二話 神
「まずは私の名前ですけど」
「ためい……」
「違います! ファ・ル・ナ! ファルナです! どこからため息女が出てくるのですか……」
え、もしかしてため息が多いの自覚してないの。
普段どれだけため息ついてるの、この人。
「分かった。ため息女改め、ファルナ」
ため息女がファルナって名前か……いい名前だな。
調子に乗りそうだから本人には言わないけど。
「はぁ……って、いけない。もうっ! あなたって人は何でそうなんですか!」
もう完全に頬を膨らませていてご立腹の様子。
いやぁ、何かファルナって面白いんだよなあ。
「悪かった、悪かった。時間がないんだろ?」
「ふぅ……、そうです。私はあなたが向かう世界、ノアレームの神にあたります」
「は? 神? お……」
すっと目線が鋭くなるファルナ。角でも生やしそうな感じの表情に思わず吹き出しそうになった。きっと吹き出したら最後、何を言われるか分かったもんじゃない。我慢だ、我慢。
しかし、本当に神様ねぇ。ファルナが神……女神か。う~ん、外見は確かに女神と言っても差し支えないのだが中身がちょっと……なぁ?
それにしてもノアレーム? 何の世界だよ。これって異世界ってことなのか。
それに時間が無いって言ってたじゃないか、こんなことで時間を食っている場合じゃないけど反応がいいんだよなぁ。
「ゴホン! で、そのファルナが神ってのは分かった。ノアレームって何?」
「一応、私は神なのですけれど、あなたは少し敬う気持ちが……ある訳ないですよね」
「あるって! あります、あります! ファルナ様! こんな美人な神様なんて見たことない! さすがは女神!」
とにかく盛り上げてその気にさせてみようと勢いつけてみたけど、当の本人様はじとーーーっとした目で、俺を見ています。こいつ、ダメだなって目してるぞ。
「はぁ……、もうファルナでいいです。それで、ノアレームというのは、これからあなたが向かう世界です。おそらく、あなたのいる世界とは大きく違うものがあります」
「違うものって、まさか魔法が使えるとかそんなやつ?」
「その通りです。あなたはカンがいいですね。魔法は魔力さえあれば使うことができますよ」
俺は騙されないぞ? 魔法は冗談ですよってパターンだろう。
それが本当なら、完全にゲームみたいじゃんか。
「何ですか? その自分は騙されないぞって顔をして。はぁ……、まったく……。ほら、私の手のひらを見てください。これでどうですか」
真っ白な掌に少し見とれつつも、変化は現れた。
柔らかい光に包まれた白い火の玉が少しずつ大きくなってボーリングサイズの大きさになった。
火の玉というよりもこれは炎だな。
真っ白な炎なんて見た事はなかったけど、普通に燃えている炎だ。
大きくなるにつれて、外側だけが本当にうっすらと青白くて中央が白い炎になっていた。
よく見ろとばかりに手を俺のほうに伸ばしてきて、仕掛けも何もないよと証明するように見せてきた。
「これは……本当に魔法なのか! 炎なのか? 色は白いけど凄いな!」
実際に目の当たりにすると、手品とかそんなレベルじゃない。
ファルナの掌の少し上から白い炎が噴出しているように見えていて熱を感じた。
明かるい光の照り返しも感じるし、理屈は分からないけど、これが魔法というものなのだろう。
それにこれだけの大きさを保っているのに怖いって感じない。白い炎がとても安定しているからだろうか、不思議と人を包み込むような温かみを受ける。
俺はファルナのやったように何か念じるような感じで、炎よ出ろ! ファイア! とか思いつく限り色々やってみたものの、やはりというか残念ながら何も出てこなかった。
まあ、そんな簡単に魔法が使えたら誰も苦労しないか。
「ふふふっ、この炎をマネしても無理ですよ」
「無理って、やっぱり平民じゃ魔法は無理ってことなのか?」
「平民って……、あれはただの判定方法と言ったはずですよ。魔法とは何も関係ありません」
「それじゃ、誰でも使えるってことか?」
ファルナは先生のように人差し指を立てて、出来の悪い生徒に教えるように話す。
「この魔法は簡単に出したように見えたかもしれませんが、最上級の魔法です。もちろん、使う人のレベルにあわせて初級・中級・上級と種類があります。誰でも魔法を使える訳ではないですけど、適性があれば使えます。魔法の力は強力ですけど扱いは難しいので、極めようとすれば途方もない努力が必要ですけどね」
