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83 モヤ遺跡攻略 5


 棺からミイラが出現した際、マーレはあまりの衝撃に腰を抜かして尻餅をついてしまった。


 目の前にいるミイラは十中八九、歴代の幻獣王と呼ばれた者達だ。


 何故、彼女が歴代の幻獣王だと確信できたのか。


 それは新獣王都にある宮殿の奥に歴代王の肖像画が飾られており、それを毎日執務室に向かう前に目にしていたからだ。


 幻獣王の種族は白銀獅子と呼ばれる種族。その証拠に骨と皮のみになった頭部に残る、僅かに残った白銀の毛が歴代王の種族を物語っていた。


 それに加えて身に付けている防具も肖像画に描かれている物とそっくりだった。


 王になった際に国1番のドワーフ鍛冶師が丹精込めて製作して献上するホワイトミスリルとオリハルコンを特殊な技法で混ぜ合わせた合金製のブレストプレート。


 心臓の上にはジャハームを象徴する白い獅子のエンブレムが刻まれた王家のみが所有できる特別な装備。


 マーレが4体のミイラを凝視すれば、4体とも心臓の上にエンブレムが刻まれた防具を装備している。


「うそだ……。嘘だ……」


 歴代の王がミイラになって動き出しただけも腰を抜かす程の衝撃なのにも拘らず、ミイラから黒い液体が噴出して邪悪なモノへと変貌してしまったではないか。


「あれは……何なんだ……!」


 マーレは目を見開きながらデキソコナイを見やる。


「だめだ……。あれは戦ってはダメだ……」


 胸から心臓が飛び出るんじゃないかと思う程の強い動悸。全身から噴出す冷や汗。


 腰は抜け、足はガクガクと震えてまともに動く事はできない。


「無理だ……。あんなもの、戦えない……!」


 デキソコナイから発せられる邪悪で異様なオーラ。体から噴出している黒い靄は直視するのを躊躇うくらいに本能がそれを嫌う。否、本能どころではなく、魂が震え上がる程の嫌悪感。

 

 アレと戦ってはいけない。対峙してはいけない。触れてはいけない。視てはいけない。


 この場にいる事すら、忌避感を覚える程の相手。


 マーレはブツブツと呟きながら体をぶるぶると震わせる。しかし、忌避感を抱きながらも目を離せないモノがあった。


「何故、彼らは戦えるんだ……!」


 巨大な化物の攻撃を一身に引き受けるイングリット。イングリットの背後から飛び出し、躊躇いもなく相手に肉薄するメイメイ。


 古代魔法を然も当然の如く連発するクリフ。その3人をサポートするように動き回るシャルロッテ。


 化物は魂が拒否するほどに見たくない。しかし、戦っている4人からは目が離せない。


 マーレ本人も訳が分からない程の様々な感情が入り乱れる。


 ただ1つ言える事は、自分はジャハーム最強などという存在ではないという事。


 目の前にいる4人こそ、ジャハーム最強――否、この世界の頂点たる王種族だと言う事だ。


 そんな想いを抱いていると、戦闘は終盤へ。視界を覆うほどの巨大な炎が化物を燃やし尽くす。 


 元は歴代王のミイラだというのに、古代魔法の炎に包まれる化物を見ると安堵の気持ちが沸いて来る。


 それと同時に、自分は最後まで腰を抜かしているだけだった。足手まといだったと情けない思いが胸の中に充満する。


 古代魔法の炎が収まり、4人へ何と声を掛ければ良いかと思っているとマーレは再び魂を握りつぶされそうな嫌悪感に襲われる。


 再び強く鳴る動悸と噴出してくる冷や汗。ゆっくりと顔を上げると――


「初代……幻獣王様……」


 立っていたのは歴代最強と謳われる『初代幻獣王』の姿。世界で最初に生まれたとされる、純血(・・)の白銀獅子。


 象徴たる白銀のたてがみは黒い液体で黒く染まっているが、姿顔立ちは肖像画と瓜二つ。


 何より、嫌悪感を抱き『ここにいては殺される』と負の想いを抱きながらも、頭を垂れて死を受け入れてしまっても良いと想ってしまう。


 マーレの頭の中では嫌悪と敬愛が交じり合い、考える事を放棄したくなる。


 だが、初代幻獣王の前に立つ男は違った。


「お前、良い装備持ってるじゃねえか」


 イングリットは兜の中にある赤色の瞳をギラギラと光らせ、大盾を構えた。



-----



「お前、良い装備持ってるじゃねえか」


 イングリットは目の前に現れた亜人の装備する鎧に視線を向ける。


 ホワイトミスリルとオリハルコンを混ぜ合わせた合金でホワイトオリハルコンと呼ばれる金属が使用されているのが一目で分かったからだ。


 ホワイトオリハルコンはダンジョン最深部にある宝箱からしか得られず、しかも出現率が最も低いと言われている合金。


 その出現率の低さからゴッド級に最も近いレジェンダリーアイテムと呼ばれ、呼び名の如く性能もトップクラスのアイテム。


 先ほどまで存在していたデキソコナイ達が装備していたホワイトオリハルコンとは『完成度』が違う。4体の時に装備していたブレストプレートの完成度が『並』だとすれば、今目の前にある鎧は『特上品』と言えるだろう。


