90 仲間
イングリット達がジャハーム獣王都に帰還して今日で4日目。
獣王都のオアシス広場にあるジャハームで1番大きい工房内には『カンカン』と金属を叩く甲高い音が木霊する。
黙ったまま真剣な眼差しで槌を振り下ろすのはゴツイ職人の男性……ではなく、可憐な少女。
少女の正体は王種族であるドワーフ族のメイメイだ。彼女は今回の冒険で破損したイングリットの鎧を直している最中であった。
直す、と言っても現在出来る事は応急処置に過ぎない。
ジャハーム1番の工房と言うだけあって炉の大きさも他の設備も申し分ない。しかし、損傷の度合いが激しく完全修復には材料が足りなかった。
インナー装甲に使うミスリルとメインの外装甲であるブラックアダマンタイトの在庫は十分にあったのだが、インナーと外装甲を繋ぎ埋める特殊な液体金属であるアクアスチールが足りない。
それに加えて技巧を付与する為に使う核――魔導心核と呼ばれるアイテムの数が足りなかった。
魔導心核はイングリットの鎧以外にもクリフやメイメイの装備品にも使う必須アイテム。これの在庫が現在は5個しかない。
イングリットの鎧はこの心核を10個必要とし、10個を炉で溶かして大心核というアイテムに再生成したものを使用する。現在の在庫数では、いくら工房の設備が良くとも大心核を作る事ができないのだ。
不足している材料のうちアクアスチールはダンジョンに行けば採取できる鉱石系アイテムであるが、魔導心核は特殊なアイテムが無ければ作れない。
心核生成に必要な星の砂という特殊なアイテムが必要なのだが、星の砂はサウザンド・アイと呼ばれる魔獣からドロップするレアアイテム。
サウザンド・アイが生息している場所をマーレに聞いたが、そんな名の魔獣は知らないと返されてしまった。
この魔獣がどこに生息しているかも分からない状況では大心核が作れない。
故に応急処置として技巧機能の使用不可となった、ただの鎧として修理している最中であった。
外見だけ直すのであってもメイメイが手を抜くことはない。後で魔導心核を埋め込めるように計算しながら新品の状態へと修理していく。
そんなメイメイの作業風景を工房の隅で真剣に見つめる獣人の男が1人。
「………」
彼はここの工房主であるレーゴン。
氏族長であるマーレからメイメイに工房の設備を貸してやってくれ、と言われた時は素直に許可を出したものの内心では「何を馬鹿な事を」と思っていた。
だが、作業を始めたメイメイを観察していくとレーゴンの心中は穏やかではいられない。
何故なら、目の前にいる少女の使う技法は古に失われたドワーフ工法と呼ばれる技術だったからだ。
嘗ての王種族であるドワーフのみが使用していたと言われる技法に加えて、文献にも載っていない未知なる技術すらも使う。
レーゴンは驚きを通り越して恐怖さえ覚えた。この少女は何者なのか、と。
たまに様子を見に来るマーレに問えば「詮索無用」と返され、弟子入りできるかどうかを問えば「止めろ」と言われてしまった。
どうにか見て技術を学べないかと邪魔にならない位置で観察を続けているがサッパリ分からない。
メイメイが槌を振り下ろすタイミングで何やら魔法のようなモノを使っているのは理解できたが、その「魔法っぽい何か」の正体が全くもって分からない。
「できた~」
そうこうしているうちにメイメイは鎧の修理を終える。
重量のある鎧を「うんしょ、うんしょ」と声を出しながら持ち上げようとするところで、レーゴンはメイメイに歩み寄った。
「手伝いやしょう」
「ありがとう~」
華奢な少女に重い物を持たせるのを躊躇ったわけではなく、間近で鎧を見てみたかったという想いが強い。
レーゴンは近くになったディスプレイ用の木製案山子に鎧をセットする。
「うん。綺麗に直った~」
「………」
この工房に持ち込まれた時は全身傷だらけで所々鋭利なモノで刺したような横長な穴が空いていたにも拘らず、今やすっかり新品の状態である。
千切れていたガントレットも完全に繋ぎ合わされ、損傷していた箇所を探す方が難しい。
現代技術ではこうも綺麗に直す事はできないだろう。
レーゴンならばイチから作り直した方が速い、といった具合だった鎧のビフォアー・アフターを思い出しながら息を呑む。
聞きたい。猛烈に聞きたい。隣で己の仕事っぷりに自画自賛しながらドヤ顔を浮かべる少女に『貴方の技術は何ですか?』と猛烈に聞きたい。
しかし、マーレからの詮索無用という言葉が枷となり、その言葉は喉元に引っ掛かったまま外に出る事はなかった。
