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70 姫ちゃん


 家を全焼させて夢見る羊亭暮らしに戻ったイングリット達。


 クリフが責任を感じて少々落ち込んではいたものの、過ぎた事はしょうがないというパーティメンバー達の慰めによって彼の気持ちも元通りになっていた。


 翌日には宿の食堂で朝食を摂り、軽く雑談を交わした後に「さあ、冒険に出発だ」という矢先の事である。


「貴方がシャルロッテ・アルベルトね? 姫である私が直々に貴方のモノを頂きに来たわ」


 夢見る羊亭の食堂で朝食を終えた絶妙なタイミングで現れた一人の女性とその取り巻き。


 ゴージャスな金の髪をドリル状に巻き巻きし、高級な布を使用してオーダーメイドされたドレス。そんな彼女からは口ぶりからは高飛車で傲慢な雰囲気が醸し出される。


 彼女の取り巻きたる様々な種族で構成された同年代らしき青年や少女達も「そうだそうだ」「姫自ら」なんて言いながら金魚のフンばりに彼女に追従しているではないか。


 しかしながら言われた本人であるシャルロッテは首を傾げ、一緒のテーブルにいるイングリット達も同様に首を傾げる。


 彼女の口からは姫という単語が飛び出していた。魔王国には魔王がいる為、彼に息子か娘がいれば王子か姫に該当する者がいるだろう。


 だが、ここは街の中と言えど一般人の使用する宿。貴族が宿泊したり通ったりするような場所ではない。


 仮に本物の姫だとしても周囲に護衛のような人物を連れずに現れるだろうか。


「知り合いか?」


「いや、初めて会ったのじゃ」


 イングリットの問いに再び首を傾げるシャルロッテ。 


 そんな状態なのであるが、1つだけイングリット達には彼女のような女性に対し思い当たるものがあった。


 所謂、姫プレイというのはご存知だろうか。


 数多くのプレイヤーが渦巻くゲームにはロールプレイという楽しみ方が存在する。


 中身が会社員だけど忍者に成りきって語尾に「ござる」と付けてみたり。中身が男性なのに女性のように振舞ってみたり。


 後者はネカマと呼ばれるカテゴリと呼ばれる事も多いが、現実と違った自分を演出する楽しみ方もまた1つのロールプレイと言えるだろう。


 イングリット達が楽しんでいたゲーム内でも右を見れば売れないアイドルロールプレイ。左を見ればキャラメイクで顔に傷を付けて歴戦の戦士プレイなど、ロールプレイを楽しむプレイヤーはアンシエイル・オンラインにも数多く存在していたのだ。


 そんな世界にいたイングリット達は慣れた様子で「ああ、姫ちゃんプレイか」「こっちの世界でも魔族界(マゾサー)の姫とかいるんだな」と、貴族の娘が己を姫のように扱われる事を良しとしたライフスタイルなのだろう、と自己完結していた。


