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8 ヒロインなのじゃ


「ぬう。なんじゃここは……」


 金髪の少女は手で目を擦りながら長い髪を揺らしながら周囲の状況を確認。


 寝ている状態から上体を起こし、眠そうな紫色の瞳で正面にいたイングリットを視認すると、ぼーっとイングリットの顔を眺め続けた後にクワッと目を見開いて驚きの声を上げた。


「お、お主、何者じゃ! その角は魔族か! 妾はなんでここに!?」


 少女はキョロキョロと周りを見ながらもイングリットに質問を浴びせ続ける。


「落ち着け。俺は魔族で、お前がファドナ皇城の地下で拘束されてたのを俺が助けた。お前は聖なるシリーズなんだろう?」


「た、助けた? 人間に捕まった妾を助けたのか? お主、アルベルト家の者か?」


「アルベルト家? それは知らん。それより、お前は聖なるシリーズなのか? 武器に変化できるのか?」


 少女からは家名らしき単語が出るがイングリットは興味の欠片もない。


 彼は少女が聖なるシリーズというアイテムなのかどうかが重要だった。


「なんじゃ、さっきから言っておる『せいなるしりーず』とは? 妾は武器になんぞならん。妾は偉大なるアルベルト伯爵家の次女、シャルロッテ・アルベルトじゃぞ?」


 捕まっていたクセに随分と元気よくどーん、と たわわに実る胸を張ってドヤ顔を浮かべる美少女――シャルロッテ。


 一方で、聖なるシリーズでも武器に変化する少女でもない、と知ったイングリットは彼女に対して向ける興味は8割ほど低下した。


 残り2割は情報収集に使おうという算段だ。


「あ、そう。で、お前は何で捕まっていた?」


「待て、待つのじゃ! アルベルト家の次女じゃぞ? もっとあるじゃろ?」


 シャルロッテは「妾は貴族じゃぞ? チラッチラッ」としてくるが興味の無いイングリットはバッサリと切り捨てる。


「知らん。質問に答えろ」 


「お主、なんなのじゃあ!」


 シャルロッテはイングリットの態度にブツブツと小さく文句を言いながらも語り始めた。


「1週間前に魔族領である妾の――アルベルト家が治めるアルベルト領が人間とエルフに大陸戦争で負けて奪われたのじゃ。両親と姉は戦死。家臣達も殺され、最後に残った者は妾を守る事もせずに逃げおった。そして妾は捕らえられ、聖樹王国に捧げる供物にすると言われてファドナに連れて行かれたのじゃ」


 2つの勢力が争い、領土を奪い合う大陸戦争。


 彼女はその戦争に負けた被害者。


 ゲーム内では人質や捕虜というシステムは無かったが、やはり現実の戦争となるとゲームでは再現されなかったシビアな現実があるのだろう。


 何やら聖樹王国の供物という怪しい単語も出たがイングリットは意にも介さずスルー。


「ふーん。じゃあどこでも好きに行って良いぞ」

 

 しかも薄着の美少女を敵国の領土内で放り出す始末。


 女なんぞ興味無し。


 興味あるのはワクワクドキドキな冒険と金銀財宝だけだ、と敵から助けた貴族の美少女相手にステキな恋物語が始まる予兆など一切無かった。


「なんでじゃあ! 助けておいて酷いのじゃあ! 責任取るのじゃあ!」


 シャルロッテはイングリットの腕に縋りつきながら涙を浮かべて喚き散らす。


 クリフがこの場にいれば「その通りだ。美少女を捨てるイングリットは鬼畜だね」と言っていたに違いない。


 だがクリフはこの場にいないのだ。イングリットは「のじゃのじゃ」と言いながら腕を揺する美少女を完全にスルーしながらコーヒーを飲んでいた。


「のじゃのじゃウルセェ! どうしろってんだよ!」


 鬱陶しいシャルロッテにイラつきながらイングリットが叫ぶ。


「妾を魔王国の魔王都イシュレウスまで連れてって欲しいのじゃ。こんな所に置いていかれたらまた捕まってしまうのじゃ。どうか頼むのじゃ」


 シャルロッテはイングリットの腕を両手で掴み、上目遣いで懇願する。


(姉上より習った涙目上目遣いで男なんぞイチコロなのじゃ)


 本当に置いていかれそうなので、彼女なりに女というモノを武器に攻めたつもりであった。


 そう、彼女も可愛らしい容姿とは裏腹に結構計算高いチョイワル美少女だった。


「は? なんで俺が?」


 しかし イングリットには 効果がなかった。


(効いてないのじゃあ!)