「んじゃ、ありがとうございました~。これ、借りた設備の代金ね~」
メイメイはインベントリに鎧を仕舞うとマーレと事前に打ち合わせていた設備使用料をレーゴンに手渡した。
「あ、ああ……。また、どうぞ……」
目の前にあった鎧が一瞬で姿を消した事で呆気に取られ、レーゴンはいつもの買い物客に言うセリフを零す。
「でわでわ~」
バイバイと手を振るメイメイにレーゴンは口を開けながら小さく手を振って見送ることしかできなかった。
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「アルベルト領から、ですか……」
「ああ。一応、知らせておこうと思ってな」
イングリット達の宿泊する宿の食堂でシャルロッテは魔王国よりやって来たソーンと対面していた。
彼の口から告げられたのは嘗てシャルロッテが暮らしていた土地、アルベルト領に駐屯している人間とエルフが侵略を開始したという内容だ。
「アルベルト領に駐屯している人間。それは恐らく君のご家族を殺した者達だろう」
「妾の……家族を……」
シャルロッテの脳内に当時の様子がフラッシュバックされる。
人間の国ファドナ皇国からやって来た人間とエルフの軍勢。彼らは宣戦布告をする事も無く、一般人も軍人も問わず無慈悲に殺戮していった。
アルベルト領の中核であるアルベルトの街に大量の魔法を打ちこみ、高い城壁をいとも簡単に崩壊させる。
雪崩のように街中へ攻め込んだ人間とエルフは子供から老人まで視界に入った者を笑いながら殺し、最後にはシャルロッテ達が住んでいた屋敷へと到達。
遂に屋敷へ押し寄せてきた人間達から逃げようとしたシャルロッテは家臣に裏切られ、彼が逃げる為のエサにされて人間に捕まってしまった。
偉そうにしていた人間の将は返り血に染まった手で父であるアルベルト伯爵の首と母の首を持ち、無造作にシャルロッテの足元へと投げつける。
そして、ヤツはこう言ったのだ。
「お前の姉は中々良い体をしていたから楽しめた」
家族は全員殺されてしまったのか。そう思い絶望するシャルロッテを見て、ヤツはシャルロッテを指差して笑っていたのだ。
アルベルト軍が全く歯が立たず、己も捕まってしまった経験から体が震える程の恐怖に駆られる。
だが、同時に家族を殺した者達に復讐したいという怒りも湧き上がって、家族を殺した人間の将――仇の顔を思い出したシャルロッテは恐怖と怒りが腹の中に渦巻く。
「君は現在、王種族と行動を共にしている。本来であれば、元々貴族のモノだった領地から侵攻された場合はその領地持ちだった貴族、もしくは生き残りに強制的な参戦権があるのだが……。君はまだ若く、軍人という訳でもない。陛下は参戦権を免除した」
強制的な参戦権。これは地方を治める領主が負けた、もしくは逃げ果せた時に貴族としての責任を果たさせる為の法である。
このような強制権が無ければ貴族が防衛に参戦しないくらい、この国の貴族は腐り果てている。
シャルロッテの父であるアルベルト伯爵は貴族の責任を果たすべく戦って散った、正しき貴族であったが。
「はい……」
「今回防衛に勝利し、旧アルベルト領地へ侵攻して奪い返せた時は別の貴族に旧アルベルト領地が与えられる。君は特務に従事しているので領地運営の責務は免除となる。以上が陛下からの通達だ」
「もし、妾が参戦した場合は……?」
やや顔を伏せていたシャルロッテが顔を上げ、ソーンの顔をじっと見つめる。
「……旧領地まで侵攻でき、かつ取り戻せた場合、君が十分な武勲を立てていれば故郷を取り戻せるだろう」
「そうですか」
シャルロッテは返事を返すと何かに悩むように再び俯いた。
「だが、今回は防衛のみだ。侵攻は不可能と考えている」
ソーンは王城の考えをシャルロッテへ教えるべく、再び口を開く。
「え?」
「相手の数は二万以上だ。防衛に専念するしかない」
「に、二万……」
北東戦線にある砦に駐屯している軍の数は3000人。王都からの援軍が最大限出せても4000人程度。
ソーンがこの後に行く獣宮殿でジャハームの援軍を取り付けられたらプラス3000くらいだろうか。防衛人数は楽観的な見込みでも合計一万。
それでも戦力差は2倍。どう足掻いても防衛で精一杯だろう、というのが魔王国中枢の考えだ。
「だから、君はこのまま特務に集中した方が良い。これは私個人の考えでもある」
ソーンは故郷を失い、家族を失い、自らも1度捕虜となったシャルロッテを気遣って提案した。
少なくとも王種族と共にいれば死ぬ確率は低いのだから。
「わかり……ました……」
