87 獣王都へ帰還
「いやー、今回は実入りが良かったね」
「そうだな。あれで空振りだったら今までの冒険の中でも5本の指に入る程のハズレだったろうよ」
無事に獣王都へと戻ったイングリット達は借りている宿屋の前で荷物を降ろしている最中。
今回の冒険は今まで経験した中でも厳しい戦いを強いられた。特にダンジョンマスターとの戦闘で耐久戦を行うなど何時ぶりだろうか。
しかし、クリフの言うように見返りは大きい。レジェンダリー級の装備が5つも手に入ったし、中には有用な能力を付与させた物も得られた。
イングリットの鎧はかなり破損しているが直せば良い。それどころか手に入れた装備を素材にして改良すれば強化にも繋がる。
被害もあったが特に悲観している訳ではないイングリット達であった。
「これ、目録ね」
荷物を降ろし終えると臨時でパーティメンバーとなっていたマーレとは一時お別れ。
彼女は目録を持って換金してくれる者のもとへと向かってから、獣王都にある自宅へと帰ると言う。
「ああ。確かに受け取った」
「工房もよろしくね~?」
「そちらも明日には返事できるだろう。目録の件と併せて、明日の昼にでもまた会おう」
「分かった。よろしく頼む」
マーレはクリフから受け取った目録を胸の谷間に押し込みながら返事を返す。
地面に置いておいた報酬――トーニュ・ハンマーとホワイトオリハルコン製の胸当てを抱えると、イングリット達に向き直る。
「今回は……良い経験が出来た。ありがとう」
マーレはペコリと頭を下げ、同行できた旨に礼を述べた。
「ああ、またな」
「落ち着いたら一緒にご飯でも食べるのじゃ」
「うむ。そうだな。では、また明日の昼に」
手を振るシャルロッテへニコリと微笑んだ後にマーレは帰路へとついた。
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昼飯時で賑わう獣王都のメインストリートをトボトボと歩き、氏族長の職場でもある獣宮殿へと到着したマーレ。
獣宮殿前で警備を担当するダークエルフの女性兵士は久しぶりに姿を現したマーレに驚きの声を上げる。
「マーレ様!?」
「ああ。ただいま」
マーレは同族であるダークエルフの女性に「ご苦労」と労いに言葉を述べた後に宮殿内部へ。彼女は真っ先に他の氏族長がいる部屋へと向かった。
「マーレ!? 戻ったのか!?」
2人の氏族長がいる会議室へと入室すると、彼女の姿を目にした2人は椅子から慌てて立ち上がった。
「お前が出て行ってから、部下からは王種族と共にモヤ遺跡へ向かったと聞かされるし……全然戻らないから心配したんだぞ」
「お主の持っておるそれは何じゃ? 何があったのじゃ?」
マーレへと駆け寄った2人の氏族長は矢継ぎ早に質問を投げつける。
だが、彼女は2人の顔を見たまま何も言わず目から一筋の涙を流した。
気高く誇りを胸に戦う女戦士でもあるマーレが、弱々しく涙を流す姿を見た2人はギョッと驚く。
「こ、怖かった……」
マーレはまるで新兵が初めて戦場に出て地獄を経験して帰還したかのような感想を漏らし、流れる涙を腕で拭った。
顔を見合わせたオセロメーとクー・シーの氏族長は一旦彼女を椅子にへと座らせ、落ち着くのを待つ。
「どうじゃ。落ち着いたかの?」
「ああ……。すまない」
マーレは冷たい水の入ったコップを一気に煽り、小さく息を吐き出す。
「それで、何があった?」
「ああ。全てを話そう。モヤ遺跡であった事を……」
マーレはモヤ遺跡で起きた出来事を2人へ全て語る。
イングリット達がモヤ遺跡の入り口を見つけた事。内部に危険な魔獣が蔓延っていた事。そして、最下層にいた王族の化物の事を。
「まさか……」
「なんという事だ……」
マーレの語った出来事は突拍子も無い非現実的な出来事だろう。
特に遺跡に眠る王家の死体が動き出し、しかも化物の姿になって襲ってくるなどジャハームの民からしてみればこの世の何よりも信じたくない話だ。
だが、ジャハームを支える氏族の1つ。ダークエルフの氏族長であるマーレが嘘を言っているとも考えられなかった。
