表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/306

43 信用はレア装備で買える


 イングリット達は2手に別れてヨールを待ちながら宿で部屋を確保。

 

 クリフとメイメイが宿を確保しに行き、イングリットとシャルロッテは商人組合の前でヨールを待っていた。


 組合の建物前で20分程待っているとヨールの乗るラプトル車が現れる。


「すいません。お待たせしました」


「構わない。さっさと用事を済ませよう」


 ヨールは組合の前でラプトル車を停め、イングリットと共に組合の中へと入って行く。


 この街の商人組合は木造で出来た2階建ての建物だ。外観は少しくたびれているが、内装はしっかりと整っているし、ちゃんと掃除を行っているのか清潔に見える。


 商人組合の主な業務は組合員への出店許可や土地付き物件の紹介、商店持ちの者への融資、組合登録員への銀行サービス、各街より届いた不足品等の情報を基にした相場の発表、行商を行っている者へ各街に輸送する仕事の斡旋や販路管理。


 商人版の冒険者(傭兵)組合といった感じだ。


 ヨールを先頭に組合内へ入った3人は一直線に窓口へ向かう。


 現在は夕方を過ぎ、完全に夜といった時刻の為か人は疎らで普段列を成している窓口も空いていた。


「すいません。お金を下ろしたいのですが。50万エイルほどお願いします」


 ヨールは商人組合の登録証である銀のカードを窓口の女性へ差し出す。 


「かしこまりました」


 窓口の女性はヨールの登録証を確認し、銀行用ファイルを開いて残高を確認。


 確認作業が終わると奥にある部屋へと引っ込み、戻って来た女性の手には札束が握られていた。


「あと、行商中に魔獣に襲われまして。この方々に助けてもらいました」


「まぁ。ご無事で何よりです。被害報告はありますか?」


「積荷は無事ですが、魔王都で雇った傭兵3名の内、2名が死亡して1名が負傷しました」


 ヨールが告げた被害報告を女性は紙にメモしていく。


「あなた方が助けて下さったとの事ですが傭兵ですか?」


 メモを終えた女性は次に背が高く黒い鎧を纏っているイングリットへ視線を向ける。


「こちらはアルベルト家のご息女様です」


 イングリットが何かと目立つのは仕方がない。しかし、ヨールは貴族であるシャルロッテへ手を向けて女性へ告げる。


「これは失礼致しました。アルベルト様、我が組合員を助けて頂きありがとうございます」


「よい。貴族として当然の事じゃ――」


「だが、貰う物は貰う。組合員を救出した報酬は?」


 シャルロッテが言葉を続けようとしていたが、横からイングリットが口を挟む。


「は、はぁ。勿論、報酬はお渡しします。えーっと、ヨールさんの等級だと……救出による報酬額は10万エイルです」


 貴族が喋っている間に口を挟む一般庶民はいない。故に、イングリットが喋りだした事に驚きを隠せず顔に出てしまったが窓口の女性は仕事を全うした。


 金額を告げられたイングリットは兜の中で眉を潜めながら「10万かよ」と小さく呟いた。


「ついでに組合からの信用証が欲しいのじゃ」


「助けて頂いたのでアルベルト様達を推薦します」


 シャルロッテとヨールの提案に窓口の女性は困ったような表情を浮かべた。


「信用証ですか。ヨールさんを助けて頂いたので、審査にかける事は可能ですが最終的には組合長の判断が必要となりまして。たぶん、今回の件だけでは信用証は難しいと思いますけど……それとヨールさんも審査が必要ですよ」


