88 胃の行方
「お帰りなさいませ。旦那様」
魔王軍4将の1人であるレガドは1日の仕事を終えて帰宅。
屋敷の玄関では執事が主人であるレガドを出迎えた。
「うむ。朝に言っておいた件、準備は出来ているか?」
「はい。離れに運ぶ食事も既に準備できております」
執事は朝食時に主人から言われた通り『今晩の食事は離れで摂る』という命令受け、準備していたのだ。
主人の申し出を忠実にこなす。それこそが執事の仕事。
レガドの命令にある『離れ』とは屋敷内を通って行ける、中庭に最近建てた小さな小屋のような場所だ。
最近のレガドは週末になるとそこへ篭る。中で何をしているのかは不明だが、きっと軍務で人には見聞きさせてはいけない仕事をしているのだろうと執事は思っていた。
そして今週もまた、レガドは離れで食事を摂ると言う。彼は国の中枢を担う主人を全力でサポートすべく万全の準備を済ませていた。
執事とレガドは屋敷内を通って中庭へ。
途中で食事を乗せたカートを運ぶメイドとも合流し、離れの小屋へと到着。
小屋と言ってもみすぼらしい外観ではない。魔王軍4将でヘタな貴族よりも給金の良いレガドが一流の建築家に頼んで作らせた『離れ』だ。
コンクリートで出来た壁に純白の色を塗って、出入り口のドアには上品な装飾が施されている。
成金な貴族感を感じさせない上品な雰囲気が綺麗に手入れされた中庭にベストマッチ。それでいて、同じく魔王軍4将であるアリクに防音の魔法を発動する魔道具を譲り受け、設置されているという。
外観も機能も優れた一流が使う場所である。
そんな離れに到着すると3人で中へ。
室内は20畳の広さがある大部屋のみ。窓は1つも存在せず、部屋の中心には大きな木のテーブルと椅子が複数設置されているだけで余計な物は何も無い。
メイドがカートに乗っていた夕食をテーブルに並べる。今夜の夕食は魔獣肉ステーキのようだ。
分厚く切られた大きな肉がドカンと鉄板の上に載っており、付け合せは何もない。焼き加減はレアで頂くのが彼の大好物。
主人が帰るのを見計らって調理したのか、まだ肉の敷かれる鉄板は温かくアツアツの湯気が漂う。
メイドが最後の仕上げにと塩分過多なソース――ソースというのは名ばかりで、ただの塩水――を肉に振り掛ける。鉄板は更に湯気を増してジュワァと食欲の増すような音を立てた。
料理の脇にナイフとフォークを置き、メイドは全ての仕事を終えるとレガドに礼をして退出して行った。
レガドはメイドを見送った後に執事へと顔を向ける。
「分かっていると思うが、緊急時以外はここへ近づかないように」
「はい。心得ております」
魔法で防音も施す程の重要機密を取り扱うのだろう。我が主人は何とも慎重で職務へ真摯に向き合っている。執事は内心で主人であるレガドを誇らしく思う。
彼もメイドと同じく礼をした後に「いつでもお声掛け下さい」と言い残して退出して行った。
レガドは執事が退出し、ドアが閉まるのを見送る。
完全にドアが閉まった後はドアの鍵をガチャリと閉めた。
「ふぅ……」
レガドは鍵を閉めた後に小さく息を吐く。
彼は徐に服を脱ぎ始めて全裸になった。
そして、足をガニ股に広げ――
「びっくりするほどユートピア!!」
パンパン!!
「びっくりするほどユートピア!!」
パンパン!!
彼はどこか懐かしいワードを大声で叫びながらケツを叩いた。
ベットの部分は省略したらしい。
「ああああァァ!! フォォォ!!」
パンパン!!
