幕間 聖樹の根元
「だから! 俺達でビッターを探しに行きましょうよ!」
「ダメだ! 何度も言っているだろう! ビッターだけでなく、君達にまで何かあっては――」
ベリオン聖樹王国王城の一画。異世界人達に宛がわれたフロアにある会議室ではもう何度目か分からない程繰り返された議論を再熱させていた。
共に異世界――アンシエイルに召喚された少年であるミナト・ビッターの失踪から1週間。
彼らが召喚された初日の深夜に王城の庭で爆発が起こり、魔族の襲撃があったと王女クリスティーナから説明を受けた。
そして、その説明の最後に彼女は顔を伏せながらミナト・ビッターが魔族に拉致されたと震える声で告げる。
ミナト・ビッターの世話をしていたメイド曰く、慣れない異世界に眠れないという彼は城の庭に赴き夜風に当たっていたそうだ。
しかし、そこに王都に潜入していた魔族の奇襲部隊が王城を攻撃。外壁で囲まれる庭に魔法で攻撃を加え、そこから王城内に入ろうとしたようである。
幸いにも警備していた兵士と爆発音に駆けつけた者達が魔族を撃退し、王城内部にまで侵攻される事は無かった。
だが、現場には爆発に巻き込まれたであろう兵士達の死体や魔族との死闘で死亡した同盟国のエルフ達の死体が複数。
現場に居合わせたミナトのメイドは爆発が起きた際に身を屈め、再び顔を上げた時にはミナトの姿は無かったと証言した。
この痛ましい事件の死傷者は10名以上。その中にミナト・ビッターと同じ体格の死体が無かった事で、巻き込まれて死亡、ではなく拉致と断定したという。
あまりにも現実味の無い異世界召喚というアクシデントに巻き込まれた異世界人達は、どこかのテーマパークに遊びに来ているような感覚だった。
だが、突如起こったクラスメイトの失踪に彼らは否応にも現実を知ったのだ。
特に大人である教師2人は動揺を隠し切れなかった。異世界などという意味不明な場所に呼ばれ、大事な教え子を守るべき立場にあるにも拘らずそれが出来なかったのだ。
元の世界に帰れるのか? という心配が渦巻いていたが、最早それどころではない。
教え子は無事に帰ってくるのか? 本当に拉致されてしまったのか? 万が一があった場合、親御さんに何と説明すればいいのか。
不安と心配から生まれる様々な考えが浮かんで頭はパンク寸前だったが、2人は何とか踏ん張って王城の者と話を進めて現在の状況説明を促したのだ。
そこで自暴自棄になったり責任を放棄しないだけ立派だっただろう。
ベリオン王家の「必ず救う」と言葉を信じ、救出は専門家に任せるべきか、自分達は何が出来るのか、と教師2人で話し合いを続けている時。
正義感の強いユウキ・アークライブが親友のゴロー・ケンブリーを連れて教師2人を訪ねて来ると「ミナトを助けに行く」と言い出したからさあ大変。
教師2人は頭を抱えて「待ってくれ!」「自分から問題を起こしにいくな!」と叫びたくなった。
正義感溢れる生徒2人を宥めた後に今後についての話し合いをした結果――1週間の堂々巡りというのが異世界人達の現状である。
「ったくよォ。もう何回話し合ってんだよ。もういいじゃねえか。アイツはどうせ死んでるよ。もうほっといてんじゃね?」
「何言ってるのよ!! クラスメイトが拉致されたのよ!?」
ミナトに強く当たっていた不良少年のリョウジ・カイドウは頬杖を付きながらぶっきら棒に言い放つと、対面に座っていたクラス委員長のサチコ・シドウが黒いフレームのメガネ越しに鋭い目つきで睨みつける。
「ベリオンの騎士団が探してくれているんでしょ? 待った方が良いんじゃないかしら?」
「でも、1週間経ったのに何も進展が無いのは……」
別の場所ではローリエ・ユウコ・シュプリティカがハーフらしい整った容姿に似合わず眉間に皺を寄せて腕を組みながら己の意見を口にし、彼女の隣に座っていたシズル・オオサワが綺麗な黒髪を少しばかり揺らして心配そうに眉を下げる。
