41 4人PTの初戦闘 2
「クソッ! クソッ! 来るんじゃねえ!」
1人残った傭兵は仲間達の無残な殺され方を見た事で心が恐怖に支配されていた。
片手に持った鉄製の長剣を無茶苦茶にブンブンと振り回し、キラージャッカルが近づかないよう牽制する。
しかし、その牽制が効くのは目の前で対峙している2匹だけだ。
残りの3匹はゆっくりと獲物である傭兵の側面とに回り込んでいるが、恐怖で支配されて冷静さを失った彼の目には映っていない。
「ぎぁあ!」
側面に回り込んだ1匹が傭兵の足首へと噛み付く。その隙に回り込んでいた他2匹は背後へと駆けて行った。
キラージャッカルの得意とする包囲一斉攻撃の準備が整い、正面の2匹と背後に回った2匹が同時に地面を駆け、飛び掛ってくる。
残った最後の傭兵の命もこれまでかと思われたが――
「シールドキック!」
「双剣きっく!」
後方より走ってきたイングリットが傭兵の正面へと割り込むように飛び込みながら、飛び掛ってきた2匹の内1匹へケンカキックをぶちかまして体の骨を粉砕し、もう一匹は大盾で飛び掛りを防ぐ。
背後にいた2匹にはメイメイが対処する。彼女は近くにいた1匹を蹴りで吹き飛ばしながら、体をクルリと回して双剣でもう1匹の首を刎ねる。
「こんなMOBもロクに倒せねえとは……」
イングリットは正面に大盾を構えながら「やれやれ」と首を振る。
「確かに~。初心者用のMOBなのにね~?」
メイメイは蹴りで吹き飛ばしたキラージャッカルの腹に双剣を突き刺してトドメを刺し、頬に返り血をピチャッと浴びながら苦笑いを浮かべた。
「あ、あんた達は……」
足首に噛み付かれた傭兵はその場に崩れ落ち、正面にいるイングリットを見上げるように呟く。
「邪魔だから後ろのラプトル車へ行ってろ」
イングリットが振り向かずに告げると、傭兵はズルズルと体を引き摺りながら匍匐前進で後ろへと下がって行った。
「ヘイトスキルを使うまでもねえか。メイ、1匹ずつだ」
「わかった~」
イングリットは傍に落ちていた死んだ傭兵の剣を拾い、キラージャッカルへ投げる。
それは避けられてしまったが最初から当てるつもりはなく、睨み合いは続けるつもりはない、逃がすつもりはない、という意思表示だ。
そう示す事で彼らも「逃げれば背中からやられる」とわかっているのか逃げる事無く立ち向かってくる。
「こいつら、ほんと数が少なくなると玉砕覚悟で突っ込んで来るよな」
イングリット達の基準でだが、キラージャッカル1匹1匹はそこまで強くない。
強みは集団で狩りをする連携だけだ。故に、集団から個へ変わると諦めなのか、狩人としての意地なのか、極度に行動パターンが減って真正面から噛み付こうと突っ込んで来るのだ。
横飛びで回避したキラージャッカルはそのままリズムに乗るようにイングリットへ飛び掛ってくる。
それを知っているイングリットは口を開けて飛び掛ってきたキラージャッカルの上顎ごとガントレットを装着している手で掴む。
捕まれたキラージャッカルは逃げようと手を噛むが、牙はガントレットの装甲にはビクともせず。イングリットに地面へ叩きつけられた後に、大盾の下部にある尖った部分を腹に捻じ込まれて絶命した。
「うわ~。リアルで見るとエグいね~」
イングリットの行動を横目に見ていたメイメイはそう言うが……。
「いや、お前の方がエグいよ」
メイメイは口を開けて飛び掛ってきたキラージャッカルの口へ双剣の刃を突き刺し、串刺し状態にしながら顔をイングリットへ向けていた。
「終わった?」
イングリットはケンカキックで吹き飛ばした最初の1匹に念の為拾った長剣を突き刺していると、背後から声が掛けられる。
振り向くとクリフとシャルロッテが2人のもとへと歩み寄って来た。
「おう。そっちは?」
「シャルロッテちゃんが凄かった」
イングリットはクリフの言葉を聞いて「ほう」と小さく言葉を漏らし、メイメイは「は~」と口を開けながら驚いていた。
彼は過去の経験から相手をお世辞で褒める際は角が立たないように言葉を選んで並べる。
クリフが短い言葉で相手を褒める時は心の底から正直な感想を言っている時だ。2人はそれをわかっているからこその反応だった。
「どう凄かったの~?」
「呪いが使えるって言ってたでしょ? 呪いを無詠唱で使って、1人で素早さのステゼロ現象を起こしてたよ」
「嘘ぉ!?」
クリフの言葉にメイメイは目を見開きながら驚く。
シャルロッテが無詠唱で呪いを使える事を知っていたイングリットもステータス低下による状態異常を引き起こしたと聞けば、兜の下で驚きの表情を浮かべていた。
「何だかよくわからんが、妾すごいであろ? 褒めるがよい!」
「すご~い! 普通は何人かで重ね掛けしないとできないんだよ~!」
「んふふ! んふふ! 妾、すごいのじゃ! すごいのじゃぞ~!」
シャルロッテとメイメイは手を取り合い、クルクルとその場で回り始めた。
「実際どうなんだ?」
その横ではイングリットがクリフへそっと問いかける。
「……言った事は全部本当。彼女、呪いに関してはプレイヤーと比べても上位に位置するね。少なくとも無詠唱で呪いを掛けられる時点で彼女の評価は高いよ。それに加えて1人でのデバフ重ね掛けだからね」
