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56 日替わりダンジョン 1


 日替わりダンジョン。


 それは名の通り、毎日違った姿を見せるダンジョンの事だ。


 通常のダンジョンとは違って1階層しか存在せず、出現する魔獣も低レベル帯の魔獣しか現れない。


 この日替わりダンジョンが主に使われる用途は新規ユーザー向けの低レベル帯レベリング、全ユーザー向けでは各曜日ごとに取れる素材採取に使われる。 


 現実世界であるアンシエイルをそのままゲームに落とし込んだ事から、アンシエイル・オンラインでも『曜日』という概念は日曜から始まって土曜日で終わる週7日間の設定になっていて、日替わりダンジョンも毎日、曜日によって内容が変化するのだ。


 その事からプレイヤー達の中には曜日ダンジョンと呼ぶ者も存在する。


 気になる日替わりダンジョンの変化内容であるが――


 日・月・火曜は鉱石系がよく採取できる山岳ダンジョン形態(曜日ごとに採取できる鉱石の種類が変化)


 水・木・金曜は米や野菜などの食材アイテム、ポーション材料となる薬草系が採取できる草原と森のダンジョン形態。


 土曜日のみは特殊で週末ボーナスとして魔獣素材のドロップ率UP & 低確率で能力永久付与装備(新規・序盤向け)がドロップし、レア度の高い鉱石が掘れるポイントが増加している。


「なんじゃ? つまり、日替わりダンジョンとはメリットしか無いダンジョンなのか?」


「そういう事だ。本当に出現した建造物とやらが日替わりダンジョンだったならば、敵勢力が召喚した危険な物じゃない。むしろ、草木が育たない魔王国と亜人の国にとってはメリットしかないダンジョンだ」


「ポップする魔獣も低レベルだし、最上でも精々オークぐらいかな?」


 新規ユーザーが今後の冒険をしやすくなるよう、足掛かりとなる装備を製作するのに使える素材をドロップする魔獣が多く出現し、オークは倒すと肉か能力が付与されていない武器をドロップするので初心者向けとしては最初の目標となる魔獣だ。


 神力不足による荒れた大地に存在する魔王国と亜人の国では森林資源は枯渇し、大地を肥やして種を蒔いても植物などは育たない。


 そんな国にとってダンジョンの不思議な力で枯渇しない資源が永遠に提供される場所なんて夢のような話だろう。


「ん!? という事はまたコメやカツサンドが食べられるのじゃな!?」


 海沿いの町では水棲魔獣である魚も食べているが、基本的には根性芋と魔獣肉のみしかレパートリーの無い魔王国にとっては、日替わりダンジョンを上手く活用すれば食生活がガラリと変わる事になるだろう。


「そうだね。食材アイテムが取れれば料理して食べられるね」


「や、焼肉のタレもか!?」


「ああ。ドリーミング・カウという魔獣を倒せば一定確立で焼肉のタレがドロップするぞ。……こっちでもドロップするかどうかは不明だがな」


 神殿ダンジョンのように、魔獣の死体がダンジョンに吸収されないかもしれない。そうなると『アイテムドロップ』というシステム自体が無い可能性がある。


「確かめに行くのじゃ! 焼肉のタレ無しで魔獣肉を食うなんぞ、もう考えられんのじゃ!」


 何十年も薄い塩味で過ごしてきた彼女にとって、焼肉のタレは味覚のビックバンを起こしていた。肉とタレのシンフォニー。料理業界のアンシャロン(女神)とエイルドゥーク(男神)である。


 ほかほかの米と焼肉のタレで味付けされた肉の美味さを知ってしまったシャルロッテは既に焼肉のタレ中毒者。それが手に入らないなど、それ以上の絶望があるだろうか。


 シャルロッテはムフー、ムフー、と鼻息を荒くしながら落ち着かない様子で3人へ提案をした。


「まぁ、確かに確認は必要……ん!? おい! 今日は何曜日だ!?」


 シャルロッテの提案を「アリかな」と思案していたイングリットが急に焦るような態度を見せた。


「今日は……土曜日だね。ん!? 土曜日!?」


「ダンジョンが現れてから初めて(・・・)の土曜日だよ!」


 イングリットが曜日を問うた事でクリフとメイメイもある事を思い出す。


「ヤバイぞ!! さっさと日替わりダンジョンに行くぞ!!」


 イングリットは素早く御者台に乗り込み、クリフもシャルロッテへ座るよう指示を出す。


「入場門の軍人に場所を聞く! シャルの身分を使うぞ!」


 イングリットは小窓からキャビンの中にいる3人へ叫び、2頭のラプトルを繋ぐ手綱を握り締めて走らせ始めた。


「な、なんでそんなに慌ててるのじゃ!」


 ガッタン、ゴットンと尻が浮くほど揺れるキャビン。魔王国内の街道にある悪路を気にせず、全速力で入場門へと発進する中でシャルロッテが理由と問う。


「ダンジョンが解禁された最初の土曜日にしか現れない限定魔獣がいるんだ。そいつは討伐されたら最後、2度と現れないんだけど……討伐すると超レアアイテムがドロップされるんだ」


