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63 冒険後の清算1


 魔王都に帰還した翌日の朝。住民達はいつも以上に賑やかだ。


 それはイングリット達が宿泊している夢見る羊亭の食堂内にも外からの喧騒が聞こえる程、魔王都の住民達を騒がせる理由はただ1つ。


「日替わりダンジョン、ねえ」


 イングリットはいつも通りの黒い鎧を身に纏いながら食堂で新聞を読んでいた。


 彼の読む新聞の一面には『魔王都近郊に現れた塔は古に存在していたダンジョン! その名も日替わりダンジョン!』と打たれている。


 記事の半ばに載っている『魔王様より直々に発表!』『多くの資源が眠る!』『これで戦争を巻き返せるか!?』などの文字を目で追った後に、食堂の入り口で魔王軍の兵士と話すシャルロッテを一瞥する。


 ダンジョンが出現したという報を気にしている訳ではない。


 気になるのは『日替わりダンジョン』という名称だ。


 これはアンシエイル・オンラインをプレイしていた者にしか分からない、件のダンジョンの名称。


 何故、直々に発表したという魔王がこの名称を知っているのか。あの場にいたレガド達が謎の建造物をダンジョン(・・・・・)と認識していなかったにも拘らず。


 可能性としては自分達の他にプレイヤーが魔王の傍にいる事だろう。だが、この可能性は限りなく低い。


 プレイヤーが他にもいたとしたら、日替わりダンジョンに激レア魔獣がポップするというゲーム内でかなり盛り上がった噂を知らないはずがないし、日替わりダンジョンが出現した時点で鉢合わせているはずだ。