「適性がないと初級の魔法も使えないってことか」
「センスのある人なら教わらなくても使える人もいるかもしれません。ただ、あなたに関しては、今の状態だと転生していない魂ですから。覚えるとか努力とか以前の問題です。あなたの魂がノアレームに引き継ぎが完了すれば問題ありません。魔力をあなた自身が感じることができれば、魔法が使えるはずです」
少し苦しいのかさっきよりも汗と、ノイズが今度は顔だけじゃなくファルナの全身にうっすらと走る。
―――ジジジッ―――ジジ―――ジ―――
「その為にも、早く名前を決めてください。あなたがこれから旅立つ世界に降り立つための、あなたの自身の名前を」
さっきよりファルナの状態が悪いんだろうな、全身にまでノイズが走ってる。このままだと良くないことが起こりそうな気がするから早く名前を決めないと……。
俺の名前か……田山朗太って、逆さに読んだら山田太郎じゃん、だっせーって小さい頃は散々いじられて嫌だったけど、別にどうでもよくなった。
何故かって? ……えーと、そう幼馴染がいたんだ。みんなに太郎、太郎って言われて名前をからかわれていたけど、あいつは違った。嫌な顔をした俺を見て、こう言ってくれた。
「だったロッタン? 何か違うなぁ。う~ん、そうだ! ロウちゃんならどう? それならカッコイイもんね!」って、言ってくれたんだ。
そう言ってくれたから、別に太郎って呼ばれてもいいかなって思うようになった。朗太だからロウって、安易かもしれないけど当時はそれだけで、自分の名前が少し気に入るようになったんだ。単純にちょっと格好いいって思ったからな。
名前か……。
今と同じ名前がいいけど、別の世界で朗太って普通に考えて少し変わった名前だよな。だったら―――
「うん。じゃあさ、俺の名前はロウがいいな! ロウにしてくれないか」
こだわりや誇りがあった訳じゃない。しがみつく理由もないけど、名前には思い出が詰まっていた。小さい頃に遊んだ幼馴染や友達、家族―――
だから俺は、一部でも自分の名前を入れたいと思った。
不意に、俺が死んだ光景がフラッシュバックして脳裏に浮かんでは消えていく。
俺は―――死んだのか。
……十年ぶりくらいにあいつに会って、信号を渡った瞬間にトラックにはねられた。あいつは泣いていたな。
俺は痛みはあったけどすぐに意識がなくなって、気が付いたらここにいたんだ。
「聞いてくれ! 思い出し……」
ファルナは軽く首を振って、俺の言葉を止めた。
口から声が出てこなかった。
空気が重くなったような感じが、怒ったようなファルナの雰囲気に当てられてそれ以上何も言えなくなった。
声に出してしまえば、それは酷くファルナを傷つけてしまうような気がした。
「……ロウ……いい名前ですね。思い出したようですけど、あなた死にました。それでも帰りたい気持ちはありますか?」
「帰るって言ってもさ、もう死んでるし。未練は無いかと言われたら……あるよ。でも、戻ったところで俺は死んだからさ。死んだらさすがに試合終了だ」
それに死んだ人間は生き返らないって、分かっている。そんなに簡単に生き返ることができたら、世の中大変なことになってしまうからな。自分だけが特別だ、なんて微塵も思うことができない。
「あなたは、いいのですかそれで……」
今度は俺がファルナの言葉を手で制した。言いたいことは分かる。もしそんな戻れる方法があるなら、今のファルナの表情はおかしい。明らかに何かに怒っているような、悲しんでいるような顔をしている。
「そんな顔するなよ。ファルナが何で怒っているのか知らないけど、俺はロウって名前で新しい世界で生きるさ」
「……あなたは真面目なのか不真面目なのか分かりませんね。ふふっ、いいでしょう……ロウ、私はあなたの魂をレアノームへと繋ぎます」
「魂を繋ぐってどうするんだ?」
「あなたは何もしなくて平気ですよ。私が召喚に失敗したばかりに余計な手間をとらせましたね」
「余計な手間でもないさ。死んだ後、どうなるか分からない俺を拾ってくれたんだし。新しい世界に送ってくれるんだ」
「それでも私は責任を感じています」
「正直に言うと最初はムカついたよ。けどさ、死んだのは確かだし魔法なんてある世界に送ってくれるんだから、文句はないよ。責任も感じる必要ない」
