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66 分岐点


 商人組合本部を後にした2人だったが、イングリットは不機嫌な雰囲気を醸し出しつつズンズンと大股で大通りを歩く。


 彼の後ろには困惑と申し訳なさが入り混じったような表情を浮かべて控えめに着いて行くシャルロッテ。


「の、のう、イング……その……」


「あぁん!?」


 気まずい雰囲気が2人の間に充満する中、勇気を出してシャルロッテがイングリットへと話し掛けると彼は2つの麻袋を抱えたまま歩く速度を緩めずに、不機嫌100%な声音のみで返答を返す。


「そ、その。すまなかったのじゃ……」


 シャルロッテが顔を伏せがちに謝罪の言葉を口にすると、イングリットは大通りのど真ん中なのにも拘らず足を止めて彼女に振り返った。


「どの事を謝罪してんだ?」


「そ、その、換金できなかった事と……。折角、お主が持っていた武器と交換して得た信用証が無駄になって……」


 シャルロッテは両手を握り締めながら己の失敗を口にした。


 しかし、イングリットは「はぁ」と大きな溜息を零す。


「別に信用証の対価になった装備は大したモンじゃねえから気にしなくて良い。換金に関しても魔王都で換金出来なくても別の手はある」


「じゃ、じゃあ、何でそんなに不機嫌なのじゃ!」


 シャルロッテは自分が大失敗したと思っていた部分を大した問題じゃないと言われ、安心しながらもイングリットが不機嫌になっている理由がよく分からない。


 確かにフログはいけ好かないクズ貴族の代表とも言える相手であったが、イングリットがここまで怒りを顕わにするのも珍しかった。


「俺達が死にそうになりながら得たモンをタダで頂こうって考えのクソカエルが気に食わねえ。俺は俺のモンを横から掠め取ろうってヤツが一番気に食わねえ」


 以前、聖なるシリーズを魔王に献上しようと言った魔王軍の軍人に対してもイングリットは怒りを見せた。


 それと同じだ。自分達が死と対峙しながらも自分達の力で勝ち取った報酬を何も苦労していない者に奪われる。これ以上に屈辱的で腹が立つ事がこの世にあるだろうか。


 シャルロッテも聖なるシリーズを奪われそうになっていた際に近くにいれば、イングリットが怒る理由もすぐに分かっただろう。


 しかし、今回の理由はそれだけでは無かった。


「テメェもクソカエルの要求に悩んでんじゃねえよ!」


 シャルロッテに対して夜のアレな事を要求してきた件だ。


 イングリットの口から飛び出した言葉にシャルロッテは訳が分からず、口を開けてポカンと一瞬だけ硬直してしまう。


「そ、それって……」


「あ? テメェがあのクソカエルに抱かれようが抱かれまいが関係ねえが、テメェの意思に反する選択を取らなきゃならねえ程、俺達のパーティは落ちぶれちゃいねえんだよ。嫌なモンは嫌だとハッキリ言え!」


 何ともぶっきらぼうな言い方であるが、イングリットなりにパーティメンバーとして認めたシャルロッテを気遣っての言葉だ。


 イングリットの言う通り、元トップランカー3人を含んで構成されるパーティは、誰かが嫌々に1つの選択肢を取らなければ前に進めない程に弱くない。


 今回の件のような事があれば全員で相談しながら進むべき道を見つける。誰も犠牲にならず、最善の道を共に探すのが『パーティ』というモノだ。


 イングリットは言い終わると「ふん」と鼻息を漏らした後に再び大通りを歩いて行く。


「………」


 シャルロッテはイングリットに言われた言葉が頭の中で反響しながらも、先にズンズンと歩いて行く彼の背中を見つめ続けた。


 ぶっきらぼうで、言葉は悪いし汚いが、自分の事を仲間と認めてくれている。

 

