86 モヤ遺跡脱出
「祭壇は前回と同じだな」
「そうだね。鎖に、杭。気色悪いのも一緒」
前回の神殿ダンジョン同様、3本の鎖に繋がれた杭が地面に刺さっている。
祭壇には不気味な蝋燭がびっしり置かれて異様な雰囲気を醸し出す。
「なんだこれは……。見ていると吐き気を催しそうだ」
直視するのを躊躇う程の嫌悪感が背中を這い回るのはマーレも同じなようだ。彼女は祭壇を見るなり「ウッ」と嗚咽を漏らしながら手で口を覆って目を逸らす。
「ちゃっちゃと壊そう」
イングリットが杭を蹴りつけると、これまた前回と同様に杭は何も抵抗無く折れる。
折れた杭の残骸はカラカラと音を立てながら地面を転がり、ピンと張っていた鎖はたわんで祭壇は支えが無くなったのかガラガラと崩れた。
< クエストクリア! >
『遺跡の解放に成功!』
『囚われた魂の解放に成功!』
杭を壊すとインベントリから飛び出してきた真実の鍵がクエストクリアをお知らせしてくれる。
次のクエストはやはり表示されない。また時間が経ったら表示されるのだろう、とイングリット達は手馴れた手つきでインベントリへと鍵を戻した。
さて、帰り道を探そうか。誰もがそう思っていた時に異変が起きる。
ゴゴゴゴ、と巨大な音と遺跡全体が揺れるような強い振動が発生した。
「なんだ!?」
戸惑うイングリット達が揺れに耐えていると、杭が刺さっていた場所に亀裂が入る。
「下がれ! 下がれ!」
いち早く異変を見つけたイングリットが指示を出し、全員が数メートルほど離れると地面の亀裂はどんどん大きくなっていく。
離れた場所で見守っていると亀裂の入った地面は完全に崩壊。次の瞬間、崩壊した地面の底から巨大な水柱が勢いよく噴出した。
「な、なんだぁ!?」
まだ微弱な振動が続く中、地面から噴出した水柱はフロアの天井に当たる。水柱の水圧を一身に受ける天井はミシミシと音を立て、遂には大穴を開けてしまった。
神脈を解放した影響なのか、地面から噴出す水柱の勢いは弱まる気配を見せず。それどころか、1本だけだった水柱は2本、3本と数を増やしていくではないか。
当然、フロアの天井は水圧に耐え切れるわけがなく轟音たる破壊の音を撒き散らしながら天井に穴を開けていく。
それと同時に地面から溢れる水はフロア全体をどんどんと水没させて、イングリット達の膝上までの水位に到達。
「まずい! 早く出口を見つけないと!」
このままではフロアが水没して窒息死は免れない。焦ったクリフが出口を探そうと叫び、全員でフロア中を探すがそれらしき物は見つからなかった。
各ダンジョンでは神殿ダンジョンのように外へと繋がる帰り道が存在しているのがベターだ。が、その常識は否定されてしまった。
探している間にフロアを満たす水はとうとう部屋の高さ半分以上までに。水の中を潜って来た道を引き返そうにもフロアの入り口にあった扉は開かない。
「ぷはっ! 見つからない!」
もう既にイングリット達の体はフロアの天井付近まで浮かんでしまっている。
「こうなったら、水柱が開けた天井から出るんだ!」
イングリットが指差すのは依然と勢いを衰えさせる事のない水柱。あれに従って上へ向かおうという提案だった。
天井をぶち抜いた水柱が勢いを変えずにいれば、上層の天井も破壊しているかもしれない。破壊していなくとも、上の階まで行ければそこから徒歩で脱出できるかもしれないと考えた。
「あれに身を任せるのか……」
「大丈夫かなぁ~……」
滝に落ちる行為の逆バージョンのような、水柱の勢いで体がバラバラにされるんじゃないだろうかという心配が全員の脳裏を過ぎる。
クリフは提案者であるイングリットをジッと見た後に防御力を上げる魔法を唱えた。
「防御バフを盛って……良し! イング! GOGO!!」
「お前……」
まずはパーティ内で一番の頑丈さを誇るイングリットを生贄に。ダンジョンマスターと死闘を繰り広げたというのに酷い仕打ちである。
提案したのは自分だし、仲間に何かあってもマズイ、と己を納得させたイングリットは泳ぎながら水柱へと向かう。
水柱の1メートルくらい前で1度止まり、ゴクリと喉を鳴らす。覚悟を決め、いざ近づこうと少しだけ近づいた瞬間――
「おわあああああ!?」
