48 神殿ダンジョン攻略 4
「最下層は降りたらすぐに部屋か」
今までの階層とは違って階段を降りたらすぐに両開きの扉が設置された入り口があった。
「最終層だからかもしれないけど……。なんか嫌な予感がするね」
イングリット達が今までダンジョンを制覇してきた経験上、最終層にはダンジョンマスターの待ち構える部屋があり、撃破後に奥の扉が開いて宝箱が、という構造が多い。
もしくはゲームでいう中ボス的な魔獣が待ち構える小部屋が連続で続き、最後にダンジョンマスターの待ち構える大部屋があるボス連戦系の構造だ。
この先にある部屋はダンジョンマスターの待ち構える部屋なのか、もしくは部屋が連続して設置されているボス連戦系の構造なのか。
現状、外からは予想が出来ない。
どんな構造であったとしても良いように準備を怠らずに進む以外に選択肢は無い。
まずは3層でデキソコナイとの連戦で負った疲労を癒そうと、上層へと続く階段の入り口を念の為土壁で塞いでから休憩を取る事に。
キャンプセットを取り出して軽食の用意。
食べ過ぎて動けない……なんてマヌケな事態にならないよう、インベントリ内にあったサンドイッチを各自1つずつ食べる。
精神的な疲労を取るべくお茶やコーヒーを飲んでゆっくりし、土壁が時間経過で壊れるかどうか分からないので交代で監視しながら軽く睡眠を取った。
「壁、壊れなかったな」
「魔法で生み出した物だけど、こういった物はゲームと違って制限時間とか効果時間は存在しないみたいだね」
土壁を作り出して3時間は経過しているが未だに土壁が崩れる気配はない。生み出した時と同様の硬度を維持して入り口を塞いでいた。
「さて、そろそろ行くが……準備はどうだ?」
イングリットはインベントリに鍋を仕舞い、3人へ顔を向ける。
「矢は無いから~、近接攻撃しか出来ないかな~」
「ボルトもこの矢筒で最後なのじゃ」
「ポーション類は節約してたから十分あるよ」
ポーションをガブ飲みすれば回復魔法を飛ばしながら攻撃魔法も使えるクリフはこのパーティの要でもある。
攻撃と回復を兼ね備えるクリフが使うポーション類(主に魔力回復用)のストックが充実しているのは心強いと言えるだろう。
メイメイは矢が無くとも近接攻撃を行えば良いので問題無いし、シャルロッテもメインはデバフを与える呪いだ。こちらも攻撃手段が無くなったとしてもお荷物にはならない。
あとは、タンクであるイングリットが全員をキッチリ守りきれば良い。
イングリットは3人の報告を聞きながら、腰のポーチに魔石爆弾や状態異常を引き起こす為の粉などを入れて準備。各自最終確認を終えて目の前にある扉へと向かった。
「じゃあ開けるぞ」
イングリットが後ろを振り返りながら問うと3人は頷いて返した。
両手に力を込め、ギギギと鳴る金属製の重い扉を開く。
扉の先には予想通りの大部屋だ。部屋の中はかなり広く、天井も高い。
ご丁寧にも壁には発光石が数多く埋め込まれており、部屋全体が明るく部屋の隅々まで光が行き届いていた。
こんな大部屋に待ち構えるダンジョンマスターはどんなヤツだ、と部屋の奥へ視線を向けるとまず視界に飛び込んできたのは大きな祭壇だ。
材質の詳細は不明だが白い石を切り出して作ったような2メートル程の祭壇にビッチリと蝋燭が生えていた。
その祭壇の前にはこれまた1メートルくらいの大きさがある『杭』が地面に突き刺さっている。
杭を視界に収めたと同時に3人のインベントリから真実の鍵が独りでに飛び出してきた。
< クエスト更新 >
『楔を破壊する』
いつものように空中投影されたウインドウに書かれていたのはクエスト更新のメッセージ。
「楔の破壊っつーと……あの杭か?」
