42 蘇生魔法 / 街に到着
イングリットとメイメイは討伐したキラージャッカルから魔石を採取し終えると、死亡している傭兵の傍で白い杖を掲げているクリフのもとへ歩み寄った。
「どうした?」
クリフに近づくと、彼は何やらブツブツと唱えている。彼が口にしているのはゲーム内で使用していた死者を蘇生する魔法の半詠唱だ。
「いやね。良い機会だと思って蘇生魔法を使ってみたんだよね」
そう言ってクリフは足元へ視線を落とす。
イングリットとメイメイも釣られて足元へ視線を向けるが、そこにはキラージャッカルに食い荒らされた傭兵の死体が転がっていた。
「……蘇生魔法は使えないか」
「そうみたいだね。術式が起動して、目の前に現れはするけど……効果が無い」
つまりは死亡したら生き返る術は無い、という事なのだろう。
しかし、魔法を使っていたクリフの意見は違うようだ。
「回復魔法は使えるんだ。切り傷や擦り傷、骨が飛び出していようが、使えば元通りになるんだよね。蘇生魔法だけ使えないっていうのはおかしい気がする」
クリフがこの世界に降り立った際に出会った幼女――アンリは足をオークに折られていたが、初級回復魔法のヒールで完全完治した。
それに、彼女の母親の足も黒く変色する程に酷い状態だったがキュアとヒールの合わせ技で完治している。
他にもクリフの作ったポーションでも病気も外傷も治っているのだ。
「術式は正常に起動しているんだ。ただ、何かに阻まれているような……無効化されているように見える」
クリフの魔眼には正常に起動した魔法が見えている。だが、対象者に魔法が触れた瞬間、霧散している状態が見えていた。
「上位魔法もダメなの~?」
回復魔法には初級・中級・上級と存在するが、蘇生魔法にも同様に3段階の魔法が存在している。
「うん。全部使ってみただけどダメだね」
どれも発動はするが無効化されている、とクリフは語る。
「何かあるのか? それとも、ゲーム内で覚えた魔法だからダメなのか?」
「ゲーム内で覚えた魔法だからダメ、とは考えられないね。他の魔法は正常に使えているし。蘇生魔法だけだよ。使えないの」
3人は「う~ん」と腕を組みながら考えを巡らせるが、これといってヒントとなるような事も思い当たらない。
どうしたもんか、と考えていると背後から声が掛けられた。
「お主ら、あっちの準備は終わったのじゃ」
シャルロッテの声に振り返ると、彼女と共に一緒に居たのは生き残った傭兵。
彼は噛まれて負傷した足を引き摺りながら近づいて来たようで、イングリットの近くまでやって来るとその場に座り込んでしまう。
「すまない、手間を掛けて申し訳ないのだが……仲間の遺体を埋葬するのを手伝ってくれないだろうか」
傭兵の男はイングリット達を見上げながら申し出た後、頭を下げる。
「ああ、構わない。遺体は持ち帰らなくて良いのか?」
「この道の脇に埋めていくよ。損傷が激しい遺体は持ち帰っても、な。遺品となる物だけ持って俺が家族へ渡すよ」
「わかった。遺品や持ち物の整理はやってくれ」
「すまない……」
イングリットは彼の願いを受け入れ、クリフは無言で魔法を発動して地面に穴を掘った。
傭兵の男は仲間の死体から遺品となるような物――装備品の一部や使っていた武器、傭兵組合で配布されている認識票や家族に本人証明出来る物を取った後にイングリットへ合図した。
イングリットとメイメイは死体を穴に入れる。
「そのまま埋めると魔獣が掘り返すから火葬するよ。確か、ワゴンの中に油が……」
「いえ、私がやりますよ」
仲間の遺体を火葬するという願いをクリフが引き受ける。
クリフは「良いですか?」と一言問うと、傭兵の男は無言で頷いた。
「魔導の1。ファイア」
魔法で生み出した火を穴へ落とす。遺体は5人に見守られながら魔法の火で焼かれていった。
「う、うう……」
仲間の遺体が燃えていくのを、生き残った傭兵の男は涙を流しながら見つめる。
仲間を泣きながら見送る男を見て、イングリットは蘇生魔法が機能していない事を思い出す。
この先で何かミスがあれば、選択を間違えたら自分達も彼と同じようになるだろう。
(俺はこうはならない……絶対にだ)
己が死ぬ事も、仲間が死ぬ事も……そんな事態は起こさせない。
タンクとしてパーティメンバーの命を守る立場のイングリットは改めて誓いを心に強く刻んだ。
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遺体の処理を終えた後に傭兵をヨールのラプトル車のワゴンに乗せて出発。
道中の護衛を引き受けた為、イングリット達のラプトル車が先頭を走る。
ヨール達を助けた事で少しだけ時間をロスしてしまったイングリット達はキャビンを引くラプトルの体力が許す限りの全速力で街へ向かった。