 鑑定眼の持たないイングリットが一目見ても分かる程の完成度。


「あれ!!! ぜっっったい欲しい!!!」


 鑑定眼を持つメイメイは鼻息を荒くしすぎて鼻水を『ぷぴゅ』っと噴出す程に興奮していた。


「当然。弱点もモロ見え――ガッ」


 イングリットがニヤリと笑った瞬間、視界から初代幻獣王は消える。


 消えた、とイングリットの脳が認識した時には彼の腹には鈍い衝撃。視線を向ければ剣の刃が腹に突き刺さっていた。


 視線を前に戻せば、先ほどまで離れた位置にいた初代幻獣王はイングリットのすぐ目の前に。


 初代幻獣王は剣になった腕(・・・・・・)をイングリットの腹の中で横に向け、そのまま脇腹まで引き裂いて外へと斬り抜いた。


「ガふ……ッ」


 血の塊がゴポリとイングリットの口から溢れる。


 刺された本人も、それを見ていた他の者達も一瞬の出来事に呆気に取られて反応できずにいた。


 何より、メイメイの作り上げた憤怒の鎧――ブラックアダマンタイト製の装甲を紙のように突き破り、バターの如く切り裂いた事実は受け入れ難い。 


「ガハッ! ぐっ……! ぐああッ!」


 引き裂かれた腹は熱を帯びながら血を噴出させ、それと同時に『黒い線』がイングリットの傷口からいくつも浮かび上がる。


「イング!」


 イングリットの漏らす苦悶の声に、我に返ったクリフが慌ててヒールとパーフェクトキュアを唱えるがイングリットの浮かべる表情は晴れない。


 彼の体に纏わりつく『穢れ』は消えた。しかし、未だに苦しそうに声を漏らし続ける。


「なんで……! 状態異常が完全に消えない!?」


 イングリットの状態を不審に思ったクリフは魔導魔眼を起動してイングリットの状態を調べる。すると、彼が侵されている状態異常は『感染』という未知なるモノであった。


 彼の傷口から浮かぶ黒い線は感染によって体内に猛毒が入り込んでしまった証拠だ。攻撃を受ける度にイングリットの体に浮かぶ黒い線は増えていく。


「ギミックダメージ系!? いや、特殊スキルか!」


 ダンジョンマスターに指定される魔獣は時にして特殊な能力を持っているタイプが存在する。


 その中でも既存の魔法では解除できない状態異常攻撃を持ち、プレイヤーを攻撃するタイプは高難易度なダンジョンマスターと言えるだろう。


 ヒーラーが解除できず、ジワジワとHPを削られ、タンクが倒れる前に魔獣を倒せる火力を持っていなければクリアできない。


 イングリット達が直面している事態はそれの現実世界版だろう。


 しかも最悪な事に、目の前にいる初代幻獣王はスピードタイプ。ヘイト値の高いイングリットの体に刃となった腕を突き刺し、接近戦を行うワケでもなくすぐに離脱。


「うう~! 攻撃する隙が無いよぉ~!」


 イングリットに急接近した際にメイメイが攻撃しようにもすぐに離れてしまう。やみくもに攻撃すればイングリットへ攻撃が当たってしまうだろう。


 ゲーム内であればシステムの補正(・・)が存在していたので同士討ちは無かったが現実ではそうもいかない。


「グッ……!」


 初代幻獣王本体による攻撃に加え、穢れの靄と感染によるダメージがジワジワとイングリットのHPを削る。


 イングリットの脳内には刺されたダメージが6000と無機質な女性の声でアナウンスされた後、穢れと感染によるダメージが500ずつ秒単位で告知され続ける。


 こんなダメージをイングリット以外が受ければ即死亡してしまうだろう。イングリットは歯を食いしばりながらヘイトスキルを発動させて己へと誘導し続ける。


「回復を切らしたらマズイよ……!」


 メイメイも攻撃できず、クリフも同様に攻撃する余裕は生まれない。回復魔法が少しでも遅れればイングリットの自己回復があろうと間に合わない状況に陥ってしまった。


「悪い……知らせだ! そろそろ、憤怒が、起動する!!」


 この状況を更に悪化させる要因。それはイングリットの切り札でもあり、弱点でもある『憤怒』だ。


 憤怒が起動すれば攻撃力上昇と引き換えに防御力が低下してしまう。大盾に憤怒を注いでもそれは変わらない。


 しかも、大盾を変形させて攻撃しようにもイングリットでは捉えきれないし、密着されては武器の取り回しが仇となる。


 そんな状況を打破するべく、イングリットが提案した作戦は――


「耐久戦しか、ねえッ!!」


 耐久戦。それは魔獣の攻撃を一身に受けるタンクが崩れないように、とにかく回復重視で相手を倒す作戦。


