53 運営チーム会議
「はい。それじゃあ意見のある方は挙手願います」
360度真っ白で風景なんぞ何も無い空間。男神のいる神域。
そこでは長いテーブルの前に座る男神と4人の神の眷属。
彼らの目の前にはホワイトボードが置かれており、黒いマジックを持ったカラス羽を背中に生やし、羽と同じ色の黒い髪をした眷族種・魔鴉の青年が立っていた。
その横には大型のモニターが設置されていて、映っている映像はイングリット達が楔を破壊する瞬間だ。
現在、神域で行われているのは非常に重要な会議である。議題はイングリット達が今し方楔を壊した事で神域へと流れてくる神力の使い道。
神脈を押さえつけていた楔が破壊された事で男神の持つ神力の保有量がアップ。更には使用後の回復量もアップした。
彼らが解放してくれた神脈から流れる神力の使い道を5人の眷属達――アンシエイル・オンライン開発チーム主任達と共に話し合おう、という最中だった。
真っ先に手を上げたのは黒犬の魔人、アヌビス種の青年。彼はこの神域で魂の保管庫を管理している人物であり、アンシエイル・オンラインのアカウント管理者だった。
「やはり最重要なのは蘇生魔法でしょう。プレイヤー限定ですが、現世で生き返る術は真っ先に用意すべきです」
現世において死者を蘇生させる術は存在しない。
蘇生魔法という概念は男神が別世界を覗き見て、アンシエイル・オンラインを作ってから生まれた魔法だ。
故に蘇生魔法の術式はゲーム内にしか存在せず、現世に持ち出して使おうとしても『蘇生魔法』という概念が現世に存在しない為、術式を起動したとしても発動しない。
発動を成功させようとしたらこの世界にある魂の還る場所と現世を繋ぐパイプが無ければ、一度魂の還る場所へ行ってしまった死者の魂を現世へ引き戻す事が出来ないからだ。
以前、クリフが死んだ傭兵に使っていたが生き返らなかった理由の1つはこのパイプが無かったからでもある。
しかし、死者を蘇生するというのは世界的にはリスクの高い行為。死んだ者の魂は再び生者へと輪廻転生するのが『この世界における絶対のルール』だ。
輪廻転生ルールはこの世界に生まれた者全てに適応される。それは敵勢力も例外は無い。この世界で生まれた種であるエルフは元より人間だろうと、この世界で生を受けた者は絶対に適応されるルールである。
このルールを破り、死者が出ない世界を創るとその世界は確実に崩壊してしまう。神が世界を管理する上での最低限守るルールと言えるだろう。
では、先程言っていた『プレイヤー限定』という発言についてだが、輪廻転生ルールは死者が全く出ない状況になると崩壊を起こすのであって、特定人物達にのみ限定すれば世界を崩壊させずに蘇生は可能だ。
それは神話戦争で死んだ王種族達とその配下の者達。
王種族達と配下達の魂は男神の眷属によって回収され、魂の還る場所には向かわずに『魂の保管庫』に保存されていた。つまり、既に1度死んでいるにも拘らず輪廻転生のルールから外れた例外者。
クリフが死んだ傭兵達を蘇生失敗した理由の2つ目がこれだ。
現世に生きる者達の中で、彼らプレイヤー達のみが蘇生可能なのだ。
「ふむ。確かに人間達と戦ったらプレイヤー達にも死者は出るだろう。貴重な戦力を失うのはマズイ」
折角、アンシエイル・オンライン内で訓練した有能なプレイヤー達が命を落として蘇生できないのはマズイ。
人間とは戦力差がある上に種族としての差も大きい。正直に言えば、現世で生まれてくる魔族と亜人よりもプレイヤー達が生き残らなければ人間には勝てないだろう。
そして、蘇生魔法が使用可能だったとしても完全に勝利できる見込みは低いと男神達は考えている。
魔鴉の青年はホワイトボードに『蘇生魔法』と書き込む。
「しかし、生き返ってもデスペナがあるでしょう? デスペナを受けた状態ではまともに戦えないのでは? それならば現存する魔法よりも強力な魔法を創造するべきです」
次に挙手して発言したのはオウルメイジというハーピー系の種族でフクロウのような見た目をした女性。彼女は黒縁のメガネを翼のような手でクイ、と持ち上げた。
