79 モヤ遺跡攻略 1
モヤ遺跡内部へと続く梯子を降りると、上層にあった神殿と同じように石のブロックで造られた暗い通路が続いている。
通路の幅は広く、大人が3人横に広がっても余裕がある程だ。
広さは違えど、通路に充満する雰囲気はどこか神殿ダンジョンに似たものが感じられる。
(雰囲気的にはダンジョンだが……神殿といい、何か違う気がするな)
この場所は確かに他のダンジョンと同じ空気が感じ取れる。だが、長年冒険者をやって来た勘と言うべきか。
神殿ダンジョンといい『ダンジョンのようでダンジョンではない』という感覚がイングリットの中で僅かにチラつく。
人工的に作った施設にダンジョンの皮を被せたような……とにかく、ダンジョンなようでダンジョンではない、という感想が一番しっくり来るだろうか。
しかし、1人で考えていても仕方がない。
イングリットは考えを一旦脳内の隅に追いやり、メイメイにダンジョンウォーカーで階層を調べるよう指示を出す。
『全部で3層。1層から罠の気配があるモグ』
ダンジョンウォーカーが地面に潜って数分。ひょこりと頭を出したダンジョンウォーカーはモヤ遺跡の構造を告げる。
「3層か。思ったよりも少ないな」
「一番下に縛られた魂とやらがあるのかな?」
「だろうね~。王族の墓だって言うし、霊系のボスなのかな~?」
イングリット達がそれぞれ言葉を口にすると、メイメイの発言を聞いたシャルロッテの肩がビクリと震える。
「れ、霊なのか!? ここは霊が出るのか!?」
「墓系のダンジョンではよくあるよな。悪霊系とかゾンビ系とか。神殿ダンジョンもそうだったろう」
イングリットがそう言った瞬間、通路の奥からヒュォッと冷たい冷気が流れ込んでくる。
「ひ、ひええ!」
突然の冷気にびっくりしてしまったシャルロッテは、メイメイの腕にしがみ付いてガタガタと体を震わせた。
「ううむ。モヤ遺跡の内部はこうなっているのか……。しかし、霊の魔獣なんぞ聞いた事がない」
一方で、話を聞いていたマーレは初めて聞くタイプの魔獣に己の剣が通用するのかと頭を悩ませる。
「先に進むぞ。一列になれ。罠に気をつけろよ」
イングリットはインベントリからランタンを取り出すと通路の先を照らしながら先頭を歩き始めた。
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「親分!! 壁が開いてやす!!」
「うるせえ! 見りゃわかる!!」
コソコソとイングリット達の後を付け、神殿の入り口に隠れて内部を窺っていると親分の目には驚きの光景が映し出されていた。
それは長きに渡って謎とされていたモヤ遺跡内部へと続く入り口が発見された光景。
「すげえ! 本当にモヤ遺跡の中へ入れるんだ!?」
部下の興奮も無理はない。
今まさに、ジャハームの歴史の中でも最大級の発見が成されているのを見てしまったのだ。親分は親分らしく冷静な雰囲気を装っているが、内心興奮しまくりで若干鼻息が荒い。
「アイツ等を襲うのはヤメだ! 後を付けて内部に眠る王族の宝を頂こう」
「そうですね! 折角、内部に侵入できるだ! そっちの方が絶対金になりやすね!」
「おうよ! アイツ等が中に入って少ししたら、俺達も中に入るぞ! 下の奴等にも知らせて来い!」
「へい!!」
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イングリット達が進む通路の先で轟音と共に爆発四散する魔獣。
流れ来る爆風を大盾で防ぎ、背後にいる仲間を守るイングリット。
魔獣の姿は2メートル程のカマキリだったが、カマキリが通路の曲がり角から姿を現した途端にクリフが放った魔法の直撃を食らい既に原型を留めていない。
「いきなりぶっ放すんじゃねえって言ってんだろうがッ!?」
「もう嫌だァ! 帰りたい!!」
轟音とモヤ遺跡が揺れるほどの衝撃だったが、幸いにも通路は崩壊を免れたようだ。
