49 神殿ダンジョン攻略 5
「魔導宝玉、起動」
クリフが口にしたキーワードと共に白い杖の先端にある銀色の宝玉が発光し、周りに装着されていた4色の宝石が杖から分離。
宙に浮いた宝石はクリフの周辺に漂い始める。
「魔導の1、ヒール。ダブルキャスト、魔導の6、パーフェクト・キュア。魔導の5、エクスプロージョン」
前衛2人の穢れを解除するパーフェクト・キュアをダブルキャストし、イングリット用のヒール、魔法アタッカー用の攻撃魔法。合計4つの魔法を一気に唱える。
すると、順次発動するのではなく詠唱した順番にクリフの周囲に浮かぶ宝石が発光し始めた。
「魔導の2、パワーアップ……」
続けて前衛2人に補助魔法を掛けると、クリフはインベントリから青色のポーションを取り出すと一気にゴクゴクと飲み干し魔力を回復する。
「発動。……Reorder」
発動、と口にしたところで発光していた宝石から魔法が放たれた。それは最初に詠唱していた4つの魔法だ。
前衛2人の穢れを癒し、タンクであるイングリットへヒール。更には火系の爆発魔法であるエクスプロージョンがサイクロプスの右肩に着弾。
その後のリ・オーダーと口にした後は再び宝石が発光して魔法を再充填される。
任意の魔法を宝石に記憶させ、好きなタイミングで発動できる。更には事前に登録しているキーワードを口にする事で記憶した魔法を再び宝石にリチャージ出来るのだ。
これが魔導宝玉の効果。
クリフの持つ白い杖――魔導杖と銘打たれたこれは勿論、技巧師であるメイメイが作った武器である。
杖部分には特に特殊な機能は無いが、この杖の本体は先端に備えられた銀色の魔導宝玉。
これはゲーム内のダンジョンでダンジョンマスターだった『銀瞳の君』という操り人形型の魔獣がドロップした物で、効果は周囲の物体を自由自在に操る能力『コントロール』が付与されていたアクセサリーだった。
それと魔道具の核となる魔法宝石――1つだけ魔法を記憶・発動できる魔法アイテム――の最高級品を組み合わせた技巧武器。
魔道具の核を魔導宝玉で制御し、使いたい魔法を予め記憶しておけるのが魔導宝玉の強みだ。
クリフが魔法を行使する際に半詠唱で済ませられるのも噛み合っていた。一度記憶させてしまえば繰り返し使える魔道具を複数個自在に操れる事で、回復と魔法攻撃を兼任しているクリフの手間がグッと低くなる。
使用頻度の高い魔法を記憶させて詠唱する行程を省き、クリフの種族特性である魔力の使用量上昇というデメリットを打ち消す為のポーションを飲む暇が生まれる。
加えて状況が変わって突発的に別の魔法を使用したい際は直接半詠唱で行使すれば良いので応用性も向上。
何かとパーティ内で仕事が多いクリフにはピッタリの技巧武器であった。
しかし、メリットだけではない。
魔法宝石に記憶された魔法を発動するとクリフの魔力を消費する。勿論、種族スキルの効果も乗るので魔力消費量は通常よりも高いままだ。
ガチガチに防御を固め、自己回復まであるイングリットだからこそ最低レベルの『ヒール』で事足りている――種族スキル効果で回復量は通常のヒールよりも1.5倍は上昇している――が考えなしに使えばクリフの魔力はすぐに枯渇してしまう。
「おお……そういう事じゃったのか」
「そうなんだよ。発動」
クリフから魔導宝玉の機能を説明されたシャルロッテは、なるほどと頷きながら先程から見せていた余裕な態度の理由を理解した。
頷くシャルロッテへ笑顔を浮かべながらクリフはインベントリから再び魔力回復ポーションを取り出す。
フラスコのようなガラス瓶に入った青い液体をまた一気に飲み干すとクリフは口を手で抑えながら「げふっ」と空気を漏らした。
青色の魔力ポーションの味。それは炭酸入りブルーハワイ味だ。作ったクリフ曰く、甘くて美味しいけどゲップが出るのがデメリットとの事。
クリフが本気の戦闘で魔法行使を連続で行うとポーションをガブ飲みしなければ魔力が保てない。故に、腹がポーションでタプタプになるのが一番の苦痛だろうか。
シャルロッテへ説明しながらも安全圏にいる故の、のほほんとした空気の中に最前線で大盾を構えるイングリットの叫び声が響く。
「素早さを下げる呪いを使え! 完全に停止させず、攻撃が半分くらい遅くなれば良い!」
クリフの宝玉を見ていたシャルロッテにイングリットからの指示が届く。
「わかったのじゃ!」
シャルロッテはむん、と目に力を入れながら「動きが遅くなれ。半分遅くなれ」と心の中で念じてサイクロプスを睨みつける。
するとサイクロプスが振り下ろす腕のスピードがガクっと下がり、見てから避けられる程にゆっくりなものとなった。
