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54 魔王都の異変


 魔王城の東棟には軍部区画が存在している。


 1階には訓練場や王都軍が日々の生活を送る兵舎が複数棟建ち並び、2階3階などは軍人用の食堂施設や商人組合直営の商店なども存在する区画だ。


 王都軍に所属している兵士達は朝からハードメニューな訓練をこなし、夕方になった今はプライベートな時間を過ごせる至福の時間。


 好きな食事(根性芋)を食べ、自室で夜食にする食材(根性芋)を買い物したり、魔王都内の一般区画にいる家族や恋人の元へ向かう為に城の城門方向へ歩いて行く者達も見られる。


 その様子は王城敷地内の一角でありながらも宛ら小さな町のような状態だ。


 軍人達が賑わいを見せる中で魔王軍4将のレガドは4将に就任した際に宛がわれた執務室で旧友と久しぶりに会っていた。


 机を挟んで向かい合い、旧友の持って来てくれた超高級嗜好品のワイン――国内の森林資源が乏しいので年間数本しか生産されない、1本100万エイル以上する赤色のワインを木製のコップに注いで嗜む。


 もう既に業務終了の時間だ。執務室で一杯やってたとしても咎められないだろう。


 旧友が持って来たワインはレガドの大好きな銘柄だった為にコルクを抜いた時は厳つい顔に似合わずニコニコと笑顔を浮かべていた。


 しかし、話し始めて10分。


 レガドの顔色は悪い。


 彼の顔色が急激に悪くなった理由。それは――


「お前が勧誘したっていう幼女のツレ。ありゃあヤバイ。関わらない方が身の為だぜ」


 旧友がワインと共に持って来た話題は最近傭兵組合で起こった珍事件だ。


 魔王軍4将レガド自らがスカウトしたという期待の新生。その登録を抹消しろと言いに来た4人組。


 中でも黒い鎧を着た男はヤバイ、と軍人学校時代からの旧友であるグエンは言う。


「何がヤバイって全部がヤバイ。装備している黒い鎧は一級品。受付嬢と話している最中も周囲を常に警戒する佇まい」


 Aランク傭兵であるグエンもその場に居合わせていたが、黒い鎧の男の佇まいはベテランそのものだ。


 自分とて油断できない相手だ、と瞬時に理解できた。


「しかも、Bランクのゴゴン兄弟を1人でボコボコにしてんだぞ? ヤバイ以外の何者でもねえ」


 Bランク傭兵のゴゴン兄弟。それはイングリットが外に連れ出し、有り金を巻き上げられた憐れな者達の事だ。


 彼らは傭兵組合脇の路地で身包みを剥がされ、有り金どころか身につけていた革鎧や武器として持っていた剣、倒した魔獣の素材を剥ぎ取る短剣までも巻き上げられていた。


 しかも兄の方は地面に首から上を出した状態で発見され、一部始終を見ていた弟の証言によると「抵抗したので埋める」と言って埋められたらしい。


 弟の必死に告げる謝罪も受け入れる事無く、問答無用で不思議な道具を使って一瞬で穴を掘り終えると兄を穴にぶち込んで土を被せたとの事。


 兄弟はそれ以降、夢に黒い鎧が現れると言い出して魔王都にある医療院に入院した。


「受付嬢に向ける眼光が素人じゃねえ。息を吐くように嘘をつきやがるが、その姿はごく自然な態度。ありゃあ根っからの悪党だ」


 既にメイメイに姉妹が存在しない事はレガドに報告へ行った組合長との話でバレている。


 魔王より「干渉するな」と言われているレガドは組合長から報告を受けた際に冷や汗を流しながらも穏便に済ませるよう告げた。


 そこまでは良い。レガドはメイメイの素性を知らないながらに勧誘してしまったので登録抹消は残念に思いながらも納得している。


 しかし、4将のスカウトを無碍にしたと組合長が憤慨して主戦力であるAランク傭兵や職員にイングリット達の罵詈雑言を喚き散らしてしまったのだ。


 それ以降、傭兵組合ではイングリット達をレガドに歯向かう愚か者と囁かれ、組合長より直々にAランク傭兵達はイングリット達を見つけ次第捕縛せよという命令まで出る始末。


 さすがに捕縛の件はレガドが組合長に話して取り下げたが、傭兵組合内でイングリット達の印象は最悪だ。


「去り際に黒い鎧の男がお前の事を言ってたからな。流石に4将のお前が何かされて負ける訳ねえと思うが……。何か実害があったか?」 


 去り際、黒い鎧の男はこう呟いてたと言う。 

 