「それしかないよねぇ」
キョロキョロと大部屋内を見渡すが、それらしき物は他に見当たらない。
じゃあ、早速壊すかとイングリット達が部屋の中央付近まで近寄った時、ブシュゥと祭壇と杭から黒いモヤが噴出した。
確かに彼らも、このまま何も現れずにクエストの目標である楔が壊せるなど微塵にも期待してなかった。
しかし――
「おいおい……マジかよ」
「うわ、最悪」
「ええ~……僕どうするの~……」
黒いモヤが徐々に濃くなり、巨大な人型へと成ってゆく。
その過程でモヤの中にチラリと赤く光る何かが見えたが正体は分からない。
ズブズブズブと黒いモヤは肉感を形成し、4人の前に現れたのは一つ目を持つ巨人型の魔獣であるサイクロプスだ。
ダンジョンマスターがサイクロプスだというのは問題無い。巨大な魔獣――巨獣系とカテゴライズされた魔獣がボスとして君臨しているのはよくある事だ。
しかし、問題なのはサイクロプスの体全体から噴出す黒いモヤだ。
「穢れを纏ったサイクロプスとか聞いてねえよ!」
3層にいたデキソコナイと同じように黒いモヤを纏うサイクロプス。こんな相手は制覇してきたダンジョンには存在していなかった。
少しでも触れれば穢れに侵されるというのに、巨大な面積から放たれる穢れのモヤはデキソコナイよりも効果範囲が広い。
それだけでも厄介だというのに、イングリット達の予想を超える事態はまだまだ続く。
「オ"オ"オ"オ"ッ!」
4メートルの身長を持つサイクロプスが吼える。
その雄叫びはどこか苦しそうな、狂乱しているような……とにかく聞くだけで『異常』と感じ取れる、通常のモノとは全く違う種類の叫びだ。
サイクロプスは雄叫びと同時に黒いモヤを勢いよく体から噴出させ、それが収まると巨大な体がビク、ビク、と大きく震える。
次の瞬間、両肩から肉の塊が飛び出して腕が2本追加され、サイクロプスの腕は4本になるという驚きの事態に。
「「「………」」」
あまりの出来事にイングリットは兜の中にある口元が引き攣ってしまう。
クリフとメイメイも目を見開いた状態で口をポカンと開けて放心。
「ひ、ひええ……。あんなデカイの相手にするなんて……」
巨獣でありながら突然変異を起こしたサイクロプスを初めて見たシャルロッテは膝をガクガクと震わせながら恐怖する。
彼女のふとももを何か温かい液体がチョロッと伝ったが、今は気にしている余裕はない。
サイクロプスの顔の中心にある一つ目がギョロリと動き、事態に驚いているイングリット達の姿を捉える。
グッと足を曲げて力を溜める動作を見せたサイクロプスの姿に、我に返ったイングリットが叫ぶ。
「来るぞ!! 下がれ!!」
「オ"オ"ッ!」
イングリットの叫びと同時にサイクロプスは4つの腕を構えながら、大盾を構えたイングリットへ飛び掛る。
飛び掛ったサイクロプスは同時に右手をイングリットへ振り下ろし、ズドン、と大きな音を立てながら地面が陥没する程の衝撃をお見舞いした。
「ぐおッ!」
さすがのイングリットも巨大なサイクロプスの勢いある攻撃に苦悶の声を上げるが何とか防ぎきる。しかし、一撃だけでは終わらない。
4本の腕を交互にイングリットへと叩きつける連続攻撃。とてつもない衝撃がイングリットの腕へ痛みとして襲い掛かる。
通常個体とは比べ物にならない好戦的な姿勢に戸惑う一同であったが、攻撃を防ぎ続けるイングリットへクリフが慌てて回復魔法を飛ばした。
「ヒール!」
ヒールを受け、腕の痛みが治まったイングリットはサイクロプスの腕が振り下ろされると同時に大盾を力一杯に押し返し、サイクロプスの巨大な体を後方へ少しだけ押し戻す。
「クソッタレが! 何なんだよコイツは! 俊敏すぎるだろ!」
