74 ジャハーム獣王都 獣宮殿
ジャハーム獣王国 獣の宮殿。
「なるほど。魔王国に……。ソーン殿、その方々がジャハームに?」
「ええ。魔王様より直々の命令。更に使者として俺が直接この場にいるという事。事態の大きさを察して頂きたい」
獣宮殿と呼ばれるジャハームの中核を担う氏族長達が勤める場所の会議室には、3氏族の長と魔王国からやって来た使者が席に座って話し合いをしていた。
魔王国よりやって来た使者は魔王軍4将の1人であるソーンという名のハーピー族の男性。彼は空を飛べる種族である為、常に魔王国内の空を飛びながら各領地の偵察や監査を秘密裏に行う役割を担っていた。
5日前に魔王都へ帰るや否や魔王の執務室に呼ばれ、魔王より直接渡された親書をジャハームの3氏族に届けよと最優先の命令されて、空を飛んでこの場にやって来た。
「その方々が王種族という確証があると?」
「魔王様は確証をお持ちになっている。他の4将も同様に」
先程からソーンに質問を投げかけているのはオセロメー族の氏族長。虎の見た目を持ち、厳つい顔を更に強張らせながら現状を理解しようと勤める。
魔王都を長く離れていたソーンは直接王種族と推測される者達を見た事が無い。
だが、上司である魔王や同僚からは「絶対そうだ」と口を揃えて言われているのだから信じるに値する情報だろうと確信していた。
「ううむ。王種族……竜人、悪魔、ドワーフ。どれも神話戦争で全滅した種族だが……」
オセロメーの氏族長は腕を組みながら悩む。実際に見た事が無いので信じ難いのもあるが、神話戦争で全滅したと言われて長い間姿を見せなかった王種族が今になって現れる理由が分からない。
「歓待した方がよろしいので?」
悩むオセロメーの氏族長の隣に座るクー・シー族の氏族長は年老いた証である、顔を覆うモフモフな毛を手で撫でながら問う。
「いえ。接触は厳禁で。歓待も無用。しかしながら、貴国内での行動を制限しないで頂きたい」
ソーンはクー・シーの老人へ顔を向けて魔王から指示された内容を口にした。
「その者達が王種族ではなく、狼藉者の可能性も否定できないだろう? 我等、幻獣王様よりこの地を預かる身。好き勝手は許されぬ」
異を唱えるのはダークエルフの氏族長だ。彼女は年老いても尚、ハリのある褐色の肌を存分に見せつけながらも眉間に皺を寄せていた。
「それは承知している。しかし、現に王種族が現れてから魔王国には恩恵が齎された」
「……ダンジョンか」
ダークエルフの氏族長の眉間に寄る皺は解消されない。しかしながら、彼女は最近出現したと言われている魔王国のダンジョンの事を脳裏に思い描いた。
「恩恵が齎されたのが確証となるでしょう? それに、ダンジョンが出現した理由は王種族と行動を共にする我が国の貴族から直接報告された事。疑う余地も無い」
「我が国にも恩恵が齎されると?」
オセロメーの氏族長は再びソーンへ問う。
「そうなるでしょうね。王種族の目的は枯れた大地の復興と推測されている。この地に来た、という事はこの地に何かがあるという事だ」
「ううむ……」
オセロメー、ダークエルフ両氏族長は魔王国に恩恵が齎された事実を十分に理解している。自国にも恩恵が齎されるのであれば喜ばしい事だという事も。
しかし、実際に王種族を見た事も聞いた事も無いというのが、どうしても内心引っ掛かる。
「ワシは良いと思うがの」
両名が真剣に悩む中、その空気を吹き飛ばしたのはクー・シーの老人だ。
「なに?」
ダークエルフの氏族長はクー・シーの老人をギロリと睨みつける。
「年々、オアシスの水量も減っておる。我々では人間達の侵略を跳ね返せないのも事実。ここらで賭けに出んと状況は変わらん」
クー・シーの老人は顔を覆う毛で隠された瞳をチラリを見せながらダークエルフの氏族長を見やる。
「何を言う!! 我等は侵攻を防いでいるではないか!!」
ダークエルフの氏族長はテーブルに拳を打ちつけ、荒々しい怒号を叫びながら立ち上がる。
「そうかのう。前々から言っておるが、ワシには人間達が手加減しているように見える」
「ふざけるな!!」
クー・シーの老人が口にした推測にダークエルフの氏族長は更にヒートアップ。
老人の推測は自分達がこの地を守ってきたという誇りが穢されているように思える発言だ。怒るのも無理はないだろう。
「ソーン殿。王種族は人間達と戦ったのか?」
オセロメーの氏族長は怒るダークエルフの氏族長を一瞥した後に問いかける。
「魔王国の北東と北西で2名の王種族がそれぞれ交戦した。どちらも人間の指揮官に対し、圧倒的な力で勝利している」
ソーンの発言を聞いて、怒りを顕わにしていたダークエルフの氏族長が怒りに満ちた瞳は興味を抱く瞳へと変わった。
「ほう。圧倒的な勝利か。どのようにだ?」
「これが交戦記録だ」
ソーンは魔王都から持ってきた王種族2名の交戦記録報告書を手渡す。
「……謎の武器を手に人間を一刀両断? 鉄壁の防御で敵の攻撃を物ともせず、盾で殴り飛ばす?」
人間達と戦った2名の王種族の戦闘模様が書かれる報告書にはその場にいた複数名の軍人から聞き取りされた内容が詳細に書かれている。
だが、どちらの交戦記録報告書も信じられない程に素っ頓狂な報告だ。
曰く、高速で飛来する矢を連射してエルフを射殺した。
曰く、ギュルンギュルン鳴る武器で人間を生きたまま両断した。
曰く、エルフの魔法掃射を耐えながら悠然と歩いていた。
曰く、巨大な盾を振り回して人間とエルフを粉砕していた。
他にも俄かに信じ難い報告が羅列されている。
「信じられるか!!」
戦争になれば味方達の先頭に立って人間達と戦うダークエルフの氏族長もここまで意味不明な光景は想像できない。
「信じられないだろう。だが、それを成すのが王種族ではないのか?」
王種族とは現在生き残っている種族達よりも圧倒的な力を持った者達だ。
今の軍人達が成せない事を平然とやってのける事こそ、王種族の証と言えよう。
「もういい!! 私が直接確かめる!! 親書を寄越せ!!」
「あっ!?」
信じられない報告書を読んだダークエルフの氏族長はオセロメーの氏族長が持っていた魔王からの親書を奪い取る。
「黒い鎧の男、魔法使いの外見をした青年、褐色の肌を持つ可憐な少女……。それと魔王国の貴族、シャルロッテ・アルベルト。よし!! 行って来る!!」
「おい!? コラ、待て!!」
「待たんかマーレ!!」
オセロメーの氏族長とクー・シーの氏族長の制止も聞く耳を持たず、親書に書かれていた王種族の特徴を覚えたダークエルフの氏族長――マーレは猛スピードで会議室を飛び出して行った。
「……接触は厳禁なのだが?」
「す、すまぬ! すぐに止める!! おい!! 誰かァァ!?」
オセロメーの氏族長が焦りながら氏族軍の者を呼ぶ声が王宮内に木霊した。
読んで下さりありがとうございます。
最初はマーラって名前にしようかと思ったけど直球過ぎるかなって…。
次回は水曜日更新です。




