45 神殿ダンジョン攻略 1
隠し扉によって隠されていた地下への階段をイングリットを先頭に降りて行く。
階段の途中には一切明かりは無く、イングリットが腰に取り付けたランタンとクリフが魔法で生み出した光だけを頼りに10分程度降りるとようやく平らな地面が姿を表した。
降りた先は石が積み重なって出来た壁が続き、大人2人が並んで通れる幅くらいしかなく狭い通路となっている。
勿論、通路には灯りは無く真っ暗。ランタンと魔法の光のみが頼りとなるだろう。
「まずは構造を調べるぞ」
「あい~」
先頭に立つイングリットが大盾をインベントリから取り出しながら告げると、先頭から2番目にいたメイメイがインベントリの中に手を突っ込んで何かを探る。
取り出したのは『ダンジョンウォーカー』と呼ばれる、モグラ型のマジックアイテム。ダンジョンの構造を調べるための探査機だ。
探査機といっても簡単な事しか調べられず、ダンジョンが何層で構成されているか、罠はあるのか、くらいしか調べられない。
ダンジョンに巣食う魔獣の種類や最奥で待ち構えるボス、どの道が次の階層へ続いているか等は自分達で調べなければならない。
メイメイがモグラ型のマジックアイテムを地面に放り投げると、モグラは鋭いツメをシャカシャカと動かしてその場に潜って行く。
5分程その場で待っていると地面に潜っていたモグラがボコッと顔だけを出した。
『全部で4層。2層目から罠の気配があるモグ』
それだけ告げると、ボフンと白い煙と共に姿を消した。
「4層か。あまり深くないんだな」
「初心者向け~?」
「どうだろう。たまに浅いけど1層目からパンチの効いたのもあるし……」
ダンジョン慣れしている3人は、このダンジョンがどんなレベルのモノなのかという話を進めるが、状況についていけないシャルロッテはポツンと立ったままだった。
さて行くか、と先頭のイングリットが出発の合図を口にするとようやく彼女は口を開く。
「こ、この、真っ暗な道を本当に行くのか!?」
ランタンの光とクリフの魔法の光だけでは道の先まで完全には照らせない。
シャルロッテは両手で自分の体を抱きしめながらガタガタと震えて、目の前に広がる闇へ恐怖を表す。
「お前は列の3番目にいろよ。最後尾はクリフだ」
イングリットはインベントリから魔王都に向かう途中でシャルロッテが使っていたボウガンを取り出し、彼女へ手渡した。
魔法で回復と火力を担当するクリフは後衛に位置する為に最後尾を歩き、デバフ要因のシャルロッテは中衛の位置だ。
尚、渡したボウガンは自衛用であり、まだ扱いが未熟な彼女の打つ矢は中距離からの牽制用と割り切っているので火力としては勘定に入れていない。
先頭のイングリットが歩き始め、遂に探索が始まった。
シャルロッテは通路の奥から何か物音がする度に「ひえ~」と怯える声を漏らしながらも着いて行く。
しばらく一本道が続き、ランタンと魔法の光によって照らされた道の先には最初の別れ道が。T字路になっていて、右か左かの選択肢を迫られる。
イングリットは後ろにいる3人へ手で待つように合図を出し、1人で通路の角まで行くと顔を半分だけ出して左右の道を覗き見る。
右は相変わらずの闇が続くが左は違った。
左には松明が壁に設置されており、明かりの下には肌の茶色い小さな人型の生き物――ゴブリンが4匹ほどたむろしていた。
イングリットは3人のもとへと戻り、見たモノを告げる。
「右は真っ暗。左は明かりがあるがゴブリンがいた。恐らく1層目はゴブリンの巣だろう」
「うーん。どうしようか。先に右に行ってみる?」
クリフがそう言ってメイメイとシャルロッテへ顔を向けると2人とも頷いて同意を示す。
じゃあ右からで、とイングリット達は左にいるゴブリン達に気付かれないよう一時的に明かりを消して右折。
少しだけ歩いてから再び明かりを灯して先に進むが、右は行き止まりになるまで魔獣は現れなかった。
そして、行き止まりになっている道にあったのは木製の箱だった。
「なんじゃ? あれは箱か?」
「ダンジョンにある箱と言えば宝箱だね」
お宝の入った箱。それが宝箱。
事前にダンジョンには金銀財宝マジックアイテム類の詰まった宝箱が存在する、と聞いていたシャルロッテのテンションは急上昇。
