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72 入国


 ジャハーム側の国境管理所を抜けると視界に映る景色は180度全て砂。


 砂の上に砂の山がこんもり積まれ、遠目には砂の丘が見えていたりと、とにかく砂だらけ。砂漠地帯なのだから当たり前であるが何とも味気ない景色だ。


 時より吹き抜ける風も砂を舞い上げ、容赦無くイングリット達へ砂の含んだ生温い風をお見舞いする。


「あっついのじゃ……」


 シャルロッテは「あ"ー……」と苦しそうな声を漏らしながら呟く。


 不思議な事に国境を跨いでジャハームへ入った瞬間、魔王国側では感じなかった猛烈な暑さを感じるからだ。


 魔王国側は爽やかな風に暖かい太陽の光が降り注いでいたにも拘らず、熱風とギラギラと殺人的な太陽光。この暑さの中で何も対策せずに半日もいれば倒れてしまうだろう。


「不思議だよね。こっち側に入った瞬間、気候がガラっと変わるんだもの」


「これも神脈が枯れている影響~?」


 クリフは服をパタパタと仰ぎながら風を生み出しつつ。メイメイはインベントリから冷えた飲み物を取り出しながら感想を口にした。


「そうじゃのう。妾もジャハームは初めてじゃが、魔王国と同じように神脈が枯れてからこのような大地になったと言われておるのじゃ」


 シャルロッテの言う情報も両国では一般教養で教わる範疇だ。


 昔は両国とも緑溢れる大地であったが神話戦争後期に神脈が枯れてからは今のような大地へと変貌した。


 魔王国側は荒野になりながらも多少の森林資源は残っているが、ジャハーム側はオアシスが1箇所あるだけ。


 加えてこの気候だ。人が住むには随分と過酷な環境。両国を比べればジャハームの方が劣悪な環境と言えるだろう。


 しかし、この土地に未だ亜人達が多く住んでいるのは『故郷だから』という理由に尽きる。


 長く、愛した土地を離れるのは勇気がいるものだ。例え酷い環境になったとしても、愛する故郷を捨てるという行為は耐え難い。


「ゲームと同じく砂漠地帯か。迷わないようにしないとな。砂漠で遭難とかシャレにならねえ」


 国境管理所を抜けた際、ラプトルに餌と水を与えていたイングリットが3人の元へと戻って来る。


「お主、その鎧を着ててよく平気じゃな……」


「ああ。鎧にはエアコン機能があるからな」


「えあこん……?」


 技巧師メイメイの作った作品は単に戦闘面での能力が高いだけはなく、快適性もバッチリ備わっている。


 ギラギラと輝く太陽光を吸収して蒸し風呂を通り越して拷問に近い暑さを感じそうな黒い鎧だが、見た目に反して着用者は快適に過ごせるよう温度管理機能が備わっていた。

 

 タンクという役割はどんな状況でも先頭に立って皆を守らなければならない。熱いから動けない、寒いから動けないでは困ってしまう。


 ゲーム内でも熱い寒いに関係する環境系バッドステータス『熱中症』や『凍傷』というモノが存在し、それらは消費アイテムを利用して無効化するのが一般的だ。


 その気候系パラメーターを無効化する機能を組み込み、アイテム使用の煩わしさ、使用の際に生まれる隙を無くした素晴らしい作品。それがイングリットの着用する黒い鎧、憤怒の鎧シリーズである。


「さっさとオアシスに行こう。オアシスに行けば多少は涼しいでしょ……」


「んもご。そうじゃな」


 クリフはインベントリから氷のカケラを2つ取り出して口に含み、1つをシャルロッテの口に入れてやる。


「首都に着いたら服買おうね」


 現在着用している服は魔王都で暮らしている分には問題ないが、ジャハームで過ごすには少々厳しい。


 体から噴出す汗がへばりついて気持ち悪い。やはりその土地にあった洋服を着るのが正しい行為と言えるだろう。


「出発するぞー」


 クリフ達3人がキャビンに乗り込みながらワイワイと話し合う中、御者台に座ったイングリットの声がキャビンの中に届いた。



-----



「あー……? あの岩が……この三角形みたいな印だから、ここの位置で……次の岩が四角の上に三角……家の絵か?」


 国境管理所からジャハーム獣王国の首都であるジャハームオアシスまでの砂漠路が描かれる地図を頼りに進む一行であるが、御者に座るイングリットは随分と手間取っていた。


 というのも地図が簡素過ぎて分かりにくいからだ。


 ヘビのような線がウニョウニョと描かれながら、途中途中に目印である岩が赤い点で打たれ、赤い点に補足線が引かれながら『ここの目印は岩に三角のマーク。ここから東に5キロ』といった内容が記載されているだけ。


