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61 冒険の終わりに


 金ピカオークを討伐し、ゴッド級アイテムを手に入れたイングリット達はダンジョンゲートへと戻った。


 塔の外に出ると外は夕方に近く、もうすぐ空が完全に茜色に染まる。


 イングリット達は王都に向かえば夕飯を摂るには丁度良い時間だろう、という事でラプトル車へと足を進めた。


 と、その途中で調査から戻っていたエキドナをシャルロッテが発見。


 エキドナも連れている部下達も何故かボロボロの外見になっている事に首を捻るが「少し挨拶をして来る」と言ってエキドナに声を掛けた後に彼女専用の天幕へ単身向かって行った。


「……なるほど。貴重な情報だ。よくやった」


「はい」


 イングリット達には挨拶と言ったが報告だ。


 シャルロッテはパーティに加入し、彼らが何をしているのか報告せよという魔王の命令を遂行。


 今現在いる場所が日替わりダンジョンだという事。ダンジョンの中は曜日によって変化して採取できる物が変わる事等。


 エキドナ達が欲していたであろうダンジョンに関する情報を報告。


 それに加え、イングリット達がダンジョンを攻略した際に神脈の解放や神脈を解放した結果、現れたのが日替わりダンジョンだという関連性もエキドナへ報告した。


「それで……ここからが一番重要な話なのじゃ、なのです」


「ん? 神脈の件やダンジョンの件以上にか?」


 シャルロッテの言葉に首を傾げるエキドナ。シャルロッテは神妙な表情を浮かべながら無言で頷いてから再び口を開く。


「レガド様に工房……いや、工房付きの家を用意するよう、お伝え下さい」


「工房付きの家?」


「はい。その……。レガド様が彼らの仲間の1人を傭兵組合に誘ったでしょう? その件で……その……」


 レガドが強請られます。そう伝えたいがハッキリとは言えないシャルロッテ。


「あぁ~……」


 彼女が言葉を濁しながら言うと、さすがのエキドナもシャルロッテが言わんとしている事を察した。


 脳裏に浮かぶのは逃がさないとばかりにレガドの肩にガッチリと腕を回し、邪悪なオーラを醸し出していた黒い鎧の男。


「たぶん、ここで清算しないと一生……」


 シャルロッテはエキドナから目を逸らしながら――一生、死ぬまで強請られる。そう小さく呟いた。


「………」


 砦を防衛した際に要求された報酬。報酬をよこさなければぶっ殺すとばかりの言動。


 その要求を拒否出来ない理由は自分の目で見た彼の戦闘能力を知っているからか。それとも己の物を奪おうとする者への容赦の無い態度を見たからか。


 彼女の呟きを聞き、彼女の態度を見て。エキドナの脳内にはイングリットが「ケケケ」と笑う様子が思い浮かぶ。


 それと同時に拒否した際、レガドが巨大なペンチで挟まれている光景が浮かんでしまう。


「わかった。レガド殿と魔王様には私から言っておこう。報告後、すぐに知らせた後に君宛に使いを出す。それまで待つように彼らには君から言ってくれないか」


「……承知しました」


 シャルロッテが特務を受けている事は隠しておかなければならない。


 果たしてイングリットが行動を起こす前に話が進むだろうか。私は彼を抑えられるだろうか。そんな不安がシャルロッテの胸の中に充満した。


 エキドナへの報告を終わらせたシャルロッテはイングリット達の待つラプトル車へ戻る最中、どうやって話をしようかウンウンと悩みながら歩く。


 だが、その答えが出る前にラプトル車に到着してしまった。


「待たせたのじゃ」


「おう。早く魔王都へ帰るぞ。帰ったら宿を確保してメシだ」


 御者台に座るイングリットがラプトルの手綱を握りながら顎でキャビンを指す。


「羊亭、空いてるかな?」


 キャビンの窓からはクリフが顔を出しており、以前泊まっていた宿の名を口にした。


「肉祭りどこでする~?」


「羊亭で部屋が取れたら庭を借りれば良いんじゃないかな?」


 夕飯の話を聞いていたシャルロッテは肉と焼肉のタレのハーモニーを自然に思い出してしまい、口の中は涎でいっぱいになってしまった。


「そうじゃな! はよう帰って肉祭りじゃ!」


 イングリットがレガドを強請りに行く前にどう話をしようか、とここに来るまで悩んでいたシャルロッテだったが、肉祭りという単語を聞いただけでその悩みは宇宙の彼方まで吹き飛んでいってしまった。