「おお! あれが聞いていた宝箱か! はよう開けて中身を確認するのじゃ!」
ヒャア! 宝箱だァ! とイングリットを通り越して宝箱へと突っ込もうとするシャルロッテだったが、先頭にいたイングリットに服の襟を捕まれて「ぐぇえ」と情けない声を上げつつも、目にはハートマークが浮かんでいた。
「お、おほ! な、何をするのじゃあ……」
ビクンビクン、と体を痙攣させながら文句を言うも表情は恍惚に染まるシャルロッテ。
「待て。あんなあからさまに置いてある宝箱があるか。罠かどうか調べてからだ」
「ひぃ、ひぃ、1層に罠は無いと言っておったじゃろう、ひぃひぃ、あふう」
短い呼吸を繰り返しながら、瞳を潤ませながらも平常心を取り戻したシャルロッテはイングリットを見上げる。
「俺の背後から、そのボウガンで宝箱を撃ってみろ」
頭の上に疑問符を浮かべながらもシャルロッテはイングリットの言う通りにボウガンを宝箱に向けて射る。
ドスッと鈍い音を立てて矢が宝箱に命中すると、ガタガタガタと宝箱が暴れだした。
「グバアアア!」
ガタガタと暴れた宝箱は蓋の部分がガパリと開き、その中にはびっしりと鋭い牙が生えている。宝箱に擬態し、冒険者を狙うダンジョン専用魔獣であるミミックが正体を現した。
「ひえええ! 何なのじゃあ! キモチ悪いのじゃ!」
ガタンガタンと体を揺らし、大口を開けてジャンプするように近寄って来るミミックを初めて見たシャルロッテは悲鳴を上げながら後方へと後ずさる。
「ダンジョンには罠以外にも擬態魔獣が出現する事もあるからな。宝箱を見つけたからといって安易に近づくのは危険だ」
擬態した魔獣は魔法による探知にも引っ掛からないから恐ろしい。ダンジョンで死亡するニュービー達の大体の死因は擬態魔獣に殺される事だ。
イングリットはダンジョンの心得を告げながら、ジャンプしながら近づいて来たミミックを蹴り飛ばす。
壁へと蹴り飛ばされたミミックへ追い討ちとばかりにクリフの放った火の魔法が直撃すると「グギギ」と悲鳴を漏らして地面に転がる。体の大半が黒コゲになったミミックはピクリとも動かなくなった。
「ダンジョンでも死体は消えないか」
動かなくなったミミックを見つめていたイングリットが感想を漏らすと同じ考えを抱いていたクリフとメイメイも無言で頷いていた。
ゲーム内のダンジョンは内部に魔力が循環しており、ダンジョンに内包されている魔力から魔獣やアイテムが生まれるという設定があった。
しかし、現実では違うようでいくら待っても死体は消えない。という事は当然、ダンジョン内に魔力なんてモノは内包されていないんじゃないか、という考えに行き着く。
「アイテムが無かったら最悪だな……」
現実世界のダンジョンがゲーム内と設定でなかったとしたら、魔力から生まれるというアイテム類も存在しない可能性がある。
それだけは勘弁してくれ、と強く願う3人だった。
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最初に右折したT字路まで引き返し、今度は直進(左折方向)へと進む。
通路には松明が設置されていたり、石が積み重なった壁にモコッと発光石が露出している箇所があったりとランタンや魔法の光を使わずとも足元まで明るく照らしている。
明るいのでこの道に入る前までの道中とは違って道の先まで見通せるのは助かるのだが、道にはゴブリンがたむろしているので進めば進むほど戦闘が発生する。
狭い道幅での戦闘となれば大盾を構えるイングリットを抜けない限り、背中側にいるパーティメンバーへの被害は出ない。
しかし、イングリットの背に守られる3人も狭い通路では位置取りが制限されてしまう。イングリットを追い越してゴブリンを攻撃しようにも、大盾を動かすイングリットとお互いに邪魔になってしまって連携に失敗する恐れがある。
「今だ! 放て!」
故に、パーティメンバーがとった行動は大盾を構えるイングリットの背中にメイメイが張り付き、弓形態になったジェミニで矢を射る。
イングリットの後方斜め左脇には前方へボウガンを構えたシャルロッテが待機し、イングリットが合図と共に体を右側へズラした瞬間にボルトを射る。