 日替わりダンジョンが実装された最初の土曜日に実装当時から今まで1体のみしか出現報告されていない超限定魔獣の存在がある。


 運営の遊び心なのか嫌がらせなのか、どちらかは不明だが最初で最後の1体を討伐した者のみしか手に入れる事が出来ない超レアアイテムのドロップは見逃せないだろう。


 現在でもそのアイテムはゲーム内では1つしか存在せず、そのアイテムの等級自体はレジェンダリーなのだが、ある意味でゴッド級以上と言われるアイテムだ。


「それはどんなアイテムだったのじゃ?」


「確かスイハンジャーって名前だったかな? 米が美味しく炊けるアイテム」


 世界に1つだけしか存在しないスイハンジャー。米を入れ、水を入れてスイッチを押すだけで全ステータス上昇の効果を持つ白米が出来上がるという神アイテム。


「ほう! すごいアイテムじゃな!」


「同じ物がドロップするのかは謎だけどね」


 なにせ1体しか討伐報告が無いのだ。ドロップが毎回同じなのか、それとも討伐者の運が良かっただけでドロップの確率自体が低い可能性もある。


 そんな話をしていると、ラプトル車は急停止した後にイングリットが入場門付近にいた軍人へダンジョンの所在を問う声が聞こえてきた。



-----



 入場門にて聞き出した場所は魔王都の南東にあると言う。


 国内唯一となってしまった魔王都目の前にある森を横目に街道を東へ向かい、1キロほど進んだら南へ下る。


 と、まぁ道順を説明するとそうなのだが、横にある森を通り過ぎてしまえば相変わらずの荒野が広がっている為に目印(・・)は簡単に見つけられる。


 目印、というのは遠目からでも一際目立つ『塔』だ。


 周辺にある村の者や魔王都に住む者ならば今まで何も無かった場所に突如生えた塔を『不審な建物』と呼ぶのも頷ける。


 件の場所にイングリット達が到着すると、現在最もHOTなスポットであろう『日替わりダンジョン』は、荒野のド真ん中に石畳が四方100メートル程度広がって中央にはドンと立つ立派な石造りの塔。


 見上げれば高さ200メートルくらいだろうか。魔王の住む魔王城よりも遥かに高い。


 横に目を向ければ魔王都の森が見え、森の切れ目から荒野を数百メートルほど挟んで石畳が始まる。森と隣接しているような立地だ。


 そんな塔の前には軍人達が補給用の物資が入った箱を運んでいたり、天幕を張っている者も。他には外に調理用の台や机、椅子などを並べながら忙しなく動き回っていた。


 イングリット達はラプトル車を石畳の上に停車させ、動き回る軍人達の方へと徒歩で進んで行く。


 軍人達が占拠しているダンジョンへ侵入するのに特に許可などは取っていないが、シャルロッテの貴族パワーでどうにかなるだろうという何ともいい加減な作戦である。


 特権階級というのは便利だな、と思いながら我が物顔で歩いていると――


「おい! お前達! 何者だ!?」


「ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!!」


 現実はそんなに都合良く事が進まない。


 案の定軍人達に見つかって呼び止められてしまった。そもそも厳つい黒い鎧を着用しているイングリットが目立たない訳がない。


「控えおろう! こちらはアルベルト家一行ぞ!」


 先頭を歩いていたイングリットが高らかに宣誓する。兜の中にある顔はドヤ顔100%である。


 クリフはニコニコと笑みを浮かべており、メイメイは可愛らしい声でイングリットと共に「控えおろう~!」と叫んでいた。


 その脇でシャルロッテだけは「大丈夫なのか」と額に冷や汗を浮かべながら胸をドキドキとさせる。


 対してイングリット達を呼び止めた2人の軍人はお互いに顔を見合わせた後にイングリットを睨みつける。


「は? 貴族様だからって関係者以外立ち入り禁止だ」


「アルベルト家は確かに貴族だが、軍務に携わってる訳でもないだろうが。そもそも、ここは4将であるエキドナ様とレガド様が指揮を執っているんだ。貴族と言えど、逆らえば逮捕だぞ」


 なんという事でしょう。彼らに貴族パワーは通じなかったのです。


 理由としては彼らが魔王軍4将のレガドとエキドナ直属の部隊員だという事だ。


 彼らは軍人の中でも優秀で馬鹿真面目。国に忠誠を誓うのが趣味と言わんばかりの愛国者である。


 加えて己の利にしか興味を持たず、自国の危機に知らん顔をする魔王国の貴族達に嫌悪感を抱く者ばかり。


 他の下っ端軍人達や貴族を恐れる軍人達ならば効果はあったかもしれないが、彼ら4将部隊の者達は貴族が問題を起こせば問答無用で逮捕するし、貴族よりも上に位置する4将が後ろ盾がある。


