40 4人PTの初戦闘 1
行商人の青年――名はヨールという。
彼はどこにでもいる、普通の行商人だ。
種族は亜人であるコボルド族。茶色の髪と頭に生える犬耳、尻尾は髪と同じく茶色の毛が生えている。
歳はまだ若く、魔王国と亜人の国の中間にあった村の出身だ。
あった、と過去系なのは人間とエルフの度重なる侵略で、魔王国と亜人の国は人口が減少し続けており、過疎化が進んだ出身の村が近くの街に吸収合併されて廃村となったからである。
廃村になった際、ヨールは『金持ちになって良い暮らしをする』という一大決心を胸に魔王都へ上った。
若さ故の全く計画性の無い行動を起こしたヨールであったが魔王都に到着すると運良く商人組合に所属している商店に売り子として雇ってもらえた。
真面目に働き続け、商店の店主の推薦で商人組合の行商人となったのはつい1年前のことだ。
1年間の行商生活は順調。怪我も無く、安全第一で仕事をしてきた。
今日も魔王都でしか手に入らない薬や日持ちする食料を仕入れ、傭兵組合で護衛を3人程雇って北西にあるアポス伯爵領地の街へ向かう、いつもの行商ルートを行くつもりだ。
魔王都で仕入れのトラブルも起きなかったし、傭兵組合で護衛を探すのもいつもよりスムーズに終える事が出来た。
これならば4~5日程度でアポス伯爵領地に入領できるだろう。
今回の行商を終えたら、南にある海沿いの街へ向かおう。そこで少しばかり休暇を取りながら商人組合の依頼をこなそう、なんて考えながらラプトル車を走らせていたのだ。
魔王都を出て、2日経った今日までは。
「魔獣だ!」
ラプトルに跨りながら先頭を走っていた傭兵が後ろを振り返りながら叫ぶ。
(ゴブリンかな?)
魔王都の商人組合で、魔王都周辺に生息するゴブリンの活動が活発になっているとの噂は聞いていた。
ゴブリンの小規模な群れ――5~6匹程度を指す――であれば、今回雇ったBランクの傭兵3人で十分対処できる。
そう楽観していた行商人の青年は先頭を走る傭兵が発した言葉を聞いて絶句する。
「キラージャッカル! 小規模な群れだ!! 4匹いる!!」
キラージャッカルといえば常に群れで動く頭の良い犬型の魔獣だ。
しかし、傭兵組合や商人組合の情報ではキラージャッカルの生息地は魔王都から南とされており、未だ魔王都の領地内である現在地で出会うのは稀有なケースと言える。
稀有だといっても最悪な方であるが。
「マズイ! 俺達じゃ手に負えない! 全速力で逃げるしかない!!」
傭兵達が叫ぶ通り、キラージャッカルの群れはBランク傭兵3人では到底手に負えない。
現状で対峙すれば必ず死人が出るのは、キラージャッカルの凶悪さを酒場でよく耳にしていたヨールも簡単に理解できた。
「逃げろ! 逃げろ!!」
傭兵達もヨールも、血相を変えてラプトルの腹へ鞭を打って速度を出すよう促す。
ガタガタの土と石しかない荒野を全速力で走らせ、ワゴンの中にある食器や焼き物類がぶつかり合ってガチャガチャと音を鳴らしているようであるがお構いなし。
荷が壊れようとも、大事なのは自分の命だ。
キラージャッカルが背後から追いかけて来ているのを、傭兵達の叫び声で確認しながら進み続ける。
たった今走っている街道の先――道の小脇に大きな岩と、旧時代の遺跡の残骸が土に埋まっているのが見えた。
