64 冒険後の清算 2
「あれ? イングが物を売ろうなんて言うの珍しいね」
お宝大好きドラゴンなイングが自分から物を売るなんて言い出すのは、ゲームをプレイしていた当時にしても珍しい。
むしろ言い出した事など一度も無かったのではないか、と思いながらもクリフとメイメイは首を傾げる。
「まぁゲームの時は換金アイテムのみ売ってたからな。ただ、今は倉庫が無いだろ。インベントリが圧迫しているんだ」
オンラインゲームでお馴染みの荷物を保管できる倉庫システムがここには無い。
貸し倉庫や貸し金庫を提供している店もあるかもしれないが、イングリットが預けたい物は能力が永久付与された装備類が大半だ。
現在の魔王国は戦争中。見る目のある者が倉庫貸しをしていたら国に報告されてしまうかもしれない。そんな懸念を抱いての発言だった。
「装備類はインベントリに。金貨等の使い物にならない物は一旦換金しておこうと思ってな」
インベントリのシステムは同名アイテムがスタックされるオーソドックスなタイプ、という検証は既に済ませていた。
この同名アイテムの中には魔王国内で使用されている紙幣も対象になっており、お金だけは別枠に保管できる、なんて優れたシステムは搭載されていない。
ただでさえ光物収集のクセがあるイングリットのインベントリは最早パンパンだ。
珍しい宝石類や装備類、魔獣の素材等で8割は埋まっている。残りの2割が使用用途の無い敵国の金貨や銀貨という内訳。この2割分を換金して国内紙幣にしておきたいという考えである。
「家を手に入れたら、そこに保管したら?」
「いや、防犯的な心配があるだろう? 俺達は長く魔王都から離れるし」
ここはリアル世界だ。ゲームのように運営に保障された、他人に手出しされない安心安全システムなんぞ存在しない。
もしも冒険中に空き巣に入られでもしたら……。家を管理する者を雇ったとして、その者が懐に入れでもしたら……。
不安で冒険どころじゃない。
金銀財宝の保管については随分と心配性なドラゴン。それがイングリットという男であった。
ただ、イングリットの心配もクリフとメイメイは理解できる。
運営とゲームシステムという庇護を離れた世界。何をするにしても自己責任。己の選択が常に付き纏うのがリアルというモノ。
2人も自分達が苦労して得た物を他人に掠め取られるという経験は味わいたくない。
それに、もしも他人がイングリットの保管しているお宝を盗もうものなら……彼は怒り狂って大暴走を起こすだろう。
犯人を魔王国中探し回り、トイレの中まで覗きこんで追いかけるに違いない。見つけた後は魔王国の法なんて無視して血祭り確定だ。イングリットを止めに来た兵士すらも虐殺する恐れがある。
クリフとメイメイは自身の精神的安寧の為にもイングリットの提案には素直に同意する。
「じゃあ部屋でやろうか」
クリフの言葉を合図に一行は一番広い部屋であるイングリットとシャルロッテの部屋へ。
しっかりと施錠され、何度も鍵を掛けたか確認した2人の部屋の中にはお宝の詰まった麻袋が2つ。
それをテーブルの上にドスンと置いてから中身をひっくり返した。
まず一番多いのはジャラジャラと音を立てながら零れるトレイル帝国の刻印が押された金貨と銀貨。
金貨は千枚以上。銀貨も金貨には及ばないものの、500枚以上はあるだろう。これら全てが魔王国では使用できないただの換金アイテム扱いだ。
「金貨と銀貨、換金しないで保管しておきたいヤツはいるか?」
クリフとメイメイは即座に首を振る。トレイル帝国は敵国なので観光なんてできやしない。持っていてもイングリットの言う通り、インベントリ内で邪魔になるだけ。
「記念に1枚だけ貰っておくのじゃ」
一方で、シャルロッテは金貨を1枚掴み取る。
彼女が初めて冒険し、得たお宝の記念に。という事らしい。
3人も彼女の気持ちはよく理解できる。自分達も初めて得たお宝の一部は未だインベントリ内に保管しているからだ。
微笑ましく懐かしい光景に自然と笑みが零れた。
「じゃあ俺も1枚」
「私もやっぱり1枚」
「僕も~」
シャルロッテを加えた新たなパーティで得た、初めてのお宝記念。
3人の考えてた事は同じだったようで3人とも金貨を1枚掴み、手に握り締めた。
「じゃあ次、装備系」
イングリットが麻袋へ流し込むように手で金貨と銀貨を入れながら次のお宝のカテゴリを告げると、彼の言葉を聞いたクリフがテーブル中央へ神殿ダンジョンで得た装備を寄せる。
といっても、こちらは数が少ない。
装備系とカテゴライズされたのは能力が永久付与された装備――短剣が1本、弓と矢筒がそれぞれ2つ、ショートソードが1本と宝箱の解放ギミックに使った杖も含めて計5つのみ。
「先生、どうですか」
イングリットがメイメイに顔を向けながら言うと、メイメイは真剣な顔で装備を吟味し始める。
ふんふん、と独り言を呟きながら装備の鑑定を行う事10分。
「全部レア等級だね~。能力も2つ付与されてる短剣以外、他は1つだけ~」
残念ながらレジェンダリー等級は存在しなかった。
弓2つは矢の飛んで行く速度が上がる効果が付与されており、矢筒は矢に属性を付与する効果。
ショートソードは鞘から抜くと電撃が纏う電撃属性付与。
宝箱の鍵になっていた杖に至っては、ただの金で出来た杖だと彼女は鑑定結果を発表した。
