表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

91/306

82 モヤ遺跡攻略 4


 振り下ろされた大剣はイングリットの構える大盾に接触するとドガン、という鈍い音を立てる。


 しかし、相手はダンジョンマスターに位置付けされる者。それだけで済むはずがない。


 木から生える枝のようになって爪のように鋭い複数の刀身が大盾の表面へと食い込む。


 ギギギ、と不快な音を撒き散らしながら大盾の表面に爪跡を残しただけでなく、大剣と大剣を握る巨大な狼顔のデキソコナイから穢れの靄が噴出。


 後方に控える仲間を守るべく、足に力を入れて踏ん張るイングリットは容赦無く穢れのモヤを吸い込んでしまう。


「ぐ、ゴッ、ゴホッ!! な、なんだ……こりゃあ……! ゴホッ!」


 噴出された穢れの靄はただの『穢れ』ではなかった。


 従来の穢れ効果に加えて強烈な腐臭を漂わせる。それを吸い込んだイングリットは強烈な匂いに顔を顰めた瞬間、鼻と喉にチリチリと焼きつくような熱を感じた。


 たまらず咳き込むが、鼻、喉、食道、胃と体の内部が燃えるように熱い。


『オオオオオ!!』


 狼顔のデキソコナイは雄叫びを上げると、再び大剣を大盾に打ち付ける。


 その度に穢れのモヤが噴出し、吸い込めば吸い込む程にイングリットの体の中は熱くなっていく。


「イング! それを吸い込んじゃダメだ! ただの穢れじゃない!! 腐食効果も含まれてる!!」 


 相手の攻撃を魔導魔眼で解析し終えたクリフが、イングリットへヒールとパーフェクトキュアを背中に当てながら叫ぶ。


 イングリットの吸い込む穢れの靄には吸い込んだ者の体内を腐らせる『腐食』の効果も含まれていた。


 腐食とは毒の最上級にあたる状態異常だ。毒の耐性を最大値まで上げても完全には防げない最強のDOT(時間と共に徐々にHPが減少していく)所謂、状態異常系のダメージ。


 イングリットは毒耐性も指輪で上昇させている為、腐食効果を含む靄を吸い込んでも即死(・・)は免れた。


 即死はしない、というだけでイングリットの体の中はグズグズと腐っていたのは違いない。彼が感じていた熱の正体は体内が腐っていく様を感じ取っていたのだ。


 強力な自己回復で腐食の進行を遅らせ、クリフのヒールで完治はしたものの、それはイングリットだからという話。


 耐性装備を持っていないシャルロッテとマーレがこの靄を浴びてしまったら――たちまち穢れによって体の自由は奪われ、体の内部から腐っていくという惨い死に方を晒すだろう。


