59 日替わりダンジョン 4
「ブヒィィッ!?」
ダッダッダッ、と金属製のグリーブで地面を鳴らしながら大盾を構えて突っ走るイングリット。
「長閑な場所にオークがいるのは本当に似合わないのじゃ」
今し方ダンプカーに轢かれるかの如く、イングリットの構える大盾突撃によって吹っ飛んで行ったオークを見送りながらシャルロッテが呟く。
「確かに~」
シャルロッテと共にイングリットの首に腕を巻きつけながら背中にへばり付くメイメイが相槌を打ち、快適な陸の旅を満喫する2人。
「装備の揃ってない初心者は負けちゃうからねぇ。ここにポップするオークもゴブリンもキラージャッカルも最低限の装備が無いと辛い相手だよ」
イングリットに小脇に抱えられ、ガックンガックンと体を揺らしながらも昔は自分達も苦労したもんだ、とニュービー時代を思い出しながら語るクリフ。
「お主らも最初は苦労したのか?」
「そりゃそうさ。私達は特に酷かったよ」
現在の3人しか知らないシャルロッテは彼らがオークなどの魔獣相手に苦戦する様子が想像出来ない。
だが、クリフの言う通り3人は今でこそ余裕で倒す事が出来るがアンシエイル・オンラインを始めた当初は酷い状況だった。
育成失敗、生産職、超晩成型の種族特性の持ち主……通常のニュービーにも劣る、最悪の状況だと言えるだろう。
「あの頃の私達ならオークどころかゴブリン1匹倒すのもやっとだろうね」
クリフはニュービー時代を過ごしたのが現実ではなくゲーム内で本当によかったと思う。
そうでなければ今頃死んでいるだろう。そもそも、冒険者になんて就いていなかったかもしれない。
「あ! イング! あそこ! ポークがいる!」
「わかった!」
クリフが思い出と、もしもの想像をしているとメイメイに指示された場所に向かって方向転換をするイングリット。
「プギィィ!?」
そのままデリシャスポークに突撃して轢き殺す。すると、デリシャスポークの死体が粒子となって消えた。
「ドロップした! 肉ドロップした!」
粒子となって消える死体をへばり付く背中から首を回して後方を確認していたメイメイが叫ぶ。
イングリットが急停止するとメイメイは背中から飛び降りてドロップした肉へと小走りで向かう。
草原の上に、土で汚れないようご丁寧にも白い紙で包まれた肉を拾い上げてインベントリへ収納。再びイングリットの元へと戻って背中にへばり付く。
「これで何個目じゃ?」
「んふふ。6個目~。競争相手がいないから狩り放題だね~」
ここまでの道中、夕飯の為にデリシャスポークとドリーミング・カウを見つけ次第轢き殺してきた。
ゲーム内ならば肉狩りを行う別プレイヤーがいる為に数を揃えるには時間が掛かってしまう。しかし、ここにはイングリット達しかいない。
唯一別パーティと言える相手――レガド達は遥か後方だ。
「はよう食べたいのじゃ~!」
焼肉のタレの味を知り、肉祭りを楽しみにしているシャルロッテも想像しただけで口内に涎が泉のように湧き出て来るのだろう。じゅるじゅる、と涎を飲み込みながら祭りに思いを馳せる。
ワイワイと盛り上がるシャルロッテとメイメイの楽しそうな声がクリフの頭上から降り注ぐ。
(ホント、現状に感謝しなきゃね)
クリフは2人の声を聞きながらクスリと笑う。
ニュービーとして今ここにいたら、このような楽しい思いは出来なかっただろう。
ゲーム世界に来る事なくリアルでゲームをしていたとしてもデリシャスポークの肉の味を仲間と楽しむ事は出来なかった。
(ゲームの世界に来ちゃった時はどうしようかと思ったけど、これはこれで……。あれ? リアルはどうなって……)
クリフがそのような事を考えた瞬間、思考が霞む。
そして浮かぶのは眩しい光の中に浮かぶ3人の人影と床に伏せていると思われる自分の視界。
――何で私は男に……なかっ……のだろう――
その言葉が脳内に響いた瞬間。ザザ、とテレビに映る砂嵐のようなモノが脳内に一瞬だけ充満すると全てが消える。
クリフがハッと我を取り戻すと先程まで考えてた物事が思い出せない。
(ま、いいか)
不思議に思いながらも大した事じゃないだろう、と結論付けたクリフであった。
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「この辺りが最奥エリアだと思うが……」
入り口から一直線に全てを吹き飛ばしてやって来た場所。そこは文字通り最奥と言う通り、視線の先には大地の切れ目が存在している。
周囲は変わらず穏やかな風が吹く草原。右手には背の高い山が見えているが、最奥エリアは平地である。
日替わりダンジョンの形状は四角い浮き島のような形で、一番端っこに行けば勿論陸地は続いていない。
一番端っこにあるのは見えない壁と限りなく続く青い空だ。
ゲーム内でもプレイヤーが落下死しないように配慮されていて、透明な見えない壁に接触すると『ボヨヨン』と体が弾き返されてしまう。
それは現実世界に登場したここも同様の配慮がなされていた。
「この辺りに出現したって情報なんだけどねぇ」
「途中もオークくらいしかいなかったね~」
1度きりの目撃と討伐報告があった場所に立ち、キョロキョロと周囲を見渡すプレイヤー3人。
特にボスが出現しそうな地形も出現させる為のギミック装置も見当たらない。
「んむ? 向こうで何か光っておるのじゃ」