 もしくは、情報を得る為に同じ境遇の者と接触しようと考えるのがベターではないだろうか。


 情報の乏しい世界にやって来た時点でイングリット達の噂を聞きつけてコンタクトを取って来てもおかしくない。


 それに、イングリット達は元ランカー。その中でも一番目立つ『黒い鎧の男』という外見だけでイングリットだと想像するのはプレイヤー達にとって容易だ。


 にも拘らず、未だそんな事態は起こっていない。


 残る可能性といえば自分達から漏れた(・・・)という事。 


「まぁ、良いんじゃない? 彼女にも事情はあるだろうし」


 イングリットの横でホットサテュロスミルクを飲んでいるクリフも大よその検討がついている様子。


 しかし、彼は特に気にしていないようで咎める気も無いようだ。


「分かっている。随分と立場を利用しているしな。それに、今更ダンジョンの情報が漏れようが痛くも痒くもない」


「秘密にしているのは私達もだしね。まぁ、私達の方は明かしても信じてもらえるか分からないけど……。パーティ外す気も無いんでしょ?」


「ああ。貴重な戦力だし。あいつも立場があるんだろ。その内、言ってくるだろうよ。それに……」


 イングリットもクリフ同様問題視はしてない。


 国に所属する貴族という立場上、逆らえない相手もいるだろう。その極めつけが頂点に君臨する魔王という存在なのも彼は理解している。


 それを理解している上で、イングリットは兜の中にある口角をニヤッと持ち上げた。


「それに?」


「このままにしておけば、最高権力者を揺さぶる材料が増えるじゃないか」


 兜が無ければイングリットの表情はさぞかし邪悪な笑みに思えただろう。


 仲間であるクリフでさえドン引きしながら「うわぁ」と声を漏らす。


 国の頂点に突きつける材料が手の内にポコポコと舞い込んでくるのだ。これ以上に彼にとって面白いことはあるだろうか。


「これはいつか良いカードになるぞ。ケケケ」


 イングリットはそう言った後に再び新聞の記事へ視線を落とす。 


「もどり~」


 そのタイミングでトイレから戻って来たメイメイが溜息を零すクリフと黒いオーラを滲ませるイングリットを交互に見た後に首を傾げた。


「またイングが悪巧み~?」


「そうなんだよ。もう、メイは本当に可愛いね」


 クリフが心のオアシスとばかりに、ちょこんと首を傾げるメイメイを抱き寄せて己の膝に座らせる。


 メイメイを背後からギュッと抱きしめたクリフは、日課の如く彼女の銀髪が生える頭頂部の匂いをフガフガと嗅いだ。


「あ、店員さん。ホットサテュロスミルク、おかわり~」


 もういつもの事なのでメイメイも気にしない。無である。成すがままである。彼女はハイライトの消えた瞳で飲み物を注文する。


 宿の従業員でウェイトレスをしているサテュロスの女性すらも見慣れた光景。


 クリフ先生って凄いポーションを作るけど、変わっているよね。夢見る羊亭の従業員と食堂を利用する常連客のクリフへの評価はそんな感じだ。


 変態チックであるがポーションの功績で薄まっている。ポーションなだけに。


 そんな暖かな視線が注目する中にシャルロッテがトコトコと歩いてテーブルに戻って来た。


 彼女は起きた後にクリフにメイメイと一緒にセットして貰った、長いサラサラの金髪を揺らして席に着く。


 席に着くや否や彼女は持っていた書状をパーティメンバーに見えるように広げた後に告げる。


「工房付きの家、貰えるのじゃ」


 デデン、という効果音がよく似合う突然の発表。


 彼女の口から飛び出した言葉にイングリットは読んでいた新聞から顔を上げ、無の境地だったメイメイの瞳に光が戻り、フガフガと最高の香りを嗅いでいたクリフもそれを中断する。


「どういう事だ?」


 イングリットが問うとシャルロッテが事情を話し始めた。


「妾の貴族報酬というのもあるが、レガド様が迷惑を掛けたお詫びも含まれているそうじゃ」


 シャルロッテはイングリットの方へ書状をスライドして、内容を読むよう促す。


 書状に記載されていたのは侵略された魔王国領地で唯一生き残ったシャルロッテへの報酬――というよりもお詫びのような内容だった。


 貴族としての仕事はしていない(・・・・・)が敵に奪われてしまった家の資産や死亡した家族へのお悔やみの代わりとして魔王都内に住居を与えるという事。 


 また、現在シャルロッテが行動を共にしている者に魔王軍4将という上位の者が迷惑を掛けてしまった旨を魔王直々に謝罪する文が添えられており、シャルロッテに与える邸宅と併せて賠償するので許してやって欲しいという事。


「家の購入資金はレガド様が全部持つそうじゃ。気に入った家が無かった場合は新築しても良い、との事じゃぞ!」


 土地代も含め全てレガド持ち。大工に頼んで新築を造ってもレガド持ち。


 しかも魔王国内で家を持つ場合は税金を納めなければならないが、それも10年間免除される。


 税金の部分はシャルロッテが失ったモノへのお詫びに含まれているようであるが、それでも破格の内容だ。


 特に書状には魔王直々の文とサインがある。工房付きの家に関しては、この書状を見せるだけでどこぞの旅するご隠居様が持っている印籠パワーに近い。


 不動産屋に見せれば全力で『良い物件』を紹介してくれるし、大工に見せれば超特急で家を造ってくれるだろう。


「どうじゃ? レガド様の件、不問にしてくれるならこの条件で家を手に入れられるのじゃ」


「ああ、構わない」


 シャルロッテから告げられる魔王の提案をすんなりと受け入れるイングリット。


 彼女自身、おや? と思うところがあったが彼女は知らない。


 彼のターゲットがレガドという小物(・・)から魔王に代わっている事を。


「分かったのじゃ。じゃあ、後で城に行って手続きしてくるのじゃ」


 ともあれ、パーティ一向は工房付きの家を手に入れられる。しかもタダで。


「工房が手に入ったら全員の装備を一斉点検するからね~!」


 クリフに抱きしめられるメイメイがやる気に満ちた表情を浮かべ、胸の前で握り拳を作った。


「足らない材料があったら日替わりダンジョンで手に入るかな?」


「時間があるなら装備の改良も頼みたい」


 イングリットもクリフも装備の重要性については熟知している。


 点検や整備を怠れば危機に陥るのは自分達。そして、メイメイであれば現状の装備を100%の状態に出来るし、更に向上できる事も知っている。


「妾ももっと戦えるようにしたいのじゃが、良いのだろうか?」


「うん。シャルちゃんの装備も任せて~」


 神殿ダンジョンで冒険の過酷さを知り、冒険の先にある楽しさを知ったシャルロッテも真摯に向き合うべくメイメイに相談するようだ。


「んじゃ、工房が手に入るまでに色々済ませておくか」


「ん? 色々とは何じゃ?」


 ガタリと椅子を足で押す音を立てながら立ち上がったイングリットへシャルロッテが問う。


「まずは今回得たお宝の分配だな。その後、いらない物の換金だ」


 そう言ってイングリットは席を立ち、他の者達も彼に続いて部屋へ戻って行った。


読んで下さりありがとうございます。

次回投稿は火曜日です。

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