クリフは種族スキルで最低レベルの攻撃魔法でも威力が増しているので、魔法を避けられて通路の壁に直撃すると崩壊の恐れもある為、回復魔法と補助魔法に専念。
ギャギャギャと声を上げるゴブリンの脳天や体へメイメイとシャルロッテの放った矢とボルトが刺さり、次々と射殺していく。
最前線で大盾を構えるイングリットは通路前方から夥しい数のゴブリンを塞き止めなければならず、気軽に攻撃する暇も無い程だ。
前方の通路がゴブリンで埋まる程の猛攻を脚に力を入れ、踏ん張って耐え続ける。
大盾へと到達したゴブリンが棍棒で叩き、錆びた剣で斬り付けるがメイメイ謹製の断罪の大盾には傷1つ付かない。この状況では盾が優秀で破損しないのは心強い。
大波のように襲い掛かるゴブリンをクリフの補助魔法で強化された腕力で押し返したタイミングで2人が攻撃する。この繰り返しをしながら前へと進んで行く。
「あと30メートル進んだ所、右側に別れ道! 手前で一時停止する!」
右へと続く通路の分岐を見つけたイングリットがパーティ全体へ指示を出した。
「右の道からも沸いて来る! ……ん? イング! ストップ! その先に隠し通路があるみたいだ! 待ち伏せしてるゴブリンの反応がある!」
探知魔法で周囲を探ったクリフが挟撃を目論むゴブリンの考えを見抜き、イングリットへ叫ぶ。
「チッ! めんどくせえ!」
何匹沸いて出て来るのか分からないゴブリンに範囲攻撃である魔法が使えないのは面倒という感想以外無い。
直線で飛んでいく魔法もあるが、着弾先がどうなっているか不明な状況で使うには不安が残る。壁があって、その壁が崩れたせいで通路が塞がってしまった、などと問題が起きたら進行が遅れてしまう。
とにかく、ゲームではなくリアルのダンジョンでは通路を破壊しないように進まないといけない。
「メイ! ジェミニの矢は温存しろ! 脇から剣か槍で突き刺せ!」
「あい~」
射撃で殺したゴブリンの死体には、引き抜けばまだ使える矢とボルトがあるかもしれない。
だが、ゴブリンの群れが絶え間無くやって来る為、ゴブリンの死体に刺さっているボルトや矢を回収する暇も無い。
メイメイはジェミニをインベントリへ仕舞って、ゴブリンの血で汚れても良い武器――イングリットが宝物庫から盗んできた、レア等級の聖銀製の槍を取り出した。
「えいえい」
メイメイの可愛い声とは裏腹に、グシャグシャと鋭い槍がゴブリンの体を貫く。
「ボルトが切れたのじゃ!」
「はい、おかわり」
矢筒の中が空になった事を告げると、後ろにいたクリフから新しいボルトの入った矢筒を渡される。
その場に待機してゴブリンの死体を量産していると、業を煮やしたゴブリンの待ち伏せ組も壁から流れ出てきた。
それらもまとめて処理し続ける事、10分。遂にゴブリン達は通路の奥へと引き返して行く。
「向かった先が巣か?」
イングリット達はゴブリンの死体から矢とボルトを引き抜き、使えそうな消耗品を少しでも補充。
「ぽいねぇ。右側からは反応が無いよ」
「まずは巣をぶっ壊すか。右に進んでいる時に後ろから来られても面倒だ」
イングリット達は警戒しながら奥へと進む。すると狭い通路は大きく広い部屋に続いていた。
「お、階段だ」
しかも奥には下層へ続く階段が。
だが、ゴブリンが巣として使用しているのか部屋の中は無数のゴブリンで溢れ返っていた。
その中には通常のゴブリンだけでなく、ゴブリンアーチャーや通常のゴブリンよりも4倍は大きい巨大な体を持ったホブゴブリンまで巣食っている。
「まぁ、狭いよりは良いだろう。メイ、近接攻撃でいけ。クリフは防御魔法を張りながら支援だ。シャルロッテはさっきと同じように俺の背後から撃て」
イングリットの指示に各自返事を返した後に戦闘が開始。
「くっせぇゴブリン共! かかってこいやァ!!」
イングリットが先頭を走りながら、ヘイトスキルを発動。ゴブリン達は臭いという中傷に激怒してイングリットをロックオン。
ゴブリンの視線が一斉にイングリットへ向かったのを確認したメイメイはインベントリから愛用の武器を取り出す。
広い場所での戦闘かつ相手の数が多い状況。取り出したのは三日月型に湾曲した刃が取り付けられた紅色の『大鎌』だ。
長い持ち手から先には太く長い金属の塊が取り付けられており、その先端から三日月型の刃が延びる。