「俺達は神様から強い力を授かったんだろ!? それを困ってる世の中の人達の為に使わないでどうするんだ!」
ユウキは勢いよく椅子から立ち上がり、テーブルに拳を打ちつけながら叫ぶ。
彼の横にいるゴローも賛成のようで腕を組みながら頷いていた。
「でもさぁ。チートは貰ったけど、まだ私達完全に制御出来てないし……」
ナナ・ヨーシュカはクセっ毛の髪を指で触りながら異世界人全体の状況を口にした。
彼女曰く、彼らは『チート』と呼ばれる特殊な能力を得たのだ。
その能力は騎士団に所属する魔法部隊の者達と比べてもまるで違う。魔法部隊の者が拳大の火球を放てば、異世界人達はその倍はあろう大きさの火球を放つ、といった具合。
ナナに至っては魔法の制御が出来ず、訓練場で大火事を引き起こす寸前の炎を生み出す始末。
これでは逆に異世界人達が危ないという事で騎士団の人達に魔法制御の方法を教わっている最中。その魔法制御訓練の進捗的には50%といったところだろうか。
「でも!」
助けに行こうという意見を頑なに譲らないユウキの能力は特に強大だ。
他の者達よりも制御が上手いと言われ、巧みに4属性を操り、その全てが大魔法と遜色無いと言わしめる火力。
勇者と呼ばれた異世界人の中でも一番の強者はユウキだというのは、リョウジ以外誰もが認めていた。
「皆様。お待たせしました」
堂々巡りの話し合いの場に現れたのは王女クリスティーナ。
いつ何時でも変わらない美しい容姿に笑顔を浮かべながら会議室へと優雅に入室する。
「クリスティーナ! ビッターの件は!? 俺はこれ以上待てない!」
クリスティーナの姿を見るなり捲くし立てるユウキ。彼女は彼の顔を見た後に教師2人へ視線を送ると、教師2人からは首を振るだけの返事が返ってきた。
その姿に苦笑いを浮かべた後にクリスティーナがユウキに視線を戻して口を開く。
「ミナト様の消息が掴めましたわ。彼はやはり魔族に拉致され、彼を拉致した魔族達は南東に向かったようです。それと、王都から脱出する魔族達を目撃した者によるとミナト様は生きているとの事」
じゃあ、とユウキが口を挟もうとしたところをクリスティーナは手で制して言葉を続ける。
「現在、同盟国であるファドナ皇国にも連絡をして追跡の協力を要請しました。魔族達を追跡し、拠点が判明した時点で救出作戦を行います」
ミナトを拉致した魔族の行く先が判明しただけでも大きな進歩と言えるだろう。教師2人はミナトが生きているという言葉に安堵の溜息を零す。
「皆様にはこの救出作戦に参加して頂きたいのです。私達だけでは魔族に対抗しようにも力が足りません。どうか、勇者である皆様の協力が必要です」
と、クリスティーナが言葉を告げるとユウキはパッと笑顔を浮かべる。逆に教師2人はギョっと驚いた表情を浮かべた。
しかし、クリスティーナは驚く2人の教師に一瞬だけ視線を送った後に再びユウキに視線を向ける。
「ですので、今は訓練を続けて下さい。救出作戦の要は皆様です。皆様が魔法を完全制御できれば成功率が上がります」
そう言って微笑むと教師2人の方にも顔を向けてニコリと再び微笑む。
彼女の表情と言葉で教師達は「生徒達が暴走しないよう時間を稼いでくれたのか」と彼女の言葉の意味を察して胸を撫で下ろした。
現にユウキは「そうだな!」と言いながら握り拳を作り、早速訓練の事をゴローと話し始めている。
彼に触発されたのか、周りの女性陣もやる気の声を上げたり、正義感に燃えるユウキに熱い視線を向けていたり……。
その中でリョウジだけはつまらなさそうに頬杖をついていた。
-----
子供達がいなくなった会議室内にはクリスティーナと2人の教師だけが残って話し合いを続けていた。