 そんな者達に貴族の威光など通じないし、逆効果だ。


 しかし、イングリットも彼らの口にした名にピクリと反応する。


「あ? エキドナにレガドか。なら大丈夫じゃねえか」


 エキドナには実際に会った事があるし、シャルロッテの事も知っている相手だ。強引に話を進めれば問題無いだろう。 


 もう片方のレガドはメイメイが会った事のある相手。それにイングリットも実際にいつか会おうと思っていた相手だ。


 イングリットは「関係者だから大丈夫だ」と軍人達に言い放ち、その場から更に進もうとする。


「何を言っているんだ! 立ち去れ!」


 が、2人の軍人は腰に収めていた剣を抜いて立ちはだかる。


 それに加えて騒ぎを聞きつけた他の仲間達も集まり、集まって来た軍人全員が武器に手を当てながらイングリット達を囲んで睨み付けていた。


「おい! 何の騒ぎだ!!」


 イングリット達を囲む軍人達の後ろから男の声で叫び声が上がる。


 包囲していた軍人達が声の主に気付き、振り返った後に背筋を伸ばして敬礼。


 そんな彼らを掻き分けるように現れたのは一人のオーガ族の男性。この場の指揮を執る者の1人であるレガドだった。


「何の騒ぎだ!」


「ハッ! この者達が我々の制止を聞かず――」


 レガドは部下の報告に耳を傾けながらも問題の人物へ視線を向ける。


「うい~」


 すると、一番目立つ黒い鎧を着用したイングリットの横で小さな手を振るメイメイ。その隣には恐縮したように頭を下げて無言で挨拶するシャルロッテ。


「ん? 貴殿はシャルロッテ殿とメイメ――」


 メイメイの名を言いかけて、レガドはハッと気付く。


 そう。彼女等の隣、囲まれている最前線に立つ黒い鎧の男に。


『ありゃぁ根っからの悪党だ』


 瞬時にレガドは親友の言葉を思い出してマズイ、と思った。


 上司からも親友からも言われた関わってはいけない相手。それが目の前にいる。


「おっと、そうだ私は――」


 そう言いながらクルリと背を向けるレガド。とにかく誤魔化して逃げるしかない。


「そりゃあ無いんじゃないのォ? レガドさんよォ?」


 しかし、背後から歩み寄ってきたイングリットにガッと肩に腕を回されて呼び止められる。


 レガドは 逃げられなかった


「会いたかったぜェ~? 随分とウチのメイメイが世話になったみてぇだしよォ~?」


 イングリットは兜の中で「こんな美味しい獲物を逃してなるものか」とニタニタとしながら今年一番の邪悪な笑みを浮かべていた。


 何とも馴れ馴れしいイングリットの態度に、4将を尊敬してやまない周囲にいた軍人達からは「オイオイオイ」「死ぬわアイツ」とイングリットを小馬鹿にする者達。


 一方で当の本人であるレガドは人生最大級の「嫌な予感」を感じながらも、体中から大量の汗が噴出す。


「き、貴殿は……」

 

「俺の言っている意味、分かるよなァ?」


 メイメイが世話になった。それは傭兵登録の事だ。


 戦争参加の義務を伏せ、メリットのみを語って彼女を騙した事。レガドは心当たりがある分、言葉を口にする事が出来ずに黙ってしまう。


「人を騙しちゃいけねぇよなァ~? なぁ、4将さんよォ~?」


 イングリットが行ってきた行動や言動を知る者がこの場を見ていれば「お前が言うな」と盛大にツッコむだろう。


 現にシャルロッテは心の中で「お主が言うな!」と大声で叫んでいた。


「あ、え、ええ。そ、その……」


 どうしたものか。困り果てるレガドは上手く言葉を発する事ができない。


 その様子を見ている部下達もいつもとは違うレガドの態度に怪訝な表情が浮かび始めた時。 


「ん? イングリット殿か?」


 石畳の床をコツコツと金属製のブーツを鳴らしながら姿を現したのはもう1人の指揮者であるエキドナだ。


 彼女は長く綺麗に手入れされた紫色の髪を靡かせてイングリットとレガドの前まで歩み寄って来る。


(た、助かった!)


 彼女の登場にホッと胸を撫で下ろすレガド。


「レガド殿? どうしたのだ?」


 彼の心から安堵した表情は、普段は眉間に皺を寄せている態度からは想像出来ない程の穏やかさ。


 エキドナは首を傾げながら頭の上に疑問符を浮かべるのであった。 


読んで下さりありがとうございます。

次回は土曜日です。


3月中は3日1回くらいは更新したい…。

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