  

-----



 日替わりダンジョンから魔王都まではそう遠くない。


 出発した時と比べて空は完全に茜色へと変化しているが、まだ夕方になったばかり。


 魔王都入場門に併設されている貴族用の入場門から魔王都へと入り、一向は寄り道せずに宿である『夢見る羊亭』を目指した。


 宿に到着し、宿の横にある馬小屋へラプトル車を預けてから宿の内部へと足を運ぶ。


 イングリット達が宿のドアを開けると内部にいた人々が一斉に目を向け、久しぶりに姿を現した彼らに驚く者も。


 カウンターで受付をしていたサテュロスの娘も驚いた様子を一瞬だけ見せたが、すぐに笑顔を浮かべて「お帰りなさい」と言ってくれた。


 サテュロスの娘を含め店内にいた人々はイングリット達――というよりもポーションを作って薬屋に卸していたクリフをよく覚えていたようだ。


 食堂で食事を摂っていた人達も笑顔を浮かべたり、片手を上げてクリフに挨拶する。


 挨拶もそこそこに受付で部屋が開いているか確認すれば、丁度3部屋開いているとの事。


 イングリットとシャルロッテは同室でクリフとメイメイが1部屋ずつ。クリフがメイメイと同室で良いと言ったがメイメイが全力拒否したカタチだ。


 全員で一旦部屋へと行き、夕飯を取る為に着替えをする。


「お主の素顔、久々に見たのじゃ」


 冒険が終わり、その打ち上げも兼ねた夕食。


 肩肘張らずに全員ラフな格好になったワケだが、普段は黒い鎧を全身に纏うイングリットも鎧を脱いでYシャツにズボンという格好だ。


 赤い髪に雄雄しい竜の角。


 薄紅色のワンピースに着替えたシャルロッテは久しぶりに見るイングリットのワイルドイケメン素顔に見蕩れてしまう。


 外見はワイルドでカッコイイ。魅了状態になって欲望に忠実となったイングリットを思い出すと淫紋が疼く。


 だが、すぐに「これで性格が良ければ完璧なのに」と心の中で溜息を漏らした。


 そんなイングリットの素顔だが、宿の1階に下りて庭を借りるべく許可を貰いに受付に立ち寄った際、そこにいたサテュロスの娘も大層驚かれる。


 竜人族という現代には既にいない珍しい種族の事など頭から吹き飛ぶくらいに、イングリットの素顔に目を奪われてしまったようだ。


 黒い鎧の中身と知ると声を荒げながら「嘘ですよね!?」と叫んでいたのが印象的であった。


 彼の素顔でひと悶着あったように思えるが、ともかく夕食である。


 庭で肉を焼く為の準備をして、インベントリから食事セットとテーブル等を取り出して並べれば準備完了。


「よし。今回の冒険も無事に終わった事を祝して。カンパイ!」


「「「カンパーイ!」」」


 各自飲み物をグラスに注ぎ、それを掲げた後にチンと打ち合わせる。


「あー! うめえ!」


 イングリットが飲んでいるのはインベントリに入っていたビールだ。


 瓶からグラスに注いでジョワジョワと立ち上がる泡と共に黄金色の液体を喉に流し込む。そして、焼いたオークに肉を頬張れば完璧だ。


「どうだ! 冒険が終わった後のメシは最高だろ!?」


 イングリットは隣で肉を頬張るシャルロッテへ問う。


 彼女は焼肉のタレで味付けした肉をゴクリと飲み込み、木のコップに注がれているワインをグビリと飲んだ。


「さいっこうなのじゃ!」


 冒険の最中、野営をしている時などは簡単な食事で済ませる事が多い。


 途中で米などゲーム産の料理アイテムを食べた事もあったが、現在のように気を張らずに食事を摂る事などできない。


 何も気にせず、美酒と美食を楽しむ。これ以上の幸せが他にあるだろうか。