しかしながら、クリフが泣き叫びながら無慈悲に魔法を放つこの光景は、ダンジョンに突入してから既に3回目。
最初は通路のど真ん中で待ち構えていた昆虫型魔獣の群れに。次は床に空いていた穴から這い出た蟻型の魔獣に。そして、3回目は曲がり角からヌッと現れたカマキリに。
そう。モヤ遺跡に蔓延る魔獣の種類はクリフが大の苦手とする昆虫型の魔獣達だったのだ。
「もう嫌だ。帰りたい。帰りたい」
美形な顔を歪め、鼻水を垂らしながら泣くクリフ。
「し、しかし、先に行かなければならぬのじゃ」
霊が出るダンジョンではないと判明した途端に体の震えが収まったシャルロッテだったが、今度はクリフを慰める役になっていた。
「たく、しょうがねえ……ん?」
爆発四散したカマキリが姿を現した曲がり角へ先行し、左右の道を確認するイングリットの耳に小さく不吉な音が届く。
その音はガサガサ、シャカシャカという何かが大量に蠢く音。そして、一番特徴的なのがキリキリキリという何かを齧るような音だ。
音の正体を察したイングリットは素早くランタンの火を消す。
そして、仲間の下へ戻るとクリフが生み出した魔法の光を握り潰して周囲を暗闇へと変化させる。
「静かに着いて来い。絶対に喋るなよ」
イングリットが小声で告げると全員が頷く。この時ばかりはクリフも嗚咽を我慢し、涙を流しながらも口に手を当てて頷いた。
全員が静かにイングリットの後を着いて行き、曲がり角を左へ進む。
左へ曲がって通路の中程まで来ると、イングリットは来た道を振り返りながらインベントリから『誘惑御香』という甘い香りが漂うアイテムを取り出した。
その御香を嘗てファドナ皇国に潜入した際に使用したバケツ兜の中へと入れる。
御香の入ったバケツ兜を進まなかった方向――不吉な音が鳴り響いていた通路の右側へと思いっきり投げ込む。
イングリットの力ステータスは低い。しかし、通路の先まで投げるには十分だったようで、投げられた兜は剛速球と化して通路の先へと落ちる。
すると、キリキリキリという音が大音量で鳴り響き、カサカサ、シャカシャカという蠢く足音が投げられた兜の方向へと向かって行く。
「うわ~……。もしかして、飢餓虫~?」
「ああ。危なかった。あれの群れと出くわしたらクリフは使い物にならない」
飢餓虫。それは文字通り、常に腹を空かせている昆虫型の小型魔獣。
大人の拳サイズの魔獣で一匹で現れれば脅威ではない。しかし、飢餓虫は常に10匹以上群れて動く。
更に飢餓虫は鉄でもミスリルでもアダマンタイトでも肉でも何でも食い荒らす最悪の悪食。
通路の向こうには音からして30匹はいただろう。そんなものが群れなして襲ってくれば、イングリットの持つ大盾や鎧も無事では済まない。
しかも飢餓虫の気持ち悪いフォルムと群れ成すおぞましさをクリフが見てしまえば魔法を撃つどころか、絶叫した後に脳の回路が焼き切れて失神してしまうだろう。
それを回避すべく、気付かれないように移動した後で魔獣を誘導して留まらせるアイテムである『誘惑御香』を投げ込んだのだ。
バケツ兜に入れて投げたのは投げやすくする為と飛距離を稼ぐ為でもあるが、鉄の兜が床に落ちる音で飢餓虫の気を引ける利点もあり、音で気付いた飢餓虫が鉄の兜をエサと認識して群がってくれるからだ。
兜を食い破った後は御香の袋を自ら破き、その効果を受け入れるだろう。
現に、飢餓虫の気色悪い音は既に聞こえなくなっている。御香の効果で状態異常になった証だ。
「さて、状態異常が切れる前に先へ急ぐぞ……ってなんて顔してやがる」
再びランタンに光を灯し、先へ向かおうと振り返ったイングリットはクリフの顔を見やる。
「ぐす、ぐす……」
最早、美形なクリフはそこにはいない。
いるのは脂汗で青い髪を顔中に張り付かせ、涙と鼻水でべちゃべちゃに汚しながら歯を食いしばるブサイクな悪魔だった。
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イングリット達の後に続き、モヤ遺跡へと潜る盗賊団達。
