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50 神殿ダンジョン攻略 6


「メイ!」


「いたいぃ……。いたいよぉ」


 床に倒れながら苦悶の声を漏らし、目からは大粒の涙をぽろぽろと零すメイメイへクリフとシャルロッテが駆け寄る。


 触手を受けたガントレットはボコリとヘコんで中にある腕の肉を押し潰す。反対側の手首は折れて曲がってはいけない方向に曲がっていた。


「シャルちゃん! メイのガントレットを慎重に外して。ここに留め具がついているから!」


「わかったのじゃ!」


 クリフはシャルロッテに指示を出すと再び魔導宝玉を起動。


 ヒールとパーフェクト・キュアを唱えて魔法宝石に記憶させた後に敵の触手攻撃を一身に受けるイングリットへ魔法を飛ばしてから記憶させた魔法を再充填した。


「ぐぬぬ! 曲がってて取れんのじゃ!」


 シャルロッテがメイメイの腕からガントレットを外そうと悪戦苦闘している間にクリフはイングリットの戦闘状況を短く観察。


 2本の触手をムチのようにして攻撃してくる頻度はサイクロプス状態よりも早い。


 即ち、その攻撃をほとんど大盾で受け止めているイングリットが穢れの許容量を越える時間も早いという事だ。


 クリフはメイメイを治療している間にイングリットが穢れで死んでしまわないよう、体に纏わり付くモヤを見ながら進行具合を図る。


 3つ目の宝石にパーフェクト・キュアをもう1つ記憶させ、ターゲットをイングリットに指定して待機させる。


「取れたのじゃ! もう片方!」


 シャルロッテの声に振り向くと片方のガントレットが取れた状態になっており、もう片方のガントレットを外そうとしている。


「ヒール」


 ガントレットの外れた腕を真っ直ぐに伸ばしてからヒールを施すと陥没していた腕は元通りになり、折れていた骨も正常に修復される。


「外れた! クリフ! 外れたのじゃ!」


「ありがとう!」


 ガントレットが外れて素肌を晒しているメイメイの腕を再び伸ばし、先程と同じようにヒールを施す。


「メイ。大丈夫? 戦える?」


 クリフはメイメイの半身を抱き起こし、心配そうに顔を覗く。


「うう、いたい、痛いよぉ。もう攻撃受けたくないよぉ」


 負傷したメイメイの腕は元通りに戻ったが、初めて経験する痛みの中でも激痛の部類に入るであろう感覚を味わった彼女の心は癒しきれない。傷も治り、腕も動くが気持ちの問題まではヒールでは解決できない。