「クリスティーナさん。先程はありがとうございました」
異世界人の中でも大人であり、教師であるエザキ・ボードウィンとマユ・ウチダは揃ってクリスティーナに頭を下げる。
「いえ。ユウキ様のご好意は嬉しいですけど、慎重にならなければいけませんからね」
ふふ、と小さく笑いながら微笑む彼女に、元の世界には妻子もいる中年教師のエザキは歳に似合わず赤面してしまう。
隣に座るマユから冷たい目線が飛んでくるかと思いきや、彼女もまたクリスティーナに見蕩れているので後で咎められるような事態にはならなさそうだ。
「それと、実は先程はあのように言いましたが……実はミナト様の居所は既に把握しているんです」
「ええ!?」
「隠しておかないとユウキ様が、その、ね? それでですね。2人にはミナト様の居場所を教えておこうと思いまして」
「ビッターがいる場所が分かる……?」
「はい。すぐに分かりますわ。私と一緒に来て下さい」
居場所が分かる。そう言われて頭の上に疑問符を浮かべるエザキとマユだが、何しろここは魔法の存在する異世界だ。
きっと魔法的な何かで分かるのだろうか、と自分達を納得させてクリスティーナの後を付いて行く。
クリスティーナは迷う事無く王城の廊下を進んで行き、途中でミナトが拉致された現場である庭を抜けて更に先へ。
途中にある廊下の窓、庭に出た時に空を見上げれば国の象徴たる聖樹にどんどん近づいて行くように思えた。
その感覚は正しく、クリスティーナが2人を導いた場所は聖樹の根元にある神殿だ。
巨大で太い聖樹の根元を隠すように作られた円形で反った白い壁。神殿の屋根は吹き抜けで、空へと伸びる巨大な聖樹の肌が見えており、初めて聖樹を近くで見たマユは「本当に木なんだ」と口を半開きにして荘厳な雰囲気に圧倒されていた。
クリスティーナは神殿の扉を開き、中へと侵入する。
神殿内部には聖樹教の教えを説く聖職者達がクリスティーナの姿を見ると一斉に頭を下げた。
その聖職者の中でも白い修道衣に金の装飾を施したモノを着用する年老いた男性――異世界人が召喚された際にいた老人と少しばかり話すと2人の方へ振り返る。
「お待たせしましたわ」
「御二方。お久しぶりでございますね」
エザキとマユがこの年老いた男性と会うのは召喚された日ぶり。つまりは1週間ぶりの再会に対して、2人は社会人らしく丁寧に挨拶を行った。
「さぁ、こちらですわ」
年老いた男性とクリスティーナは揃って笑顔を向け、2人を神殿の最奥へと誘う。
神殿の最奥――それは聖樹の根元だとクリスティーナは2人に説明する。
何故根元へ? と当たり前のように浮かぶ疑問を問えば、そこに行けば分かると言うだけ。
入り口にあるホールから奥へ進もうとすると、扉付き隔壁を5枚通過する必要がある。
長い廊下を歩き、隔壁が1枚。その先にはまた廊下……と繰り返す事、5回。ようやく最終目的地へと続く、通過してきた隔壁には無い巨大な扉の前に到着した。
最早、扉というよりは門か城門と言うべきじゃないか? という程の分厚い扉。
扉の左右には真っ白な修道衣を着用し、槍を持った修道騎士と呼ばれる神殿専属の守護者が直立不動で立っており、彼らの役目は扉の開閉に使うレバーを守る事だ。
クリスティーナは守護者に「開けて下さい」と短く言うと2つのレバーを守る2人の守護者は何も言葉を発さずにクリスティーナの指示に従った。
守護者がレバーを降ろすとギギギギ、歯車と鎖が回転しながら巨大な扉がゆっくりと開いていく。
国の象徴たる聖樹。世界の中心に根付き、人間達に恵みを齎す幸福の象徴。
ゆっくり、ゆっくりと開かれる扉。開かれる扉の間からは、扉の先にある吹き抜けの天井から降り注ぐ太陽の光が漏れてきており視界は白く染まっていた。
しかし、扉が徐々に開かれていくとどうだろうか。