「分かりました。それならば……あなたはレアノームで何を望みますか」
「決まってるだろ。普通に生きて、今度は寿命で死ぬように生きたいと思ってる」
「はぁ……。あなたはまったく……勇者になりたいとか王になりたいとか無いのですか」
「またため息ついて、調子がでてきたじゃないか」
「ロウ! あなたがそうさせたのでしょう!」
さっきの怒りとは全く別の種類の怒りが、何だか穏やかに感じる。
やっぱりファルナはこうじゃないとな! 召喚に失敗したって最初に言っていたのは本当だろうから、勇者が必要なんだろうな。
「ゴメンゴメン! あのさ、ファルナはどうして勇者が必要なんだ?」
「……そう、ですね……」
何やらファルナは考え込んでいる。何か言いにくい理由でもあるのだろうか。
俺に話したところでどうなる訳でもないけど、気になるんだよな。
「私は……」
言いかけて何かに気づいたようにファルナが頷いた。それと同時に、俺の中に血とは別の何かが流れるよな感覚。うっすらとしすぎていて、普段なら気にも留めないくらいの微かな何かが自分の中に流れているのが分かる。
「……ロウ、あなたの魂はレアノームにつながりました」
「つながったって、何かよく分からないのを感じるんだけど」
「ええ!? おかしいですね、そんなにすぐに魔力を感じる人はいままで……」
ファルナは驚いているようだけど、俺はこれなら魔法も使えるんじゃないかと試しにさっき失敗した事をなぞるように集中する。
何だろう、よくわからないけど今ならさっき見たような魔法が使えるような気がする。ファルナの言う魔力ってやつが全身に感じるんだよな。
―――そう。どうせならファルナを驚かせたい。ファルナはボーリングのボールよりも少し大きめの炎だった。手のひらに浮かんでいた炎は何かが勢いよく燃えているようだった。
―――目を閉じて、強く想う。ファルナの作りだした炎を脳裏に描く。その白い炎は熱いけど、その光はとても暖かみのある光で溢れていた。
―――集中する。大きな炎を……暗闇を照らす温かな熱い炎の塊を……。
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伝言を開示します。
「くっくっく! 滑稽よ、滑稽! 使えるワケがないだろう!」
「はーっはっは! 腹が痛い! 愚かにもほどがあるわ!」
「笑ったから、貸してやる」
神からの加護を受けました。
ロウは「原初の炎」を受け取った。
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「はい? 何このメッセージ。誰だよ、この笑ってるやつ!」
何だこのメッセージ、いきなり目の前に出てきた。
どういう仕組みなんだろう、これ。
おまけに誰なのかも分からないし。それに何で笑ってるの。
と考えていたら、ピリッとした微かな痛みを感じた。
俺の手のひらに小さな炎が浮かびあがってきた。
「お、おおお……! 出来た! 小さいけど出来た!」
さっきは失敗したのに今回はあっさりと成功してしまった。
やってることは同じなのに何が違ったんだろう。
あのメッセージか、貸してやるって「原初の炎」ってやつを借りてるのか。
少し白っぽいオレンジ色の小さな炎が俺の手のひらで発生している。ファルナも信じられないとばかりに大きく目を見開いて、俺の火の魔法を見ていた。
「ロウ、あなた詠唱も無しにどうしたのですか! 私と同じ……いえ、全然違います……その炎は……」
「はい? ファルナも詠唱なかったよな? 小さいけど全然違うってそこまで言う
かね?」
「それは神の炎……原初の炎です。手違いで使えるとか、たとえ間違いがあってもロウが使えるような魔法ではありません。何故使えるのですか? まさか、神とお会いしたとでも言うのですか?」
興奮気味にファルナが矢継に聞いてくる。
これってそんなに、大層なモノなのか。こんな普通のボールサイズの炎だぞ。
「何か分からないけど、メッセージみたいのが出てきて、笑ったから貸してやるって。そしたら使えてた。ファルナが言ってる神とは会った事なんてないぞ」
「嘘でしょ? そんなメッセージ、私には……そう、ロウ自身に直接なのね。それにしてもどこでそんな……」
―――ジジジジジジジジジ―――バリン!
