表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

98/306

89 魔王の休日


 魔族の住まう国、魔王国イシュレウス。


 国の頂点に君臨する魔王ガイアスの毎日は忙しい。


 国の方向性を決めたり、人間とエルフの侵略を食い止める術を常に考えたり、最近出現したダンジョンの利用方法を考えたり……。


 最重要事項である、現世に現れた王種族に関する事にも常に考えを巡らせなければならない。


 思考に次ぐ思考。そして会議に次ぐ会議。そんな多忙な毎日を過ごしている魔王にも『休日』というモノは存在する。


 2週間に1度、月に2回とブラック企業宛らな頻度であるが確かに存在するのだ。


 今日はそんな貴重な魔王の休日に注目してみようと思う。


 時刻は朝6時ピッタリ。彼は広々とした寝室でいつも通りの時間に目を覚ます。


 嘗て存命していた妻と一緒に寝る為に用意したキングサイズのベットの上で体を伸ばす。すると、起床したのを見計らったようにドアがノックされた。


「おはようございます。陛下」


「ああ。おはよう」


 寝室をノックした者の正体は王城勤務のメイド長。彼女はいつも通り、冷たい水が入った透明の瓶とコップをカートに乗せて入室。


 魔王はメイド長から受け取った冷たい水の入ったグラスを一気に呷ると、ベットから立ち上がった。


「マキは?」


 このセリフも毎日の習慣の一部である。


 妻を早く亡くした彼にとって、最も大事な宝物の名を口にする。


「既に食堂へ。陛下をお待ちしております」


「そうか。急ごう」


 魔王が娘と過ごせる時間は少ない。


 多忙な政務で家族と過ごす時間が限りなく少ないのは申し訳なく思う。だが、魔王という国の頂点である以上致し方ない事。


 娘である魔姫マキもそれは理解してくれている。だからこそ、休日の朝食と夕食は共に過ごそうと約束しているのだ。


 着替えた魔王は食堂へ向かう。


 食堂に繋がるドアの両サイドには執事が立っており、魔王が到着すると同時にドアを開けた。


「お父様。おはようございます」


「ああ。おはよう。マキ」


 食堂で顔を合わせた2人は共に笑顔を浮かべる。

 

 社交辞令や政争を意識した笑顔ではなく、両者共心から家族を思う笑顔だ。


 魔王が食堂の席に着席すると朝食がスタート。


 魔王国の頂点たる魔王の朝食はさぞかし豪華だと民衆は思っているだろう。だが、他人が思っているほど豪華ではない。


 民と共に生き、民と共に死ね。


 これは魔王国を建国した嘗ての王種族である魔人族――初代魔王の残した言葉である。


 初代魔王の言葉に習い、現代の魔王もまた一般庶民に寄り添う政策を行っている。その為、朝食も庶民が摂るモノとあまり変わらない。


 根性イモを練って作ったパンに根性イモのスープ。それと根性イモを蒸かしたモノ。


 庶民と同じく根性イモ尽くしである。


「マキ。今日の予定は? パパと一緒に過ごせるのかい?」


「申し訳ありませんお父様。本日は学園に行かなければならないので……」


 朝食を食べながら対面に座る愛娘へ問うとマキは少々眉を下げて申し訳なさそうに自身の予定を告げた。


 魔王も娘の予定を聞くと少々ガッカリした様子を見せるが、すぐに笑顔へと切り替える。


「そうか……。学園はどうだい?」


「楽しいですわ。学友も良くしてくれています」


 マキは楽しそうに学園での生活を語り始める。


 学園の授業でアレが難しかった。学友がどんな事をして楽しかった。学園の帰りにショッピングに行った。


 他愛も無い、親子の会話。だが、それが魔王にとっては何よりも幸せに感じる時間だ。


 マキの過ごす学園の様子を聞き終えると魔王はいつもセリフを最後に付け加える。


「そうか。楽しそうでなによりだ。しかし、まだ彼氏は作ってはいけないよ」


 ニコリ。


 魔王の顔には笑顔が浮かぶ。だが、その笑顔の裏には愛娘に触れる男は一切合切を切り刻んでやろうという執念が潜む。


「は、はい。お父様。勿論です」


 魔姫マキは父の顔を見ながら冷や汗を流した。


 娘と楽しい会話をしながら摂った朝食後、魔王は自室へと戻る。


 マキに予定が無ければ家族団らんの時間を過ごそうと思っていたが、娘に予定があるのであれば仕方がない。


「久々にアレをやるか」


 魔王は自室の椅子に座りながらそう呟くと、椅子から立ち上がってクローゼットへと向かう。


 クローゼットの下にある箱を開け、初代魔王より脈々と受け継がれてきた物をその手に掴んだ。


 窓を開け、誰にもバレないよう外へ。向かうは魔王都近郊にある森――。

 