 ぐずぐずと鼻を鳴らし、涙を流しながら戦闘継続を嫌がるメイメイの頭をクリフは己の胸に抱き寄せて頭を撫でる。


「よしよし。もう大丈夫だよ。攻撃はイングが受けてくれるからね。メイがいてくれなきゃ敵が倒せないよ! メイのカッコイイところ見たいな~」


「そ、そうなのじゃ! 敵の攻撃はイングが全部受けてくれるのじゃ! 妾からも強く言ってやるから安心するのじゃ!」


 メイメイは厳密には生産職だが、このパーティでは立派な物理系前衛アタッカーだ。


 彼女が立ち直らなくてはパーティの攻撃力は大幅にダウンしてしまう。どうにかメイメイの気持ちを落ち着かせようとクリフと空気を察したシャルロッテは必死に励ます。


「うう、が、がんばるぅ……」


 メイメイはクリフの胸にぐりぐりと顔を擦りつけ、小さい声ながらも戦う意志を呟いた事にホッとする2人。


「じゃあ、今イングが耐えているから隙を見て攻――」


「ぐああ!」


 と、クリフが言いかけたところで、前方で攻撃を受けていたイングリットが吹き飛ばされてきたのとほぼ同時に破壊音が鳴り響く。


 イングリットは部屋の壁に激突するとそのままズルズルと床へ落ち、激突した衝撃で壊れた壁の破片がバラバラと降り注いでいた。


「イング!」


 先程までは大盾でしっかりと敵の攻撃を受け止めていたし、魔法宝石から魔法を受けていたはず。


 何が起きたのか、とクリフが前方にいるイソギンチャクに視線を向けると2本だった触手が4本に増えていた。


 しかも、最初に生えていた2本の触手はいつの間にか太さが増している。


「壁まで急いで下がって!」


 クリフは叫ぶと同時にメイメイを立たせながら自分も立ち上がる。


 3人は壁にもたれ掛るイングリットの元へと走る。が、イソギンチャクは3人へ触手を叩きつけようと振りかぶる。


 イソギンチャクの攻撃モーションは先程よりも早くなっており、このままでは3人が逃げ切るよりも叩きつけられる方が早い。


「遅くなるのじゃ!」


 唯一の解決策を持っていたシャルロッテは足を止め、イソギンチャクへ呪いを発動させてから再び体を捻って走り出す。


「あっ!」


 しかし、床の一部が壊れていた所で躓いて転んでしまう。


 再び起き上がろうと手を地面に付きながらもイソギンチャクへと顔を向けると、呪いの効果で触手は遅くなっているが既にシャルロッテの頭上にあった。


 太い触手の影が彼女を覆う。もうダメか、痛いのだろうな、生き残れるだろうか、そんな考えが頭を過ぎる。


「ガアアアッ!!」


 訪れるであろう痛みに耐えようと目を強く瞑った彼女の耳に届いたのは、イングリットの叫び声と金属が激しく叩きつけられる音だ。


 目を開けるとシャルロッテと触手の間にはイングリットが大盾を構えて立ち、叩きつけてきた触手を受け止めている。


 見た目以上に重さのある触手を受け止めたイングリットの手と足はガクガクと震えているが、押し返そうと必死に踏ん張る。


「ッタレがああああ!!」


 バキッと石床を踏み砕き、吼えながら気合と腕力で触手を押し返すと素早くシャルロッテの手を掴んで後方へバックステップ。


「ハァ……ハァ……ゴホッ!」


 触手の攻撃範囲から逃れるとイングリットは床に膝を付きながら咳き込む。


 兜と鎧の間にある微かな隙間からは赤い液体が漏れていた。


「魔導の5、ハイ・ヒール! 魔導の6、パーフェクト・キュア!」


 どう見ても満身創痍なイングリットへクリフが焦りと心配が入り混じった表情を浮かべながら慌てて回復魔法を施す。 


 壁に激突した段階で内臓の一部が破裂していたイングリットだったが、クリフの回復魔法を受ける前にシャルロッテが躓いたのを見てからすぐさま立ち上がって全力疾走しながら体を捻じ込ませたのだ。


 走っている最中に自己回復で傷が治っていくのを感じてはいたが破裂した内臓は修復されるのに時間が掛かるようで、腹の中がかき混ぜられているような感覚を味わっていた。


 しかし、血反吐を吐きながらも前へ飛び出したのはタンクの意地か。


「お前、どうして呪いを使った」


 膝をつきながら肩で息をするイングリットがシャルロッテに問う。 


「妾もお主らの仲間なのじゃ。まだ日は浅いかもしれぬが仲間なのじゃ……!」


 故に呪いを使ってクリフとメイメイを逃がそうとしたのだ。自分は躓いてしまって最後の最後で失敗してしまったが、彼女の行動は確かに仲間を救う為の行動だった。


「……そうか。よくやったシャル(・・・)


「えっ?」


 イングリットが満身創痍でありながらも駆け出した理由。それは、掠れる視界の中で仲間の窮地を救う行動を見せたシャルロッテの姿を捉えたからだ。


 パーティメンバーを救おうとしたシャルロッテ。


 その姿は温室育ちのお嬢様ではなく、立派な冒険者であり、パーティメンバーの1人だった。


 この瞬間、イングリットという男はシャルロッテを真の仲間だと認めた。


 仲間は殺させない。それがタンク一筋、イングリットという男の信念だ。



-----



「あいつの動きを止めるのはあと何回できるんだ?」


 自己回復とクリフのヒールで完全に傷が治ったイングリットは立ち上がりながら横にいたシャルロッテへ問う。


「あと1回なのじゃ。でも、残っている魔力を全て使っても完全に停止するかわからんのじゃ」


 現状、完全停止に必要な魔力ギリギリしか残っていなかった。


 最後の最後まで搾り出せば成功するかもしれないが、そうしてしまうと彼女の命が危ない。


「恐らく、アイツをぶっ殺すには体の中にある赤い核を破壊しなきゃなんだろう。でないともう一度復活すると思う」


 メイメイが負傷してイングリットがイソギンチャクの攻撃を耐えている際にインベントリから取り出した槍を赤い核に向けて投げつけると、体の中で赤い核が動き回って槍が当たるのを避けているのが見えた。


