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52 豚の王


 神殿の横にある井戸の底は水は枯れており、上から垂れ下がっていたであろう桶に結ばれたロープも井戸の底に落ちている。


 底から地上までの高さは10メートル程だろうか。井戸の幅も大人が両手を伸ばせば両方の壁に手が余裕で届く程度の幅しかない。


 こんな井戸からどうやって脱出するのかというと……。


「ロープ、とか、持って、ねえのか!!」


「そんな物、インベントリにあるワケないでしょ!」


 3人がイングリットの体にしがみ付き、イングリットが両手両足を伸ばして己の体を支えて力任せに上へ体をスライドさせながらと登る。


 浮遊する魔法なんて便利なモノは存在しないし、フック付きロープなんて代物は誰も持っていない。次の冒険には必ず用意しよう、と心に決めたイングリットだった。


 何とか井戸を登りきり、地上へと帰還を果たす。


 4人はラプトル車を停車していた場所へ行くと、魔獣避けの鈴がしっかりと機能していたのか2匹のラプトルとキャビンは無事にその場に残っていた。


 常闇の森という常時陽の光が届かない場所にいる為、現在の時刻は不明。ましてや、ダンジョンに突入してから何日経過したのかも分からない。


 体内時計や感覚だけで言えば、神殿に辿り着いてから今日で2日目だろうか。


 少なくとも丸1日は放置してしまった2匹のラプトルだが、突入前に置いておいたエサと水の入った容器は既にカラになっている。


 魔王国領土内に戻る前にエサと水を与えてから向かおう、と準備していた時だった。


「囲まれているな」


 イングリットが周囲に顔を向けながら呟く。クリフも同意見だったようで、探知魔法を発動させながら杖を構えた。


「オークだね」


 発動した探知魔法が描く青い影を見るに少々横幅のある人型魔獣の反応だ。ゴブリンだったら影は小さいし、敵勢力のエルフや人間だったら影の色が赤く表示される。


 魔獣避けの鈴を置いておいた効果で近づいて来なかったのか、それとも4人が帰還したタイミングでこちらを発見したのか。


 どちらなのかは不明だが、オークであれば囲まれていようが対処は容易い。


 オーク達は徐々に包囲を小さくするように動く。


「統率が執れているな……。キングかジェネラルがいるぞ」


 オークは万年発情期な豚であるが、その豚の中でも知性というモノを得た種類がオークキングとオークジェネラルだ。


 オークジェネラルは人語は話さないが群れのオークを統率し、より戦略的に他種族のメスを攫おうとする司令官。


 オークキングはジェネラル化したオークが更に変異した種類でカタコトながらに人語を話す事が出来る。


 以前、オークは話し合いが出来ずコミュニケーションが不可能だから魔獣認定されている、と説明したが人語を話すオークキングまで至る固体が現れるのは稀な事だからだ。


 オークキング自体がレア種でほとんど出会う事が出来ないのはゲーム内も現実世界も同じで、オークの99%はただの万年発情期の豚しかいないのが現実である。


「ブモォォ!」


「ブヒョヒョ!」


 相手の司令官が指示したのか、それともパーティ内の女性であるシャルロッテとメイメイを見て我慢できなくなったのか、2匹のオークが棍棒を振り回しながら前方と左側の2方向から木々の合間を縫って突撃してきた。


 ダンジョン攻略で遠距離用の矢とボルトは既に使いきっている為、こちらも近接戦闘で迎撃しなければならない。


「シャルは中心で待機! 他は好きにやれ!」


 イングリットが前方から来たオークに大盾を殴りつけ吹き飛ばす。


 メイメイとクリフは攻撃手段を持たず、残魔力も少ないシャルロッテを守るように陣形を組みつつ、右側からやって来たオークをクリフの魔法で火達磨にした。


「「「プギィィ!」」」


 仲間の死を見てブチギレたのか、続けて4匹のオークが現れる。しかし、いくら来ようと結果は同じ。


 所詮はオーク。ダンジョン制覇したばかりで疲れていようがイングリット達が遅れを取るはずもなかった。


 その後も突撃して来るオークを倒し続け、20体ほど屠ったところで襲撃が終わる。 


「……まだいる」


 クリフが探知魔法で周囲を探ると4人を囲うオークは数多く存在している。


 こちらの動きを窺っているのだろうか、と思案しているとイングリットのいる前方にある木々の奥から通常のオークとは見た目が異なるオークがゆっくりと歩きながら姿を現した。