 ロールプレイや人のライフスタイルの選択に対し、悪い事なんて何も無い。


 彼女がロールプレイでなく、素でこのような性格をしていたとしても感想的には「別に何とも思わない」で済む。


 他人に強要したり、空気を読まなかったり、とにかく他人に迷惑を掛けなければ、だ。


「貴様等! この御方をどなたと心得る!?」


 何ともリアクションの薄い4人に対し、取り巻きの一人がついに声を荒げる。


 すると、周囲にいた客達も声の主に視線を向けた後に慌てて頭を垂れるではないか。


「この御方は現魔王様の1人娘、魔姫(まき)マキ様であるぞ!?」


 彼女の態度はロールプレイなんかじゃなかった。金持ち貴族の娘がイキっている訳でもなかった。


 マゾサーの姫なんてチャチなもんじゃなく、マジもんの姫であった。


「マキマキ~?」


「魔姫、マキ様だ! 無礼者め!」


 魔王のネーミングセンスを疑うメイメイの発言に即座に反応する取り巻き。


「マ、マキ様がどうして……?」


 本当に姫なのかよ? という疑心の表情を浮かべるイングリット達に対し、顔を青ざめながら呟くシャルロッテ。


 どうやら魔姫マキ(マキマキ)という馬鹿みたいな単語とだいぶ昔に両親から聞いていた容姿が一致した事で本物だと確信した様子。


 シャルロッテは元々魔王都に住んでいた訳ではない。地方都市を治める領主の娘であり、家族に溺愛されまくっていた箱入り娘だ。


 名前は聞いた事があったとしても実際に魔王国の姫と会った事も見た事も無かった故の反応であった。


 シャルロッテの田舎者っぷりはとにかく、目の前にいるゴージャスな巻き髪の女性こそが自国の王都で護衛も連れず出歩く姫本人。


 魔姫マキはやや釣り目でキツイ印象を与える顔から鋭い視線をシャルロッテへ向けた。


「シャルロッテ。貴方、生意気だわ」


 青ざめる伯爵っ娘に対してマキマキは冷たく言い放つ。


 一体、何が彼女の機嫌を損ねたのだろうか。シャルロッテには全く心当たりが無い。


「領地を奪われた伯爵の娘程度が、優秀な薬師に愛らしい少女。Bランク傭兵を軽くあしらうツワモノを囲むなど。身の程知らずにも程があるわ」


 マキマキである彼女が直々にやって来た理由。それはイングリット達にあったようだ。


 しかし、それだけではない。


「それにシャルロッテ。貴方、魔姫である私よりも下々の視線を奪うなんて許し難い」


 彼女が憤慨する理由。それは少々、時を遡る。


 2日前の事。メイメイが工房で作業している際、シャルロッテは1人で街をブラブラしながら買い物をしていた。


 シャルロッテは呪いでアヘ顔を浮かべながら謎の液体を股間から噴射するヤベェ奴であるが、贔屓目なしに見ても容姿はとても美しい。


 魔王国と亜人の国がある大陸南側で美少女ランキングなんてモノが開催されれば、確実に3本の指に入る事間違いなし。


 そんなシャルロッテが街を歩けば誰もが彼女に振り返る。それは男女問わずだ。


 貴族の家に生まれたが故に歩き方は優雅で綺麗。それに加えて絶世の美少女でありながらスタイルもバツグン。


 この世界の様子をライブストリーム動画で見ているプレイヤー達が血涙を流しながらイングリットへ呪詛を口にするのも納得できよう。


 対するマキも十分に美少女であるがシャルロッテには敵わず。スタイルを比べても秀でているとはお世辞にも言えない。


 持って生まれた容姿を変える事が出来ないシャルロッテに罪は無い。だが、その日はタイミングが悪かった。


 誰もが視線を釘付けにする傍らに魔姫であるマキがいたのだ。


 普段は取り巻きに囲まれ、街の者達はマキを見つけては頭を下げる。だが、この日だけは違った。


 何故ならマキよりも美しくも可愛らしいシャルロッテがいたからだ。


 魔王の娘であり、いずれは頂点に立つ者。己が何に対しても一番だと自負する彼女。

 

 にも拘らず、その場で一番光り輝くのは別の女。しかも、自分も一瞬だけシャルロッテに目を奪われてしまったのが余計に腹立たしい。


 取り巻きに調査を命令し、シャルロッテの素性が判明すれば領地を侵略された伯爵家の娘だと言うじゃないか。


 彼女の暮らす宿を覗けば街で噂になっている凄腕の薬師とマスコット的存在になっている愛らしい褐色少女と仲良く暮らしている。


 更に更に。一部の者から恐怖の対象となっている黒い鎧の男まで傍に侍らせ自分を護衛させている。


 己のプライドだけではなく、街で評判の人材まで囲むシャルロッテにマキは盛大に嫉妬したのだ。


 現魔王は民に対して善政を敷く評判の良い統治者であるが、彼の唯一の欠点は娘に超が付くほど甘い事。そんな親に育てられたマキは根っからのワガママ娘であり、嫉妬深い。


 嫉妬し、彼女のモノを自分のモノにしてやろう、と甘やかされて育った故のワガママを盛大に発揮したのだ。


 それが今回の理由。詰まる所、シャルロッテは被害者である。


 首を傾げているイングリット達と訳が分からないシャルロッテに取り巻きの1人が、この理由をだいぶオブラートに包みながら説明してくれた。


「分かったかしら? 分かったのなら、後ろの3人。私に仕えなさい」


「いや、しらねーし。仕えねーし」


 控えめの胸を張りながら言い放つマキに対し、イングリットはバッサリと切り捨てる。


「そもそも、コイツにも仕えてるワケじゃねーし」


「ふぅん。なら丁度良いじゃない。私に仕えなさい。良い? 私に仕えるという事は国の――」


 イングリットの返答をサラッと流し、自分に仕える事の素晴らしさを勝手に説き始めるマキマキ。


「おい。コイツぶん殴って良いか?」


「だ、だめなのじゃ! 魔姫様じゃぞ! 魔王様の娘なのじゃ! 大問題になるのじゃ!!」


 シャルロッテが焦りながら本気で苛立ち始めるイングリットを止める。


 イングリットが溜息を零しながらクリフに視線を向けると。


「面倒臭そうだからパス。性格悪そうだし愛でる価値無し」


 愛らしい美少女を全方位で好むクリフがまさかのパス。容姿は悪くないが性格でだいぶ減点されてしまったようだ。


「う~ん。これを改良できればな~」


 メイメイは完全に興味無し。魔石爆弾を弄繰り回しながら自分の世界に入り浸り中。


 イングリットが頼りにならない仲間からシャルロッテに視線を戻すと、彼女はどうすれば良いか分からず泣きそうだ。


「チッ。しゃーねーな……おい」


「であるからして~……なに? 仕える気になったのね?」


「ここじゃ周りに迷惑掛けるから別の場所で話を聞く」


「ふぅん。確かに、こんな所じゃ落ち着けないわね。じゃあ、城の近くにあるカフェ・キゾクーヌに行きましょう」


 カフェ・キゾクーヌ。それは貴族御用達で魔王都イチのシャレオツなカフェである。


「分かった。先に行っててくれ」


 イングリットがそう言うとマキマキと取り巻き達はゾロゾロと外へ向かって出て行った。


「よし。すぐに出発するぞ」


 外に出て行ったのを目で追いながら確認したイングリットは勢いよく席を立つ。


「出発? どこにじゃ?」


「どこにって、冒険に決まってるだろうが。今うちに魔王都を出るぞ」


「あの子、アホで助かったね」


 必殺のすっぽかし作戦である。面倒な相手にはこれが一番効果的だ。


 イングリットの作戦を理解していたクリフも中々に辛辣な感想を口にしながら受付に返す部屋の鍵をインベントリから取り出して立ち上がる。


「大丈夫なのじゃろうか……」


 最高権力者の娘。王族の姫との約束をすっぽかす事にシャルロッテは不安な表情を浮かべながら力無く言葉を零す。


 成り行きを見守る周囲の利用客もシャルロッテと同じ感想を心の中で抱いていた。


読んで下さりありがとうございます。


このマキマキは次章あたりから活躍の場が増える予定です。

なので、チラ見せ的な感じで登場させました。


次回更新は火曜日です。

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