「ちくしょう! 右からだ!」
「違う! 下にある穴からぎゃあああ!!」
彼らは次々と沸いて出る昆虫型魔獣に悪戦苦闘していた。
一本道の通路かと思いきや、シンプルな道ほど危険な魔獣が潜んでいるのがダンジョンの常識。
壁の石ブロックの隙間から湧き出る小型昆虫魔獣に手足を齧られ出血する者。暗く見えない足元の穴から顔を出した魔獣に足首を噛まれ、そのまま暗い穴の底へと引きずられて行く者。
暗く道に分岐が無く逃げ場が制限されてしまう、ダンジョン特有の狡猾な構造に嵌ってしまった彼らは進む度に人数を減らして行く。
「お、親分。引き返しましょうよ!!」
被害を出しながらも通路の先を進む盗賊団達。
30人以上いたメンバーは今や見る影も無く、生存者は8人までに数を減らしていた。
「馬鹿言うんじゃねえ!! ここまで被害出してんだ!! 何も持ち帰らずに引き返したら割りに合わねえだろうが!!」
松明を持ち、顔に魔獣のモノなのか、仲間のモノなのか分からない返り血を付着させながら怒声を上げる親分。
彼は何かを判断する際、常に損得勘定を働かせる。
いつも部下の言葉などには耳を傾けず、己が必ず富を得る為に最善の行動を選択してきた。
盗賊という悪行に身を落とし、己の判断のみで今日まで生き延びてきたのだ。彼は己の感覚と判断には絶対の自信があった。
しかし、今回ばかりは違う。
ダンジョンとは盗賊の親分などという矮小な者を遥かに上回る魔物だ。
「クソッタレ。別れ道かよ」
親分の目の前には左右に別れる2本の道。
どちらが正解か、と悩んでいる際に右の道からカツンという金属音が小さく響く。
親分の頭に生えるコボルト耳はその小さな音を聞き逃さなかった。
「右から音が聞こえた。きっと先にアイツ等がいるぜ」
親分は松明の炎を右の道へ向けて先を照らしながら進行方向を決める。
部下からの返答が無く、振り返ってみれば生き残っている部下達の顔には「もう引き返したい」「死にたくない」という表情が簡単に明け透けに浮かんでいた。
「馬鹿共が。リスクを犯さなきゃ大金は手に入らねえんだよ」
唾を吐きながら部下達を叱咤すると親分は右の道を進んで行く。
そうだ。彼の言う言葉にも一理ある。
お宝はリスクを犯さなければ手に入らない。
だが、彼らに降りかかるリスクは――果たして背負いきれる程の大きさなのだろうか?
「ん? なんだぁ?」
右の道を少し進んだ所で、再び親分の耳が音を拾う。
キリキリキリ……キリキリキリ……
足を止めて松明の炎を道の先に向けるが何も見えない。
首を傾げながらも再び進むと、また少しばかり進んだ所で同じ音が聞こえた。
キリキリキリ。キリキリキリ。
今度は音の発生源が先程よりも近い。
立ち止まり、注意深く辺りを松明の炎で照らしているとヤツラは通路の先にある暗闇から姿を現した。
ノコギリのような歯をキリキリキリと鳴らし、ガサガサと足音を立てながら盗賊団の持つ光を目指して向かって来る飢餓虫の群れ。
その数は一目では数え切れない。
石の床を覆い尽くす程のくすんだ銀の色を持った虫の群れ。
「な、なんだァー!?」
「ヒィィィ!?」
狼狽する盗賊団へ飢餓虫は一斉に襲い掛かる。
「いてえ!! いてえ!! やめろおお!!」
足元に押し寄せる波の如く。殺到した飢餓虫は盗賊団の履いていた革のブーツを食い破って中身を食い荒らす。
「ぎゃあああぎああ」
誰かが床に倒れれば待ってましたとばかりに襲い掛かり――
「おごッうぐうおッお"お"お"……」
人の口から腹の中へ。瞳を食い破って頭の中へ。
虫達は容赦無く人を食らい尽くす。
そして、飽くなき飢餓が一時的に満たされた時。
そこには何も残っておらず、虫の去る音とどこからともなくやってくる冷たい風がダンジョンの壁を撫でるだけであった。
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