「うむ……。では、私は急ぐのでな。これで失礼するよ」
そう言うとソーンは話し合いの席から立ち上がる。
「はい。ありがとうございました」
シャルロッテも立ち上がり、ソーンを宿の外まで見送った後に彼の背中へ頭を下げた。
そんな彼女を離れた位置から見守っていた素顔状態のイングリットといつも通りのクリフは顔寄せ合って小さい声で囁き合う。
「あいつ、どうしたんだ?」
「さぁ……。何か防衛がどうこうとか、領地がどうとか聞こえたけど」
「大陸戦争か?」
「まさか、自分の領地を取り戻そうとしてる?」
「ただいま~」
コソコソと顔を寄せ合って話し合っているとメイメイが戻って来た。
「なんか、シャルが外で悩み事ぽい顔してたけど~?」
メイメイは宿に入る前、外にいたシャルロッテへ声を掛けたが元気が無かったと2人へ聞かせた。
「国から領地の事を何か言われたっぽいな」
イングリットが断片的に聞こえた内容をメイメイに説明。
「あ~……シャルの家族、殺されちゃったんだよね~? 仇討ちとか~?」
「「あ~……」」
メイメイの推測はズバリ的を射ていた。
イングリットとクリフも十分に納得できる推測だと合点がいく。
「家族の事、よく話してたもんね」
ふぅ、と息を吐きながらクリフが呟くとシャルロッテが宿の中へと入って来た。
こちらに来た際に何事か問おうとしていると、彼女はそのまま自室へと向かって行ってしまった。
「…………」
イングリットは自室へ向かって行く彼女を黙って見送った。
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シャルロッテは自室へと戻り、ベットへ潜り込む。
(妾は……どうすれば良いのじゃ)
家族の仇を取りたい。家族を辱め、笑った仇を殺してやりたい。
しかし、自分にそれを成せるだろうか。
王種族であるイングリット達と旅をして少しは戦いというモノに慣れた。だが、それでは遠く及ばないだろう。
(イング達を頼る……ダメじゃ。妾は、彼らを騙しているのじゃ……)
イングリット達に仇を取りたいから手伝ってくれと頼めば了承してくれるかもしれない。そんな考えが一瞬過ぎるが、瞼を硬く瞑って甘い考えを振り払った。
自分はイングリット達を騙している。特務を受け、イングリット達の行動や得た情報を国に流している立場だ。彼らが知ったらきっと怒る。
全てを打ち明け、その上で懇願するか。
それもきっと無理だろう。
(嫌われたくないのじゃ……。一緒にいたいのじゃ……。でも、父様。母様。姉様……)
最初は渋々同行し、利用してやろうとすら思ったイングリット達。
だが、今ではシャルロッテにとって大事な仲間となり、共に歩んで生きたい人達になった。
一緒に笑い。一緒に怒って、一緒に暮らした。シャルロッテにとってイングリット達とは、家族のような温かい存在になっている。
(ごめんなさいなのじゃ。騙してごめんなさい……)
シャルロッテはシーツに包まりながら涙を流す。
3人に嫌われたくない。このまま騙し続けるのも辛い。家族の仇も討ちたい。
グルグルと考えが回り、浮かんでは消える。
そして、悩み続けた彼女の出した結論は『明日、1人で北東戦線へ向かおう』というものだった。
3人に嫌われたくない。騙すのも辛い。家族の仇も討ちたい。
だから、参戦権を楯にして特務から外れよう。嫌われた、という事実を現実にする事なく自分自身が3人の前から消えよう。
そう決意した時、部屋のドアが開く音が聞こえた。
「おい。何してんだ?」
同室で寝ているイングリットがシャルロッテの様子を見に戻って来たようだ。
彼に声を掛けられたシャルロッテはビクリと震える。
「な、何でもないのじゃ」
「あ? 何かあったんじゃねえのかよ?」
明らかに何かあった様子を見せる彼女に再び問い質すが――
「何でもないのじゃ。眠いから今日はもう寝るのじゃ」
「………」
返ってきたのは強い否定。
イングリットは何も言わず溜息を吐いて、再び部屋を出て行った。
(これでいいのじゃ……)
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翌日、日の出と共にシャルロッテは目を覚ました。
ベットからそっと這い出ながら隣のベットで寝ているであろうイングリットの姿を確認すると彼の姿はない。
昨晩彼が寝たのを確認して鉢合わせにならないよう、朝一番で宿から出て行こうと考えていたのだが……どこに行ったのか分からないが、部屋から出て行くのを見られないのであれば都合が良い。