彼は特大のシャウトと共に白目を剥きながらケツを叩く。
――そう。彼の胃は限界だったのだ。
魔王派と呼ばれた魔王の意見を重視する派閥。対し、国の危機に対し貴族の義務を放棄しながら己の欲に取り付かれた反王派。
この2つの派閥が日々行う政争に板ばさみ状態になっているレガド。
特に最近重荷になっているのは突如この世に姿を現した王種族の件である。
事の発端は自分のミスだ。これは否定しないし、非を認める。だが、常に弱い立場に置かれてしまって交渉の余地無しというのはストレスが溜まる。
さらに何かと問題を犯したり、フログ侯爵とトラブルを冒したり……。
自分のミスだけでなく他者の起こした問題も処理しなければいけない立場なのがレガドだ。
干渉するなという魔王の意見を無視して『魔王のため、国のため』という理由で接触を図ろうとする魔王派の行動も最近は目に余る。
それに加えて王種族が齎したとされるダンジョンの利権を巡って起きる貴族と豪商とのトラブル。それらの鎮圧や仲裁も軍部の仕事。つまりはレガドの仕事だ。
解決の糸口が見えない問題に直面しているレガドの胃は悲鳴を上げた。
否、既に限界だったのだ。
己の胃が『離れを作れ』『このままじゃ爆発するぞ』『離れでストレスを発散しろ』と警告を発し続けた。
その結果がこれ。
度重なるストレス。ストレスの発散。
彼はケツがレッドオーガになるほど叩いた後に、テーブルの上にあった肉をロックオン。
ガニ股のまま『ススス』と摺り足でテーブルへと近づき、犬のように手を使わず肉に食らいついた。
「おいしッ!! おいしいいいッ!! おいし!! おいし!!」
ハフハフとアツアツのステーキを手を使わずに頬張る。
口内が火傷しようと唇が高温の鉄板に接触しようとお構いなし。彼はイカれた目つきで眼球をぐりんぐりんと動かしながら食らいつく。
「ハフハフ! ング、ング……」
ゴクンと肉を飲み込み、口を豪快に腕で拭う。
お次は奇声を上げながら床に倒れこみ、腕を組みながら頭だけでブリッジ状態へ。
「んんん~!! どうしようかな!! どうしようかな!!」
ブリッジ状態になったレガドは器用に腰のみを振りながら再び奇声を発した。
「キエエエエエ!!!」
腰を振ることでペシン、ペシンとレガドの腹に股間のアレが当たる音が木霊する。
「……ふむ。魔王派への釘は魔王様自ら刺して頂くほかあるまい。ダンジョンの利権に関してはまだ調査中という名目で立ち入りを禁ずるか……。反王派は王族派の貴族を数人ぶつけて……」
そして訪れる突然の賢者タイム。
レガドの狙いはこれだ。溜まったストレスを急速に発散する事で訪れる、頭の冴えた時間。
この時間、レガドは魔王国イチの頭脳と名高いアリクすらも越える思考能力を得るのだ。
彼はブリッジ状態のまま、最近抱える問題について考えを巡らせる。
が、しかし……冴え渡る時間はそう長く続かない。
「いやだなァァァ! いやだなァァァ!!」
賢者タイムが終わるとレガドはうつ伏せになって床に寝転ぶと腰を再び振り始めた。
こうして腰を振っていると白き湖と共に第2の賢者タイムがやって来るのだ。レガドはそれを知っている。魔王軍4将のレガドはそれを、知っているのだ。
「ハアアアアン! ハアアア――」
コンコン、コンコン
もうすぐ賢者がやって来る。レガドの脳内に知識のビックバンが起こる。そう思った矢先に離れのドアをノックする音が聞こえた。
賢者がやって来る前に時たま起きる幻聴か? そう思ってレガドはピタリと動きを止めた。
コンコン、コンコン!
「旦那様! 旦那様!!」
確かに聞こえるノックの音。そして、外からレガドを必死な声で呼ぶ主はレガドの執事だ。
レガドは急いで服を着た後にドアを開けた。
「何用だ!?」
賢者の来訪を邪魔されてしまったレガドは全く悪くない執事へ怒気を含ませた声を浴びせてしまう。
「は、は! 申し訳ありません! しかし、王城より急な知らせと! 旦那様の部下がやって来ております!」
執事は不機嫌そうなレガドに面食らって言葉を少し詰まらせながらも報告を口にした。
「……そうか。どこにいる?」
「は、はい。玄関でお待ちです」
執事はレガドの顔に浮かぶ汗を見て「何で汗が? ステーキ熱かったのかな?」と思いながらも、主人を待ち人のいる場所へと導いた。
皆も彼のように発散しながらストレス社会を生き抜こう。
溜め込んではいけないよ。
明日も更新します。




