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80 モヤ遺跡攻略 2


 モヤ遺跡内部の攻略を始めてから1時間程度。現在、イングリット達は第2層目へと続く階段を降りている最中であった。


 ここまでスムーズに攻略が進んでいるのは遺跡内部が単純にそこまで広くないという事。


 全体的に見ても出現する魔獣の強さも驚異的なものではなく、神殿ダンジョンのように数で押してくるような魔獣がいないからだ。


 出現するのは昆虫系の魔獣でほぼ単体。現実世界では十分脅威とされ、Aランク認定されている魔獣もイングリット達にしてみれば初級~中級者レベルの相手なので苦戦するはずもない。


 更には次の階層へ続く階段が設置してあるフロアに、フロアを守る主がいなかったのも大きい。 


「はぁ……はぁ……」


 ただ、唯一例外なのはマーレ。


 イングリット達が現れた魔獣を大体ワンパンで処理していくのをただ見ているだけであった彼女。しかし、それでは彼女のジャハーム最強と名乗るプライドも同行している意味もバッキバキに粉砕されてしまう。


 それだけは避けたい彼女は背負っている大剣を抜いて果敢にも魔獣へ飛び込んだ結果、完全に1人だけペースを乱してしまい肩で息をするほど疲労していた。


「大丈夫?」


 見かねたクリフが疲労回復にも多少効くヒールを彼女の背中に当てると、彼女は深く息を吐きながらクリフへと振り向いた。


「ああ、すまない……」


 彼女はクリフの顔を見ながら弱々しく笑う。


 自分は魔獣一体に対して苦戦してしまっているのが情けない。それに加え、王種族との種族としての()を見せ付けられ自信すらも失いかけていた。


「お前、その剣で全ての魔獣を倒そうと思っているのか?」


 そんなマーレに先頭を行くイングリットが話し掛ける。


「……ダメなのか? この剣は我が氏族の誇りだ」


 マーレの言う通り、彼女の使う大剣は代々氏族長から受け継がれてきたモノ。幻獣王と共に人間とエルフからジャハームを守ってきたという誇りの詰まった剣なのだ。


「誇り、ね。そんなもんで敵を殲滅できりゃあ苦労しねえ」


「なんだと!?」


 イングリットの物言いに怒りを顕わにするマーレ。


 成り行きを見守るシャルロッテには少々の緊張が浮かぶが、クリフとメイメイは気にしていない様子。


「お前が斬りかかった魔獣はマッドヘラクレスだ。あれは鋼よりも硬い外殻を持った魔獣だぞ。普通は魔法か打撃武器で倒すんだよ。剣で斬るなんて芸当、お前には無理だ」


 イングリットの言う通りマーレが苦戦していた魔獣は硬い外殻を持ち、高い斬撃耐性を持った魔獣。


 剣術スキルを高いレベルで会得しているプレイヤーならまだしも、そんなスキルは持ち合わせていないと見ただけで分かるマーレが外殻を斬ろうなどと愚か者の行為と言わざるを得ない。