突然ファルナの周囲が黒に染まり、四方八方から取り囲むように鎖が現れた。
胴を鎖が捕らえたあと、両手首と両足首を捕縛する。
身動きがとれないファルナを嘲笑うような声が聞こえてくる。
「どこに消えたかと思えば、このような空間で何をしていたのですかな?」
響くような声がどこからか聞こえてきた。
変化があった箇所はファルナ周辺の闇。
つまりあの奥に原因の声の主がいるってことか。
「おい、誰だよ! ファルナを離せ!」
「ロウ、やめなさい。あなたは黙っていてください」
「おやおや? この声はまた召喚でもされたのですかなぁ」
「私は戻りますから、この鎖を解いてください」
「解いておきたいところなのですがね……そこにいる魂が勇者であった場合、この私の身が危ないじゃないですかな。またどんな言霊を使って操ろうとしているのやら」
「おい、そこのハゲ! 俺は別に操られてなんていないし、ちゃんと謝罪は受けたからな!」
「ほう、この私がハゲだとどこで知った? また余計な事を話したのですかな?」
ハゲは冗談で言ったつもりだったんだが当たってたのか。
それに気にしてるのか、ファルナに聞き返している。
「私は何も話していません! ロウ、彼は五百年も生きているのですよ、仕方ありません」
だめだ、普通に答えてるよこの女神。
「ぐっ!! ファルナ、貴様もか!」
「まったく、ロウ! 話がややこしくなります。いい加減にやめなさい!」
俺のせいにしているこの女神、完全に天然です。
普通にハゲを煽っていて、それで俺に怒るとかどういう事なんだ。
理不尽すぎるだろ。
「いいや、黙らないね! まず、声が気に入らない。それに、いきなりファルナを
鎖で拘束するのも気に入らない。それと、ハゲにお前みたいな悪党気質なやつがい
ると、正しく生きているハゲ達にまで悪いイメージになる!」
「おのれぇ、貴様! 五百年生きていてここまで侮辱されたのは初めてだ! 消し去る前に名を聞いておこうか!」
「俺の名はロウ! 悪党ハゲの名も聞いておいてやるよ!」
「ぐぬぬぬぅ! 我が名はランドヒュール! いずれ異世界を繋ぐ王となる大魔法使いだ!」
「はっ! ランドヒュールだって? 悪党ハゲに改名しとけ!」
「言わせておけば……、ロウと言ったな。貴様の肉体を、未来永劫永遠の業火に焼き続けてやるわ!!」
「いや、悪い。俺、まだ肉体ないらしいんだ」
「ぐっ、何だと!? まだ転生すら行われていないのか! どこまでもふざけおって!」
ファルナを捕らえている闇の空間かが、波打つような歪みが大きくなってきている。その魔力の揺れで、俺自身も少し押されてよろける。
怒りの感情も一緒に届いてきて、嫌な感じだ。
「ならば魂ごと、魔力の檻に閉じ込め、永劫にその魔力を吸い尽くすのみ! 我が名を持って召喚されし魂を封じる檻となれ! サウザンド・バインド!」
「いけません! ロウ! 逃げなさい!」
ランドヒュールのいるであろう闇の空間から、幾つもの檻の形をしたモノが飛んでくる。真ん中から口でも開いたかのように、ガチガチと音を立てながら迫ってきている。
こんな数を出されたら、もう回避すらできない。
ならば、この手にした「原初の炎」を……。
「これでも食らって、反省するんだな! 行け! 『原初の炎』!」
手の中の「原初の炎」をファルナの背後の闇に、思いっきり投げつけた。
真っ直ぐに投げられた炎は、少しずつ大きくなって檻の形をしたモノに触れた。
その瞬間に、檻は粉々になってかき消されていった。
一つの檻に当たっただけなのに、全ての檻が消えていった。
「原初の炎」は止まらずに、ファルナに絡みついていた鎖を焼き尽くすと、そのままランドヒュールがいるであろう闇の空間へと消えていた。
ボンと音が鳴ると闇の空間が消えて、そこから絶叫が響き渡った。
「ぐあああああ! な、何だこの炎は! 馬鹿な、消えぬ! そんな事があり得るのか! おのれ、ロウ!! 貴様だけは許さぬぞおお!!」
叫び声だけが、この白い空間にこだましている。
転がるような音と呻き声だけが暫く聞こえた後、パキンと音が聞こえた。
「原初の炎」があのランドヒュールを焼き尽くしたかは知らないけど、少なくとも無事で済まないだろう。
「ファルナ! 大丈夫か!」
「はぁ……。まったく! ロウ! どうするのですか!」
「あ……俺、やっちゃいましたって……感じかな?」
「やっちゃいました、じゃありません! もう完全にやっちゃいすぎました!」
ものすごい剣幕で怒っているけど、本気で怒っているわけではなさそうだ。
またファルナがため息をついてる。深い深いため息だ。
「はぁぁぁぁ……………………っ。あなたは平凡に暮らしたいって言ってました