『レガドってヤツァ、金持ってるかなァ』


 ボソリと呟かれた言葉をたまたま横を通り過ぎたCランク傭兵が聞き、念の為レガドの旧友であるグエンに報告してきた。


 親友でもあるレガドの強さを知っている為に心配はしていない。だが、黒い鎧の男を一目見た瞬間から、その存在感が脳裏に焼きついて剥がれない。


 グエンは心中で何か嫌な予感を抱えた。


 そして、この予感は長年戦場で培ったモノで嫌な予感程当たる。この感覚に何度命を救われたか分からない。


 その件もあってレガドの旧友であるグエンが執務室を訪ねた、というのが今回の訪問理由である。


「……私はどうなるんだ」


 レガドの顔色は最悪な状態になっている。


 額には脂汗が浮かび、体には寒気を感じて背中には冷たいものが流れた。


 知らなかったとはいえ、彼の仲間を傭兵組合に登録させて戦争に参加させようとしてしまった。


 上司である魔王からは干渉するな、と言われた。が、そもそも遅かった。ガッツリ干渉してしまったし、彼らの逆鱗に触れてしまったようだ。


「えっ!? お前、どうした!? そんなに酒弱くなかったよな!?」


 4将とは魔族の頂点だ。今までは(・・・・)、だが。


 メイメイの戦闘を己の目で見て、最高権力者である魔王すらも干渉できない存在。さらには彼らが王種族であるという事実は4将と魔王のみが知る最重要機密。


 最早、4将が頂点などと言える状態ではない。しかし、イングリット達の素性を知らず、4将の実力を疑う事を知らないグエンはレガドの目にはとても幸福そうに見えた。


 彼らが古の王種族なんだよね~。だから何かあったら味方になってくれよな! なんて軽く口に出来たらどれだけ気が楽になるだろうか。


 レガドはグエンに肩を掴まれ、ガクガクと揺すられる。だが、レガドの頭の中では魔王にどうやって報告しようかという事でいっぱいだった。 


「レガド様! レガド様! いらっしゃいますか!?」


 そんな時、執務室のドアがノックされる。それは慌しく、何か焦っているようでノックというよりも叩いているという表現の方が正しい。


 部屋の中から返事を返すと、ドアを開けた兵士は肩で息をしている。ここまで全速力で走ってきたというのが一瞬でわかった。


「どうした!?」


 レガドが兵士へ問いかけると、兵士は息を少しだけ整えてゴクリと唾を飲み込んだ後に告げる。


「そ、外に、魔王都近郊に変な建物(・・・)が出現しました!!」


 兵士の報告を聞いたレガドとグエンはきょとんとしながら顔を見合わせた後に吼える。


「「な、なんだと!?」」


 不審な建物が現れたのは魔王都のすぐ近く。魔王都からラプトルで1時間程度の場所だと言う。


 しかも城内の窓から遠目に確認できるほど巨大との報告を受ける。


 これが敵の攻撃ならば大問題だ。


 レガドとグエンは大慌てで執務室を飛び出し、軍部区画とは逆側、建造物の見える方角にある城内の窓へ確認しに急いだ。


 魔王城の廊下を疾走していると前方から同じく疾走してくるトンガリ帽子を被った老人が見えた。


「アリク殿!?」


「レガドにグエンか!」


 3人はお互いに動かしていた足に急ブレーキを掛け、どちらも慌てた様子で話し始める。


「お主らも報告を聞いたか!?」


「ええ! 魔王都のすぐ近くに不審な建物が――」


「なんじゃと!? イシュレウス大聖堂に突如現れた女神像の件ではないのか!?」


「「ええ!?」」


 アリクが慌てていた理由はレガド達とは全く違う理由であった。アリクにとっても外に出現した謎の建造物の件は初耳だったようで、彼の混乱が更に深まる。


「一体、何が起きているんだ……?」


 レガドは立て続けに起きた異変にぶるりと身を震わせた。 


読んで下さりありがとうございます。

次回の更新は土曜日です。


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