 クリフやメイメイも例外ではない。彼らも毒耐性を上昇させてはいるが、吸い込んでしまえば腐食のダメージを受けてしまう。


 ゲーム内であれば痛覚を感じなかった為に動く事はできた。


 しかし、ここは現実世界。体の中が溶けていく、なんて状況で痛覚を無視しながら相手に攻撃を加えろなどと無理な話である。


 特にメイメイは最大級の物理攻撃を加えるべく相手に接近しなければならない。


「メイ! 対DOT用のアイテム装備して!」


 そこで対応策として取られるのがDOTを軽減させるアイテムを装備する事。


 メイメイはインベントリからダメージ軽減の効果が付与されている布製のフェイスマスクを取り出し、口と鼻を覆うように顔へ巻きつけた。


 どこかのチビッコギャングのような様になったメイメイはバスターソード状態のノックザッパーを構えた。


 イングリットが大盾を構えて大剣の攻撃を耐えていると、狼顔のデキソコナイの右脇から片腕が膨れ上がったデキソコナイが呻き声を上げながらイングリットへ近づく。


 彼へと絡みつき、穢れの靄を浴びせる気だろうと察知したメイメイはノックザッパーを床に擦りつけ、ゴリゴリと床を削りながら走る。


「んにゃあああ!」


 イングリットの脇から飛び出したメイメイは大振りの横薙ぎを片腕が膨れ上がったデキソコナイの脇腹へお見舞いする。


 重量のある武器の攻撃を食らったデキソコナイは脇腹を大きく陥没させて吹き飛ぶと、床を何度もバウンドしながら転がって行く。


 ようやく止まったデキソコナイは、体が『くの字』になったままピクリとも動かなくなった。


「メイ! 下がって!」


 メイメイは背中越しに聞こえたクリフの声に呼応し、バックステップでその場から退避。


 すると、先程までメイメイが立っていた場所に両腕がハンマーになったデキソコナイの両腕によるスタンプ攻撃が降って来た。


 ハンマーとなった両腕は地面の石ブロックを叩き割る。メイメイを捉える事の出来なかったデキソコナイが顔を上げると、眼前にはクリフの魔導宝玉から発動されたエクスプロージョンの炎弾が。