全種族の中でも魔法を最も得意とするオウルメイジの彼女はアンシエイル・オンラインで魔法関係のテキストや発動時のエフェクト、術式のデザインなどを担当している。
彼女の発言通り、蘇生魔法には弱点がある。それが『デス・ペナルティ』だ。
まず、蘇生魔法が使える条件は死者の体が残っている事。
例えバラバラ死体になってたとしても回復魔法を使用すれば体は元通りに復元するのでこれは問題無い。
次に24時間以内に蘇生する事。24時間以内に蘇生しなければ魂は輪廻転生のルールが再適応されてしまう。
1度死亡し、現世に蘇ったプレイヤー達は輪廻転生のルールからは外れている。が、魂が還る場所に還らず現世に留まっているというのも世界にとって『問題』になる。
よって、24時間以内に蘇生しなければ例外の魂も『世界の強制力』によって魂の還る場所へ強制送還されてしまう。
最後に、彼女が懸念しているデスペナ。内容は死亡したプレイヤーは蘇生されたらすぐさま戦線に復帰できるような状態にはならない事だ。
蘇生されて24時間は思考や体が鈍った状態になってしまう為、万全な状態で戦うには間を置かなければならない。故に、戦闘中に蘇生してもあまり意味が無い、という事だ。
「そもそも戦闘中に死亡してしまう可能性を考えるのがマズイのでは? それならば第7階梯魔法や禁術を解放して戦闘力の底上げをすべきです」
現状の魔法よりもより強力な魔法を解放してプレイヤーが敵勢力に負けないようにする。攻撃は最大の防御というやつだろう。
彼女の提案も一理ある。男神は「確かに」と言って頷き、魔鴉の青年はホワイトボードに『魔法の解放』と書き込んだ。
「他に意見はあるかね?」
男神がまだ発言していない2名に視線を向ける。
「私は新式装備の開発、と言いたいところですが……まずは頭数を揃える方が先決かと。故に、プレイヤーを現世に追加で送り込む事を提案します」
炎の化身であるイグニス種の男は燃える腕を組みながら発言する。彼は運営チームにおいて、装備類のデザインとバランス調整を行う担当だ。
本来ならばプレイヤー達により強い装備を与えるべく技巧装備のような新技術を用いた装備開発に神力を注ぎたい。
しかし、いくら強い装備を生み出しても人間勢力の持つ『数の力』に対抗するには、こちらも数を増やして対抗しなければならない。
故にプレイヤーを大量に現世へと送り込み、地盤を固めてから装備の開発に着手するべきだと判断した。
「私もプレイヤー達にユニークスキルを発芽させるべく育成キャンペーンを打つべき、とは思います。しかし、蘇生魔法に1票入れましょう」
白い蛇の見た目を持つ彼女は白銀蛇という種の眷属。過去にも現世にも白銀蛇という種は彼女以外に存在しない。神の眷属としてしか生まれないユニーク種だ。
そんな彼女はゲーム内において職業バランスや種族の管理とスキル系統の管理を行っている。
彼女もイグニスと同じように、現世へと蘇った3人のようなユニークスキルを目覚めさせたプレイヤーが増えれば人間に対抗できるという持論を抱いているが、そちらは自分の胸の内に秘めたままにしておく。
ゲーム内のプレイヤー達が人間NPCと戦う様を見ると圧倒的に死亡率が高い。
昔、男神が王種族と共に人間と戦った際の記憶を頼りに限りなく近く再現したのが人間NPCだ。それと戦うのでさえ死亡するのだから、過去よりも格段に進歩しているであろう現世にいる人間と戦うとなれば保険は用意すべきと考えた。
魔鴉の青年は2人の意見を聞き終えると『プレイヤーの追加投入』とホワイトボードに書き込んだ後で『蘇生魔法』の文字の横に2と数字を書き加えた。
「なるほど。諸君等の意見は理解した。この中では、そうだな……」
男神はホワイトボードを見つめながら顎に手を添えて考え始めた。
5分程考え、彼は自分の意見を口にする。
「皆が提案してくれた中で採用するのは蘇生魔法。これは人間と戦う事において、保険は必要だと私も判断した。既に蘇っている3人が死亡して消えてしまうのは惜しい。ああ、勿論、他に出た意見も次のアップデート採用案に回すので却下というワケではないぞ」
