62 魔王城にて
「ふむ。なるほど。突然現れた謎の建造物は日替わりダンジョンという名称なのだな?」
「はい。そうシャルロッテ嬢から報告を受けております」
魔王城にある魔王の執務室。
そこには部屋の主である魔王ガイアスが執務机の上で腕を組みながら報告を聞いていた。
彼の他には魔王軍4将のうち3人が執務机の前に立っており、エキドナがシャルロッテから受けた報告の内容を魔王へ告げている最中である。
「ダンジョン出現の原因は、3名の王種族が解放したという神脈に関係があるようです」
魔王国と獣王国――大陸中央より南側に神脈の恩恵が消え去ってから200年以上経過している。
今まで神脈の恩恵が枯れた原因を調べようにも人間とエルフの侵攻が激しくそれどころではなかった。
しかし、原因を聞いてみればどうみても作為的に神脈の恩恵を止められたように思える。その犯人はどう考えても敵対組織である人間とエルフ達だろう。
「神脈を解放したのは3名の王種族で間違いないようですし、それによって神から齎された恩恵がダンジョンというのも納得できましょう」
「過去の状態に戻すよりもダンジョンの方が実用的で効率的か。突然姿を現した王種族が神の使者というのも納得できる」
トンガリ帽子を被り、杖を持ったアリクの言葉に魔王ガイアスが応えるとアリクは無言で頷く。
過去、大陸南側は荒野が広がるような土地ではなかった。天然資源が溢れ、穏やかな気候が続く過ごしやすい土地。それが魔王国。
その神脈から齎される恩恵によって国内を過去の状態に戻すのではなく、ダンジョンを出現させた理由はダンジョンが破壊されない限り無限に資源が採取できるからだろう。
土地を過去の状態に戻しても天然資源はいつか枯渇する。だが、ダンジョンは違う。
荒れた大地をそのままに、ダンジョンという特大の宝箱を出現させたのは魔王の目にはとても実用的に映った。
ダンジョンで採れる資源で国力を回復させ、ダンジョンで採れる資源で武装を強化せよ。そう言われているように思えたのだ。
「それで、ダンジョンにある資源はどうであった? 採取できそうか?」
「はい。シャルロッテ嬢が教えてくれた名の通り、あそこでは採取できる物が日によって変化します。今のところ判明しているのは鉱石類と薬草でしょうか。ただ……」
エキドナが現地調査で判明した採取物を纏めた書類を魔王に差し出す。
書類には現在魔王国内では枯渇資源となってしまっているアダマンタイト鉱やミスリル鉱が、地面や山の麓付近にある洞窟に数多く露出している部分が発見された事。
それに加えて森や草原、生えている木々の種類や木の根元にはポーション生成に使われる薬草類の名称も。こちらも魔王国内では採取できない種類が数多く記載されていた。
チラリと書類に目を通しただけでも魔王は歓喜して大笑いを上げてしまいそうな程に、今の魔王国内にとっては重要資源の数々が書かれている。
「ただ、どうした?」
その証拠に普段は威厳のある魔王も口角をニッと上げて表情に出てしまっているが、目の前に立つエキドナとレガドの表情は対照的に暗いものだった。
部下の表情の謎を解こうと魔王が問い質すとレガドが口を開く。
「ダンジョン内に跋扈する魔獣が問題です。攻撃性の無い大人しい魔獣が多いですが、ゴブリンも多数生息しています。ゴブリンだけならまだしもオークとキラージャッカル、空にはヘルスズメが飛んでおりました」
ゴブリン、オーク、キラージャッカルは魔王国内でもお馴染みの魔獣だ。オークとキラージャッカルはBランク傭兵でもチームを組まないと討伐できない強敵が地上を跋扈する。
それに加えて空を制するのはヘルスズメという鳥型の魔獣だ。こちらはCランク対象の魔獣だが群れで遭遇する場合が多く、キラージャッカルの鳥バージョンといったところか。
さらに――
「部下から聞いた話ですが、山の麓付近ではジャイアントバイパーを見たという者もおります。本格的に調査・採取を行うならば軍だけではなく傭兵にも協力してもらう必要がありそうです」
レガドが最後に付け加えたジャイアントバイパー。こちらは巨大なヘビ魔獣である。
現在の魔王国内でも滅多に見られない魔獣で、生息分布的には神殿ダンジョンのあったトレイル帝国の常闇の森付近に生息しているAランク対象の魔獣だ。
ジャイアントバイパーは獲物を決して逃さない。音も無く忍び寄り、巨大な体で人を締め付け潰し、巨大な口をパックリと開けて丸呑み……等、オークやヘルスズメ等とは比較にならないほど恐ろしい魔獣とされている。
書類をチラ見して喜んでいた魔王の口角がスッと下がり、真顔に戻る。
「……調査と採取を優先にせよ。傭兵にも協力を仰ぎ、無理せず被害を抑えながら、まずは確実に採取できる位置の物を優先しよう」
「はい。承知しました」
「因みに王種族の方々はどうやって奥に?」
魔王はダンジョンの奥地まで行き、戻って来たというイングリット達がどのように戦っていたのかを問うた。そこにダンジョンで安全に資源を採取する秘訣があるのでは、と思ったからだ。
「はい。盾を構えて駆け抜けて行きました」
「えっ」
「進行先にいるオークもゴブリンも……キラージャッカルも全て吹き飛ばし、一直線に」