ジェミニと鋸斧に続く第3の技巧武器――ノックザッパーと名付けられた技巧武器で注意が逸れたゴブリンを複数体まとめて斬っていく。
小型の通常ゴブリンは大鎌の刃で一刀両断。しかし、大きな体を持ったホブゴブリンはどうしても一撃で断ち切る事は出来ない。
「へんけ~い」
メイメイの緩い掛け声と共に、大鎌の刃は内側にガコンと折れる。そして持ち手は短く剣の持ち手の長さまで縮まって行く。
今まで刃があった方を上へクルリと回せば、ノックザッパーは大鎌から相手を叩き潰す大型のバスターソードへと変形を果たした。
両断できない魔獣の脳天を叩き潰すする、斬撃と打撃を兼ね備えた技巧武器こそがノックザッパーの真骨頂。
「そ~れ!」
またしてもユル~イ掛け声と共に、メイメイの小さな体には不釣合いな巨大で重量のあるノックザッパーを持ち上げてホブゴブリンへ叩きつける。
グチャッと嫌な音を鳴らしながらホブゴブリンの頭は粉砕されて絶命した。
余談であるが、切断に特化した鋸斧を使わないのは生身の魔獣を鋸斧で切断し続けると稼動部分に血が大量に巻き込んで付着する為、メンテナンスが大変だからだ。
それに加えて完全に切断するまで時間が掛かってしまうというデメリットもあるので、今回のような魔獣の群れが相手の時はノックザッパーを使う方がメリットが大きい。
鋸斧を使う状況は大物狙いの際――1対1や金属のように硬い皮膚、人間騎士のように硬度の高い金属装備を纏っている場合――にメイメイは限定していた。
「撃つべし! 撃つべし! 撃つべしなのじゃ!」
一方でシャルロッテもボウガンの扱いには随分と慣れてきた。
当たる、当たらないに拘らず、撃ってはすぐに次のボルトを装填して引き金を引く。
凄腕スナイパーのような技量は持ち合わせていないので数撃ちゃ当たる戦法だ。
それでも2発に1回は命中するのだから中々の腕前と言えるのではないだろうか。
「魔導の1、ファイア」
クリフも3人に補助魔法で支援を行いながら、弱火の下級火魔法を合間に放つ。
広場での戦闘なので壁を壊す心配もない。しかし、中級魔法になると床へのダメージが気になる。床が崩れてリアルダンジョンがどうなるのか……は不明だが、試すのも怖い。
下級魔法なだけに攻撃範囲は狭く、一度に2匹程度しか巻き込めないが、この広さならば床や壁へのダメージが及ぶ事もないので安心だ。
シャルロッテはともかく、ゲーム内でダンジョンをいくつも制覇してきたトッププレイヤー達にゴブリン如きが敵うはずもなく。
30分程度の戦闘でゴブリンの巣は駆逐された。
「使えそうなボルトを回収しておけ。倒したゴブリンは、ホブゴブリンの魔石だけ回収しておこう」
「他の死体はどうするのじゃ?」
「……面倒だし放置でいいだろ」
ダンジョン内であるが死体は消えない。魔獣の死体が消えないので死体を放置しておけば他の魔獣が寄って来るのが通常だが、ここは地下である。
放置しておいた結果を帰りに見たいという気持ちもあるが、処理が面倒だという理由が8割を占めている。
「そのうち魔獣が集まって、魔獣がここで増えて外に溢れる氾濫が起きるとか~?」
「んー……? 下の階層にいる魔獣が上がって来るのかなぁ? リアルダンジョンの設定と生態系が分からないから何とも言えないね」
「魔獣の氾濫のう。たまに亜人の国で起きると聞いた事があるのじゃ」
ボルトの回収とホブゴブリンの魔石を回収した4人はゴブリンの死体だらけの中で少し休憩しながら雑談を交わす。
「まぁ、氾濫しようとここはエルフの領土内だし。別に良いんじゃねえ?」
イングリットの意見にそれもそうか、と納得する3人。
十分に休んだところで立ち上がって出発だ。
「さて、次の階層から罠があるからな。気をつけろよ」
と言いながらイングリットはダンジョン初心者のシャルロッテを見つめる。
「妾は列の3番手にいるのじゃぞ! 引っ掛かりはせんのじゃ!」
引っ掛かるなら先頭を歩くお主じゃ! と反論するシャルロッテ。
彼女の反論に「どうだか」と漏らしながらイングリットは階段を降り始めた。
読んで下さりありがとうございます。
夜に更新できそうになかったので…。
仕事の都合で投稿時間は不規則になると思いますが、ダンジョン攻略編が終わるまでは毎日更新します。