 ゲーム内でもよくあった攻略ギミックだ。


 確かにここはゲームとは違う。だが、槍を避ける核を見た事でイングリットの確信は深まった。


「俺が耐えている間に呪いで動きを止めろ。動きが止まっている隙にメイが胴体をぶった斬って核を少しでも露出させ、そこにクリフの魔法をぶち当てる」


「……成功するかな?」


「成功しないとマズい。もう憤怒も溜まりそうだ」


 クリフは少し心配そうだが、イングリットはクリフに振り返る事なく答えた。


 イングリットの最大の武器でありながら弱点でもある憤怒ゲージは既にイエローゾーンに差し掛かり、もうすぐレッドゾーンに入りそうだ。


 憤怒が起動すれば攻撃力は上昇する。だが、憤怒をそのまま解放すれば理性を失い、武器に流し込めば盾からペンチに変形してしまう。


 どちらにしても、タンクとしての役割は放棄することになってしまうだろう。


「わかったよ。覚悟を決めよう」


 チャンスは1度きり。


 3人は頷き、準備を整える。


 メイメイは鋸斧【ガリガリ】を構え、クリフは魔法宝石に回復魔法を記憶させる。シャルロッテは深呼吸をして気持ちを整えた。


「オラッ! かかってこいよ! 触手野郎!」


 イングリットが再び大盾を構えながら前へと走り出し、ヘイトスキルを使う。


 イソギンチャクはニョロニョロと動かしていた触手をしならせ、イングリットに向けて触手の連打。


 大盾で触手を受け止めるイングリットは背中に回復魔法を受けながら耐えてタイミングを図る。


 そして、全ての触手が一斉に大盾へ叩きつけられた時、背後に控える仲間へ叫んだ。 


「やれ!」


「停まるのじゃああああ!」


 イングリットの合図にシャルロッテは気合十分の叫びと共に呪いを発動させる。


 内にある魔力のほとんどを呪いへと注ぎ、イソギンチャクを睨み付けた。


 彼女の紫色の瞳から発動された呪いはイソギンチャクへと飛んで行き、凄まじいスピードで繰り出されていた触手攻撃のラッシュがピタリと止まる。


「やああああ!!」


 停止した瞬間、イングリットの背後からクリフの補助魔法を受けたメイメイが飛び出して胴体へ駆ける。


 瞬時に胴体へ到達すると鋸斧を叩きつけてギミックをオン。刃が回転し、ガリガリとヘドロ状の胴体を削り飛ばしていく。


「んあああああ!」


 力任せに刃を押し込み、胴体を上から下まで切断するとヘドロ状の肉がバカリと口を開けて赤い核を露出させた。


「メイ! 下がれ!」


 メイメイがイングリットの叫びと共にバックステップで退避すると、イングリットがメイメイの腕を掴んで引き戻しながら横へと飛ぶ。


 イングリットが横へ飛んだ事でクリフの魔法の射線が開いた。既に半詠唱を準備していたクリフの目の前には紅色の円形魔法陣が浮かんでいた。


「いくよ! 魔導の6! シャイニング・レイ!」


 クリフが発動させた魔法は第6階梯の中でも最大の火力を誇る光系魔法。魔法で生み出した光を圧縮し、レーザーのように撃ち出す。


 超高温のレーザーが赤い核を覆い隠し、部屋の中は一瞬だけ閃光に包まれた。


 4人が顔を手や腕で覆い、閃光の光を回避した後に再び目を開くとグズグズに溶けたイソギンチャクが。だが、しかし――


「まだだよ!」


 魔法の直撃を受けたにも拘らず、イソギンチャクの赤い核は完全に破壊されていない様子。


 全体にヒビが入っているが未だ宙に浮かんでおり、ブルブルとその身を震わせながら黒いヘドロを再び集め、己の肉にしようとしていた。


「させるかァァッ!!」


 そこへ赤い瞳をギラギラとさせたイングリットが憤怒を解放しながら駆ける。


 全力で駆けながら大盾をペンチに変形させて赤い核を挟み込む。穢れを纏う黒いヘドロに触れ、蓄積値がどんどん上昇していくがお構いなし。


「ガアアアアアッ!!」


 竜の咆哮を上げながらペンチの持ち手を全力で押し込むと、赤い核はバキバキと音を鳴らしながら破壊された。


 パラパラと赤い核の破片が地面に落ちると同時に黒いヘドロもベチャベチャと垂れていく。


 トドメを刺したイングリットが肩で息をしながらその光景を見ていると、背中に回復魔法が当たる感触が。


「もう! 焦ったじゃないか! 穢れの中に突っ込んで行くとか! もう! もう!」


 クリフが怒るのも無理はない。イングリットの体に纏わり付く穢れのモヤは、ほぼ真っ黒だ。あと数秒遅かったら許容値を超えていただろう。


 クリフはプンプンと怒りながらイングリットの背中に3発もパーフェクト・キュアを当てる。


「あの穢れ魔獣が復活するよりマシだろう」


「死んだらどうすんのさ!」


 プンスカ怒るクリフと終わり良ければ全て良しなイングリット。イングリットはクリフにポコポコと白い杖で殴られながら彼を宥める。


「はぁ~……疲れた~」


「ほんとなのじゃあ……。もう魔力もスッカラカンで……動けないのじゃ……」


 ペタンと床に座り込むメイメイと大の字に倒れながらゼェゼェと息をするシャルロッテ。


「あ、穢れが消えた~」


 目の前にあったヘドロがジュワッと蒸発するように消えて、漂っていた黒いモヤも霧散する。


 この世界に降り立ってから最初のダンジョンを制覇したイングリット達であった。


読んで下さりありがとうございます。


明日の投稿でダンジョン攻略は終了です。

木曜日から1週間出張なので明日投稿したら戻って来るまで投稿はお休みさせて頂きます。

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[一言] イングリットからアルト感が出ててとても善き…
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