第2話 その3
「どうやら決心がつきました?」
タイミングを見計らうように、沖田さんは優しげに呼びかけてくれた。
「……まぁ、そんなところです」
それから深呼吸を繰り返す。
そうだ、自分の心を安定させることに集中しろ。痛みから逃げなくてもいい。暗示を何度も、何度も口に出すことなく唱える。
ゆっくりと、右目を覆い隠す眼帯に手をかけた。その瞬間心臓の鼓動が速く、強くなるのがはっきりと感じる。
落ち着け。取り乱すのは少し早い。そうだ、もう大丈夫だから。
「じゃあ、見せます」
沖田さんはその言葉に小さく笑って返した。
恐る恐る眼帯を取り外し、その先の瞼をゆっくりと開く。
この目は見るための機能はほとんど失われているが、それでもなお鈍い碧色の輝きが放たれていることだけは、今でも容易に想像できる。
僕はいつになっても、いつまで経ってもそれを受け入れられなかったから。だからこそ、誰よりもそれを深く理解している……はずだ。
息が荒れていくのがわかる。最初から克服できた、なんて甘いことは考えちゃいない。このくらいは想定の範囲内だ。
「昔、交通事故にあって……それで、こんな色になりました」
事実だけを羅列し、心の内の感情を説明しないようにする。そうやって目を背けるしかなかった。
多分だけど、真面目に向き合ってしまったら、この場で卒倒してしまうから。
「どう、でしょうか……」
自分でも、何についてどう質問しているのか、よくわからないまま沖田さんに投げかける。
頭の中はあくまで冷静に。けれど心がそれについていけないせいで、大きく矛盾した思考が頭の中を駆け巡る。こうなってしまえばもう手の施しようはない。
あとは気力と、時間と、沖田さんの返答如何で解決する他はない。
「そうですね。綺麗な、深い緑色じゃないですか。恥じる必要なんてありませんよ。栞が苦労したということは読み取れました」
「……ありがとう、ございます」
――嬉しかった。
僕の碧眼は、外国人のような鮮やかなエメラルド色とは微妙に違う。緑色に少し黒を混ぜたような、暗く鈍い碧眼だった。変色するときに元の瞳の色が作用したんだろう。
この瞳が他人の目にどれほど気持ち悪く映ったのか。残念ながらそれは想像ではなく、口々に吐き出される現実として受け取ることになった。
ただ褒められた。それが無量の喜びとして、波のように脳に押し寄せる感覚が僕を満たした。
何も言わず、再び眼帯を装着する。
これ以上はさすがに耐えられない。沖田さんが褒めてくれたといえ、そうずっと見せ続けることにはまだ慣れていないから。
「その瞳が、嫌いなんですね」
「……その通りです。僕自身も負い目っていうんでしょうか。……今でも吐き気を催すほど、大っ嫌いです」
「カラーコンタクトみたいに、同じ瞳の色に見せることもできたんじゃないですか?」
「それは考えました。でも……ダメだったんですよね」
見た目だけでも健常者のように振る舞えたとして、それでも『瞳を衆目に晒す』という行為そのものが僕には耐えられなかった。
上っ面だけ変えたとしても到底変わらない。なぜなら一番この碧眼を忌避しているのは、僕自身にほかならないのだから。
とても一歩を踏み出す勇気はなかった。
その日、沖田さんからそれ以上瞳について質問されることはなかった。





