどうしましょうか、おすすめはありますか?」
「確か、坦々麺が激辛だった気がします。それ以外は特に外れというものはなかったかと」
「ならどうしましょうかね、悩んでしまいます」
「本当に激辛ですから、やめておいた方がいいですよ」
「そういわれると挑戦して見たくなるのが、人間の性ってものじゃないですか?」
どこか、楽しげに見えた。僕とは違う。





