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67 マイホーム 1


 商人組合で一方的な警告を突きつけた翌日の昼。


 イングリット達は魔王都北西エリアの端も端。魔王都を囲む城壁のすぐ近くの場所。そこで不動産商会の者と待ち合わせとなっており、所定の時間ピッタリに赴いていた。


 4人を案内するのは魔王都1の物件保有数を誇る大手不動産商会の会頭。


 年老いたオーガ族の彼はとても背が高く、種族的にもマッチョな体付き。だというのにオーガ特有の荒々しい雰囲気は無く、カイゼル髭と大きな顔にチョコンと乗ったメガネがチャームポイント。


 そんなオーガのイメージと真逆の装いをする彼はとてつもなく緊張しながら今日を迎えている。


 何せ今回の顧客が行う内覧は魔王直々の命令。さらには契約等諸々の料金は魔王軍4将のレガドが支払うと言うではないか。


 待ち合わせ場所にどんな大貴族が現れるのかと思いきや、やって来たのは傭兵のような3人組と少女が1人。


 どういうこっちゃ、と不思議は思ったが彼は長年魔王都1の不動産商会という看板を背負う故に油断しなかった。


 どちらかといえば戦闘向きな種族であるオーガにも拘らずも軍には所属せず、商人の道を選んだ彼。若い頃は「オーガのくせに」と散々後ろ指を差されながらも、ナンバー1まで登り詰めた嗅覚が警告する。


「アルベルト伯爵家の次女。シャルロッテじゃ」


 先頭に立つ少女は伯爵家の者。貴族の中では中流に位置する位だ。しかし、メガネ越しに見る伯爵令嬢は貴族然とした立ち振る舞いで贅沢の極みを謳歌する馬鹿貴族とは違う雰囲気を醸し出す。


 それにアルベルト家といえば「良い貴族」の代表とも言える家。既に領地は人間によって陥落し、当主も死亡という話を聞いている。


 目の前にいる彼女は幸運にも生き残った令嬢なのか、と歳で緩んできた目頭を熱くさせる。


 伯爵令嬢が魔王直々に、というのは聞いた事が無い珍事。しかし、魔王の命令書を偽造できない事も事実。


 魔王様には何か裏があるのだろう。もしくはこの少女がとてつもなく有能で、魔王自ら見出した逸材なのかもしれない。


 そう思えば今回の件は少々納得できる事態。きっと後ろにいる3人は護衛か何かなのだろう、と心の中で合点いく。


 彼は失礼の無い様に深々と頭を下げて丁寧な挨拶を済ませると、懐から屋敷の鍵を取り出して早速内覧へ。


 内覧を行う屋敷――屋敷と称すれば2階建てだったり、3階建ての洋風建築を思い浮かべるだろう。だが、魔王国の場合は少し違う。


 様々な種族が渦巻き暮らす魔王国では偏に屋敷と言っても至って普通の平屋が多い。


 というのも、足が馬のようになっているケンタウロス種がいたり、足が植物のツルのようになっているドリアードがいたり……魔王都で暮らす全ての種族が人型の足を持っている訳ではないからだ。


 階段を上がれない種族も存在する為、不動産商会が独自に建築して物件を販売する場合はどんな種族の者が入居しても良いように建築する際は1階建ての平屋が多い。


 ただ、平屋といっても内部の壁に一般向けとは違って芸術的な趣向が取り入れられていたり、備え付けの家具が高級品だったりと、一般層の暮らす家とは内装のグレードが段違いだ。


 例に漏れず今回の屋敷も同様な物件だ。特に今回のような『工房付き』という特殊な設備を備えた物件は、その中でも稀有な物件と言えよう。


 通常、高級物件に分類される屋敷タイプのモノは土地を購入してから間取り等を相談し、購入者の理想的な家を建築開始という流れが一般的。


 今回内覧している屋敷は会頭である彼がふと思いつきで建築した「職人と高級の同居」という訳の分からないコンセプトの物件で、これを建築しようとした当時は従業員や跡継ぎの息子から『遂にイカれたか』と無茶苦茶言われた問題作。


 建築から15年。遂に売れるのか、と彼の心の内も感動に溢れる。


「築15年の物件ですが、今まで入居者はおらず新築同様です。ここに決めて頂ければ家具は最新式の物に無料で取り替えましょう」


「入居者がおらんというのは何か問題が?」


「高級物件で工房付きという物件はターゲット層となる貴族様にはウケなかったようで……ははは。それと、工房付きなので騒音の問題で立地も限られておりまして」


 早速シャルロッテに指摘されてしまったが、彼は己の失敗を認めている。むしろ、今回ここが売れれば失敗が失敗ではなくなるのだ。家具の取替えを無料で行ったとしても是非に売りたい。


