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84 モヤ遺跡攻略 6


「ガアアアッ!」


 フロアに竜の咆哮と肉を殴る音が響き渡る。


 既に憤怒状態となったイングリットに最早理性は微塵も残っていない。


 ただ、殴る。ひたすら殴る。目の前にいる敵の顔面を殴り続ける。


 アンカーに拘束され、殴り合いを強制される幻獣王も、拘束から逃れる事を諦めたのか抵抗を始めた。


 腕を長剣のように変化していたのを至近距離での取り回しが良い短剣のような刃が短い形へと変化させ、イングリットの顔面目掛けて斬りつける。


 本能的に頭部を破壊されてはマズイと思ったのか、イングリットは顔を反らして斬撃を避ける。その結果、鎖骨辺りから胸までをザックリ斬られてしまうがお構いなし。


 ナイフ状態の腕が突きを見舞いし、イングリットの肩に刺さろうが相手を殴りつける事を止めない。


 イングリットの背後からは絶え間なくクリフのヒールとパーフェクトキュア、メイメイとマーレの投げるポーションが当たる。加えて自己回復スキルが土俵際で堪えるかの如くイングリットの生命活動を終わらせないよう踏ん張る。


 パーティメンバーと己の回復スキルによって、感染と穢れのダメージを受けつつ直接攻撃を受けていようともギリギリで耐えている状態だ。


 本人は理性を失っているので感じてはいないが、体の中を刃でグチャグチャにされながらも毒が体内を駆け巡り、常人であれば『死ぬほど痛い』と感じてそのまま即死する勢いだろう。


 未だゲーム内にいるプレイヤーが見ていれば『何で死なないの? お前もゾンビなの?』と言わんばかりの無茶苦茶な状態であるが、不幸中の幸いは初代幻獣王の額にある赤黒い核がイソギンチャクのように肉の中へ消えない事だろう。


 ただ、顔面を殴りつけるイングリットが核を狙っているか、と問われれば否だ。


 怒りで理性がぶっ飛んでいる為か5発中1発が核にヒットするくらいで、残りは別の部分に当たっている。


「イング! 早く終わらせて!」


 クリフは魔法を連射しているせいか、苦しそうな表情を浮かべながら汗を流す。一瞬でも気を抜けない彼は汗を拭う事もできず、悲痛の叫びを仲間の背中へ叫ぶ。


「魔力切れそう!」


「分かったのじゃ!」


 クリフが己の魔力が切れそうになるのを申告すると、隣にいるシャルロッテが魔力ポーションの入った瓶のコルク栓をキュポンと抜く。


 そして、クリフの口元へと運んでグビグビと飲ませた。


 その間、メイメイとマーレは回復ポーションの瓶を蓋も開けずにイングリットの背中へ投げる。


 壁に野球ボールを投げるかのように、瓶がしっかりと割れるように全力投球。時よりメイメイの投げた瓶がイングリットの後頭部に当たるがワザとではない。


 そんな事を続けながら、殴り合いからどれだけ時間が経過しただろうか。


 ストックしてあったポーション類もそろそろ底をつきそうだ、とクリフの背中に冷や汗が流れた時。事態は動く。


「ガアアアッ!」


 咆哮を上げながら殴りつけるイングリットの拳が核に当たると『ピキッ』という音を立ててヒビが入った。


 続けてもう1発お見舞いすると『ゴリッ』という鈍い音と共に初代幻獣王の額の一部が陥没。額が陥没した事で核の露出が増えた。


「もう少し! もう少しなのじゃ!」


 祈りにも近いシャルロッテの悲痛な叫び。


 それがイングリットの耳に届いたのか――イングリットの拳は核を何度も捉え始めた。肉を殴る鈍い音から金属を叩くような甲高い音へと変化する。


 ガツン、ガツンと何度も殴りつけると核のヒビが徐々に広がってゆく。頭部の陥没も深刻な状態になり、核は8割ほど見えている。もう少し殴れば割れるか、頭部が破壊されて核が落ちるかしそうなくらいに。