しかし、新規加入したシャルロッテが右手側にある山の麓を凝視しながら指差す。
彼女の言う通り、山の麓――木々の間から小さな金色の光が見えた。
「あれか……? とにかく、行ってみるか」
シャルロッテの見つけた場所までそう遠くはない。一行は謎の小さく光るモノへ足を進めた。
歩きながら向かう事、30分程度だろうか。シャルロッテの見つけた謎の発光体は近づくにつれてどんどんと大きくなっていく。
そして、その発光体の正体は――
「「「「………」」」」
正体は金色に光るオークであった。
体型は完全に通常のオークと同じだ。しかし、全身が金。
純金を惜しみなくコーティングしたようにキンキラキンのピッカピカだ。
ダンジョンの空に浮かぶ太陽の光が金の体を照らし、周囲に金の光を振り撒く。
「ブッヒィィン……ブッヒィィン……」
しかも、金ピカオークは通常のオークのように女性を見ただけで興奮しない。
目の前に美少女たるメイメイとシャルロッテがいるというのに、悟りを開いたかの如く穏やかに佇む。
さらには両腕を開き「我はGOD……」と言いたげに崇高なる存在感をアピール。
「何なんだコイツは……」
「確かにレア魔獣っぽい」
「太陽の光で輝くのがウザイ~」
「あやつ、妾とメイを見て鼻で笑ったのじゃ!」
イングリット達が金ピカオークの目の前で口々に感想を述べるが、彼は通常のオークとは違ってすぐに激高しない。
「ブヒィィン……」
瞳を閉じ、口角を吊り上げ、余裕の笑みを浮かべる。
彼はイングリット達の感想を耳にしても「低俗な者達よ……」と言っている気がした。
「ウッゼェ……」
醸し出される余裕。それがウザさを倍増していた。
すると、金ピカオークは腰に納めていた金の斧を取り出し、静かに片手で構える。
「ブヒィン?」
開いている手でクイクイとイングリットを挑発。かかってきたまえ、と言っている気がした。
その仕草、佇まい、表情。全てはウザイ。これは挑発スキルなのだろうか。だとしたら、それは効果バツグンだ。
何故ならこの場にいる全ての者の眉間に青筋が浮かんでいるのだから。
特にイングリットには他の3人よりも効果の程がよく分かる現象が起きた。
いつもは溜まるのに時間が掛かる憤怒ゲージの針が一瞬でレッドゾーンに突入したのだ。
こんな状況は初めてだ。最早、己の憤怒を抑えつけるという行為すらも忘れてしまう程にイラッとした。
「死ねよやァー!!」
ガチャンガチャン、と変形音を鳴らしながら大盾はペンチへと姿を変え、イングリットは心の底から放たれたオーガニックな怒声と共に突撃。
イングリットの叫びと共に、その場にいる全員の目には煽りの天才と呼ばれたマザコンの金髪男が幻視された。
「ブヒョッ!?」
一方で余裕を見せていた金ピカオークであるが、イングリットの大盾が変形する事は予想外だったのだろうか。
変形したペンチから醸し出されるヤバそうな雰囲気を察した金ピカオークの口からは「嘘やろ!?」という驚愕の声が漏れた……気がした。
「ブヒョォォォッ!!」
レア種のボス魔獣といっても所詮はニュービー向けのダンジョンにポップする低レベル魔獣だ。
金に光って周囲に後光を振り撒き、オークに似つかわぬキザったらしい余裕を見せたところで廃人プレイヤーたるイングリットの敵ではない。
「ブヒィッ! ブ、ブ、ブヒィ!!」
構えていた金の斧ごと体をペンチで挟み込まれ、力任せに押し潰される。
断末魔を上げながら体を潰された金ピカオークは地面へと倒れ、光の粒子となって消えてしまった。
「あっけな~……」
「まぁ……日替わりダンジョンのボスだし……」
「ただウザイだけだったのじゃ」
見た目のインパクトとは裏腹に呆気なくイングリットによって倒されてしまった金ピカオークに3人は溜息を漏らす。
「ドロップアイテムがあるぞ!」
だが、粒子となって消えた金ピカオークがいた場所に、ある1つの物体が残っていたのを見つけると陰鬱な雰囲気は瞬時に霧散した。
「うわ! ほんとだ! ……これ何だろう?」
「箱? ……に、蛇口が付いてるな」
大人の拳くらいの大きさの箱に水道の蛇口部分が取り付けられたシンプルな見た目。
箱の部分は茶色になっており、材質は金属感は無く若干柔らかい。しかし、触感に対して丈夫そうな印象だ。
「お主等でも分からんのか?」
シャルロッテが地面に転がるアイテムを持ち上げながら問う。
イングリットとクリフは「分からない」と言いながら首を傾げるが、1人だけ全く違うリアクションをしている者がいた。
それはアイテムを鑑定できるメイメイだ。彼女はぷるぷると震えながら目を見開いてシャルロッテの持つアイテムを見つめている。
「……ド級アイテム……」
「あ? どうした? メイ?」
ぷるぷると震えながらアイテムを指差して小声で何かを言ったメイメイにイングリットが問う。
「それ……ゴッド級アイテム……」
ゴッド級。それは未だ魔族・亜人陣営側では見つかっていない最上級ランク。
「は……?」
「え……?」
イングリットとクリフはメイメイの言っている意味を理解すると、言葉を発せなくなる程に2人の顔には驚愕の表情が浮かぶ。
「ゴッド級ってなんじゃ?」
ただ1人、アイテムの等級を理解していないシャルロッテだけが首を傾げるのであった。
読んで下さりありがとうございます。
次回は明日更新です。
明日更新したら更新まで少し間が開きます。




