7 脱出
少女が拘束されていた部屋から続くトンネルの正体は下水道であった。
しばらく発光石の光を頼りに進んで行くと、上へと向かう梯子があったので地面に少女を置いて昇る。
マンホールの蓋を少しだけ開けて外を伺うと、裏路地のような場所に通じていた。蓋を完全に開けてから下に戻り、少女を抱えて再び地上を目指した。
少女を抱えて外に出ると外は既に夜。家に挟まれた裏路地には月明かりが届かないため真っ暗だ。
イングリットは発光石をマンホールの中へ放り投げた後に蓋を閉める。
インベントリから大きいマントを取り出して少女の全身を隠すように包み、再び脇に抱えて歩き出した。
皇都の中は夜だというのに人の喧騒で騒がしい。
遠くからはガチャガチャと金属製のグリーブで石畳の地面を走る音が鳴り響いていた。
(潜入がバレたか? それとも魔族とゴブリンの嘘報告か? それとも両方?)
どちらもイングリットの仕業なのだが、どちらの件で騒がしいのかはわからない。
ともかく脱出せねばならないが、皇都を囲む背の高い城壁を飛び越えるのも不可能であれば、城壁の上から飛び降りるのもここが現実らしき世界な故に骨折などしないか些か不安がある。
まずは周囲の状況を調べようと裏路地を出て大きな道を目指す。
いつでも隠れられるように家の壁沿いを歩きながら夜の闇と道に置いてある木箱や樽の傍を歩いて進む。
しばらく闇に紛れながら進むと皇都の中央通りらしき道、イングリットが馬を走らせて城へ向かった道が見えてきた。
(おっと)
大通りに出ようかと様子を伺っていると馬に乗った騎士の集団が見えた。イングリットは素早く傍にある積まれた木箱の陰に隠れ、入場門方向へ走って行く彼らを見送る。
(外に向かったって事は嘘報告の方か?)
イングリットは外に向かって行った騎士を見て考察する。宝物庫荒しがバレて犯人が外へ出たと思っている可能性もあるが「まぁどちらでも良い」と結局は思考をストップさせた。
人の交通量が多いのであろう大通り沿いには飲食店や酒場らしき店が建ち並び、その店で飲み食いしていたのであろう客達も大通りを走って外へ向かう騎士達を眺めているのが見える。
大通りからは何本もわき道が伸びていて、角に建っている飲食店から奥へ伸びる通路脇に馬が止まっているのを見つけた。アレを拝借しようと決めて再び移動を始める。
堂々とした足取りで大通りを横断してから目的の場所へ忍び寄り、建物の鉄格子に繋がれている馬の手綱を解いて馬に飛び乗る。
イングリットは脇に布で包んだ少女を抱え、片手で手綱を持って馬をゆっくりと歩かせて大通りへ。
大通りに出た後は馬を走らせて入場門を目指す。
「おい! どうした!」
案の定入場門で門番に止められるがイングリットには考えがあった。
「さっき出て行ったヤツの忘れもんだ! せっかく新調したモンだっていうのに忘れて行きやがったんだ! アレと遭遇したら大変だろ?」
イングリットは制止してきた門番へ「アレ」や「モノ」と明確な名称を避けて然も追いかけて来ましたという体で演技しながら話す。
「確かに。魔族と魔獣を両方相手にするんじゃ大変だよな……。門を開けるから届けてやってくれ!」
イングリットの演技が主演男優賞モノだったのか、門番の男がアホなのかはわからないが嘘は通用したようだ。
しかも魔族と魔獣というありがたい情報をくれるサービス付き。
「おお、すまんな!」
イングリットは内心高笑いをしながら馬を走らせ、皇都の脱出に成功。
(女を包んだマントを抱えてたのに……何と勘違いしたんだ? 防具か何かと勘違いしたのか?)