 しかし、相手も簡単には諦めない。


 幾度となくイングリットの体を刻み続けてきた行動を変えた。初代幻獣王はイングリットの攻撃を止めようと彼の右腕へとターゲットを変える。


 頭部を殴られた瞬間、イングリットの腕にナイフを突き刺す。


 ガントレットを貫通した刃は肘から頭を見せる。痛覚を感じていないイングリットも気にせず殴り続けるが、相手も何度も突き刺し続けた。


 何度かの突き刺しと殴打が交換された時、初代幻獣王は突きから斬撃へと変更。


 執拗に突きを繰り返していたのはイングリットの腕を止める為ではなく――腕を保護するガントレットを狙ったモノだった。


 繰り返された突きによってガントレットの損傷は激しく、斬撃に特化した剣状態でなくとも十分に斬れるほど脆くなっていた。


 結果――風を斬るように鋭く振り下ろされたナイフはイングリットの右腕をガントレットごと斬り落とす。


「ああっ!」


 殴ろうと伸びていたイングリットの腕は頭部に到達する前に地面へ落ちた。


 それを見ていたシャルロッテの悲痛な叫びが木霊し、クリフやメイメイも目を見開いて驚愕と絶望の表情を浮かべる。


 斬り落とされた腕を治す方法はある。腕をくっつけた状態でヒールを当てれば良い。だが、それを行えばイングリットのHPは底を尽きる。


 万事休すか。


 パーティメンバー全員の脳に考えが過ぎる。


 だが、敵と対峙する男は違った。


「ガアアアアアアッ!!!」


 イングリットは今までよりも力強い咆哮を上げ、兜を相手の核へと叩きつける。


 殴る為の腕を失くしたイングリットは頭突きで攻撃を再開したのだ。


 腕を失くそうが勝つ事を諦めない。


 嘗て育成失敗と罵られ、幾度となく屈辱を味わってきたイングリットが努力の末にトッププレイヤーへ登り詰めたように。


 ガツン、ガツン、ガツン、と何度も何度も頭突きを見舞いする。


「いけえ! やるのじゃあ! 勝つのじゃああ!!」


 仲間が勝利に向かっていく姿にシャルロッテは目に涙を溜めながら叫ぶ。


 イングリットは首を後方へと反らし、勢いを溜める。


「グガアアアアアッ!!」


 特大の咆哮を上げながら渾身の頭突きを相手に打ちつけると――


 バキンッ!


 金属が破損する音を立て、初代幻獣王の額に埋め込まれていた核が割れた。


 割れた核は音もなく額から剥がれ、カツンという音共に床を転がる。


『オオオオオッ!』


 命とも言える核が壊れると初代幻獣王は苦しむように身を捩らせながら絶叫。


 拘束されている体をジタバタと暴れさせ、最後には力なく膝から崩れ落ちた。


 すると、初代幻獣王の黒い体は徐々に溶け始め、ドロドロとした液体が地面に水溜りを作っていく。


 足から徐々に解けていく幻獣王は、頭部が溶ける前にイングリットの顔を見上げ――


『アリ……ガ……トウ……』


 そう言い残して、完全に黒い液体へ。水溜りとして残った液体は波紋を作り、バシャンと音を立てて姿を消した。


「やったあああ! 倒したのじゃああ!」


 黒い液体が消えるのを見たシャルロッテは歓喜の声を上げる。


 クリフとメイメイも額に浮かぶ汗を拭い、ふぅと息を吐く。


「グ……」


「イング!」


 敵を倒し終えたイングリットは憤怒の効果が切れると同時に地面へ倒れこむ。


 慌てて駆け寄ったクリフがイングリットの体に手を当てながらヒールを連打し始めた。


「だ、大丈夫なのか!? まさか、死んでしまったのじゃ……」


「大丈夫。ギリギリ生きてる。けど、しばらくは動けそうにないね。さすがに肝が冷えたけど……」


 クリフがヒールを当てながらイングリットの呼吸を確認すると、微かに呼吸音が聞こえた。


 魔法があれば死んでいなければどうにでもなる。蘇生魔法も使用できるようになってはいるが、現実世界での死は今後どのように作用するのか不明確だ。


 しかしながら、あの死闘の末に死ななかっただけでも大したものだろう。


「良かったのじゃ……」


 シャルロッテはクリフの返答を聞くとペタンと地面に崩れ落ちるように座り込む。


 目から一筋の涙を流しながらイングリットの傷ついた胸に手を置いた。


 その姿を見たクリフとメイメイは優しく微笑むのであった。


読んで下さりありがとうございます。


ストック切れなので水曜日まで投稿はお休みです。

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