イングリットの体は水が空へと上がる勢いに吸い込まれ、水柱の中に囚われる。しかし囚われたのも一瞬だけで、勢いよく水と共に上昇していってしまった。
「「「………」」」
お互いに顔を見合わせる残った3人。クリフはニコリと笑った後に全員へ防御バフを発動させる。
「大丈夫……じゃないかな? さ、行こう」
そう言いながらも内心はドキドキしっぱなしだ。イングリットがどうなったのかは分からない。天井に激突して水死体の如く浮いていたらどうしようと不安になる。
だが、脱出方法は他に見当たらない。
意を決した3人は全員で手を繋ぎ、水柱へと突撃していった。
すると、やはりイングリットの時と同じようにもの凄い吸引力で水柱へと吸い込まれる。
息を止める為に固く結んだ口を開けそうになるがグッと我慢。水柱の中に吸い込まれた体はぐるぐると回転し、上昇していく感覚が襲う。
まるでジェットコースターに乗っているかのようだ。今回は落下ではなく上昇であるが。
水の中でグルグルと回り続けながら昇って行く事数秒。スポンと何かから抜けるような、窮屈な感覚が無くなって目を開くと視界には青空とギラギラ光る太陽があった。
クリフは外に出たのか、と認知すると同時に再び襲ってくる浮遊感。周りを見渡せば水柱の頂上で身を浮かばせるイングリットと目が合った。
「ショートカットだったな」
イングリットが下方向を指差すと、水柱は最下層から遺跡の入り口であった神殿の天井すらもぶち破って空高く噴出していた。
まるでギャグマンガのような、噴出している水柱の上にイングリット達はいるのだ。
「確かにそうだけど……どうやって降りるのさ……」
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最下層から脱出したのは良いものの、次は空高く噴出する水柱からどうやって脱出するかを悩んでいると徐々に水の勢いが弱まっていく。
高度が落ちてきたのを見計らって水柱の頂上から全員が脱出すると、足が地面に着いた地点は遺跡の頂上にあった神殿の屋根だ。
屋根の上から下を覗き見れば遺跡全体から水が流れ出ており、遺跡の下に駐車していた2匹のラプトルがイングリット達を心配そうに見上げながらグエグエと鳴き声を上げていた。
シャルロッテは暢気に手を振っているが、元々野生で生きていたラプトルは何かを感じ取ったのか必死に鳴き声を上げ続ける。
不審に思ったイングリット達は遺跡降りてラプトルの元へと急ぐ。いつも通りクリフ達はキャビンへ。
そして、イングリットが御者台に座るや否やラプトルは猛スピードで走ってその場を離れだした。
「おいおい、何なんだ!」
手綱を握って2匹を制御しようとするイングリットだが、2匹のラプトルは命令に従わない。
突如見せた暴走に困惑しているとラプトル車の背後から地鳴りが発生。イングリットが後方を振り返れば、先ほどまでいた遺跡が地面に沈んでいく様が見えた。
「うわ~。沈んで行くね~」
「水没なのかな?」
「まだ水柱が何本か出ているのじゃ」
「お、王家の遺跡が……」
キャビンの窓から頭を出して外を見る4人はそれぞれ感想を口にした。
塞き止められていた神脈が解放され、枯れた大地に潤いの水が大量に発生した事で地面が陥没してしまったのだろうか。
確かな原因は不明であるが、ジャハームを代表する巨大建造物は地鳴りと共に地面へと沈んで行くのは紛れもない現実。
「これを感じ取って逃げたのか?」
ラプトルは遺跡周辺が沈没する事を感じ取ったのだろうか。しかし、未だラプトルの足は止まらない。
それどころか、更にスピードを速めるではないか。まだ何かあるのだろうか、そう思った瞬間にドン、ドン、ドンと連続的な轟音が鳴り響く。
「うおおおお!?」
なんとラプトル車の後方にある大地から何本もの水柱が出現。遺跡内部に発生した水柱と同等のモノで勢いが強い。
地鳴りと地割れ。そして噴出する水柱。ラプトルが逃げる理由はこれかと確信した。
「グエエエエ!」
ラプトルは「そうだよ!」と言わんばかりにビチャビチャに濡れる大地を爆走した。
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