「クリフもメイも、回復を絶やすな……! 俺が殺るしかねえ!」


 今回の場合は攻撃を差し込む事ができないメイメイも回復の補助に回り、イングリットが防御も攻撃も行う。


 つまり、イングリットが痛みに耐えながら初代幻獣王とガチンコの殴り合いをするという事。


「シャルッ! 合図、したら……ッ! 全力でコイツの動きを、止めろ!」


「わ、わかったのじゃ!」


 ザクザクと何度も体に攻撃を受けるイングリットを見ながら目に涙を浮かべていたシャルロッテが強く頷く。


「メイ! メイも合図したらイングにポーションをぶっかけて!」


 クリフは回復魔法を使いながら全ての魔導宝玉に回復魔法を上書きさせつつ、メイメイに指示を出した。


「わかった~!」


 メイメイは持っていた武器を床に落とし、インベントリからありったけの回復ポーションと魔力回復ポーションを取り出して足元に並べる。


「マーレ~! こっちに来て手伝って!!」


 ガチャガチャとポーションの入った瓶を足元に置くメイメイは、後方で震えながらへたり込んでいたマーレの名を叫ぶ。


 メイメイの必死な声が彼女の脳内で反響する。行きたくない。動きたくない。あの化物の近くに行くなんて正気の沙汰じゃない。


 だが、ここで動かなければ――自分は本物の足手まといになってしまう。


 マーレは震える足を思いっきり手で掴み、足の震えを強引に止めようとしながら己を鼓舞する。


 それでも足の震えは止まらない。だが、覚悟は決まった。マーレは立ち上がり「はぁっはぁっ」と荒い息を口から吐きながらメイメイの元へと急ぐ。


「ど、どうすれば、いい……!」


 近づけば近づく程、頭の中がグチャグチャにかき混ぜられるような圧を感じる。それでも、マーレは顔面蒼白になりながらも指示を請う。


「合図したらこの赤いポーションをイングに投げつけて~! 思いっきり! 瓶を叩き割るくらいに強く!」


「わ、わかった……!」


 マーレが震える手でポーションを手に取るのと同時にクリフが叫ぶ。


「イング! こっちは準備完了!!」


「ああ……ッ! ヒヒッヒフゥー! フゥー! フゥー!」


 背中越しにクリフの声を聞くとイングリットは両足に力を入れ、左腕(・・)を胸の位置まで上げて構えながら声を漏らす。


 彼の息遣いは既に憤怒が起動する半歩手前。もういつ起動してもおかしくはない。僅かに残る理性で、無理矢理押し込めている状態だ。


 眼前にいる初代幻獣王は剣となった右腕を脇に引き、突きの構えを取った後にイングリットの視界から消える。


 次の瞬間には目の前に現れ、右腕がイングリットの腹部へと突き刺さる。初代幻獣王がイングリットの背中から剣の刃が見える程に深く突き刺さった腕を引き抜こうと力を込めた瞬間――


「シャルッ! 今だッ!!」


「止まるのじゃああああ!!!」


 イングリットの合図を受けたシャルロッテが紫色の瞳にありったけの魔力を込める。


 彼女の放った呪いはイングリットの体から腕を引き抜き、後方へバックステップしてい幻獣王へと着弾。すると、今まで目に追えないほどのスピードで移動していた幻獣王はスローモーションになって姿を晒す。


 スローモーションになっている幻獣王へ、イングリットは左腕に搭載された新機能『アンカー』を放つ。


 イングリットの左腕から放たれた鉤爪付きの魔法の鎖はジャラジャラと音を立てながら幻獣王の体に巻きついた。


 巻きついたアンカーがイングリットの元へと引き戻され、一本の鎖で繋がったイングリットと幻獣王は至近距離で対峙する。


 呪いの効果が切れた幻獣王は体に巻きついた鎖の拘束を解こうともがき、拘束からはみ出た剣の右腕で己の体ごと鎖を斬ろうとするが――


「ガアアアアアアアアアッ!!!」


 極限まで抑制したイングリットの憤怒が解放される。


 兜の中にある赤き瞳は憤怒に染まり、残滓となって隙間からギラギラとした眼光が漏れる。


 イングリットは大盾を捨てて、インベントリから引き出したメリケンサックを握った拳を構える。


「さぁ……! 殴り合いをシようじゃネェか!!」


 怒りで発音すらもままならないイングリットは、拘束を逃れようともがく幻獣王の顔面に拳を叩き込んだ。


読んで下さりありがとうございます。

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