 しかも実際に砂漠路にある岩は経年劣化で目印の図形が若干崩れていたりと整備不良満載。迷わせてんじゃないか、と思うくらいに杜撰な管理であった。


「クソッタレが……。マップとファストトラベルが使えりゃ楽なのに」


 こうも面倒だと便利なシステムが揃っていたゲームが恋しい。


 だが、そんな泣き言を零しても現状を打破するわけではない。とにかく地図と現実の目印を照らし合せながら前に進むしかないのだ。


 そんな悪戦苦闘を繰り広げているイングリットを余所にキャビン内にいる3人はリラックスしながら砂しかない景色をネタに会話を楽しむ。


「サボテン~」


「あのサボテンは気合サボテンじゃな。紙の原料になるのじゃ。魔王国にも自生しておるがジャハームの方が数が多く、ジャハームの輸出品の1つなのじゃ」 


 気合サボテンとは荒れた大地である両国内で唯一どこにでも自生する植物の1つ。


 硬くて食物としては利用できないが、紙にして利用できる事が分かってからは利用価値がグンと上がった植物である。


 荒れた大地でありながらどこにでも生える気合サボテンは根性芋と同列の扱い。両国で使われている紙幣も気合サボテンを原料として作った物だ。


「へぇ~。ジャハームも根性芋料理がメインなの?」


「そうじゃな。オアシスの周辺で根性芋を植えて食しておる。あとは魔王国と同じく魔獣の肉なのじゃ。ジャハームでしか食べられない物と言えば……地走り鳥のタマゴじゃろうか?」


 地走り鳥とは鳥見た目をした魔獣なのにも拘らず、空を飛ばずに大地を走る鳥の魔獣の事だ。


 ジャハーム国内に多く生息し、ゴブリンやオークよりも数が多い。


 傭兵にしても手頃な相手であり、地走り鳥の肉とタマゴを持ち帰れば良い値段で買い取ってくれる。その為、傭兵の間でも人気の魔獣とされていて供給量も多い。


「そうなんだ。シャルちゃん詳しいね」


「妾は貴族じゃったから、どこに嫁いでも良いように両国の事はみっちり教育されたのじゃ」


 見た事も行った事も無い国や地方の景色を想像し、その土地の名産品を食べる想像をするのが面白かったとシャルロッテは笑いながら言う。


 懐かしそうに過去を思い出す彼女は笑いながらもどこか寂しさが浮かんでいた。


「そっか。じゃあ、これからは聞いただけの事を私達と実際に体験できるね」


「ワクワクドキドキがいっぱいだよ~」


 シャルロッテの対面に座るクリフとメイメイは満点の笑顔を浮かべて見せた。


「そうじゃな。この生活も悪くないのじゃ」


 何が起こるか分からない冒険の旅。先にどんな危険があるのかも分からない。


 しかし、旅の途中で他愛も無い話をしながら暮らすのも悪くないと彼女は思う。


(この旅が終わったら、皆に打ち明けるのじゃ……) 