どこまで逃げれば諦めてくれるのか、と思っていると大きな岩と遺跡の残骸の横を通った先頭を走る傭兵が絶叫を上げながら宙を舞った。
目の先で宙を舞う傭兵と地面に倒れ込むラプトル。それを見たラプトル車のラプトルも雄叫びを上げながら急停止してしまう。
体が前に飛んでいかないよう踏ん張りながらも何事か、とヨールが混乱していると耳に届いたのは横を併走していたもう1人の傭兵の叫び声。
「キラージャッカルだ!! 待ち伏せされた!!」
「ちくしょう! アレックス!!」
待ち伏せによる奇襲でラプトルから体を投げ出され、宙を舞った傭兵は地面に倒れ込んだが、そこへキラージャッカル3匹が一斉に群がる。
3匹は傭兵が腰に挿している剣を抜かせまいと、1匹が首に食らいつき、2匹目が手首へ牙を立て、3匹目がツメで顔を抉る。
「ぎゃああああ!!」
3匹に襲われた傭兵は絶叫を上げながらバタバタと暴れるが、首を噛み千切られた事で首から血を噴出し、動かなくなる。
暴れるラプトルをどうにか制御しようとしながら、傭兵が絶命する様子を間近で見ていたヨールはガタガタと震えて顔が真っ青に変化した。
「この野郎ォォォ!」
「待て! やめろ!!」
仲間を殺された事で激昂した傭兵はラプトルから飛ぶように降りて、仲間の静止に耳を貸す事無く腰の剣を抜いて斬りかかる。
しかし、相手の数は7匹。
渾身の力で振り下ろした剣は呆気なく避けられ、首と手首を横と真後ろから飛び掛ったキラージャッカルに食いつかれた。
悲鳴を上げている間に更に3匹のキラージャッカルが飛び掛り、飛び掛られた衝撃で地面に倒れ込むと貪るように体の肉を食われてしまう。
血の気が引いたヨールはキラージャッカルの食事風景を見ながらガタガタと震えるだけ。
襲われないのはヨールと残り1人の傭兵が脅威じゃないと判断されたからだろう。
「に、逃げ、逃げなきゃ……」
すっかりと怯えてしまったラプトルの手綱を握り直し、震える手で来た道を引き返そうと手綱を横へ引っ張る。
その動きを見逃さなかった1匹のキラージャッカルが食事中の群れへ吼えると、口を真っ赤に染めながらヨールと残りの傭兵へ顔を向けた。
「あ、あんたは逃げろ!」
「ひい、ひいいい!」
生き残っている傭兵が剣を抜いて威嚇し、時間を稼ごうとするも人生最大級の恐怖に直面しているヨールの心はポッキリと折れてしまった。
頭に生えている犬耳をペタンと降ろし、情けなく悲鳴を上げながら涙を流す。
もう終わりだ。自分の人生はここで終了。金持ちになるという夢も叶わず、惨たらしく魔獣の餌になるのか。
しかし、絶望に染まったヨールを神は見放さなかった。
「おい! 助けがいるか!?」
ヨール達の背後から、とんでもない大声が掛けられたのだった。
-----
「だずげて!!!! 助けてぐだざああああい!!!」
イングリットがインベントリから取り出した『シャウト用メガホン』を使って問いかけると、前方に停まっているラプトル車から、必死で叫んでますよと言わんばかりの大声が返された。
「報酬を貰えなきゃ助けない! どうだ!」
が、イングリットは極めて冷静だ。己の要求をメガホンを通して再び叫ぶ。
助けた事による報酬を本人から頂き、商人組合からも組合員を助けた報酬を頂こうという寸法だ。
(が、がめついのじゃ……!)