何度か魔獣と出くわす事もあったが、クリフとメイメイの遠距離攻撃で仕留めて死体は放置したまま先を急ぐ。
ペースを維持しつつ、途中で休憩を挟みながら夜になれば野営を行う。
因みにキラージャッカルとの戦闘で魔力を半分以上使ったシャルロッテはその日の晩に魔力補充。勿論、白目を剥いて気絶した。
本人曰く、全力で呪いを使う――ステゼロ現象を引き起こすレベルまで――とその1回で全魔力の3/4は消費するとのこと。
燃費が悪いのかは判断できないが、相手の動きを完全に停止させるという現象の有用性は高い。
ただし効果時間も短く、道中に現れた別のキラージャッカルで検証した結果10秒程度が限界のようだ。
ここぞという場面で使うべきだろう、とパーティ会議で決まった。
そんなこんなで、ヨールを護衛しながら2日間。ヨールと一緒に走り始めて3日目の夕方にはアポス伯爵領地内で最大級の街である『アポスの街』へ辿り着いた。
アポスの街は荒野のど真ん中にある城郭都市である。
エルフの国であるトレイル帝国との国境を守る、北西戦線において魔王都侵攻を防ぐ最後の砦とも言える街だ。
その為、四方を囲む壁は魔王都よりも厚く、高い。更に物見台でもある塔が壁の角4箇所に立てられており、遠くまで見渡すことができる。
ただ、領主であるアポス伯爵はこの街の領主邸を雇った私兵で常に警備し、その私兵を国境沿いにある砦へ送らないというのが専らの噂だ。
国境の防衛は魔王都から派遣される王都軍に任せ、自身は城郭都市で亀のように引き篭もる。
アポス伯爵は国境の砦を防衛をするよう魔王都で命令を受けているはずだが、何かと理由をつけて派兵もせず、視察すらも行わない。
職務怠慢、もしくは命令違反なのは確実なのだが魔王都も深刻な人手不足もあってアポス伯爵の代わりを用意することも出来ず。
更には城郭都市で反乱でも起こされたらたまらん、と城郭都市は補給地点とみなして軍事行動を起こしているのが現状だ。
そんな状況の城郭都市へ何とか夜の閉門時間前に辿り着いたイングリット達は街の入り口にある入場審査の列へと並ぶ。
「あちらの貴族用の入り口に行くのじゃ。妾の家名を告げればすぐに入場できるじゃろ」
「わかった」
「あ、ヨールさんに商人組合前で集合って言ってくるよ」
クリフがキャビンを降り、後ろに並ぶヨールに待ち合わせの場所を伝えに。
「商人組合の近くに何軒か宿があるってさ。丁度いいね」
戻って来たクリフはヨールから聞き出したであろう、情報を皆に告げる。
旅人や傭兵、ヨールのような行商人が長蛇の列を成す光景を横目にイングリット達のラプトル車は貴族用の列へ進んだ。
貴族用の列、と言っても入場門で並ぶ列が2列になっているだけだ。
左が一般庶民用、右が貴族用といった具合でわざわざ門が2つ設けてあったり、専用の入り口が取り付けられている訳ではない。
「こちらは貴族用の入り口だ。家名を申告せよ」
貴族用の列で入場審査を行っているアポス伯爵直属の男性軍人が御者をしているイングリットへ問いかけた。
「アルベルト家だ」
事前にシャルロッテから渡されていた家名入りの金属プレート――貴族の証として魔王城から配布され、当主が家族に配る物――を軍人に見せる。
入場審査を行っていた軍人はプレートの家名を確認した後、キャビンの中を窓から覗く。
「街に訪れた目的は?」
窓を覗き終えた軍人は再びイングリットへ問う。
「買い物と旅だ」
これも事前に打ち合わせていた返答である。軍人の男性は持っていた紙にサラサラと何かを書き込んだ後に顔を上げる。
「領主様へのお目通りを希望するか? 滞在日数は?」
「いや、予定はない。用が済んだら街を出る。滞在日数は最大で2日だ」
イングリット達は最初からこの街に立ち寄る予定ではあったが、食料等の補給を済ますだけの予定だった。
ヨールの件があるので街で行う用事は増えたが、それでも2日あれば十分だろう。
「了解した。入場を認めよう。一応規則だから言うが、北の国境付近には近づかないように」
「わかった」
イングリットが頷くと男性軍人は道を開けるように、ラプトル車から離れる。
門を潜る前にイングリットは一般庶民用の列を確認すると、ヨールのラプトル車は最前列まであと6組ほどまで進んでいる。
これなら商人組合に直接行っても良いだろう、と判断。
「すまない、商人組合は街のどこにある?」
「商人組合は街の東側だ。このまま中央通りを進んで、最初の十字路を東に向かえばすぐに分かる」
「助かる。ありがとう」
イングリットは男性軍人に商人組合の場所を聞いた後に街へと入場していった。
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