扉の先にあるモノは、さぞかし素晴らしいに違いない。エザキもマユもそう思っていたが――
「な、なんだ……あれ……?」
「人の……顔……!?」
光に目が慣れた2人が見た景色は想像してたモノとは全く違う。
それは根元の樹皮にびっしりと埋まっている人の顔。まるで根元にマスクを飾っているような……とにかく異様な光景。
しかも根元を注視して見れば樹皮に埋まっているのは顔だけじゃない。人の体ごと埋まっている部分もあった。
体ごと埋まっている者は口を開き、腕をエザキとマユに伸ばして――何かを叫ぶような格好で聖樹の根元と同化している。
「な、何なんだこ――」
異様な景色にエザキがマユの横で叫ぶが、その叫び声は最後まで発せられなかった。
マユが叫び声に気付いて横を向いた時には、マユ達の死角方向にあった聖樹の根元から伸びた蔓にエザキは手足と口をぐるぐる巻きにされて状況が理解できないながらにも必死にもがいている。
「エザキ先生!!」
蔓に囚われ、もがくエザキを救おうとマユは手を伸ばす。しかし――
「ダメですわ。マユセンセ。ちゃあんと見てなきゃ」
マユは背後から何者かに抱きしめられ、耳元で囁かれる。
「ク、クリスティーナさん……」
「ほら、見て下さい」
背後から耳元での囁きと共にクリスティーナは聖樹へ指を指す。
「んんんん!?」
そこには蔓に囚われたエザキが必死にもがき叫びながら根元へと引き寄せられて行く様子。
そして、根元まで到着すると蔓は根元の樹皮にエザキの体を押し当てる。その後、エザキの口を塞いでいた蔓が敢て解かれ、彼の体に先端が針になった蔓がブスブスと刺されていく。
「助けて!! 助けてええええ!!」
己の体に未知の物体が刺し込まれ、痛みと絶望感に染まったエザキは狂乱するかのように目を充血させながら大声で叫ぶ。
「かひゃらがああああ!! あぎぎああがああああ!!??」
叫びながらも体の異常を察知したエザキは言葉にならない叫びを上げ、彼の体は聖樹の樹皮と同じ質に変化していく。
彼の断末魔が部屋の中に充満すると根元から生える蔓達は、まるで喜んでいるかのようにユラユラと揺れていた。
「ああ……。ふふ。やはり最高ですわね」
マユの背後からはそんな囁きが聞こえてくると、マユを抱きしめる腕の力が強まった。
くふ、ひひ、ふふ、と可愛らしい声で笑い声が漏れ、マユの背中にクリスティーナの体がぎゅうぎゅうと押し付けられる。
マユの思考は最早着いていけてない状態だ。先輩の教師が蔓に囚われ、助けてくれという叫び声と共に樹皮と同化していく様を見せられているのだ。
しかも背後にいる、最もこの場で頼りになると思っていた女性は薄気味悪く笑っているのみ。
「ク、クリスティーナさん……なんで……」
「なんで? なんでって皆様はこの世界を救ってくれる勇者ではありませんか」
マユがどうにか言葉を搾り出すと、クリスティーナから返ってきた言葉は世界を救うという言葉。
「ど、どういう……」
「ほら、あそこ」
クリスティーナの指差す先にあったのは――樹皮と同化したミナト・ビッターの顔。
「な、なんで……なんで……なんで……」
ガタガタと震えるマユの体の足元に、根元から伸びる蔓がゆっくりと近づいて来る。
諦めたかのように動かないマユは涙を流しながら顔だけ背後を振り返った。
涙を流し、未だに信じられないという表情で見つめるマユに対し、クリスティーナはペロリと舌で彼女の涙を舐め取る。
その後、クリスティーナはマユから3歩ほど離れた後に――
「この国を救ってくれて、本当にありがとうございます。勇者様」
ドレスのスカートをちょこんと摘み上げて、優雅にお辞儀するクリスティーナ。
彼女の口元には漆黒の空に浮かぶ三日月のような笑みが浮かんでいた。
読んで下さりありがとうございます。
次回は水曜日更新です。




