44 北西にある神殿ダンジョン
街から北へ真っ直ぐ行くとエルフの国であるトレイル帝国からの侵略を防衛する砦――メイメイの訪れた北西戦線の最終防衛地である砦に辿り着く。
その砦からトレイル帝国領へ入れてくれ、などと言えば確実に止められるだろう。
故にイングリット達は北西へとラプトル車を走らせ、砦を避けるようにトレイル帝国領土内へと侵入を果たした。
国境を超えてトレイル帝国の領土内に入ったばかりの地点では、魔王国内と同じように荒野が続いていたが北へ数時間走ると緑が見え始める。
ある所を境に行く道には草が生え始め、魔王国内にはほとんどない林や森といった自然溢れる景色はまさに『豊かさの象徴』と言えるだろう。
現在、イングリット達がラプトル車を走らせる『常闇の森』と呼ばれた場所も自然が溢れかえる森だ。
常闇の森は名の通り昼でも暗い視界に覆われた森で、理由は自然溢れるというよりも自然爆発と言った方が正しいくらいに木々が生い茂り、空から降り注ぐ陽の光を遮断している。
そんな森の入り口に到達すると幸運にも旧街道のような、若干草臥れていながらも舗装されている道を見つけられた。
多少木の根が地面から飛び出している場所もあるが、二足歩行で走るラプトルならば物ともしない。
ただ、ラプトルが引くキャビンは木の根を跨ぐ際に尻が浮くほど宙を舞うがそこは我慢だ。森の入り口にラプトル車を停めて歩いて行くよりマシだろう。
常闇の森に突入し、4時間程走った所で一時休憩。
クリフの得た情報ではもう少し進むと目的の神殿が見えるらしいので、神殿に入る前に食事を摂る事となった。
「うまァ! うまッ!」
シャルロッテが木の皿の中に盛られた米と焼肉のタレで味付けされたオーク肉を夢中で食べる。
「米ってこんな感じだったんだね」
「焼肉のタレって甘じょっぱくて最高~!」
初めて口にしたゲーム内アイテムの美味さにクリフとメイメイも笑顔を浮かべながらその味を堪能していた。
「……もう無くなってしまったのじゃ」
貴族生まれでありながらも魔王国という弱小国で暮らしていたシャルロッテは、根性芋と塩味の肉くらいしかまともに食べた事がない。
いくら根性芋が栄養素を含んでいるからと言っても芋は芋。魔獣の肉も食感の違いはあれど肉は肉。味のレパートリーも塩くらいしかない。
それ故に、イングリット達が取り出したゲーム内の食料アイテムは極上の味と言っても過言ではない。
貴族令嬢という身分も忘れて夢中で食べていたシャルロッテは空になった皿に視線を向けながら、寂しそうに呟いた。
「おかわりもあるぞ」
しかし、彼女へ福音が齎される。
その知らせの方へ顔を向ければ、鍋とおたまを持ったイングリットがいた。
「良いのか!?」
「ああ。この先、神殿で何があるかわからん。心残りがないように食え」
イングリットは鍋で炊いた白米をシャルロッテの皿へ盛り、フライパンで焼肉のタレと共に焼いたオーク肉を白米の上に乗せる。
「うまっ、うまっ」
彼女は能天気に食事をしているが冒険者をやっている以上、いつ死んでもおかしくない。
特に何が起こるか分からない場所――クエストで指定された場所は大体ダンジョンであるが、そういった場所では常に死神の影がちらつくのだ。
これはシャルロッテだけでなく、イングリット達3人にも当て嵌まる。
ゲーム内のように復活地点で復活が出来る可能性は、ほぼゼロと言えるだろう。
最後の晩餐になるかもしれないその時の食事を100%楽しむ。それが最後の一瞬に訪れる『後悔』を1つでも減らす手段だ。
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「ここが目的地か?」
食事休憩を終え、そこから北西に2時間程度。