シャルロッテは今回で得た冒険の報酬――換金して等分された紙幣の束が入った革袋を掴む。
現在の彼女はとても身軽だ。身に付けているのは魔王国で購入した洋服と火耐性の指輪。それに神殿ダンジョンで得たナイフとサイフ代わりの革袋のみ。
旅の準備は宿を抜け出したら素早く準備し、その足で魔王国行きの馬車を見つけて乗車。魔王国に入ったら北東戦線へと向かおうと考えていた。
シャルロッテは部屋のドアを開けて宿の廊下をキョロキョロと確認。イングリット達の姿がない事を確認するとそのまま宿の外へ向かった。
宿を出る前に少しだけ背後を振り返り、自室とクリフ達の部屋があった方向へ顔を向ける。
(さようならなのじゃ……)
内心で別れを告げた後にドアを開くと――
「おう。早いな。どこ行くんだ?」
ドアの先にはラプトル車とキャビンに寄りかかりながら腕を組むイングリットの姿が。
彼は応急処置された鎧を着込み、準備万端といった様子。
「なんで……」
シャルロッテは待ち受けられていた状況に目を見開きながら呟く。
「あー。もしかして、人間ぶっ殺しに行く感じ?」
キャビンの窓が開き、顔を出したクリフが困ったように笑いながら問う。
「昨日、マーレに聞いたら北東戦線に侵略が始まったって聞いて~。アルベルト領から侵略が始まったって話だし~……」
クリフの脇からピョコリと顔を出したメイメイは昨日の時点で終わっていた情報収集の成果を申し訳なさそうに告げる。
「お前の家族を殺した相手が出てくるかもしれないんだろ。乗れよ。行くぞ」
イングリットはそう言うと御者台へ向かおうとするが――
「なんでなのじゃ……」
「あ?」
俯き、体を震わせながら呟くシャルロッテへイングリットは顔を向ける。
「妾はお主等を騙してたのじゃ! 国からの特務を受けて! お主等の情報を国に渡してたのじゃ! 妾は裏切り者なのじゃ!!」
自分は優しくされる価値の無い女だ。共に仇を討ちに行こうなどと言われるような女じゃない。
嫌われたくなかったのに、失いたくなかったのに、だから黙って去ろうと思ったのに。
蓋をしていた気持ちが溢れ出てしまう。
終わった。言ってしまった。彼らは困惑して黙ってしまうだろうか。それとも、騙していたのかと自分を罵るだろうか。
「だから、なんだよ」
「……え?」
「ンな事、とっくに予想できてる。お前は魔王国の貴族だろ。国に言われたら従うしかねえ、ってのも理解している。それに、お前の貴族って立場を使って楽した部分も俺達にはある。だからお互い様だ」
「……でも、引き受けたのじゃ自分なのじゃ。お主等を利用すれば地位が守られるとも思っておったのじゃ」
シャルロッテは全てを曝け出す。こうなっては、この場で全てを清算しようと思った。
「今はどうなんだよ」
「……今は、違う。一緒にいたいのじゃ。仲間と言ってくれて嬉しかったのじゃ」
シャルロッテは目からポロポロと涙を流しながら呟く。
「なら、良いじゃねえか」
懺悔するように俯かせていた顔を上げると、いつも通りに偉そうにふんぞり返るイングリットと笑顔を浮かべるクリフとメイメイが映る。
「別に気にしてないよ。だから一緒に行こう」
「そうだよ~。仲間でしょ~?」
騙していた、と告白したにも拘らずクリフとメイメイの顔には満面の笑顔が浮かんでおり、彼女を受け入れる優しい言葉が掛けられた。
「なんで、なのじゃああ……! 妾は、だま、騙していたのに……!」
一緒に行こう。仲間だろう。シャルロッテは受け入れてくれた事が嬉しくて、顔をくしゃくしゃにしながら大泣きした。
彼女は細い腕で何度も涙を拭うが、拭いきれない。
「ったく。オラ! 乗れ!」
イングリットはシャルロッテの体を抱えると強引にキャビンの中へ突っ込んだ。
「もう。相談してくれたら良いのに。それにね。人には1つや2つ、秘密はあるものだよ?」
「そうそう~。僕らにも秘密はあるしね~? だから、シャルも気にしないで良いんだよ~?」
優しくシャルロッテを抱きしめるクリフと彼女の頭を撫でるメイメイ。
「ありがとうなのじゃああ! ありがとうなのじゃあ!」
嫌われなかった。失わなかった。一緒に行こうと、一緒に仇を討ちに行こうと言ってくれた。
安堵と仲間の心強さにシャルロッテは涙を流し続ける。
「さぁ、お前の家族を殺したヤツをぶっ殺しに行くぞ!」
イングリットは御者台に座り、ラプトルの手綱を握った。
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