第2話 その2
なにか話を変えよう。
「そういえば沖田さんって、お仕事はどうされたんですか?今日はお休みみたいでしたけど」
「自営業……とでも言いましょうか。これについては秘密ってことで」
「人斬り、とかですか?」
「まっさか〜。それで生きていけるほど、この時代は甘くないですよ。辛くもないですけど」
なんだか白々しい。けれど本人がそう言うのなら、これ以上追求してもはっきりと答えてはくれないだろう。もともと空気と心を入れ替えるための質問だ。深入りできなくても構わない。
「じゃあ、今度は私から質問いいですか?」
「はい、なんでしょう」
「その右目の眼帯について、教えてくれませんか」
……遂にこの質問が来てしまった。
まぁ仕方ない。普通の人が僕を見た時に一番最初に気になるのは眼帯だ。病院以外で見ることは珍しい代物だし、仕方ない、仕方ないことだろう。
むしろ昨日聞かれなかったことに、多少の配慮を感じるくらいだ。痛みがぶり返すのは、精神的に不安定になっている時に他ならない。事故のことを無理に思い出せば、3度目の痛みが襲っていた可能性は十分にありえる。
「何かあるのなら、無理に話す必要はないですからね」
「社交辞令なんていりません」
心が震える。やはり他人に瞳を見せることは恐ろしい。そうやってこびりついた固定観念が、いつまでたっても引きはがせないのだ。
多くの人々に拒絶されてきた。それほどこの碧は気味悪く、吐き気を催すような異物でしかない。
僕だってそうだ。この瞳と向き合うことなんてできっこない。ただこんなものがここにあるという、その事実こそが耐えられないのだ。
「待ってください、少し……少し時間を下さい」
それほど気味が悪いなら、眼球を抜き取ってしまえばいい。そう考えた時期もあった。しかしその領域に踏み入ったが最後、僕はきっと誰かから「あの子は頭がおかしい」と後ろ指を指されることになる。
そう理解した瞬間、うっすらと残っていた勇気のかけらさえもどこかへ落としていった。
後に残ったものは、粗末なプライドだけだった。
いけない、心を落ち着かせなければ。
「……コーヒーを淹れるんですが、沖田さんは何か飲みますか?」
「ではわたしもそれで」
お湯を沸かし、インスタントコーヒーをカップに入れる。僕の飲む方にはあらかじめはちみつをいくらか入れておく。そうやって中にお湯を注いでしまう。
たった数分の簡素な作業だが、それでも気が紛れるのだ。飲めばさらに心が安らぐ。半分以上はプラシーボ効果から来ているだろうけど。
「沖田さんは、何か入れますか?」
「そのままで結構です」
明治か大正あたりにカフェがオープンしているのは辛うじて知っているが、江戸時代にコーヒーはあったんだろうか。いや、あったとしても沖田さんが飲む機会は流石に無いな。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
そう言って受け取ると、なんともない顔でコーヒーを飲み始めた。
僕は正直そのまま飲むのは苦手だ。苦いだけに。だからハチミツを投入することでいくらか苦味を緩和して飲んでいる。味よりはこの芳しい匂いが好きで飲んでいるから。
――暖かい。
冷たくなりかけた心に、その心地よい感覚がじんわりと広がっていく。緊張の糸が少しずつほぐれていくのがわかる。
本当に、不思議なものだ。
――もう大丈夫だろう。大きな深呼吸を交えてから、心の中でそう呟く。
恐れも悩みもきちんと抱いている。それさえしっかりと再確認したなら、これ以上の躊躇いは必要ない。
そうやって無理やり自分の中で完結させる頃、沖田さんはコーヒーを飲み終えて僕の顔を見つめていた。僕のコーヒーの湯気ももうほとんど残っていない。
時間が経つのはいつだってあっという間だ。