絶対タダでは働かない。毟れるのであればケツの毛まで毟る。金銀財宝大好きなイングリットの容赦無い仕打ちであった。
「払いまず!!! 払いまずがらああ!!」
助けて、助けて、と叫ぶ声を聞いてイングリットはラプトル車から降りる。
「よーし! 聞いたなお前等!」
「ういー」
「あい~」
イングリットに続き、クリフとメイメイもキャビンの扉を開けて姿を現した。
「鬼かお主!」
「いや、竜だ。ンな事より、いつも通り俺は突っ込む。メイは俺の後ろに続け。クリフとシャルロッテは回り込んで来るヤツに警戒しながら来い」
イングリットは最後に降りてきたシャルロッテのツッコミへ短く返しながらも、パーティメンバーへと指示を出した。
「あい~」
「ういー」
いつも通り。細かく指示を出さずとも十分。
長い付き合いの3人は誰がどんな動きをしようとも各自アドリブで対処できる。キラージャッカル程度ならば気を張る必要すら無かった。
「シャルロッテちゃんは私と一緒に行くよ。回り込んで来るキラージャッカルに呪いを使えたら使ってくれる?」
「……わかったのじゃ」
シャルロッテは、まるでキラージャッカルが回り込んで来るのが当然かのように告げるクリフに違和感を覚えながらも了承する。
「行くぞ!」
インベントリから取り出した大盾を構え、イングリットは地面を力強く踏みしめながら群れへ突っ込んで行く。
「キラージャッカルの肉っておいし~?」
イングリットの背に続くメイメイはインベントリから双剣状態の『ジェミニ』を取り出して着いて行った。
「キラージャッカルは痩せてるから美味しくないよ!」
クリフも杖を取り出して走って行くメイメイに肉の採取はいらないと伝えながら、シャルロッテと共にゆっくりとした足取りで向かう。
「お主ら、何でそんなに余裕なのじゃ……」
「いやだってキラージャッカルって初心者用の魔獣だしねぇ。群れで動いているけど、行動パターンは限られているんだ。ほら、コソコソしながら私達の背後に回り込もうとしてるでしょ?」
クリフの指を指す先には姿勢を低くして気配を殺しながらソロソロと動く2匹のキラージャッカル。
本当に回り込んで来た、とシャルロッテが驚いていると気付かれたのを悟った2匹のキラージャッカルが猛スピードで突っ込んで来る。
「来たのじゃ! 『来るでない!』」
シャルロッテは2匹に気付くと紫色の瞳を怪しく光らせて、無詠唱で呪いをお見舞いする。
彼女と目が合った2匹は『鈍化』の呪い――所謂ステータスで言うところの『素早さ低下』を受けてしまい、風を切るように動かしていた足がズルズルと重くなるように動きも遅くなる。
しかも、シャルロッテの呪いは『動きを遅く』するだけでは留まらず、2匹の動きを完全に停止させるまでに至った。
(すご……。無詠唱のデバフ魔法……? よくわからない形の術式が2匹に吸い込まれていったけど……。ステータスを極限まで低下させた? 動きを完全停止させるなんて……)
クリフの持つ魔導魔眼に映し出された光景は信じられないものだった。
見た事が無い文字で見た事が無い形――無限大のマークのような術式がシャルロッテから放たれ、それが2匹の体に撃ち出されたのだ。
術式が着弾すると、相手の勢いは徐々に弱まり、完全に停止するという挙動。
これはゲーム内にあった『ステータス値ゼロ』の挙動だ。今回の現象は素早さのステータスがゼロになった事で、動けなくなった状態『完全停止』と呼ばれる現象と同じだった。
(ゲーム内でステゼロ現象を起こすにはデバッファー3人で重ね掛けが必要なのに)
最早驚愕を通り越して困惑してしまう。
クリフは「何なんだこの子は」と目を見開きながらシャルロッテを見つめた。
「動きを封じている間に倒すのじゃ!」
「あ、ああ。ごめんごめん。魔導の2、ファイアジャベリン」
シャルロッテの叫びで我に返ったクリフは魔法を半詠唱で発動させる。顕現した炎の槍が2匹へ向かっていき、着弾すると2匹纏めて炎の渦に飲まれて黒コゲになった。
「な、なんなのじゃ!? すごい威力の魔法じゃぞ!?」
初めてクリフの魔法を見たシャルロッテは、数秒前のクリフと同じように目を見開いて黒コゲになった2匹を指さしながら驚きの声を上げる。
(驚きたいのはこっちだよ……)
クリフは「すごいのじゃ、すごいのじゃ」と叫ぶシャルロッテを余所に、彼女の戦闘面での評価を大いに上昇させた。
読んで下さりありがとうございます。
次の投稿は火曜日の夜です。