 彼は心底面倒くさい、と嫌そうに顔を歪めて舌打ちする。


「お願いなのじゃ! 本当にお願いなのじゃ!」


 打算的にお願いしていたシャルロッテだがこのままでは本当に置いていかれると思い、自然と紫色の瞳からはジワリと涙が浮かび上がってポロポロと零れ出す。


 彼女の泣く姿を見ると、イングリットの脳内には一瞬だけ『ある瞬間』がフラッシュバックした。


『―――ッ! おねが――よ」


 脳内に一瞬だけ浮かんだのは女性らしき者が、自分の手を握り締めながら懇願している風景だった。

 

 その風景を脳が認識した後、イングリットは涙を流すシャルロッテを見ると少しだけ気まずくなる。


「……しかたねえな。わかったよ」

 

 幸いにも行き先は同じ。


 彼女がどうなろうと知った事ではないが、聖なるシリーズと誤解して持ち出してしまったのは自分。

 

 その件もあるが、この事が巡り巡ってクリフに知られればアイツから説教されるに違いない、と美少女の事に関すると恐ろしいほどにキレやすくなるパーティメンバーを思い浮かべていた。


 そして何より、女なんぞ抱えても面倒だと知っているのに何故か彼女を捨てられない自分がいた。


「やったのじゃ! 助かったのじゃあ!」


 シャルロッテはやったやったと喜びながら長い金髪を揺らす。


「ところで、お主。名前は何なのじゃ?」


 泣き顔から一変し笑顔を浮かべるシャルロッテ。


「イングリットだ」


「そうか。よろしく頼むのじゃ、イングリット」


 自己紹介を終えたところで、シャルロットは飲み物を要求。


 イングリットは面倒臭そうに沸かしたお湯をコップに注いで彼女に手渡した。


「お前、捕まってたのに何でそんな元気なんだ?」


 のじゃのじゃ言いながら騒ぐ彼女はとてもじゃないが捕まっていたとは思えない。


「何でも聖樹王国の供物にするから死んだり弱ったりしてはイカン、と食べ物と飲み物はくれたのじゃ」


 戦場から移送される際も食事と水は与えられ、地下に拘束されていた時も食事を届ける係りがいたと言う。


「その供物ってのはなんだ?」


「さぁ? 神がどうたら~とか偉そうな爺が言ってたがようわからん」


 シャルロッテはコップの中のお湯をコクコクと飲んだ後に可愛らしく首を傾げて説明した。


 大した情報は得られなかった事でイングリットは再びその単語から興味を失くす。


「次はこっちから質問じゃ。お主、種族はなんじゃ? 出身はどこじゃ?」


「赤竜族だ。出身は……リバウだな」


 イングリットはシャルロッテの質問に対して一部は素直に答える。


 さすがにゲームうんぬんの話をしても信じないだろう、と出身地は魔族プレイヤーがゲーム開始後、チュートリアルクエストで最初に訪れる街の名を告げた。


「……そうか。おかわりなのじゃ」


 シャルロッテは敢てイングリットの答えには触れずにおかわりを要求して誤魔化した。


(赤竜族じゃと? しかも、既に人間達によって絶滅した王種族に加えて出身が始まりの地……ふざけておるのか? しかし、竜角と赤い髪に首筋の赤い鱗。見た目はリザードマンとはまるで違うし……)


 竜人族と呼ばれる種族はこの世には既にいない。いたのは知られているが、過去にあった神と王種族が戦った戦争――『神話戦争』当時に存在した種族である。


 人化していない竜の姿のままのドラゴンと呼ばれる種とドラゴンの眷属種である人語を話す人型トカゲ種であるリザードマンは未だ健在だが赤竜族――イングリットのように完全なる人型になった竜は現在には皆無。


 さらに、イングリットが出身地と言ったリバウ。


 リバウとは現在王都である魔王都イシュレウスの前身、魔族発祥の地であり神話戦争終戦間際に侵略されて消滅した現在の魔族領土の北――大陸中央にあった旧魔王都の名だった。


(何者なのじゃ……?)