あのアホ門番は一体何を忘れたと思ったのだろうか。
イングリットはそんな事を思いながらも、嘘報告では南東に出現としたのでそちらの方向に一旦馬を走らせて皇都から十分離れた後に南西へ方向転換をした。
-----
時刻は不明だが空には星が輝きを放ち、2つの月が浮かぶ。
南西に方向転換した後に見つけた街道を馬で走り、所々に立つ街灯を目印に南へ進んで行く。
イングリットはゲーム内でも人間の領土である皇国領に足を踏み入れた事はあまり無い。
この街道も初めて進む道な気がするが、脳内には嫌というほど見た大陸地図が焼きついているのでマップウィンドウが表示されなくとも大体の地理は理解している。
ファドナ皇国というゲーム内にあった国が存在しているし、魔族と戦っているという情報から魔王都の位置が変わっているかもしれないが、少なくとも魔王国は存在しているのだろうと予測している。
それにしてもイングリットが驚いたのは街道沿いに一定間隔で立つ街灯の存在だ。
暗い夜道を照らす街灯は一定間隔で立っているので目印にしやすい。
こんな物はゲーム内の魔族領では見た事がない。
ゲーム故に省略されているのか、人間領土特有の物なのかは不明だが街道沿いにある街灯は暗い夜道でも街道を見失う事が無いので大変素晴らしい物だと感心する。
そんな街灯を目印にしながら馬を走らせていたが、しばらくしてからは馬の体力を考えてゆっくりとした馬任せの歩調に変更した。
(そろそろキャンプするか)
経過した時間の把握は曖昧だが街道を進み続けて、体感的に2時間程度だろうか。
街道を進んでいると前方に川が見えて来た。
小さな橋が架けられた川を渡り、川に沿って街道から外れて行く。
街道から十分離れた所で馬を降りて、地面に布で包まれた少女を置いた。
少女を放置したまま馬の手綱を持って川まで近づき、馬に川の水を飲ませてインベントリから杭になりそうな宝物庫から頂戴した適当な槍を取り出して地面に深く突き刺す。
馬の手綱を槍に括ってインベントリ内に何か食べ物が無いか、と思いながら空間の歪みに手を突っ込むとインベントリ内に格納されている食べ物類が脳内に浮かんできた。
こうやってインベントリ内に物があるかどうか覚えてない場合は『ソート』されるのか、と納得しながら脳内に浮かんだニンジンに意識を集中して手を引っ込めると手にはニンジンが握られていた。
「よし、食え食え」
何の目的でインベントリ内に入っていたのか分からないニンジンを馬に食べさせ、続いてインベントリ内からニンジンを数本取り出して地面に並べる。
(これ、ゲームから持ってきたニンジンだよな……。食えるんだ……)
ムシャムシャと美味そうにニンジンを食う馬を見て、恐らくゲーム内から入っていたであろうニンジンが腐っていたり食べられない物になっていない事を確認した。
イングリットは地面に置いた少女のもとへ戻り、インベントリ内から常に収納している冒険キャンプセットを取り出す。
焚き火セット、鍋とコップ、既に組み立てられた簡易テントを地面に設置して、火打石を打ち合わせて木の枝と紙クズで組み合わさった焚き火に火をつける。
焚き火の傍に座る前にファドナ騎士団の装備を脱いで川とは逆の方へ投げ捨てる。
侵入に使った装備だが後は魔王都へ向かうだけであるし、もう必要はないだろうと判断した。
キツキツだった装備から解放され、気持ち良い夜風を肌に浴びながら鍋で川の水を汲んで火にかける。
水が沸騰したらコップにインベントリから取り出したコーヒー豆の磨り潰した物――コーヒー粉――を投入。
よく混ぜて口に含むと程好い苦味が広がる。
コーヒー粉もニンジンと同じようにゲーム内であった料理用アイテムだが、しっかりと現実の物になっているようだ。
コーヒーを飲んで一息ついていると横に転がしておいた布がモゾモゾと動き始める。
遂にきたか、と動く布を観察していると少女の手がニョキッと布から伸びて、体を包む布を剥がし始めた。