 そう思えるには十分な言葉だった。


「ズルイのじゃ……」


 呪いで縛られて近くにいなければならない状況をうっとおしそうにし、自分の事をいつも雑に扱ってくる。


 にも拘らず、たまに見せる先程のような姿がとてもズルイとシャルロッテは強く思う。


 イングリットに対して「この男め!」と思っても帳消しにされてしまうようなズルさだ。 


 彼に言われた言葉を脳内で思い出しているとシャルロッテの下腹部が異様に熱くなる。それに加えて少々の動悸を感じてしまうから厄介だ。


「おせえよ! 早く来い!」


「わ、わかっておるのじゃあ!」


 先に進んでいたイングリットが振り返ると大声でシャルロッテに向けて叫ぶ。


 彼の叫びを聞いて我に返ったシャルロッテは胸の動悸を感じなくなってしまったが、彼女の顔には笑顔が浮かんでいた。



-----



「ふ~ん。そっか」


 クリフとメイメイの待つ夢見る羊亭に戻ったイングリットとシャルロッテは、換金出来なかった旨を伝えた後に商人組合本部で起きた出来事を説明した。


 イングリットが言った通り、別の方法を探せば良いと思っているクリフとメイメイの反応は「あ、そう」程度だ。


「ところで、そのカエルは()っちゃったの?」 


 クリフが一番に気になるのはフログのその後。


 自分のモノを奪われるのが大嫌い、というイングリットを知っている分、それを犯そうとした馬鹿貴族が気になる。


 というのも、ここはリアル世界。罪を犯せば捕まるし、殺人を犯せば死刑、もしくはかなり長い禁固刑になるだろう。


 特にこの国の特権階級たる貴族が絡むと、とてつもなく厄介だ。


 正直、魔王国の軍人や貴族達がイングリットを捕まえたり殺そうとしても不可能だとは思う。だが、お尋ね者という状況は今後の冒険活動において厄介極まりない。


「いや、警告だけだ。次は殺す」


「そう。良かった。次は私も一緒に殺そう」


 お尋ね者にならずに良かったと思う反面、美少女を汚そうなど万死に値すると思う美少女狂いのクリフさん。


 安心している部分と己が口にしている部分が矛盾しているが、本人は全然気づいてなかった。


「竜と悪魔の顔も2度まで~」


 1度目は警告。2度目は殺戮。これがイングリット()クリフ(悪魔)のルール。


 このルールに反した者を何度も見てきたメイメイは「馬鹿な人~」とここにはいないフログを嘲笑う。


「まぁ~。お金はまだあるし~。換金はジャハームに向かう途中の街かジャハームで換金すれば良いよ~」


 商人組合も本部と地方支部ではだいぶ温度差がある、というのが今回良くわかった。


 本部で換金できないならば地方で換金すれば良い。信用証の件にしても地方支部の方がその辺が緩いのだろう、と予想している。


「あ、そうそう。シャルちゃんに王城の遣いっていう人が訪ねに来てたよ」


「王城の遣い? ああ、恐らく家の件じゃろう」


 そう言ってシャルロッテは気付く。


 フログに何か言われる前に魔王の名を出せば解決したのでは? と。


 だが、時既に遅し。気付いてしまった事に対して気付かないフリをして事なきを得た。



 一方。商人組合本部にいるフログは――


「あの無礼者めえええ!!」


 イングリットとシャルロッテが立ち去ってから30分。


 ようやく絞められた首の痛みが和らいできたところで、踏み潰されたテーブルの破片を蹴り上げながら怒りを顕わにしていた。


「おのれ! おのれ! あの男、よくもワシを侮辱したな!」


 フログの脳内に充満するのは黒い鎧の愚か者。


 魔王国の大貴族にして侯爵たる自分の首を絞め、身分差も分からぬ痴れ者に対して顔を真っ赤に染めながら怒声を響き渡らせる。


「レガドを侮辱した等という理由なんぞどうでも良い! あやつめ! 今に見ておれ!!」


 傭兵組合と協力して行っている制裁なんてどうでも良い。自分を馬鹿にした者を徹底的に追い込み、徹底的に叩きのめす。


 そして、地べたに這い蹲らせて謝罪させながら、目の前でシャルロッテを味わってやろう。この世のありとあらゆる屈辱をヤツに味合わせてやろう。そう心に強く決めた。


「このフログ侯爵に歯向かった事を思い知らせてやる!!」


 世の中では時に無知は罪になるという事を彼は知らない。


 今日という日が彼にとって、魔王国にとって、大きな分岐点となる事を――この時はまだ誰も知る事は無かった。


読んで下さりありがとうございます。

次回の投稿日は月曜日です。

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