もうデバフに関してだけで言えば、全プレイヤー内でも5本の指に入るだろう、とクリフは評価する。
「これは本当に私達のパーティの穴を埋める逸材かもね」
ガチガチタンクのイングリットが全員を守っているが、シャルロッテがデバフで相手を縛ることでイングリットの負担が減る。
そうなればパーティの生存率はグッと上がり、クリフは回復魔法の頻度を落として攻撃魔法を使えるし、相手が受けたデバフの影響は物理アタッカー担当であるメイメイにも大きなアドバンテージを与える。
育成失敗と呼ばれたり、純戦闘職でもない者達で構成される3人には心強い新メンバーと言えるだろう。
「そうか。わかった」
思わぬ拾い物に拾った(助けた)イングリットもパーティの戦力増強に驚きながらも嬉しく思っていたが、素っ気無い言葉を短く呟きながらクリフに背を向けてその感情を隠した。
戦闘訓練等をしている間は素直に褒められるのに、いざ面と向かって褒めようと思うと言葉にできないイングリット。
「クールぶっちゃって。素直に喜べば良いのに」
「ツンデレドラゴン~?」
ぷぷーと噴出す口に手を当てながらクリフは背を向けたイングリットへ指さし、途中から話を聞いていたメイメイもニコニコしながらからかった。
「お前ら……!」
「つんでれ、とはなんじゃ?」
背を向けながらぷるぷると震えるイングリットと知らない言葉に首を傾げるシャルロッテだった。
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「あ、あのぅ……」
話し合っていた4人の背におずおずと話しかけて来たのは襲われていた商人であるヨール。
彼は頭に生えた犬耳をぴくぴくと動かしながら未だ体を震わせていた。
声を掛けられた4人が一斉に振り向くと、彼は慌てて頭を下げる。
「助けて頂き、ありがとうございました」
「報酬を貰うと約束したんだ。礼はいらん。怪我はないか?」
イングリットがそう返すと彼は頭を戻し「大丈夫です」と言った。
「報酬なのですが……何を渡せばよろしいのでしょう?」
「金で頼む。無ければ物でも良い」
「お金ですか……。今、手持ちは少ないですが街に行って商人組合に行けば多少は下ろせますが……」
今持ってるのはこれだけです、とヨールは肩から掛ける革製のカバンから紙幣を取り出した。
現状、彼が持っている金額は5万エイルと少し。
魔王都で仕入れや傭兵の雇用契約金を払ってしまったので商人とは思えない程に手持ちが少ない。
「それでよい。お主らが向かうのはアポス伯爵領地の街か?」
イングリットが「5万だけか……」と小さく呟いた横から前へ躍り出たのはシャルロッテ。
「はい。皆さんも目的地はアポス伯爵領の街ですか?」
「そうじゃ。そこまで護衛をしてやるから、ついでに商人組合への取次ぎも頼むのじゃ」
「え! 本当ですか! それは助かります!」
護衛も引き受けるという言葉にヨールの顔色は少し良くなった。
一方で、街までの護衛を引き受けると勝手に申し出たシャルロッテはヨールに背を向けてパーティメンバーへ己の考えを話す。
「どうせ行く先は一緒なのだから同行した方が良い。後で街で待ち合わせにしては、こやつ等途中で死んでしまうじゃろ。それに商人組合に取次ぎをさせて、今回の事を話させれば組合からの信用度も増すじゃろ。悪いようにはせんから、妾に任せるのじゃ」
どうにも世間に疎い3人に任せてしまうと恐喝やら虚偽やら――力任せのゴリ押しで話を進めてしまうのでは、と思ったシャルロッテは交渉役を買って出た。
「良いだろう。お手並み拝見といこうか」
コソコソ、と4人は円になって顔を寄せ合いながら話し合う。
イングリットの了承に続き、クリフとメイメイも無言で頷く事でシャルロッテの案は可決された。
「じゃあ俺はキラージャッカルの魔石を採取してくる」
「私も少し試してみたい事があるから、シャルロッテちゃん頼むね」
「僕も魔石取るの手伝う~」
そう言ってその場から離れて行く3人。
「わかったのじゃ」
シャルロッテは彼らを見送りながら腰に手を当てて溜息を吐く。
「あの、皆さんは傭兵ですか?」
そんなシャルロッテへヨールが問う。
「ん? 傭兵ではないのじゃ。妾はシャルロッテ・アルベルト。アルベルト家の次女で今は当主じゃ」
シャルロッテの身分を聞いたヨールは、少し顔色が良くなってきていたにも拘らず、再び血の気が引いていく。
「き、貴族様でしたか! も、申し訳ありません! 失礼な態度と言葉を……! 申し訳ありません!」
この世界の貴族には自分達を上級民だと言って庶民を見下し、気に入らない者がいれば国や城にいる魔王にバレないよう罰や私刑を与えるという愚か者も多い。
魔王のお膝元である魔王都では横暴な貴族に歯向かう者もいるが、大体の者は貴族に対して「逆らえない」という考えを持っている庶民が多い。
ヨールもそんな庶民の1人だ。
「よい。そんなに怯えるでないのじゃ」
「あ、ありがとうございます」
そんな貴族達を知っているシャルロッテは自分は違うと示す。
「彼らが戻って来る間に出発する準備を整えるのじゃ」
「は、はい!」
読んで下さりありがとうございます。
本格的にストックが切れそう。次の投稿は金曜日の夜です。