 仲間と認めてくれた皆に嘘をつき続けるのが辛くなってきた。


 魔王に報告をしている、スパイのような状況を皆に打ち明けようと何度も思った。


 だが、この居心地の良い環境が無くなるのが怖い。打ち明けた事で、皆に嫌われてまた1人ぼっちになってしまうのが怖い。  


 せめて、今回の旅が終わるまでは一緒にいさせて欲しいと願うシャルロッテだった。



-----



 ジャハーム獣王都へ向かう正規の砂漠路から逸れた道にある、大岩をくり貫いて作られた洞窟の中には人工的な光が灯っている。


 光の正体は神話戦争時代に開発された初期の魔道具である魔法ランタンだ。


 これは神話時代に生きていたドワーフが製作した物で、現在では既に技術が失伝してしまって作る事ができない『アーティファクト』と呼ばれる道具であった。


「おい。今回奪った積荷は換金できたか?」


「へい、親分。いつも通り闇市で換金しやした」


 そんな現在では伝説級となる道具の持ち主達の風貌は一様に善人とは言い難い。


 砂埃で汚れたズボンとシャツ。ズボンのベルト代わりとして腰には赤い帯を巻きつけ、その帯には血が付着した曲刀が刺さっていた。


 親分と呼ばれた右目に縦の傷を負っているコボルト族の中年は椅子代わりに使っている木の樽にどかりと腰を落とす。


「ここ最近の仕事で金は十分。仕入れは闇市で行えば良いだろ。あとは……水はコイツがいるから問題無いだろう」


 親分と呼ばれた男は岩肌に杭を打ちこみ、そこへぶら下げている魔法のランタンへ視線を向ける。


 換金すれば100万エイル以上になるであろう魔道具の下では、彼らに馬車を襲撃され捕まった商人の娘――ケットシーの娘が泣きながら桶に水の魔法を注ぐ姿があった。


「へへ。一番金が掛かるのが水ですからね。魔法が使える女を手に入れられたのはラッキーでしたね」


 親分と同じように腰にナイフを刺した部下がケットシーの若い娘をイヤらしい目で見つめながら無意識に舌舐めずりをする。


 自分の話題が出た事で泣き顔を上げたケットシーの娘は自分に向けられる視線にビクリと肩を震わせ、己の現状に再び絶望の顔色を浮かべた。


「ヤっても良いが、壊すなよ。人攫いは氏族軍に目を付けられる。頻繁に行えば俺達自身の首を絞めるんだからな」


「へい。わかってやすよ」


 言葉通り、本当に分かっているのかどうなのかは定かではない。ただ、部下が娘に送る視線は依然として下劣なものだ。


「んで、問題はこれか」


 親分は襲撃した馬車の積荷から出て来た紙の束――手紙と思われる文章が書かれた複数枚の紙を持ち上げて再び目を通す。


 手紙の中に書かれているのは神話時代に作られた『遺跡』の調査について。


 遺跡の名はモヤ遺跡という。この名自体はジャハームで暮らす人々ならば1度は聞いた事があるであろう、有名な遺跡の名だ。


 現在、ジャハーム獣王都は唯一残ったオアシスの隣に引っ越してきた(・・・・・・・)のだが、モヤ遺跡は引っ越す前――神脈が枯れる前にこの土地に広がっていたジャングルの中心地に建築されたと言われている遺跡。


 建築したのは時の王、王種族の幻獣族が指示したとされている。


 ここまではジャハームに住む者であれば誰でも知る情報だ。しかし、手紙にはこの先が記載されている。


「モヤ遺跡に宝あり、か」


「それ、昔から言われているヤツですよね。モヤ遺跡には神話時代のアーティファクトが眠っている、神話時代に王種族が残した強力な武器がある……散々言われていて国も調査したけど見つからなかったって話じゃないっすか」


「ああ、そうだ。モヤ遺跡の場所は誰もが知っているし、氏族長達が人間とエルフに対抗する為に武器を求めて調査団を派遣していたよな。だが、そもそも入り口の扉(・・・・・)が開かなかった」


 親分の言う通り、侵攻を受けるジャハームでは神話時代のアーティファクトを求めて何度も調査団を遺跡へ派遣しているが全て失敗。


 遺跡内部を調査しようにも入り口と思われる大きな扉が開かないのだ。扉を開く為のレバーやハンドルも無ければ、怪しい鍵穴も無い。


 この国は神話時代後期に人間の侵略を受け、神脈が枯れた事を切っ掛けに旧王都を破棄してオアシス付近に王都を移転したのだが、その際に遺跡に纏わる書類等も失っている。


 そもそも王として君臨していた幻獣族とその部下――準王種族と呼ばれる種族も王種族と共に全滅してしまっているので完全に失伝状態と言えるだろう。


 故に現在暮らしている種族の考古学者達が謎を解き明かそうとしているのだが状況は一行に動く気配が無い。


「しかしな。これを読んでみろ」


 親分が部下に手紙を手渡す。


 手紙の後半には『別の入り口らしき物が見つかった』と記載されていた。


「別の入り口。怪しいじゃねえか。行ってみる価値があると思わねえか?」


「確かに。中のアーティファクトを手に入れられたら俺達最強じゃねっすか?」


「おうよ。入り口が開かなかったらソイツ等を襲撃して持ち物を頂けば損はねえ」


 親分と部下はお互いにニヤリと悪い笑みを浮かべ合う。


「この手紙が王都に向かってたってつーことはだ。王都に遺跡へ向かう奴等がいるんだろう。そいつ等に便乗して中身を頂こうじゃねえか」


「やべえ、親分。頭良い」


「だろう! ガハハハ!」


 部下に煽てられ、親分は口から唾を撒き散らしながら下品な笑いを上げる。


「じゃあ早速王都に行くんスね?」


「おうよ。明日には向かうぞ。おめえとおめえは先行して王都に入る為に手引き屋へ話を付けて来い」


 親分は黙って話を聞いていた別の部下2名を指差して指示を出す。


「へい。わかりやした」


 指示を受けた2人は先行する為の準備をすべく、大岩洞窟の奥へと歩いて行く。


「へへへ。俺達にもツキが回ってきやがったぜ」


 親分は腕を組みながら自分達の華々しい将来像へ想いを馳せる。


 神話時代のアーティファクトを手に入れれば武力も金も思いのまま。獣王都に君臨する氏族長達に成り代わって最高権力者となるのも夢じゃない。


 大量の金と贅沢三昧の毎日。自分達の傍に侍るのは一級品の美女。


 親分は想像しただけで口角が自然に釣りあがってしまう。


 彼らの運命は思い描く通り黄金に染まるのか。


 それとも……。


読んで下さりありがとうございます。


次回投稿日は土曜日です。

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