「無事に冒険が終わった後に、パーティメンバー全員で飲み食いするのが一番の楽しみだ」


 誰も欠けず、何も失わず。


 全員で終わった冒険の話で盛り上がりながら、楽しく食事する。


 冒険者という生き物は、この雰囲気や気分を味わいたくて危険に飛び込むのかもしれない。


「何が無事に終わっただよ! 今回はヒヤヒヤした場面もあったんだからね! ちゃんと反省してるぅ!?」


 ドン、とジョッキをテーブルに打ちつけて叫ぶのはクリフ。


 彼もイングリットと同じくビールを飲んでいたのだが……既に顔が真っ赤だ。目は完全に据わっている。


「いい!? 君はねえ!!」


 ぐいっとイングリットの肩に腕を回し、真っ赤な顔で説教を始めるクリフ。


「クリフは酒に弱いのじゃな……」


「うん。お酒は好きなんだけど、すぐ酔っ払って絡むんだよね~。近づかない方がいいよ~」


 遠巻きに見ていたシャルロッテがクリフの以外な一面に驚く。


 メイメイ曰く、イングリットが絡まれるのはいつもの事。近づかずにいれば、そのうち酔い潰れると言う。


 一方でメイメイであるが、彼女はジョッキにアルコール度数がめちゃくちゃ高い酒――業火酒という透明な色の酒をグビグビと飲んでいた。


 シャルロッテが匂いを嗅いだだけで酔いそうな強い酒を顔色1つ変えずに飲む彼女もまた異常である。やはりドワーフの性なのだろうか。


「なんだか不思議じゃ。家ではこのような騒がしい日々など無かったのじゃ」


 シャルロッテはひたすら説教するクリフ、そのクリフに「うんうん」と適当に相槌を打ちながら酒と食事を楽しむイングリットを見つめた後、隣で一升瓶を抱えながら酒を飲み続けるメイメイへ顔を向ける。


 彼女の家は一般的な貴族家庭だった。家族と過ごしてきた過去の日々も嫌いじゃない。


 上品に、優雅に、貴族たれと育てられ暮らしてきたシャルロッテにとって、今目の前にある光景はとても新鮮に映る。


 既に殺されてしまった家族を想えば自然と涙が零れるくらいには、大切な時間だった。


 しかし、今の状況も悪くない。


 否、楽しいと想える。彼らと共に過ごして生きていきたい。この先にどんな未来があるのか、見てみたいと想えるのだ。


「こんな日々がいつまでも続けば……」


 シャルロッテは心の底から湧き出た願いをポツリと零す。


「続くよ~?」


「え?」


「シャルも仲間なんだから~。ずっと一緒じゃ~ん」


 メイメイはヒマワリのような、にぱっと可愛らしくも太陽のような清々しい笑顔をシャルロッテに向けて告げる。


「そうじゃな……。妾もずっと一緒にいたいのじゃ」


 家族を失った彼女が手に入れたのは頼もしい仲間達。


 新規加入者であるシャルロッテに対し、最初はお客様扱いもあったし、イングリットなど邪魔者扱いのような態度だった。


 だが、今はどうだろう。


 少なくとも最初の頃に比べて信頼してくれている、という感覚は強く感じる。


 家族のように無条件に愛してくれるのではない。


 仲間の為に何かをする、というのは難しい事だ。だが、やり遂げれば相手もそれを返してくれる。


 仲間というモノは自分が示せば相手も示してくれる。 


 それが信頼。失った家族の愛と同列のモノではないが、それに似たとても心地良いもの。


 彼らを失いたくないと想うと同時に、魔王からの特務を受けている事を隠していると想うと彼女の心はチクリと痛んだ。


読んで下さりありがとうございます。

次回は水曜日に更新です。

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