蘇生魔法を選んだ理由は魂の還る場所と現世にパイプを繋ぐだけで発動可能となる為、現状ある神力を大して使わなくとも実現可能だからだ。
逆に新技術の開発や魔法の創造は異世界を覗き見て知識を得たり、新しいスキルや魔法を作り出したらアンシエイルという世界の『設定』に新しく作った魔法の概念を書き加えなければ使えない。
異世界を覗いて知識を得るだけならまだしも、新技術や新スキル、新魔法の概念を世界の設定に書き込むという作業には大量の神力を注ぎ込まなければならない。
理由としては2神で世界を管理していたにも拘らず、現状では男神しか存在していないからだ。役割分担していた2人分の仕事を1人でこなさなければならないイメージだろうか。
これを1人で成そうとすると現状残っている神力全てを注がなければならないので少々リスクが高いと言える。
しかし、現世にいる3人がまた楔を破壊すれば補給される神力も増える。そうなれば他の案の実現も可能になるだろう。
他の案を保留とした理由を告げ、4人の眷属が黙っている中で男神は続けて答える。
「で、だ。残った神力の半分で魔王都近くにダンジョンを創る」
「ダンジョン、ですか?」
オウルメイジの女性が首をグルリと回して理由を問う。
「そうだ。現世にいる3人の装備を修繕する素材は必要だろう? 鉱石類もそうだが、他にもアイテムが産出されるダンジョンを設置しようと思ってな」
イングリット達の使っている装備を修繕するには勿論、装備を構成している素材が必要だ。
ミスリル、オリハルコン、ブラックアダマンタイト……と、使っている素材は多い。現状はインベントリ内にある手持ちの物でやりくりしているようだが、それが無くなってしまえば修繕すら行えない。
修繕素材を探す為にクエストとは関係ない現世のダンジョンを制覇させていたら時間の無駄にしてしまう。ならば魔王都付近に素材が採れるダンジョンを設置してやろう、という事だ。
「それに現世にいる者達も恩恵となるだろう」
産出される素材を使えるのはイングリット達だけではない。
ダンジョンに侵入して採取すれば魔王国の者や亜人の国の者達も素材を利用できるのだ。長く神脈を塞き止められ荒れた大地に暮らす者達への恩恵にもなる。
現世へ蘇った王種族の行動を阻害するな、という神託の説得力も増して一石二鳥。
「残りの半分は貯蓄しておき、次の楔を破壊した際に回復する神力と合わせて追加のプレイヤーを現世に降ろす為に使おうと思う。近日中にゲーム内ではイベントを開催し、次のプレイヤーを選定する」
「なるほど。次のプレイヤーは何人蘇降ろすのですか?」
魔鴉の青年が男神に問うと、男神はニヤリと笑う。
「次の選定はレギオン単位だ。レギオン vs レギオンの戦闘イベントを行って、1位になったレギオン員全員を降ろす!」
レギオンとはプレイヤーが独自で結成する軍団の事だ。1つレギオンに所属可能な数は100人。
ゲーム内に存在するレギオンはガチレギオン、まったりレギオン、エンジョイレギオン……と様々存在する。その中でも男神が期待する複数のガチ勢レギオンの所属員は100名に達しているのがほとんどだ。
「大手レギオンは大陸戦争に心血を注ぐプレイヤーが多い。彼らには現世の大陸戦争に参加してもらい、最初に降ろした3人は引き続きクエストで誘導しながら楔の破壊をしてもらおうと思っている。どうだ?」
4人の眷属達は男神の方針にそれぞれ賛成の意を示す。
「では、現世の3人にはアップデートの準備が出来次第告知するように。ゲーム内にもレギオンイベントの告知ページを作って掲載するよう作業班に伝えてくれ」
「承知しました」
イングリット達へ向けた第1次アップデートの内容は決定。
それと同時にイングリット達の動画を羨ましそうに見ていた、ゲーム内にいるプレイヤー達にも衝撃のイベントが告知されたのだった。
読んで下さりありがとうございます。
3月も引き続き地獄のような仕事量なので更新頻度は低いままです。
恐らく週末に更新するのが精一杯になりそう…。
次回は土曜日を予定していますが、余裕があれば随時更新していきます。




