57 日替わりダンジョン 2
「で、君達はこの中に入りたいと?」
エキドナが後方に聳え立つ『塔』を問うた後に振り返って一瞥する。
「ああ。そうだ。その交渉を今しようとしてたんだよ。仲間が色々とお世話になったレガド君とよォ~」
ケケケ、と邪悪な笑い声が聞こえそうな程に『仲間が』の部分を強調してネチっこく絡むイングリット。
その言葉を聞いたエキドナは、先程から大量の汗を掻きながら苦笑いしか浮かべていないレガドの態度に合点がいく。
知らずとはいえ現代に現れた王種族の者を傭兵へ登録させ、しかもその方法は誠実とは言い難い行為だった。
イングリット達の正体を予想し、上司である魔王となるべく不干渉という取り決めをした後に己のした行為を後悔し続けていたレガドだったが、遂にここでツケが回ってきたという事だ。
エキドナもレガドが行った行為も行った理由も、どちらも知っているのでこの状況から救ってやりたい。
「ふむ。入りたい理由を聞いても?」
まずは情報収集。
やや脳筋気味のエキドナであるが、情報収集は大事だと同じ4将のアリクから口を酸っぱくして言われているのをたった今思い出すと自然な様子を装って実行する。
「用があるからだ」
「その言い方……。ここがどのような場所なのか知っているのだな?」
エキドナの言葉に、問われたイングリットではなくレガドが無言で目を見開きながら驚く。
彼女にしては鋭い問いだ。
レガドが普段目にしている「騎士道がァ!」と叫びながら脳筋っぷりを発揮している彼女からは想像も出来ない程に鋭い。
こちらが圧倒的に不利である状況ながら、イングリット達からこの場所がどんな意味を持っているのか聞き出そうという魂胆なのだな、とレガドはエキドナの考えを読み取る。
レガド本人が強気に攻めて行く事が出来ない分、彼女が頑張ってくれているのだ。彼は胸の中で泣いた。今晩は軍人用の食堂で根性芋の野草添え(食堂で一番高い)を奢ろうと決めた。
「あ? どこからどう見ても日替わりダンジョンだろうがよ」
「だ、だんじょん? これはダンジョンなのか!?」
情報というのは、どのような状況でも重要なモノだ。
イングリットも勿論情報の重要性や情報の鮮度は価値に直結するという事は承知している。
しかし、日替わりダンジョン如きを秘密にしていても、ここがダンジョンというのはすぐに判明するだろうと判断したのだが……。
「ダンジョンというのは洞窟にできる物ではないのか!?」
「不思議な空間だとは思ったが……これがダンジョンなのか」
「ええ……?」
なんとも違った方向の驚き方をするエキドナとレガド。両名の驚き様にイングリットすらも困惑してしまう。
「ダンジョンと言えば神話時代にあった遺物が眠ってるって噂じゃないですか!!」
「レガド様の武器みたいなスゴイのがあるんですよね!?」
「なんでそんなモノが急に魔王都の近くに現れたんだ!?」
指揮官2名だけでなく、取り巻きの部下達もダンジョンというモノの凄さを口々に語り始める。
彼らの様子を見るに ダンジョン = 神話時代のスゴイ施設 という認識らしい。
と、彼らが驚くのも無理はない。
ダンジョンというのは神話戦争前であれば、存在して当たり前、あって当然、というような代物だった。
それが何故、現代では珍しいモノなのか。理由は神力である。
神力が大地に満ちれば大陸に満ちる魔力も増え、その魔力が自然と偏った場所にダンジョンが出来る。
神話戦争前は神脈が塞き止められていなかった為に当たり前のようにダンジョンが存在していたのだが、現代は神脈に楔を打ち込まれていて領土内に神力が足りていない為にダンジョンが出来ない。
故に珍しい、という事だ。
しかし、そんな事情を知らないイングリット達。
ニュービー御用達の日替わりダンジョン程度にスゴイスゴイと連発。逆にプレイヤーの3人は顔を見合わせて首を傾げた後に現世の事情にパーティ内で一番詳しいシャルロッテへと自然に視線が集まる。
「お前、この前の神殿ダンジョンでアイツ等みたいな反応しなかったよな」
「ん~? ダンジョンというモノがあるのは知ってたが、妾は詳しく知らなかったのじゃ」
シャルロッテはダンジョンという概念は知っていたようだが、それがどんな施設なのか、貴重性や国にとっての重要性というのはあまり詳しく知らなかった。
彼女にしてみれば、神殿ダンジョンにいた恐ろしい化物が最奥に待ち構えている場所にスゴイと連発する方が理解できないと言う。