その中でも一番マシなのは短剣であり、メイメイは短剣を手に取った。
「これが一番マシだね~。青ミスリル製で状態異常『出血:弱』の付与と『装備重量変更:軽』が付与されてる~」
まずは装備の材質だが、青ミスリルとは名の如く青色のミスリルだ。
特徴としてはミスリルよりも強度が若干高く物理攻撃力が高いが完全な『ミスリル』よりも魔法攻撃力が少し低い。しかし、他の材質よりは魔法攻撃力が高いというミスリルの亜種という位置付け。
状態異常『出血』は名の如く相手を傷付けると血が多く出る、DOTダメージ系の状態異常だ。
しかし、効果が『弱』なのでダメージは期待できない。強が3桁ダメージ、中が2桁、弱は1桁のDOTダメージとなっている。
更に言えば状態異常を防ぐ為に状態異常耐性付与のアクセサリーを装備するのがプレイヤーにとって常識中の常識なので効果は期待できず、状態異常付与の装備も比例して価値が低い。
次いで装備重量変更はその物の重さを変化させる能力だ。
今回は『軽』なのでやや重量がある青ミスリル製の短剣が紙のように軽くなる、という効果。
軽いので持ち運びが容易で武器の振りも速くなる。その程度の能力なのでプレイヤーにとっては「ふーん」で終わるような代物だ。
「シャルちゃんが持てば? 接近された時の保険に。他に重量変更系の装備って誰か持ってる?」
クリフの提案と問いにイングリットとメイメイは首を振る。
メイメイのインベントリには重量変更付与された装備がいくつか眠っているが、どれも短剣ではなく長物だったり大剣だったりとシャルロッテが使用するには合わない物ばかり。
しかも『軽』ではなく『重』という反対の効果を持った物が大半。
イングリットはそもそも重量変更付与装備自体持っていなかった。
「じゃあ、シャルちゃんに」
「大切に使うのじゃ!」
メイメイから短剣を受け取ったシャルロッテは鞘から刀身を引き抜くと彼女は綺麗な青に光る刀身を見ながらニマニマと笑みを浮かべた。
「他はどうする?」
「能力が無い物は換金かな~。持ってても仕方ないし~」
「1つだけのも餌に使おう」
信用証を得た時のように、この国の者達はレア度の低い装備でも食いつく。
いつか餌としての用途があるかもしれない、と圧迫するインベントリに入れる事となった。
「次は素材系だが、これはメイだな」
最後のカテゴリである素材系。主に金属系インゴットがほとんどだが、パーティ内の装備を管理するメイメイへ全て渡された。
「あ、そうだ~。最後にコレ~」
メイメイがインベンリから取り出したのはイソギンチャクを倒した際に落ちていた核の欠片。
彼女は『穢れた魂の凝縮核』というアイテムを3人に説明しながらテーブルの上に置く。
「……すっげえ不気味」
「名前からして呪いのアイテムっぽい」
「不快感がパないのじゃ」
テーブルの中央に置かれたアイテムを凝視しながら各々感想を呟く。
「でもね~。これ鑑定したら素材アイテムなんだよね~。しかも全能力が+30されるっぽいの~」
「マジかよ」
素材アイテムとしては破格の効果だ。彼らも素材アイテム1つだけで、ここまでの効果を持つアイテムは未だ嘗て見た事が無い。
その上昇率にイングリットも驚きを隠せない。
「等級は? まさかゴッド級?」
効果を考えるとレジェンダリーかそれ以上なのでは、とクリフがメイメイに問うが彼女は首をふるふると振った。
「ううん。等級はわからな~い」
ゲーム内の全アイテムには等級が記されている。それは素材アイテムも例外ではない。
「こっちで得たアイテムだからか? いや、そうだったらこの装備も不明じゃなきゃおかしいよな」
ゲーム外――こちら世界で手に入れた物だからか、とイングリットは推測したが同じ状況で得た装備類にはレア等級という等級が鑑定結果で示されている。
同じくこちらの世界で倒した魔獣から剥ぎ取った素材等も等級が表示されているのを全員で確認。謎の現象に3人は首を捻る。
「とりあえず……メイが保管で良いんじゃないか?」
「あい~」
分からないものは考えて仕方ない。一旦保留としてメイメイ預かりになった。
「とりあえず、この金貨と銀貨は換金するか。換金して次の冒険に使う物を買おう。余ったら全員で分配で良いか?」
イングリットの提案に全員が頷く。
「換金するのは商人組合だよな」
「この数を換金するなら、組合に直接行くのが手っ取り早いじゃろうな。それに信用証もあるのじゃ」
シャルロッテ曰く、信用証が無ければ買い取り価格は5割程度、もしくはそれ以下になる場合もあると言う。
「信用証を貰っておいて良かったじゃろ?」
「ああ。全くだ」
それを聞いたイングリットは素直にシャルロッテを褒めた。
彼女は頬を赤く染めながらエヘヘと照れ笑いを浮かべる。
「じゃあ俺とシャルで商人組合に行って来る。2人は自由にしてていいぞ」
「あい~」
「本読んで待ってるよ」
これにて一旦の解散。クリフとメイメイが部屋から出て行くのを見送った後に2人も出発するべく部屋の鍵を施錠する。
イングリットは部屋の中から持ち出した金貨と銀貨の詰まった2つの麻袋を抱え、シャルロッテと共に商人組合へ向かうべく宿の外へと歩いて行った。
読んで下さりありがとうございます。
次回は木曜日です。