 そのオークの頭には木で作られた王冠。下半身には動物の骨で装飾された藁の腰蓑。両手にはどこかで手に入れたのであろう、金属製の槍と丸盾を持っていた。


「ブモ。オマエタチ、ツヨイ。オソッタノ、アヤマル」


 目の前にいるオークの口から発せられる言葉はカタコトであるが確かに人語を喋った。つまり、レア種のオークキングだ。


 しかも、謝罪という概念を知っているのかペコリと頭を下げている。


「……降参って事か?」


 大盾を構えて対峙しているイングリットがオークへ問う。


「ブモ。ワレラ、オマエタチニ、カテナイ。ムレノカズ、ヘラス、ダメ。ワレラ、エルフト、タタカウ」


「エルフと戦ってる?」


 オークキングのカタコト説明を要約すると、彼らは常闇の森で群れを作るオークの集団。常闇の森に来るエルフを襲って繁殖をしているらしい。  


 しかし、最近はエルフの集団が魔獣であるオークを討伐しようと複数人で固まって連携しながら森に潜んでいるらしく、そのエルフ集団と勘違いして襲ったそうだ。


 特にエルフは魔法が得意な種族なので圧倒的な人数で包囲し、奇襲戦法で襲わなければ勝てないと彼は言う。


「オマエタチ、カテナイ。エルフヨリ、ツヨイ。ワレ、オウ()。オマエタチモ、オウ()。デモ、オマエタチ、ツヨイ、オウ()


 今回は勘違いしたのもあるが、イングリット達を自分達よりも遥かに強い者達と見極めた故に降参したようだ。

 

 相手の強さを見極められ、奇襲という戦術まで思いつくのだからオークキングも馬鹿にできない存在なのだろう。


 現状、こちらに被害は無いので友好的に接しようと決めたイングリットはオークキングへ質問を投げかけていく。


「なるほどな。お前達はエルフしか襲わないのか?」


「エルフ、ウマイ。メス、ツヨイコウム。コダクサン」


 オークとエルフの子作り事情はよくわらないが、彼らはエルフ専門のオーク集団らしい。


 魔族や亜人は襲わないのか、という質問に――


「ワレラ、イーセン(E専)(エルフ専門)。マゾク、メス、タイプ、チガウ」


「あ、そう……」 


 4人は「オークにも好みがあるんだ」と人生の中でも1位2位を争う衝撃事実を知ってしまい、完全に内にあった戦意は霧散した。


「お前の仲間、ぶっ殺したけど」


「ヨワイヤツ、シヌ。アタリマエ」


 彼の仲間を討伐した事も特に気にしていないらしい。オークの社会は弱肉強食のようだ。


 とにかく、今回の件はお互い水に流して立ち去ろうという流れだ。


 だがイングリットは1つ名案を閃く。


「なぁ。エルフと戦う時、魔法で殺されるんだろう?」


「アア。アイツラ、マホウツカウ、ヒキョウ」


 遠距離攻撃は卑怯。殴り合えよ! という事だろうか。


「なら、これやるよ」


 イングリットがインベントリから取り出してオークキングへ投げたのは魔法耐性が上昇するネックレスと魔法反射の能力が付与されたラージシールドだ。


「コレツケル、マホウ、キカナイ?」


「おう。魔法を食らっても痛みが減るし、その盾で魔法を受け止めれば反射するぞ」


「ドウシテ、ワレニ、コレヲ?」


「エルフは俺達の敵だ。お前達はエルフを狩って繁殖できる。俺達は敵の数が少しでも減ってくれる。お互いハッピーだろ」


 このオークの群れがどれだけやれるのかは不明だ。


 だが、彼らが奮闘して少しでもエルフをぶち殺してくれればイングリット達が相手にする数も減る。その数は微々たるモノだろうが、己の労力を使わずに勝手に減ってくれるのだから。


 それに、渡したネックレスとラージシールドはレア級のアイテムで不要品である。オークに投資したとしても痛くも痒くもない。


「俺達に襲い掛かってきた時は容赦しない。だが、俺達に敵対しなければ危害は加えない。どうだ?」


「ソンナ、オロカナコト、シナイ。ヤクソク、マモル」


 イングリットが兜の中にある赤い瞳をギラギラと光らせるとオークキングはブルリと体を震わせた後に何度も頷いた。


「そうか。次はちゃんと確認してから襲えよ」


「ワカッタ」


 オークキングはペコリと会釈した後に森の奥へと消えて行く。


 彼が消えて行くのと同時に包囲していたオークの気配も消え失せたのだった。


「まさか、オークにも好みがあるとはな」


「魔獣マニアが聞いたら喜びそうな情報~」


 E専という言葉が耳から離れない4人だった。


読んで下さりありがとうございます。

次の投稿は日曜日です。

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