よね? 私の聞き違いですか?」
「でもさ、あいつに捕まらなくて良かっただろ?」
「それは、……ありがとうございます。まさか助けられるとは思いませんでした」
ご丁寧に頭を下げるファルナ。
長い髪が綺麗に肩から落ちてきて、それだけで切り取られたような絵みたいに見えてしまう。
「でも! ソレとコレとは違います!」
「それはファルナが召喚した理由教えてくれなかったから気になってさ。あのランドヒュールとか言う悪党ハゲに捕まってるって知らなかった。あいつを止めるのに勇者を召喚したってことなんだよな?」
「はぁ……。分かりました。お話しますけど、覚えておいてください」
「何を覚えておけばいいのかな?」
「ロウは完全にランドヒュールに目を付けられました。分かりますか、あなたにこの意味が」
「降りかかる火の粉は振り払えばいい」
「そういう事ではありません! 平凡に暮らせないと思ってください」
真剣な表情をしたファルナは、有無を言わさぬくらいの迫力をもって言ってくる。それだけ悪党ハゲがとんでもないやつだってのが聞く前から伝わってくる。
異世界を繋ぐって、そんなことが可能なのか。
悪党ハゲはそれをやろうとしていたのは分かる。
そのキーになっているのがファルナってことも。
でも、何で捕まっていたかってことになるよな。
「それはもう仕方がない。こそこそ隠れながら暮らすよ」
「それは無理です。あのランドヒュールは一つの国を預かる王です。あなたは肉体がないため、何の特徴もありません。外見で捕まることは無いでしょう。ですが、ロウの名は知られてしまいました」
「ロウって名前くらい、ノアレームにいるんじゃないの?」
「そうです。だから、ロウの名を持つ者全てを捕らえようとするでしょう」
「そ、そんな名前だけで捕らえても、何も分からないしそんな事しないでしょ」
「そうですね。すぐには行動は起こさないでしょう。ランドヒュールはそれ以上にやることがあるのです。それは大量の魔力を集めること」
「魔力なんて集めてどうするんだよ。そんなの限界があるだろう」
「ランドヒュールは、ありとあらゆるものから魔力を採取する方法を常に研究しています。最近は、また効率よく魔力を集める方法を見つけたと言ってました。何度その言葉を聞いたか分かりませんが、魔力を集めることに関して嘘をつく人ではありません。また、とんでもない事をしていると思います」
「それでファルナが捕まってたのも、魔力を奪うためってことでいいのか」
「それは……。少し違います。私は自ら協力したのです。それは、この世界をより良い環境にするために」
「ノアレームって何か問題あるってこと?」
―――ピシッ、ピシピシッ―――バリン!
その時、ファルナのいるこの白い世界が音を立てて崩れてきた。
鏡の破片が落ちてくるように、白い破片がこの空間全てから崩れている。
「もう……時間がないようですね」
「まだ聞いてない事が!」
静かに首を振ると、仕方のない子のように頭を撫でてきた。
「ロウ、私は決めました。もう説得は叶わないことが分かりました。だから、私は逃げて……体制を整えて、ランドヒュールを止める事にしました」
「だったら、俺も協力するよ!」
「いいえ、あなたはノアレームで平凡に暮らしてください」
「協力するって!」
「はぁ……。分かりました。ここで問答しても仕方ありません。では、こうしましょう。もう一度、再開できたら……その時はロウ、あなたも手伝ってください」
「分かった、絶対に見つけてみせるよ!」
びしっと目の前が割れて、ファルナとの距離が開いた。
崩れてる壁は半分以上なくなり、何もない空間しかなかった。
「一つ、謝らないといけません。完全な転生は無理そうです」
「え? 完全じゃないとどうなるの?」
「分かりません……、せめて安全な場所に。生きて行けるくらいの年齢に」
ファルナの手から光が飛んできた。ゆっくりと俺のほうへと。
手を伸ばして光を掴むと、目が眩むほどの光量が大きく広がって俺を包み込んでいく。
「絶対、見つけるよ!」
ファルナが頷くと、全てが勢いよく盛大に崩れていった。
手を振ると、霞むように消えて見えなくなった。
ファルナと出会った空間が崩れていく。
こんな場所でも、消えてしまうと少し寂しく感じるなと思いながら、優しい光に包まれながら意識がなくなった。
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耳元が騒がしい。風を切るような音がうるさい。
もう少し寝かせてくれ。もう少しだけ寝ていたい。
耳元に直接あたる風と音が、あまりに煩いので強制的に目が覚めた。
俺は空から落下しているようだった。
いい最終回だった。