「えっ」
レガドの報告に困惑する魔王だが、彼の報告通りイングリット達は駆け抜けただけだ。一直線に。
彼が駆けて行くイングリット達を見たのはダンジョンの序盤だけだが、中盤以降のイングリット達はジャイアントバイパーも吹き飛ばしていた。
アンシエイル・オンラインでオークやキラージャッカルはニュービー向けの魔獣だ。そんなニュービー向けの魔獣が出る日替わりダンジョン。そこに少数だけポップするジャイアントバイパーもまたニュービー向けである。
イングリット達の戦い方など参考になる訳がなかった。
魔王は「そうか……」と小さく呟いてから、次はアリクに視線を向ける。
「大聖堂に出現した女神像は何か分かったか?」
「いえ、特には……。ただ、像に触れる事が出来ませんでした」
日替わりダンジョンと同時にイシュレウス大聖堂内部に現れた謎の女神像。
石膏で出来た像はとても精巧で、女神そのものがその場に降誕したような造りだ。
アリクを含め、大聖堂に勤める司祭や修道女が触れようとしても『見えない透明な壁』で守られているかのように、腕を像に伸ばしても触れる事は叶わなかった。
この女神像がどのような役割なのか、どのような意味があるのかは一切不明のまま。
だが、像を見つめていると女神を覆うキラキラと光る膜と光のラインが天に続いている光景を幻視するのだ。
それを見た大聖堂の司祭は「神のいる場に繋がっている」と言っていたが、それが本当かどうかは誰にも分からない。
「巫女に神託はありましたかな?」
「ああ。引き続き王達の邪魔をするな、と」
アリクが神託によって何かヒントを得ていないか、という想いで問うと魔王が答える。
ヒントは得られなかったようであるが、あの3人は過去に君臨していた王種族であるという事実は疑いようのないモノになった。
「王種族の3名が次に向かうのはジャハームと言っていたのだな?」
魔王はエキドナに顔を向けて問うとエキドナは短く「はい」と返す。
「そうか。ジャハームとの国境で足止めされないよう、私が一筆書こう。それをシャルロッテ嬢に持たせてくれ」
「はっ。かしこまりました」
魔王は神託にあった王種族の邪魔をするな、という内容を可能な限り実現させようと己の権力をフルに使う。
彼らが次の目的地であるジャハームで成す事は、今回と同じように神脈の解放だろう。
1つの神脈を解放しただけで無限に資源が採取できる『ダンジョン』という破格の恩恵があったのだ。次の解放で齎される恩恵も想像を絶するモノに違いない。
それは人間とエルフに対抗する為、延いては国民の為になる大事なモノ。一部の強欲な者達や事情を知らない者達に足を引っ張られてしまっては困る。
「引き続き、貴族達にはバレないようにせよ。3名の王種族が成す事が遅れれば、魔王国全体……いや、魔族と亜人族全体の損失になる」
3人が魔王の言葉に頷くと次の話題へ。
「では、日替わりダンジョンの調査と立ち入りについてだが――」
「あ、少々お待ち下さい。それよりも重要な事が」
現在一番ホットな話題である日替わりダンジョンの話し合いだけで夜まで続いてしまうだろう。
そう思ったエキドナは魔王が次の議題を口にした所で待ったをかけた。
「レガド殿の件なのですが……」
エキドナがそう言うと執務室の雰囲気がずしりと暗くなる。
レガドの件、と言ったらメイメイを傭兵に誘った件他ならない。決して彼が100% 悪い訳ではないし、魔王も含めて全員が分かっている事なのだが……。
正直、やっちまった感が拭えない。当のレガドも申し訳なさに泣きそうな顔を浮かべてしまう程だ。
「その、シャルロッテ嬢曰く、ここで彼らが一番に望む物をすぐに用意して手打ちにしてもらうべきだ、との事です」
「望む物?」
魔王がエキドナの言葉に反応すると、彼女は頷きを1つしてから再び口を開いた。
「工房付きの家が欲しいそうです」
「工房付き?」
エキドナの口から出た答えは魔王にとっては意外な物だった。
正直に言えばイングリットという王種族の報告を聞いていると、もっととんでもない物を要求してくる印象だ。
だが、工房付きの家となれば魔王にとっては容易い。
土地と物を用意するだけならば魔王の一声で全てが揃うし、建築もすぐさま開始されるだろう。
もっと強引に言えば、既に魔王都内にある工房付きの家を王命で確保してイングリット達に与えてしまえば良い。
家一軒で王種族達の機嫌が取れ、更に部下の失態をチャラに出来るのであれば安いモノだろう。
「では早急に工房付きの家を探そう。無ければ作らせる。費用は問わぬからどのような家が良いのかシャルロッテ嬢に聞いておいてくれ」
「へ、陛下……」
「お前は悪くない。タイミングが悪かっただけだ。この程度、私に任せておけ」
魔王の即決にレガドの目からは一筋の涙が流れた。
男気溢れる、部下思いの上司。魔王ガイアスに一生付いていこう。レガドは改めてそう思ったのだった。
読んで下さりありがとうございます。
これで2章は終わりです。
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