 彼女の返答はイングリットとシャルロッテにとって想定内。


 ヨールを助けた事で第一段階の所属組合員による口利きが欲しいだけだ。貴族特権では突破できない故に、組合長と会うキッカケが欲しかったに過ぎない。


 彼らも元々ヨールを助けたくらいで信用証が発行されない事はここまで来る間の野営で話し合い済みだ。


 この解決策として用意した手っ取り早い方法は『中々手に入らない物』を組合に売るという事だ。


 イングリットはインベントリからレア級の短剣――風の魔法が付与された魔法短剣(マジックウェポン)を取り出して窓口へ置いた。


「ならば、これを組合長に見せろ。これの価値が分からないのであれば組合は使わない」


 イングリット達にとってはレア級の魔法短剣。しかも付与されている能力が1種類の物なんてゴミ同然と言えるのだが、然も「すごい物だ」と言わんばかりに大口を叩く。


 当然、窓口業務を行っている彼女は物の価値を図る事は業務内容に入っていない。こういった事は専門の部署が存在しているからだ。


 しかし、価値が分からないようでは組合は使わないとまで言われた事で、女性は慌てながらも窓口の引き出しの中にあった清潔な白い布で短剣を包んで2階へと上がって行った。


 15分程度経過してからだろうか。2階から先ほどの女性と一緒に頭に犬耳の生えた中年獣人の男性が慌しく降りてきた。


「こ、これは貴方が!?」


 前置きもクソも無く、興奮気味に窓口から身を乗り出して問いかけてくるのは中年獣人の男性。


 ふんすふんす、と鼻息を荒くしながら血走った瞳でイングリットを見つめる。


「そうだ。あんたはここの組合長か?」


「そうです! そうです! これを我がアポス支店に卸してくれるのですか!? 魔王都じゃなくて!?」


 彼が興奮するのも無理は無い。


 ダンジョン産出である魔法や能力が永久的に付与された装備品――ゲーム出身のイングリット達流で言う『天然モノ』今の時代に住む人々流で言うと『魔法装備』と呼ばれている物は地方都市にはあまり出回らず、大体は魔王軍の本拠地である魔王都に売りに来る者が多い。


 理由は簡単。魔王軍が魔法装備の買取を積極的に行っており、魔王都にある商人組合本部へ売れば買取額プラス軍からの奨励金が支払われるからだ。


 これは地方の領地を治めているアポス伯爵のような貴族達が、街に引き篭もって国境の戦線への参加が消極的である結果だ。


 引き篭もり貴族達に貴重な魔法装備を奪われるくらいなら、侵略を防ごうと努力する魔王都軍で使おうという魔王都軍独自の行動である。


 故に地方では滅多にお目にかかれない永久付与された武器を見て、しかも売ってくれるとなればアポス支部の組合長のようになるのも頷けるだろう。


 この魔法装備をアポス伯爵に渡せば彼の評価は空に舞い上がる花火の如く高く上昇するはずだ。


 何より、王都にある本部に魔法装備を集められてしまっている地方の組合ならば尚更だ。


「ああ。信用証を発行してくれればな」


 信用証はどの支部で発行されようとも効果は同じ。ここで発行された物を魔王都で提出しても、魔王都にある本部の職員はNOと言えない。


 魔王都の本部でも魔法付与装備を3~4つ同時に売ろうとすれば発行されるだろうが、3~4つと1つだけでは大きく違いがある。


 特にどんな物であっても魔法装備を売りすぎるとメイメイがウルサイ。


「発行する! 発行するとも!」


 ここで王都の本部のように国営組織たる強権を執行すれば「噂が広まって今まで以上に魔法装備を卸してくれる者がいなくなるのではないか」そんな危機感も持ち合わせているのだろう。


 地方都市の商人組合が抱える感情や境遇を利用した簡単(・・)な方法だ。


 イングリットは「チョロイぜ」と内心ほくそ笑みながら兜の中でケケケと笑った。


 短剣一本で行政組織である商人組合の『信用』を得られるのだから笑いが止まらない、といった具合だ。信用証さえ得られれば後はどうとでもなる。


 信用証という大前提がある為に、ダンジョンで手に入れた者であろうが、敵の城で手に入れた者であろうが、死体から剥ぎ取った者であろうが、曰く付きの物でも売れるのだ。


 しかも対等な立場で交渉でき、入手経路は秘密にしておけるのだから。


 その後、女性が用意した信用証に興奮している組合長が羽ペンで自身の名前を記入。組合長は何度もイングリットとシャルロッテへお礼を言いながら信用証を手渡した。


「アルベルト様。こちらは助けて頂いた報酬です。50万エイルしか用意できませんが……」


 この金額はヨールが貯金している金額のほとんどだ。まだ口座に金は残っているが、それまで出してしまったら次の商売ができない。


 ヨールはその事を正直に話すと、シャルロッテが何か言う前にイングリットが了承を告げる。


「構わない」


 元々は組合に赴く為のきっかけにすぎなかったし、報酬はオマケのようなモノだ。


 命を張って助けた価値を金銭で、とは言うがキラージャッカル如きが相手ならば十分と言える金額。むしろ、イングリットが金にがめついだけである。


「助けて頂いて、本当にありがとうございました」


 ヨールは深々と頭を下げた後に札束を手渡す。


「ありがとうなのじゃ。お主も気をつけるのじゃ」


 シャルロッテは札束を受け取り、イングリットと共にクリフ達の待つ宿へと向かう。


 その途中、イングリットは報酬として得た札束を指で弾くように数えながらシャルロッテへ話しかけた。


「お前も中々わかってきたじゃないか」


 お前の取り分だ、とイングリットはシャルロッテに10万エイルほど手渡す。


「頭では理解しておるが、詐欺を働いているみたいなのじゃ……」


 シャルロッテは何とも微妙な顔で金を受け取った。

 