「メイ! 腕をぶった斬れ!」
「あいあい~!」
イングリットはバックステップでサイクロプスの攻撃を避け、代わりにメイメイが大鎌を構えて突撃してすれ違い様にサイクロプスの右腕を両断。
サイクロプスの背後に着地したメイメイは、再び元の位置へ戻る際に右肩から生えた腕もついでとばかりに斬り飛ばす。
これで残る腕は2本。10秒後、呪いの効果が切れて通常の速度に戻ったサイクロプスは失った腕の痛みを感じているのか、巨大な体を大きく動かしながら悶え苦しむ。
「クリフ!!」
「了解!」
苦しみ続けるサイクロプスを見たイングリットは攻め時だと素早く判断。腰のポーチから魔石爆弾を4つ取り出して一気に握り締めると手の中で赤く光り始めた。
それと同時にパーティ内の最大火力であるクリフへ顔を向けずに叫ぶと、クリフもイングリットが放った短い言葉の意味を長年の付き合いから察して第6階梯の攻撃魔法の詠唱を始める。
「魔導の6、フレアバースト!」
クリフが自身の中でも最大級の攻撃魔法である、炎系の魔法『フレアバースト』を半詠唱でサイクロプスへ向けて放つ。
灼熱の炎が指定した地点で燃え上がり、魔法範囲内の地面がドロドロに溶ける程の高温に晒されたサイクロプスは絶叫しながら魔法から逃れようと残っている2本の左腕を空へ向けてバタバタともがく。
「オマケだ!」
そこへイングリットが臨界状態になった4つの魔石爆弾をサイクロプスに投げつけた。
胴や頭に向かって飛んでいった魔石爆弾はサイクロプスに触れた瞬間に爆発を起こすと腹や顔に大きな穴を開ける。
苦しそうに上げていた絶叫も鳴り止み、膝から崩れ落ちたサイクロプスは部屋を揺らしながら巨体を倒した。
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「穢れを纏った魔獣とは、さすがに焦った」
地面に倒れた巨体を見つめながらイングリットが呟く。
「確かにね~。こんな魔獣見た事なかった~。新種~?」
「どうだろう。でも、穢れ対策が分かっていれば苦ではなかったね」
数々のダンジョンを制覇し、様々なダンジョンマスターと戦ってきた3人は初見の魔獣と戦ったとしても今までの経験を合わせて難なく対処したと言えるだろう。
この対応力こそがベテラン冒険者としての格の違いだ。
「シャルちゃんのデバフも良い感じに機能してるし、楽になったね」
そこへ相手の動きを制限できるシャルロッテが加わった事で一層の安定感が生まれた。
「そうじゃろう! そうじゃろう!」
シャルロッテは腰に手を当てながらムフフとドヤ顔。
「まぁ、確かにな。相手の動きを制限できるのは助かる」
タンクとして最前線にいながら司令塔もこなすイングリットはその恩恵がよく理解できている。
不測の事態に陥ってパーティ全体を建て直しをしたい時、攻め時を見極めた時……もっと乱暴に言えば相手を完全停止させて無理矢理攻め時を作り上げる事が出来るのだ。
「お主に褒められるとムズ痒いのじゃ」
普段あまり褒められない相手に褒められたシャルロッテは頬を赤く染めて顔を逸らした。
「ふふ。良かったね」
クリフはそんなシャルロッテを微笑ましく思いながら見つめていた。
「さて、お宝を――」
一息ついたところで、奥にあるであろう宝を探そうとイングリットが顔を向けた時。
地面に倒れていたサイクロプスの体から黒いモヤが噴出して、ズブズブとその巨体を溶かし始める。
ドロドロの黒いヘドロ状になったサイクロプスの体はチャポン、チャポンと波打つと中央に真紅の大きな魔石のような物が宙に浮かんだ。
「おいおい、まだ何かあるのか?」
イングリットが怪しい挙動を見せる目の前の物体を睨みつけていると、宙に浮かんでいた真紅の魔石に黒いヘドロが纏わりつき始めて巨大なイソギンチャクのような形態へ変化した。
4人はこれまた初めて見る挙動と見た目に呆気に取られていると、巨大なイソギンチャクは己の体から2本の黒い触手を生み出す。
ウネウネと動く2本の触手を振りかぶるイソギンチャク。
「マズイ! 下がれ!」
その挙動を攻撃だといち早く察したイングリットは全員へ叫ぶ。
だが、巨大なイソギンチャクは触手をムチのようにしならせてサイクロプス状態の時とは比べ物にならない程の速度で攻撃を放った。
「あぎっ!」
「ぐッ!」
2本の触手はメイメイとイングリットに着弾。
咄嗟に大盾を構えたイングリットは何とか触手を受け止めるが、金属のグリーブが地面をガリガリと削りって火花を散らせながら後方へ体を後退させられてしまう。