 シャルロッテはイングリットの素性を怪しむが、口にはしない。


 ヘタな事を口にして彼の機嫌を損ねてしまえば魔王都まで連れてって貰えなくなると思ったからだ。


 しかし、イングリットへの考察を経て彼女はある企みを考えつく。


(妾を敵の中核から助け出す実力。本当だとすればかなりの強者じゃ。魔王都で別れるのは惜しい)


 エルフと同盟を組んでいるものの、大陸の強者である人間から自分を救い出した男。


 この男の力が本物であれば、モノにしたい。彼女が今後生きて行く上で役立つに違いない、と。 


(くひひ。妾の魔法でこやつを奴隷にしてやるのじゃ)


 シャルロッテ・アルベルト。


 彼女はサキュバス母とヴァンパイア父を持つ両種族のハーフで、種族的にはサキュバスとされている。


 種族が違う者同士が子を成すと両親のどちらかの特性を持って生まれるのが通常だが、彼女は稀に見る特殊な個体であった。


 サキュバスの母の血が濃く出た彼女の種族は書類上ではサキュバスだが、ヴァンパイアの特性も継承した特別なサキュバスなのだ。 


 淫魔と呼ばれるサキュバスは相手を魅了する精神操作を得意とし、ヴァンパイアは相手を眷属化させて奴隷にする魔法を使う。


 シャルロッテは親から受け継いだこの2つの魔法を使ってイングリットを手駒にしようと企んだ。


(くひひ。寝る時にやってやるのじゃ)


 伯爵家次女で両親と姉から可愛がられて育てられたシャルロッテは少々……否、結構なわがまま娘だ。


 欲しいモノは何でも手に入れてきた彼女。


(強ければ妾の護衛に役立つ。それに、眷属化すれば……もう裏切られないのじゃ)


 彼女の顔には一瞬だけ、家臣として共に暮らしてきた者に裏切られた光景が浮かび上がるが、首を振って頭の片隅に追いやった。


 その後にコーヒーを飲むイングリットの顔――赤髪と竜角を生やしたワイルド系イケメンの横顔を見つめた。


(こやつの見た目も悪くないし、高貴で超絶美少女な妾の護衛としてはピッタリなのじゃ!)


 目の前の男も自分ならば難なく手に入れられると疑う事無く、彼女はカップの中の温いお湯を飲みながら口元を隠してほくそ笑む。



-----



 イングリットはシャルロッテからこの世界の事をもう少し聞こうと思ったが、眠気を感じて欠伸をした事で今日の聞き取りは中断した。


 明日も移動しなければいけないし、明日に備えてテントに『魔獣避けの風鈴』を吊るして寝る準備を始めた。


「おい、俺は寝るぞ」


「妾も寝るのじゃ」


 イングリットがテントに入るのをシャルロッテも追って行き、2人でテントの中に入った。


「一緒に寝るのかよ……」


 狭くなる、と嫌そうに呟くイングリット。


「当たり前なのじゃ。か弱い妾を外で寝かすなどお主は鬼畜か?」


 割りと本気で嫌そうにするイングリットにドン引きするシャルロッテ。

 

 イングリットがテント内に敷かれたキャンプ用のマットの上に体を横にして、シャルロッテも彼の隣に陣取る。

 

(くひひ……。そんな顔もこれまでじゃあ!)


 イングリットが疲れた体を横たえ、ハァーとリラックスするような息を吐いたのを横目にシャルロッテは企みを遂に実行する。


「お主、こっちを見るのじゃ」


「あ?」


 こっちを見よ、と告げるシャルロッテの紫色の瞳は怪しい光を灯しながらユラユラと輝く。


 彼女の企みなど何も知らないイングリットはその怪しく輝く紫色の瞳に釘付けになった。


 これはシャルロッテの種族特性――イングリットがやっていたゲームで言えば種族スキルだ。

 