-----



「どうだった~?」


 宿の前で待っていたメイメイはイングリットとシャルロッテを見つけると商人組合での成果を問う。


「バッチリだ。これで損無しに売買できる」


 イングリットが持っていた信用証をメイメイに見せると、彼女はウンウンと頷く。


「早く中に入ろ~。クリフが食堂で席確保してる~」


 3人は宿の中に入って行く。

 

 現実世界の宿を体験するのはこれで2軒目となるが、建物の造り自体は然程変わらない。


 強いて言うならば、魔王都の宿――夢見る羊亭は宿のランクとしては中級に当たるが、清潔感のある過ごしやすい場所だった。


 地方都市にあるこの宿も造りは同じ。建物の材質は木造でかなり年季の入った建物だが、1部屋1部屋の内装は広く設置してあるベッドも大きい。


 だが魔王都に比べて料金が3割程安い。この宿が特別という訳ではなく、魔王都から離れた地方都市ならば全体を見ても3割~4割ほど安い料金設定になっている。


 あとは食堂で食べられる食事の質で宿の最終評価が決定するだろう。


「おかえり。オススメは根性芋の芋パンだって。パンに肉が乗ってるらしいよ」


「また根性芋か……。まぁ、仕方ないんだろうが」


 魔王国と亜人国の主食たる根性芋。イングリット達が街で食べる物といえば魔獣の肉か根性芋関連の食事のみ。


 街で補給する食料もほとんどが根性芋だし、魔王都近郊にある森で獲れた果物が少しばかり加わるだけ。


 調理方法で誤魔化すしかないのだが、それにも限界はある。特に、パーティメンバーの中で調理スキルを持っている者がいないのが辛い。


 街を出発して野営の際も、肉、根性芋、肉、肉、根性芋、根性芋……と、どちらも煮るか焼くかしただけの調理が続き、食事のローテーションって何? 献立って何? と言わんばかりの食事が続いていた。


「これから先は私達だけだからね。次の野営の時はゲーム産の食料食べよう」


 途中で同行していたヨールにゲーム内から持ち出した食料を分ける事はしたくなかった。 


 ただでさえ数量が少なく、こちら側では手に入れられるか不明な物ばかりの物を知り合ったばかりの他人に食わせるのは嫌だと3人全員の意見が一致したからだ。


 貴重なアイテム、というのもあるが3人が嫌がった理由は別にもある。


 ゲーム内にあった食料アイテムや調理済みの料理アイテムはアイテムの外見を見るだけでも美味そうに思えたからだ。


 しかも、ご丁寧にアイテムのフレーバーテキストには食レポのような説明文が書いてあって、読んでいるだけで自然と涎が口の中に溢れてくる。 

 

 ゲーム内で味覚を感じる事は無かった。実際に食べた事もなければ、初めて見る料理名が多かった。


 だが、しかし。絶対に『美味そう』と思える食レポがそこにはあったのだ……。


「最初の野営で米食おうぜ。肉と芋だけじゃ飯のレパートリーが少なすぎてストレスが溜まる」 


 イングリットはゲーム内での料理アイテムに使われる事が多かった食料アイテム『米』を望む。


 インベントリ内に米を使った料理アイテムが多いのと、単純に食べてみたかったからだ。


「僕、しょうが焼き定食食べたいな~」


 メイメイも脳内で自分のインベントリ内に入っている料理アイテムの品目を思い出しながら告げる。


「いやいや。米と焼肉のタレを使った魔獣肉の焼肉でしょ。肉は節約できるし」


 クリフは最強の調味料である『焼肉のタレ』を使おうと提案する。


「米ってなんじゃ?」


 シャルロッテだけが話題についていけず、3人が各自食べたい物を言い合っている横で首を傾げる。 


「出発して最初の野営の時、楽しみにしてろよ。めっちゃ美味いモン食わせてやる」


 イングリットはシャルロッテの顔を見ながら兜の中でニヤリと笑みを浮かべた。


「ほほう。楽しみにしてるのじゃ。……あ、そうじゃ。魔力補充も忘れるでないぞ。ここまでの道中で何回か魔法を使ったから、ま、魔力が低下しておる!」


 そう言いながらシャルロッテは魔力補充に伴う快楽を思い出し、椅子に座りながらもふとももを擦り合わせてモジモジ、ソワソワと体を揺らす。


「わかった、わかった。まずは飯食ってからだ」


 イングリットは頬を赤く染めながらモジモジするシャルロッテを一瞥した後、手元のメニュー表へ視線を戻す。


(サキュバスと吸血鬼のハーフだし、呪いの効果もあって欲求への衝動がスゴイんだろうなぁ)


 その様子を隣で見ていたクリフは脳内で彼女に対して静かに同情していた。  


読んで下さりありがとうございます。

次回は火曜日の夜に更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