クリフの持っていた地図は360度自然に溢れた場所では役に立たず、悩んだ3人はゲーム内のアイテムであるエコー猿人形――シンバルを持った猿の人形で、シンバルの音を鳴らして周辺の地理状況を探知する道具アイテム――を頼って目的地らしき建造物へ辿り着いた。
「と、思うけど……」
4人の目の前にあるのは確かに神殿だ。
白い石で造られた神殿に森に生える木々の蔓や葉が絡み付いている姿はどこか不気味な様子を醸し出す。
ラプトル車を停車し、その周りにある木の枝に魔獣避けの鈴を複数個吊るしたら神殿の前へと歩み寄る。
パーティの先頭を担うイングリットが神殿の入り口に設置された分厚い扉に両手を当てて押し開く。
ギギギギ、と重厚な音を立てながら開いた扉の先には朽ち果てた祭壇と天井付近に設置された所々割れた七色のステンドグラス。
室内を照らしていたであろう大きなシャンデリアは石の床へと落ち、嘗ては神聖さを表していたであろう2神の絵が描かれた壁画が崩れて散らばっていた。
他にも礼拝に来た信者が利用する木製の長椅子や祭壇へと続く赤絨毯はボロボロになっていて原型を留めていない。
イングリットが神殿内へと入り、他の3人が後ろに続く。
祭壇まで近づくと取り出していないにも拘らず、3人のインベントリから勝手に『真実の鍵』が飛び出してきた。
「おっと」
飛び出してきた鍵を3人が掴むと、3つとも光を発して空中にホログラムが表示される。
< クエスト地点に到着:クエスト内容の更新 >
< 神殿に打たれた楔を破壊する >
「楔の破壊?」
何の事だ? とクリフが首を傾げる。
イングリットとメイメイは周囲に目を向け、楔らしき物を探すが見つからない。
「ん~? クエストダンジョンかな~? どっかに入り口があるとか~?」
「確かに神殿に入ってクエストクリアってのは簡単すぎるな」
アンシエイル・オンラインのセオリーで言えば、クエストで指定された場所に向かうタイプの内容は大体そこがダンジョンとなっている事が多い。
この神殿がダンジョンであれば、どこかに入り口が隠されており、クエスト達成に至る為の物は最奥に設置されているのがセオリーだろう。
「こういう場合は大体祭壇が怪しい」
そう言って、イングリットは祭壇に両手を当てて力一杯押し込む。
ズズズと音を立てながら祭壇のあった机をズラす。すると、机で隠されていた場所には円の中に文字が書かれた図が見つかった。
「これ、何かの文かな?」
クリフが地面にある図に触れると、円の中に書かれた文字の部分がパネルになっていてカチカチと動く。
「う~ん? 正しい文にするパズルかな?」
そう言いながらクリフは動くパネルを見つめ、脳内に検索をかけながら答えを探し始めた。
「ああ。これ、世界創造の物語にある2神を称える一節か」
それは『世界創造』と呼ばれた最古の物語であり、この世を作った2神の行いを語る物語だ。
ゲーム内では設定の背景を語る本――テキストとして用意されており、現実世界では神話戦争前に王種族の誰かが書いたとされる、この世に一番最初に生まれた本の内容だ。
クリフがバラバラになっていた文を正しい物に組み替えると、石で出来た床がゴゴゴと音を立てながらスライドしていく。
「階段なのじゃ」
床がスライドして次に現れたのは地下へと続いているであろう階段。
先は真っ暗でどこまで続いているかは全く見えない。
「これが入り口だな」
正しくダンジョンの入り口、と言える。隠された入り口を暴くパズルギミックといい、確定だろう。
イングリットは階段の先――何があるか分からない闇を見つめながらもインベントリからランタンを取り出して腰に取り付ける。
「さて、行くか」
「おおー!」
「レア装備~」
「ほ、本当に行くのか? 真っ暗じゃぞ!?」
リアル世界でのダンジョンアタックが遂に開始された。
読んで下さりありがとうございます。
次の更新は木曜日の夜です。