「動くな!」


 クリフの放ったエクスプロージョンに反応したデキソコナイであったが、シャルロッテの叫ぶ『呪い』によって体が一瞬だけ硬直する。


 だが、クリフ達にとってはその一瞬の硬直だけで十分。両腕がハンマーになったデキソコナイは炎弾を避けられずに顔面を爆発させてその場に崩れ落ちた。


「やったのじゃ! 取り巻きっぽいのは倒したのじゃ!」


 床に力無く倒れる2体のデキソコナイを見て歓喜と安堵を含ませた声を上げるシャルロッテ。


 しかし――


『オ"オ"オ"オ"オ"!!』


 狼顔の巨大デキソコナイはイングリットへの攻撃を止め、腹から響くような絶叫を上げた。


 すると、床に倒れていた2体のデキソコナイがピクピクと痙攣し始める。


『オ……ウ……オオ……』


『オオ……オオ……』


 天井から糸で引っ張られているかのように、不自然な動きで再び立ち上がる2体のデキソコナイ。


 2体はビクビクと体を痙攣させながらイングリット達へ腕を伸ばし、ビチャビチャと滴る黒い血を床に擦りつけながらゆっくりと近づいて来る。


「再生か!」 


 イングリットは前回のイソギンチャクと同様の能力を持っているのだろうと推測。


「2体の核を壊せ!」


 同様の能力を持っているのであれば、核を壊さなければ永遠に再生してしまう。


 イングリットはヘイトスキルを発動させ、アタッカーの2人が戦いやすいように3体のデキソコナイを自分へとロックオンさせた。


 そうなれば当然、3体の攻撃はイングリットへと集中。


 大剣が大盾に振り下ろされれば火花を立てながらガリガリと削られ、腕が膨れ上がったデキソコナイ2体の強烈な打撃が打ち付けられる。


 それに加えてイングリットが浴びる穢れの靄は3倍の濃度になるのだ。


「ぐっ……! ゴホッ! ゴホッ!」


 喉や鼻が焼きつくように熱くなり、呼吸がままならない。体の中では灼熱の溶岩がぐちゃぐちゃに混ざっていくような感覚。


 それだけではなく、3倍の濃度になった事で目にも障害が現れた。  


 視界がボヤけて相手の攻撃を避けたり、反撃をする機会が見えない。そうなれば、サンドバックの如くヘイトスキルを連発して棒立ち状態でひたすら耐え続けるしかない。


 咳き込む度に血を噴出すイングリットは仲間を信じて耐え続ける。



-----



「もう! しつこい~!」


 メイメイはノックザッパーを鎌状態にしてデキソコナイの1体を両断する。


 再生してから胸を一文字に両断したり、頭から股まで一直線に切断してみせたりするが肝心の核は見つからない。


「こっちも! 核が見当たらない!」


 クリフはイングリットの状況をチラチラと横目で確認しながら、彼に近づくデキソコナイへエクスプロージョンを連射。


 デキソコナイの体を上半分吹き飛ばすが、再び黒い液体を滴らせて復活してしまう。


「はよう見つけないと……!」


 シャルロッテも呪いを狼顔の巨大デキソコナイに発動させ、イングリットの被ダメージを抑えるべくフォローしているが魔力の残量が半分を切りそうだ。


 しかし、3人とも核を見つけるまでには至らない。


 神殿ダンジョンのイソギンチャクのように核が体の中を動き回っているのかと思って何度も攻撃を加えているが、どうにもその考えは間違っているように思えた。


「この2体は核無しで動いているとしたら……」


 クリフはイングリットへヒールを飛ばしながら狼顔のデキソコナイを睨み付けた。


「メインのボス魔獣が操る召喚魔獣的な~?」


「その可能性もあるよね……。でも、あっちも手応えが無いし……」


 クリフは2体のデキソコナイのみを攻撃していた訳ではない。


 隙を見て狼顔の巨大デキソコナイに第6階梯魔法を放って左半身を吹き飛ばしたが、こちらも黒い液体を滴らせて復活するのみ。


 イソギンチャクよりも脆く、体も大きくはない。右半分を吹き飛ばせば、中にある核が姿を現してもおかしくないはずだった。


「だとすると残りは……!」


 クリフは狼顔の巨大デキソコナイが握る大剣へと視線を向ける。


「メイ! 2体の足止めをお願い! シャルちゃんはアイツの動きを遅くして!」


「わかった~!」


「任せるのじゃ!」


 クリフは残りの1体(・・)である大剣になったデキソコナイが核持ちだと推測。


 イングリットがヘイトスキルを使用した瞬間、メイメイはノックザッパーを構えて2体へ突っ込む。


「んにゃああ!」


 1体を肩から斜めに両断。踏み込んだ足を軸に返す刀で下から掬い上げるようにもう1体を両断。


「今! 止めて!」


「止まるのじゃあああ!」


 メイメイが2体を足止めする事を信じ、自身は高火力魔法が揃う第6階梯魔法をスタンバイさせながらシャルロッテへ指示を出した。


 狼顔の巨大デキソコナイはピタリと動きを止める。それを確認したクリフは魔法を放った。


 放った魔法は炎の竜巻を生み出す、バーニングストーム。広範囲の炎が巨大デキソコナイごと大剣型のデキソコナイを焼き尽くす――はずだった。


「えっ!?」


 地面から炎の竜巻が発生する瞬間、大剣型のデキソコナイが炎の竜巻から逃げるように狼顔の巨大デキソコナイの手から脱出したではないか。


 炎に包まれたのは狼顔の巨大デキソコナイのみ。


 大剣型のデキソコナイは地面に転がった後に、スライム状のような丸い形に変化してコロコロと転がって炎の竜巻から離れて行く。


 炎の竜巻をバックにコロコロと逃げる黒いスライム。なんとも馬鹿みたいな光景であるが、動かないと思っていたデキソコナイに逃げられてしまったのは事実。


 すさまじい熱波を生み出すバーニングストームが治まると、その場に残っていたのは黒い液体の水溜り。


 水溜りとなった黒い液体は地面に転がる大剣型のデキソコナイに吸い込まれるように移動していき、大剣を中心に合計3体分の黒い液体が集まる。


「ゴホッ、ゴホッ、さ、再生する気だ!」


 イングリットの叫びが木霊するが時既に遅し。


 大剣の柄部分に4つの赤い核(・・・・)がボコボコと浮き上がる。そして、その4つの核はお互いにくっつき合うと1つの大きな赤黒い核に合体した。


 合体した赤黒い核は液体の中へと沈んでいき――黒い液体は再び人型を形作る。


『オオオオオ!!』


 4体のデキソコナイ。4つの核を合わせて新たに現れたモノ――それは黒いタテガミを携えたライオンのような頭を持った1人の亜人。


 体には兜を除いた白銀の金属製防具を身に付け、額には赤黒い核が埋め込まれていた。


「初代、幻獣王様……」


 イングリット達の背後から小さく呟かれた声に振り向くと、腰を抜かして地面に座り込んでいたマーレが震えながら目を見開いていた。  


読んで下さりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