後ろにいたクリフとシャルロッテも急に後退してきたイングリットの体に当たって、やや吹き飛ばされてしまう。
だが、一番の問題は直撃を受けたメイメイだ。
「い、いたいいい!」
メイメイも咄嗟に腕をクロスして触手をガードしたが、とてつもない威力の攻撃で装着していたガントレットは完全に破損。
殴られた位置がベコリとへこんで、腕は2本とも完全に折れていた。
メイメイはこの世界に来てから初めて負った痛みに絶叫。痛い、痛いと叫びながらその場から動けない。
しかも、触手には穢れの効果もあるのかメイメイの体には薄く穢れのモヤが纏わり付いている。
「クリフ! メイの治療をしろ! シャルロッテも手伝え!」
穢れ状態になっているのはイングリットも同じだが、まずはメイメイの治療を行ってパーティの建て直しを図ろうと決断。
「わ、わかった!」
「わかったのじゃ!」
吹き飛ばされていたクリフは頭を振った後にメイメイへと駆け寄る。
シャルロッテも治療の補助をさせるべくクリフと共に向かわせた。
メイメイへ駆けて行く2人に気が付いたのかイソギンチャクは触手を動かすが、2人とイソギンチャクの間にイングリットが立ちはだかる。
「テメェの相手は俺なんだよ! このクソ野郎が!!」
ヘイトスキルを放ち、大盾を構える。
最早油断は無く、イングリットの目つきはサイクロプス戦以上に真剣な眼だ。メイメイの治療が終わるまで時間を稼がなければならない。
ヘイトスキルが効いたのか、イソギンチャクから感じられる視線のような気配は完全にイングリットへ向けられる。
2本の触手をしならせ、凄まじいスピードで交互にイングリットの大盾へ叩きつける。
「ぐおッ! ……クソッタレが!」
触手を叩きつけられる衝撃とジワジワと蓄積していく穢れを耐えながらも、イングリットは後方にいるパーティメンバーを守護し続けた。
時には避け、後ろにいる3人に当たりそうな攻撃は受け止める。
後方からはクリフが魔導宝玉を起動したのか、ヒールとパーフェクト・キュアが発動されてイングリットの腕にかかる負荷と穢れを癒す。
そんな中で一瞬の隙を見つけたイングリットはインベントリから使わない槍を取り出した。
少しでも攻撃して相手の触手連打を止めようという算段である。
どこに投げれば良いか、ムチのように襲い掛かる触手を大盾で受け止めながら相手を観察する。
(あれは……)
黒いモヤを纏うイソギンチャクの胴内部の中心に赤い核が見える。
サイクロプスを倒し、ドロドロになったヘドロがイソギンチャク状に変化した際に赤い核に纏わりつくように構成されていったのを思い出す。
(やってみるか)
イングリットは触手攻撃を片手で構えた大盾で受け止めた。
片手で受け止めた事で体がやや後方に後退りしてしまったが、両足を踏ん張って耐える。
踏ん張って耐えた反動を前方に加えながら少しの助走を得て、その勢いのまま槍を赤い核に向けて放つ。
触手は大盾に叩きつけられている状態なのでイソギンチャクは槍を防ぐ事はできず、そのまま胴体に吸い込まれていった。
イングリットの狙い通り、赤い核を槍が貫くかと思いきやイソギンチャクの胴体の中で赤い核がグリグリと動き回り、槍の軌道から逸れる。
「チッ!」
イングリットは槍を外した事で不機嫌そうに舌打ちを鳴らすが、不機嫌になったのは彼だけではなかったようだ。
大盾を叩きつけていた触手を自身の体へ戻すとブクブクとヘドロ状の体を波打たせ、2本だけだった触手を6本に増やす。
更には先程まで生えていた触手と新しく生やした触手2本を合体させて、より太い触手を生み出した。
それによってイソギンチャクの触手は合計で4本となる。
一層太くなった触手をムチのようにしならせて攻撃。
「ぐお!」
ドガン、と先程とは比べ物にならないくらいの重さがイングリットの持つ大盾へ振り下ろされる。
しかも、4本に増えた事で攻撃回数も増している為、イングリットは避ける事ができない。このまま受け続けても攻撃頻度が増した事で穢れの蓄積も早い。
何とか触手攻撃のラッシュを抜けようとするが3本の触手を上段から一気に叩きつけられたところに、太く重い触手を横薙ぎにされてしまった。
「ぐはッ」
ガラ開きだった脇腹に触手を叩き込まれ、強烈な衝撃を受けて意識が飛びかける。
体がフラついたのを見過ごさなかったイソギンチャクは再び太い触手をムチのように振りかぶってイングリットの体へ叩き込む。
「がはッ!」
イングリットは直撃を受けた衝撃で内臓を破裂させながら部屋の壁に吹き飛ばされてしまった。
読んで下さりありがとうございます。