「誇りうんぬん言う前にお前は魔獣の特性を知って、自分の手札を増やせ。剣だけ振って勝てる相手なんて多くない」


 イングリットの言葉にマーレは「うぐっ」と言葉を詰まらせ、反論する事ができなくなってしまう。


「周りと比べて自信を無くしている暇があったら自分に何が出来るのか考えろ」


「……わかった」


 頬を膨らませながらムスッとしてイングリットから顔を背けるマーレ。


「何だかんだ言いながらアドバイスしてるのじゃ」


「口は悪いけど初心者には優しいんだよ」


 列の後方でコソコソと話し合うクリフとシャルロッテ。


 イングリットの言い方は少々トゲがあるかもしれない。しかしながら、彼自身が初心者時代に苦労してきたからこそのアドバイス。


 ただ、受け取り手がイングリットの苦労を知っているか知っていないかで印象は変わるだろう。


 現にマーレは少々不機嫌になっているが彼をよく知るクリフやメイメイ、最近になって理解してきたシャルロッテは微笑ましいものを見るような目を2人に向けていた。


 そんなやり取りをしている間、降っていた階段は終点へ。


 第2層へと辿り着き、イングリットは持っていたランタンを掲げて周囲を照らす。


「なんだ、おい」


 光に照らされて顕わとなった周囲にイングリットはそんな感想をつい漏らしてしまった。


 そう言ってしまうのも無理はない。


 第1層のように石ブロックの床や壁がある事は変わりない。しかし、周囲には窓付き小部屋がいくつも存在していた。


 近くの小部屋にある窓を覗き見れば、部屋の中には明らかに生活感の漂う朽ちた本棚やベッド。


 別の小部屋にはテーブルの上に置かれたフラスコや割れた薬瓶と試験管などの実験器具が無造作に放置されている。


 そして何より、第2層フロアを構成する材質は違えど、ここはどう見ても神殿ダンジョンの第3層と酷似していたからだ。


「どう思う?」


 イングリットはクリフとメイメイに意見を求める。


「いや、どうと言われても……。似てるよね」


「フロアが全く同じってダンジョンは今まで無かったよね~? という事はまた穢れ~?」


 しかし、2人も首を捻るだけで答えを告げる事は出来ない。


 ゲーム内にも、似たようなフロア構成や性質・ギミックを持つダンジョンは確かに存在する。


 だが、メイメイの言う通り全く同じ構成(・・・・・・)のフロアを有するダンジョンは今まで見た事は無い。


「……待て、ここも魔獣を倒したら粒子化しなかったよな?」


 イングリットの言葉にクリフがハッとなって顔を向ける。


「おかしいよ! 日替わりダンジョンは粒子化してドロップアイテムが現れたのに……。まさか……人工的に作られている?」


 クリフの辿り着いた答えは、ここが何者かによって人工的に作られたフロアだと言う事。 


 そして――


「ここはダンジョンじゃない……?」


「前の神殿も同じ可能性があるな」


 何者かによって、元々あった施設や遺跡を改装された可能性。


 その答えが真実だと仮定すれば、犯人には簡単に辿り着く。


「十中八九、人間共だろう。マーレ、この遺跡まで人間達は侵攻したのか?」


「ん? ああ、そうだ。昔、人間達は旧王都を攻める際にこの周辺で駐屯していたと記録が残っている。ジャハーム軍が旧王都で防衛していたが、神脈が枯れて旧王都は砂漠化してしまい水を得られなくなった。防衛戦で幻獣王も重症を負ってしまったし、やむ終えず今の王都がある場所まで撤退したんだ」


 周囲を珍しそうに見ていたマーレに問いかけると、彼女はジャハーム地域大陸戦争の歴史を語る。


「その後は?」


 イングリットが続けて問うとマーレは腕を組みながら、過去に読んだ事のある記録書を脳内から引っ張り出す。


「ええっと、その後は人間達も水が尽きたのか撤退していったと書かれていたような……。人間とエルフが撤退した後にモヤ遺跡内部にある王家の墓を新王都まで移送しようとするが、入り口の開き方は王家のみが知っていてな。既に幻獣王様は重症の末に死亡してしまったし、旧王都は人間との戦闘で崩壊していたんだ」


 故に、今まで入り口の見つけ方が分からなかったと付け足した。


「ここで何かしていて、満足したから帰ったように聞こえる」


「私もそう思うね」


 クエストの内容からして、モヤ遺跡地下には神脈を塞き止める楔がある事は間違いない。


 楔を作り、神脈を塞き止めたのは確実に人間だろう。


 だが、楔で神脈を塞き止めてジャハームを砂漠化させ追い詰めたのにも拘らず、殲滅せずに撤退する理由が分からない。


 マーレは『人間達も水が補給できなくなった』と言うが、それは『無い』だろう。何故なら、その当時から人間側にはエルフがいたはずだ。


 魔法が得意で他の種族よりも魔力量が格段に多いエルフが多数帯同していながら、魔法で水を作りだせなくなる状況に陥る事はまずあり得ない。


 では、何故人間達は侵攻を中断したのか。


 何らかの目的が果たせたのか。あるいは、侵攻を止める事にメリットを見出したのか。


 このフロアにある『実験室』のような部屋もそれに関連するのだろうか。


(神脈の解放。それに、真実の鍵(・・・・)……か)