通常個体のサイクロプスは巨大な体故に動きが遅いというのが弱点だったが、目の前にいる個体はその弱点を見事に克服している。
加えて穢れのモヤだ。先程までの接触でイングリットは通常よりも強烈な穢れに侵され、あっという間に許容値の1/4は症状が進行してしまった。
その証拠に、イングリットの体にも薄く黒いモヤが纏わりついている。穢れが許容値を超えると纏わり付く黒いモヤに体が完全に覆われてしまい、物言う間もなく死亡してしまうのだ。
「クリフとシャルロッテは距離を取れ! メイは中距離で隙を見て攻撃!」
イングリットは指示を出した後に腰のポーチから麻痺の粉が入った皮袋を取り出してサイクロプスの顔へと投げつける。それに続いても魔石爆弾投げつけた。この2つを投げつける事で粉塵爆発を起こすのが狙いだ。
今にも攻撃しようと構えていたサイクロプスであったが、顔の目の前で粉塵爆発をモロに食らって後方へと後ずさる。
その隙を見逃さなかったメイメイは大鎌形態のノックザッパーを取り出して足を斬りつける。
ザクザクと数回斬りつけて、サイクロプスが再び攻撃の構えを取ると素早くイングリットの背中へ隠れるヒットアンドウェイ戦法だ。
勿論、振り下ろされた巨大な拳はイングリットが大盾で受け止める。
一方で、後衛組であるクリフとシャルロッテ。
シャルロッテはクリフと一緒に後方へ下がったと同時にクロスボウを構えて、一つ目へ照準を合わせてトリガーを引く。
俊敏に動くサイクロプスの瞳にクリティカルヒット……とはならず、放たれたボルトは4本ある腕の1本に防がれてしまう。
腕にボルトが刺さってはいるがサイクロプスのリアクションを見る限り、ダメージはあまり無いようだ。
「呪いはどうするのじゃ!?」
「まだ使うな!」
シャルロッテの呪いは1人で重ね掛けができる強力なものだが、魔力の使用量が大きい故に回数の制限がある。
小刻みに小さな効果を連発するよりはステゼロ現象を引き起こし、それと同時に一気に勝負を仕掛けた方が効果的だろう。
しかし、連携が失敗したらアウトだ。彼女の魔力はイングリットから補給されない限りは回復しないし、補給すればアヘ顔を浮かべて気絶するのだ。
使い所は慎重に見極めないと、いざという時に困ってしまう。
「だ、大丈夫なのか!?」
シャルロッテは轟音と共に何度も巨大な拳を受け止めるイングリットを心配そうに見つめる。
「大丈夫。あの程度じゃイングは崩れないよ」
そんな彼女を安心させようとクリフは笑顔を浮かべながら応えた。
「し、しかし! 穢れとやらもあるんじゃろう!? お主はなんでそんなに余裕なのじゃ!」
サイクロプスの攻撃は耐えられても時間経過によって徐々に侵される穢れは防げない。彼女は穢れでイングリットとメイメイが死んでしまわないか心配しているようだ。
確かにクリフの仕事量は多い。回復魔法をイングリットに飛ばし、イングリットとメイメイの穢れの進行具合を見て第6階梯のパーフェクト・キュアを飛ばす。
それに加えて隙あらば攻撃魔法を放ち、魔力量が減ったらポーションを飲む。普通に考えたら気が休まる暇もなく、現在のように笑みを浮かべる余裕すらないだろう。
「それも大丈夫だよ」
だが、シャルロッテとは対照的にクリフは笑顔を絶やさない。
見てて、と言ってクリフは相棒である白い杖を地面に打ち付ける。
「魔導宝玉、起動」
クリフがそう呟くと、彼の持っていた白い杖の天辺に埋め込まれた銀色の宝玉を囲むように埋め込まれている赤・青・緑・黄色の宝石が杖から分離して、クリフの周囲にフワフワと滞空したのだった。
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