「あ~確かに立地は悪いのう。市場からも遠いし……」


 工房を稼動させれば何かしらの音が出るだろう。通常の工房併設型住居は決まった場所にしか建築できない。


 それを意味分からんコンセプトを実現させるべく、城の文官を何とか納得させて確保した立地が魔王都の端っこ。城壁の傍である。


「高級な箱と無骨なイメージがある工房の組み合わせがいけないんじゃ?」


 クリフからボソリと呟かれた言葉が心に刺さる。だが、15年してようやく得た機会。ここで引く訳にはいかない。 


「リビングとダイニングが1部屋ずつ。個室は6部屋ございます。庭には給仕用の小さな家もございますので住み込みで雇うのも可能となっております」


 他にもキッチンと高級物件にしか備わっていない室内から井戸水を直接汲める洗面所もある、と高級物件の基本をしっかり押さえている事をアピール。


 しかし、これでは押しが弱い。何せ立地が悪い。いくら設備が良くても魔王都の端っこで城壁の傍というのは、現在の人気物件の傾向からは大きく離れているからだ。


 何としても売りたい彼はダメ押しとばかりに告げる。


「他にご要望があれば手配します」


「無料で?」


「勿論です」


 彼の言葉にイングリットがすかさず反応。少し考えた後に再び口を開いた。


「工房を見てから決めよう」


 イングリットの一言で場所を工房へと移す。


 工房は屋敷の北側に設置されており、当然屋敷と繋がっている。


 屋敷と工房を繋ぐ、綺麗な赤絨毯が敷かれた渡り廊下を歩いて行き、これまた豪華な装飾の施された扉を潜れば到着。


 高級な内装と打って変わって、一気に無骨な空間が姿を現した。


 工房の内装はレンガを組んで造られた壁とコンクリートの床。資材を置く金属製の棚と石の机。そして、一際目を引くのが金属加工用の工房に使われる炉だ。


「どうだ、メイ。何かあるか?」


「う~ん……」


 イングリットに促され、メイメイはキョロキョロと工房内を見渡しながら設備を細かくチェック。特に炉の確認は欠かせない。


「あの、彼女が工房を使用されるのですか?」


 オーガの老人は怪訝な様子を見せながら問う。


「ええ。彼女が使いますね」


「フゥム。そうですか。でしたら、もう少し小さめの机や椅子をご用意致しましょう」


 まだあどけない少女が工房を使うという事に疑問を抱くが、それを直接口にする事は無い。


 メイメイが使用する、と言われれば彼女が快適に工房を運用する設備をお届けするのが一流不動産オーガの仕事だ。目算でメイメイの身長を見ると、メモに素早く記入しながら頭の中で発注商会に目星を付ける。


「炉に問題は無さそう~」


「そう。じゃあこの子に合う机と椅子、棚の高さに入れ替えを頼んで良いですか?」


「かしこまりました。お任せ下さい」


 クリフの提案を即了承。


「先程の話だが、ラプトル車の駐車場とラプトル用の厩舎を庭に設置して欲しい」


「はい。手配致します」


 これは売れる。そう確信した老人のオーガはイングリットの要望にも即頷く。


「ベッドはフカフカ鳥の羽毛で作った物が良いのじゃ」


「勿論にございます。ご用意致しましょう」


 元伯爵令嬢シャルロッテの貴族的な要求たる高級ベッドも承ってしまう。


「他に何かございますか? 入居を決めて頂ければ、今仰られた全てをご用意致します」


 それでいて、この言葉。


 うちにはまだ余力があるぞ。売れるなら何でもやってやる、という意地。


 老人オーガのメガネがキラリと光る。


 そんな老人オーガに対し、4人は顔を見合わせた後に頷くと代表してイングリットが口を開く。


「ここにしよう」


「ありがとうございますッ!!」


 その言葉を待っていた。そう言わんばかりに老人オーガは勢いよく腰を折って礼を述べる。


「では、早速契約書を……」


 ようやく売れた。15年という歳月を経て、ようやく売れたのだ。懐から契約書を取り出し、その場でシャルロッテにサインをさせる。


「明日から家具の入れ替えと掃除を行います。その後、皆様に再度確認して頂いた後に入居となりますので、宿泊している宿に使いの者を出しますね」


「うむ。よろしく頼むのじゃ」


 この日より3日後、イングリット達は工房付きの家を手に入れた。


読んで下さりありがとうございます。

明日も更新します。

家を手に入れてどうなるかは明日に。

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