 クリフは顎に手を当てながら、自分達がこの世界に来た理由と切っ掛けを思い出す。


 人間達はこの実験室で楔を作っていたのか、それとも……別の実験をしていたのだろうか。今はまだ、答えは見つからない。


「クリフが考えモードに入っちゃった~」


「まぁ、丁度いい。ここで一旦休憩にするか」


 ウンウンと悩み始めたクリフの姿を見つめるイングリットとメイメイ。


 キリも良いので一旦休憩にしよう決めたイングリットは他の2人――シャルロッテとマーレにその事を告げようと周囲を探す。


 すると、2人は壁際の角で何やら話している様子。


「ダ、ダメなのじゃ! 罠かもしれんのじゃ!」


「いや、こんな無造作に置いてあるのだぞ? 大丈夫じゃないか?」


 2人の前にあるのは今にも崩れそうな木製のテーブル。そして、そのテーブルの上にはちょこんと置かれた青色でメタリックな外見をした鱗のようなモノ。


 何とも珍しい素材なのでは? と興味を抱いたマーレがそれを持ち上げようとしているのを、シャルロッテが止めようとしているようだ。


 シャルロッテの静止を聞かず、マーレが青メタリックな鱗に手を伸ばすと鱗のように見えた物がブルブルっと震える。


 鱗だと思っていた物の正体は小さな虫。左右3本ずつの足がいきなり飛び出し、カサカサカサと高速で移動した。


「うおう!?」


「ぎゃにゃああああ!!」


 突然の事に驚いたマーレとシャルロッテは悲鳴を上げて飛び上がる。


 特にシャルロッテの驚きようは大きく、彼女は大きく手を振り回しながら壁際に飛び上がった。それがいけなかった。


 ポチリ。


 いつかのように、シャルロッテの肘には何かを押す感触が。


「おい、お前――」


 しかも、その様をイングリットにバッチリと見られてしまった。


 シャルロッテが言い訳しようと顔を向けた時、室内がゴゴゴゴと大きく揺れる。


「なんだ!?」


「妾のせいじゃないのじゃ! 妾のせいじゃないのじゃあ!」


 突然の振動にパーティメンバーは降りてきた階段の前に集合。振動の原因を探そうと周囲に目を向けると、先程までシャルロッテとマーレがいた部屋の角の壁に異変が現れる。


 石ブロックで造られた壁からはパラパラと細かい破片が落ち、今にも崩壊しそうな様子を見せる。そして、それと同時に嫌な音が耳に届く。


 ――キリキリキリキリ


 イングリットが「まさか」と小さく呟くと同時に壁は崩壊。崩壊した壁の中から大量の飢餓虫が湧き出してきた。


「う~ん……」


 その光景を見たクリフはいつもの悲鳴を上げる前にショックを起こしてしまったようで、ぶくぶくと口から泡を吐きながら気絶して倒れてしまう。


「おい、クリフ!?」


「ちょ、ちょ、ちょ~! 早く逃げないと~!!」 


 壁から溢れ出る飢餓虫はキリキリと音を鳴らしながら、イングリット達を獲物と見定める。


「クソッタレが!! 早く掴まれ!!」


「ひゃあ! な、何をするんだ!」


 イングリットは気絶したクリフを左脇に抱え、右脇に状況に似つかない乙女な悲鳴を上げたマーレを抱えた。


「早く! 早く~!」


「妾のせいじゃないのじゃ! 違うのじゃあ!!」


 メイメイとシャルロッテはぴょ~んジャンプしてイングリットの背中に張り付く。


「結局こうなるのかよ!」


 全員が準備完了したのを確認したイングリットは真っ直ぐ続く通路を走り出した。


 キリキリキリキリ――


 イングリットが走り出すと飢餓虫の大群は海から押し寄せる波のようにして追いかける。


「メイ! ありったけの魔石爆弾と炎系のアイテムを投げ込め!」


 押し寄せる大群を処理するには最早フロアの崩壊を気にしている暇はなく、とにかく範囲攻撃を行うしか対処法は存在しないだろう。


 だが、広範囲魔法を使用できるクリフは現在使い物にならず。ならば、手持ちのアイテムでどうにかするしかない。


「これ、投げて~!」


 インベントリから魔石爆弾が入った革袋、火炎瓶と調理用の油を取り出してシャルロッテへ手渡しながら手伝うよう告げる。


「あああ!! 来てるのじゃ!! 来てるのじゃああ!!」


 後方から迫る飢餓虫の波を見て恐怖の叫びを上げながら、渡された魔石爆弾や油を次々と投げ込むシャルロッテ。


 前回の神殿ダンジョンで大岩に追われている時と違って今回はクリフの支援魔法が無いため、イングリットの足はそこまで早くない。


 とにかく迫り来る虫の数を減らさなければ追いつかれて全滅してしまうだろう。


「どんどん投げて~!」


 飢餓虫は次々に魔石爆弾の爆発や火炎瓶の炎に飲まれ、先頭付近にいたモノ達が死亡。それに伴い減速するも未だ迫り来る数は多い。


 まだ追ってくる様子を見たメイメイとシャルロッテは投擲を再開。チリチリと熱い炎が2人を襲う。


 メイメイの顔は黒くススだらけになり、シャルロッテは着用していた踊り子衣装に装着されていたシースルーの部分が焦げる。


 だが、そんな事を気にしている暇が無いくらいに何度も爆発と火炎瓶による炎の発生を繰り返した。


「階段が見えた! メイ! 俺達が通り過ぎたら入り口を爆発させて封鎖だ!!」


 イングリットは視界の先に見える階段を捉え、背中にいるメイメイへ作戦を告げる。


「あいあいさ~!!」


 長年パーティを組むメイメイも行動に迷いが無い。


 イングリットの提示した作戦を信じて、指示された通りに行う。


「準備完了~!」


「うおおお!!」


 イングリットが階段に足を掛け、飛ぶように降りて行く途中でメイメイは魔石爆弾を6個後方へ投げ込むと階段の入り口が大きく爆発。


 階段の入り口が崩壊し、入り口は封鎖。


 そのまま3層まで一気に駆け下りて飢餓虫の群れが着いて来ていないのを確認すると、イングリットは疲労で床に崩れ落ちた。  


読んで下さりありがとうございます。

次回更新は月曜日です。

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