さらに、彼女が持って帰ってきた2つの装備品。それは紛れもなく王家の物。装備品に刻まれた王家のエンブレムが本物だと証明していた。
「遺跡の帰り道で使ってみたが本物だった。伝説で語られる、雷を見舞う王の大槌。紛れもなく……本物だ」
帰り道に遭遇したBランクの魔獣にトーニュ・ハンマーを使用してみたところ、一撃で殲滅することが出来た。
ジャハームに存在する他の武器を使っても1撃でBランク魔獣を倒すなど不可能だ。
「しかもモヤ遺跡は水に沈んだ、と」
「ああ。離れた高台から見たが……。モヤ遺跡一帯は湖になった」
脱出時に水柱の発生したモヤ遺跡周辺はマーレの語る通り、遺跡一帯の大地を陥没させて巨大な湖へと変貌した。
水の乏しいジャハームにとっては朗報だ。だがしかし、歴史的に価値があり内部に強力な装備品が眠る遺跡が水の底に沈んでしまったのは痛手とも言えるだろう。
「そちらは後日調査をすれば良いじゃろう。しかし、王種族というのは本当であったか」
「間違いない。王種族でなければ、あんな戦い……できるものか」
マーレはイングリットと初代幻獣王の戦いを思い出すと体をガタガタと震わせる。震える体を両腕で己の体を抱きしめ、きゅと強く瞼を閉じる。
彼女が本気で恐れる姿を見れば2人の氏族長も「壮絶な戦いであったのだろう」と連想させるが、マーレが抱いているのは純粋なる恐怖だ。
あんなモノと戦ったら自分は無事で済むはずがない。改めて生きてこの場にいる事がとてつもなく幸運に思える。
「魔王国の上層部は王種族達を認知しているが、干渉はしていないと言っていたな。我々もそうするべきか?」
オセロメーの氏族長が以前訪ねてきたソーンの言葉を思い出しながら問う。
「ああ。我々も干渉をするべきではない。少なくとも王種族が自ら国に対して行動を起こさぬ限りは」
「分かった。徹底させよう」
「それと、王家の棺から持ち出した宝についてじゃったな」
クー・シーの氏族長はマーレから渡された目録の書かれた紙を手に取って次の話題にした。
「そうだ。王の物は王へ。私はそう考えている。そもそも、我々がモヤ遺跡に行ったとしても伝説の武具や宝を持ち出す事など不可能だった」
「ワシもその点に関しては異論は無い。初代幻獣王を倒すなど……我々には無理じゃ。王を倒すのは王。そして、王の物も王へ継承されるべきじゃろう。それが違う種族の王であったもじゃ」
「私も同意見だ。むしろ、伝説の武具を2つも得られた事自体が幸運だろう」
2人の氏族長はマーレの意見に賛成を示す。
戦闘に関して2人よりも知識も経験も深いマーレが「ジャハーム軍全軍であたっても無理」と言うのであれば無理だと納得するしかない。
これは長年培ってきたマーレの信頼によるものだろう。
「換金の件じゃが、国の宝物庫にある紙幣と交換で良いじゃろう。足りない分は豪商と話をつけよう。ヨーならば信頼できる」
「工房は私が手配しよう。そうだな……レーゴンの工房で良いだろう。あそこが一番デカい」
2人が提示した人物はどちらもジャハーム国内でナンバーワンな人物達だ。
クー・シーの氏族長が言うヨーはジャハーム国内にある商人組合の長であり、オセロメーの氏族長が言うレーゴンはジャハーム獣王都で一番大きい工房を持つ工房主だ。
「分かった。明日の昼に訪ねて伝えて来よう」
決める事を全て決め終えたマーレは大きな溜息を零した後に冷たい水を再び呷る。
「しかし、王種族か……。何故、今になって姿を現したのじゃろうか」
「魔王国では神の使いだと神託が下されたようだが……。今後、世界はどうなるのか……」
オセロメーの氏族長とクー・シーの氏族長はこの世に現れた王種族が、今後どのような行動を起こすのかを脳内で考える。
人間とエルフの侵略を止めてくれるのだろうか。それもと恩恵を生き残った種族に与え、自分達で何とかしろと言うのだろうか。
明確な答えは結局浮かばず、少しでも行動を共にしたマーレの顔を見るのみ。
「私にも分からんよ……」
無言で何か知らないかと示されたマーレは、再び大きな溜息を吐き出しながら首を振った。
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