-----

 

 陽が傾き始めて空の色が赤く染まる頃、イシュレウス近郊にある森の中。


「ニーダ、この先は危ないわよ」


「そう言うけど……。月見草はもっと奥に行かないと無いよ」


 魔王都近郊の森を彷徨う2人の女性。2人の外見から年齢はまだ子供と言ってよいくらいに見える。


 と、いってもタダの子供でなく。2人は皮の胸当てと腰に小さなナイフを装備している事から傭兵であると推測できた。


 彼女達は最近近くの村から都会である魔王都へとやって来て、傭兵家業に就労したばかりの新人傭兵だ。


 家の事情で傭兵家業を選んだ彼女らは、魔王都傭兵組合で薬草取りの依頼を受けてこの森へやって来た。


 しかし、目的の薬草は森の浅い地点では見つからず。森の奥まで足を伸ばさなければ見つけられないと判断を下したところだ。


 だが、森の奥は魔獣の棲家が多く存在していると組合で注意されている。新人である2人だけで森の奥へと足を踏み入れ、魔獣と出会ってしまっては最悪の状況になる可能性が高い。


 だからと言って進むのを躊躇ってはいられない。依頼の月見草を一定数採取できなければ依頼は失敗。彼女達が欲するお金は手に入れられないのだから。


「でもぉ……。森の奥にはオークがいるって……。それに、そろそろ夕方だよ。夜の森は危ないよ」


 女性の片割れは、生きる全女性の怨敵であるオークと遭遇しないかビクビクしながら進む。


「オークは怖いけど、お金を稼いで村にいる家族に仕送りしなきゃ。私達が何とかしないと弟達が飢えちゃうよ」


 もう一方の女性は、故郷にいる家族を想いながら勇ましく進む。本当は彼女の胸の中ではドクドクと心臓の鼓動が強く鳴っており、どうか魔獣と遭遇しませんようにと内心祈りを捧げ続けていた。