ボスを倒せばお宝が手に入るのは確かに魅力的だが、それと同等のリスクが待ち構えているのを知っているシャルロッテは立派な冒険者と呼べる程に成長したのだろう。
彼女はスゴイスゴイと連発しながらはしゃぐ軍人達へ冷ややかな視線を向けながら溜息を零した。
「まぁ、安心しろ。ここは神殿ダンジョンみたいにキツイ場所じゃない」
出現する魔獣は初心者向けな種類ばかりだし、ほとんどはノンアクティブな魔獣――魔獣というよりも家畜に近い攻撃性の低い獣ばかりだ。
極上の肉をドロップする『デリシャスポーク』と呼ばれる4足歩行で動くオークのような魔獣。
霜降り肉と低確率で焼肉のタレをドロップする『ドリーミング・カウ』という4足歩行のミノタウロスもどき。
この2種類はノンアクティブ魔獣の中でも料理系アイテムのドロップ元として有名かつ一定の需要があるオススメの魔獣だ。
危険性がある魔獣と言えば前回説明した通り、オークくらいだろう。加えて集団に遭遇すると危険なのはゴブリンだろうか。
日替わりダンジョンで最上級の危険性を持つオークとゴブリンはイングリット達にとっては鼻をほじりながらでも倒せる相手なので、シャルロッテが怯える必要は皆無だ。
「んじゃ、行くか」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
突如出現した場所がダンジョンだという事が分かってお祭り状態の軍人達をスルーして先へ進もうと一歩踏み出すイングリット。
しかし、それを見逃さなかったエキドナが待ったをかけた。
「あぁ? まだ何かあんのかよ」
メイメイが世話になったのだから止められる筋合いは無い、というのはイングリットの認識だ。
加えてダンジョンだという情報を与え、それが相手にとって予想以上に重大な事実だと分かってからは更に止められる筋合いは無い。
「その、我々もまだ調査中でな。中に行くなら我々も同行させてくれないだろうか?」
「ハァ?」
だと言うのに、同行させて欲しいとまで言い出された。
出現時間限定のレア魔獣を倒す事が目的である為、イングリット達は先を急ぎたい。
ただでさえ足止めされているというのに。中を調査したいと言う彼らと一緒に行動しては更に進行が遅くなるだろう。
少々イラっとしてきたイングリットは「却下だ」と短く答えてエキドナに背を向けた。
「ほ、報酬を出す!」
以前、少しだけイングリットと行動を共にした事があるエキドナは彼が無償で動かない事は理解している。故に報酬という言葉を口にしたが――
「断る」
3度のメシより金が好きなイングリットであるが珍しく報酬という言葉を一蹴する。
「あと、レガドには1つ貸しがある事を忘れるな。これでチャラにはしない」
そのままレガドとエキドナに背を向けながら歩き出す。
貸しとされたレガド本人は本よりエキドナもイングリットの背中に手を伸ばした状態で固まる他無かった。
そんな2人にシャルロッテだけがペコリと小さくお辞儀してから、小走りでパーティメンバーに合流する。
「報酬を払うと言ってたが良いのか?」
今までシャルロッテが見てきたイングリットならば相手に無理難題な報酬を要求し、それを確実に回収するのが通常だ。
それなのに断った事が不思議で仕方なく、シャルロッテはイングリットへ問う。
「ああ。アイツ等がいると進行が遅くなる。ここは日付が変われば強制的にダンジョンの外に出されてしまうし、そうなれば例の魔獣が消えてしまう可能性が高い」
日替わりダンジョンの日付更新は深夜12時。
ダンジョンフィールドの構造が毎日変化する為、プレイヤー達はダンジョン内で更新時間を跨ぐ事は出来ず、一旦外へ強制送還されてしまうシステムだ。
日替わりダンジョン如きで興奮している者達に付き合って時間を浪費するリスクは避けたい。
まだまだ更新時間までは時間があるが、神殿ダンジョン帰りというのもあるので日替わりダンジョンの用件はサクッと済ませたいと考えているイングリットは今回ばかりは報酬よりも時間を取った。
それに――
「貸しって言葉は凄まじい凶器であり、魔法の言葉だ。貸しがある、という事実だけで相手はこっちの無茶な要求を呑まなければならないんだからな」
「お、お主……」
「さぁ、次に会った時は何を要求してやろうかなァ!」
トコトン搾取するぞ、と意気込むイングリット。
「いつもの手口だよ」
「前に貸した小銭が5000倍になったとか言ってたよね~」
「………」
イングリットという男は邪悪である。
そう改めて思うシャルロッテだった。
読んで下さりありがとうございます。
明日も更新予定です。