 精神操作である状態異常攻撃『魅了』と相手の意識を支配して従属化させる『従属化』


 さらには強者と思われるイングリットを支配するためにダメ押しで発動した『痛覚変換:快感』


 相手を魅了し、使用者を主人として定める従属化。


 そして魅了と従属化が切れた後の保険に、使用者から受けた痛覚を快感に変化させて相手を調教して逆らわせなくする為の痛覚変換。


 イングリットが城で使ったようにケロローロの睡眠からマリオネットの傀儡状態にするコンボ技のようなモノだ。 


 魅了と従属化が切れる前に痛覚変換で快感を与えて快楽の虜にすれば、相手自らシャルロッテの奴隷にして下さいと頭を下げるだろう。


 サキュバスとヴァンパイアのハーフらしいシャルロッテのスキル――魔法であった。


「くははは! お主は妾の奴隷となるのじゃ!」


 この3つの魔法を同時に無詠唱(・・・)で、瞳を光らせただけで発動させる彼女はゲーム内で言えば優秀な『デバッファー』と言えるだろう。


 そう。彼女の魔法の一部はデバフ(・・・)なのだ。


 魔法を発動させると紫色のモヤがイングリットを包み、次第に紫色のモヤがイングリットの体の中に侵食を始めるが、パチパチっと音が鳴った後に侵食が静止する。


「な、なんじゃ!?」


 パチパチと音を鳴らして静止した紫色のモヤに驚くシャルロッテ。

 

 普段ならば魔法が効けばすぐさま効果を現し、効かなければモヤが霧散する。


 音が鳴りながら静止するなどという状況は初めてだ。


 彼女が初めて遭遇した現象に声を上げた瞬間、イングリットを包んでいたモヤがもの凄い勢いでシャルロッテへ戻って来た。


「な、なひぃいいい!?」


 戻って来たモヤに直撃して声を上げるシャルロッテ。


 この現象の原因はイングリットの持つ『デバフ反射』が原因だった。


 細かく説明すると『従属化』と『痛覚変換:快楽』はゲーム内にはスキル名や魔法名として存在しない魔法なのだが、ゲーム内では『呪い』にカテゴライズされる魔法であった。

 

 ゲーム内の呪いとは相手に様々なステータス低下を付与するデバフ魔法だ。


 アタックカース、ディフェンスカース、などとゲーム故に大まかにだけスキル名が表記されていて『どのような呪いで攻撃力低下』というのは明確化されず省略されていた。


 そこで、彼女が使った『従属化』『痛覚変換:快楽』はゲーム内に存在しない魔法であるが、省略されていた部分の『どのような呪いか』というのが現実的に明確された現代の魔法。


 前者は魔法発動者に対して攻撃値低下、後者は魔法発動者に対して知力(思考能力)低下、とイングリットの『デバフ反射』が裁定を下した結果、同時に3つまで反射可能な『デバフ反射』が発動してシャルロッテに反射付与されてしまったのだ。


「おお、おおぅ、うおお……」


 まさか従属化させようとした結果、シャルロットは自分が従属化されてしまい変な声を上げながら悶えだした。


 さらには『痛覚変換:快楽』までのオマケ付き。


 2つの呪いが交じり合い、複合魔法化して高位の呪い――術者から離れることのできない本格的な呪いとなって彼女の体に刻まれる。


 その証拠として、シャルロッテの露出しているヘソの下にハート型の淫紋が浮かび上がった。


 ここまでならまだ良かったかもしれない。


 3つ発動させた魔法のうち、2つはデバフ。


 残り1つの『魅了』は制限時間付きの状態異常だった。


 現在のイングリットはファドナの騎士から奪った装備を脱いでタンクトップと薄いズボンだけ。


 1日の疲れとシャルロッテとの会話で普段の黒い鎧の下に装備している状態異常無効の指輪を装備するのをすっかり忘れていた。


 故に、呪いであるデバフは反射するが魅了は対策していない為にかかってしまう。


「グウゥ……」


 イングリットは魅了状態となり、シャルロッテが魅力的で仕方なくなってしまう。


 そして、魅了されたイングリットは内に眠る凶暴な竜の本能が蘇ってしまったのだ。


「グォオオオ!!」


 魅了状態になったイングリットはシャルロッテを押し倒して覆い被さる。


「な、なんじゃ……おほおおおお!」


 この日の夜、テントの中からは「お"っ! お"っ!」という謎の声が鳴り響いた。

 

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