 しかし、その祈りも虚しく……。彼女達の進む先にある草むらが音を立てて揺れる。


 ――ガサガサ。


「ヒッ! な、なにかいるの!?」


「身を隠そう!」


 近くにある草むらに隠れて何者か窺おうとするも時既に遅し。


 背の高い草と木々の合間から現れたのは、彼女達が一番遭遇したくなかったモノ――薄ピンク色の肌に小汚い腰蓑をつけた豚の魔獣。オークであった。


「ブヒョ? ブヒョヒョ!!」


 オークからしてみれば散歩の途中で活きの良さそうなメスを見つけてしまって超ラッキー! といったところだろうか。


 握っていた棍棒をブンブンと振り上げながら歓喜の声を上げる。


「ひぃ、ヒィ! ど、どうしよう……!」


 先ほどからオークとの遭遇を怖がっていた女性はその場に尻餅をついてしまう。


「こ、来ないで! き、来たら殺すわよ!!」


 勇ましい様子を見せていた女性は尻餅をついた相方を庇うように前へ出て、震える手でナイフを構える。 


「ブヒョォ~。ブヒョヒョヒョヒョ!!」


 活きの良いメスに睨みつけられ、ナイフを向けられたオークは「こりゃ楽しめそうだぜ」と言いたげに陵辱系同人誌の竿役の如く舌舐めずり。


 住処に持ち帰ってあんな事やこんな事をしてやろうと想像しながらレイパニックボイスを森に轟かせた。


「ブヒョォー!」


 メスを持ち帰る為に棍棒を振り上げながら大股で近づくオーク。


「ブヒョヒョ――ブベエ!」


 メスまであと数メートル、という所でオークの顔面に火の玉が直撃した。


 ズドンという爆発音と共にオークは地へ沈む。


「な、何が……!」


 突如起こった出来事に2人の女性傭兵は目を見開いて硬直。すると、彼女らの真横から男性の声が聞こえてきた。


「可憐な少女を襲うオークめが。君達、ケガは無いかね?」


 聞こえてきた声はとても紳士的。きっと近くにいた先輩傭兵が助けてくれたのかもしれない。


 そう思った2人は声のした方向へ顔を向けると――


「私が来たからにはもう大丈夫。私の名はオペラマスク。弱者の味方だ」


 顔を向けた先にいたのは先輩傭兵などでない。


 上半身は鍛えているであろう筋肉を見せつけながらマントを装着し、下半身はブーメランパンツ1枚。顔にはオペラマスクを装着させた変態がそこにいた。


「君達、見たところ新人の傭兵であろう。森の奥は危ない。もう少し、浅い地点で経験を積んでからの方が良いだろう」


 至極全うかつ的確なアドバイスをするオペラマスク。大胸筋をピクピクと動かし、腰に手を当てながら仁王立ち。


「きゃあああああ!?」


「へんたいだああああ!?」


 しかし、オペラマスクの正義は彼女達へ届かなかった。


 それも当然だ。森の中でブーメランパンツ1枚の男と出会ったら女性はどう思うだろうか。オークと同列に思うに違いない。


 オークが野獣であるならオペラマスクは生粋の変態野郎だ。


「待ちたまえ。私は弱者のみかた――」


「おい! 何をしている!?」


 オペラマスクが怯える2人の女性へ手を伸ばした時、たまたま森で狩りをしていた熟練傭兵が悲鳴を聞きつけて現場に到着。


 熟練傭兵の目に映るは1人の変態が女性に手を伸ばしているシーン。


「テメェ……! 新人傭兵を襲う初心者狩りか!? しかも女を狙うとは……!」


 熟練傭兵は腰に下げていた長剣を抜き放ち構える。


「待ちたまえ。私はオペラマスク。弱者の味方だ」


 オペラマスクは熟練傭兵へと体を向け、相手を落ち着かせるように手で制した。



-----



「キリキリ歩け」


「はい」


 熟練傭兵との邂逅から20分後。森の入り口には数人の軍人がオペラマスクの両腕を縛って連行する姿が見られた。


 オペラマスクの正義は伝わらなかった。何故か。世の中が腐っているのか。正義が伝わらない程に、国は腐敗してしまったのだろうか。


 否。格好のせいである。


(何故だ……! まだ、私の努力は足りないか!)


 しかし、その理由へ至る事が出来ないオペラマスクは顔を伏せがちに歩く。


 そんな意気消沈したオペラマスクを連行する軍人の前に1人の男が立ちはだかる。


 男の名はソーン。魔王軍4将の1人であり、ハーピー族の男。


「おい。ソイツは俺が連行する。ご苦労だったな」 


「ソ、ソーン様! ハッ! 了解致しました!!」


 ソーンは軍人からオペラマスクの身柄を受け取ると、人気の無い方向へと歩いて行く。


 キョロキョロと周囲に誰もいない事を確認するとオペラマスクの手を縛る縄をナイフで切って彼を解放した。


「何やっているんですか、陛下……」


 ソーンはオペラマスクの正体を告げると大きな溜息を零す。


「いや、今日休日だから」


「そうじゃないですよ! もうオペラマスクはやらないって約束したじゃないですか!!」


「いやでも、マキちゃんが予定あるって言うしさぁ……」


 そういう問題じゃねえ。娘と過ごせないからってその格好はねえだろ、とソーンは内心毒づいた。


 だが、ここで苦言を零していても仕方がない。


 何故なら緊急事態だからだ。


「陛下。王城へお戻り下さい。旧アルベルト領地に駐屯している人間とエルフが動き始めました」


 情報を取り扱うソーンの口から告げられた緊急事態の内容はとびきりの情報。魔王国において最優先であたらなければならない事項に関することであった。


 さすがの魔王も内容を聞いた瞬間に意識を瞬時に切り替える。


「レガドへ連絡しろ。我は王城へ戻る」


「かしこまりました」


「それと……。軍の編成が終わった後に、お前は急ぎジャハームへ向かえ。ジャハームにいるシャルロッテへ此度の事を伝えよ」


「彼女に、ですか。……王種族が参戦してくれると?」


 敵は旧アルベルト家の領地より進軍して来る。それはアルベルト家を滅ぼした者達が攻めて来ると推察するのが妥当だろう。


 魔王はこれをシャルロッテへ伝えれば、シャルロッテが殺された家族の仇を取ろうと動くかもしれないと推測。


 彼女が動けば同行している王種族も……と淡い期待を抱いての事だ。


 魔王は国を守らなければならない。国を守って民の安全を保証しなければならない。それを実行する為に、使えそうなモノは全て使う。


 王種族の参戦をアテにして動いてはならないが、参戦してくれれば軍の被害はグッと抑えられる。ならば、伝えるだけ伝えるまでだ。


「わかりました。急ぎ、ジャハームへ向かいます」


「うむ。頼む」


こいつも胃がやばい。

明日は章のラスト真面目な話を投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