39 冒険者の心得 2
オークとゴブリンに襲撃された村を越え、次の村を通り過ぎてから更に3時間ほど走った地点でキャンプとなったイングリット達。
夜にはテントに魔獣避けの鈴を設置しつつ、2人1組で火の番をしながら交代で就寝というルールになっていた。
イングリットの采配によって最初の番であるシャルロッテはクリフの横に座りながら、焚き火がパチパチと音を立てながら爆ぜるのを膝を抱えながらじっと見つめていた。
「飲む?」
シャルロッテの横で2つのコップにお茶を注いでいたクリフは、片方のコップをシャルロッテに差し出すと彼女は黙ったまま頷き、コップを両手で受け取った。
しばしの沈黙が場を支配し、最初に口を開いたのはシャルロッテ。
「……ごめんなさいなのじゃ」
「昼間の?」
オークとゴブリンに襲われた女性達を殺せ、とお願いした件だろうとクリフはすぐにわかった。
何故ならクリフは、彼女があの後から今までずっと黙って苦悶の表情を浮かべながら何かを考えているのを見ていたからだ。
「お主に殺させようとしたのじゃ。妾の手を汚さずに、代わりにさせようとしたのじゃ」
クリフの推測は正解だったようで、シャルロッテは小さな声で呟いた。
「ごめんなさいなのじゃ」
「別に怒ってはないよ? というか、イングリットもメイメイも怒ってないね」
クリフは特別怒りを感じてはいない。
長い付き合いだから分かるが、イングリットとメイメイも特に怒りを感じてはいないだろう。
誰だって楽な道があれば、そちらに行きたくなるのが道理だ。それは自分だってそうだろう。誰しも強くその道を選ぶまいと思っていても頭の中に少しは過ぎるはずだ。
それはシャルロッテや自分だって、他の2人も同じだ。
今まで頼る事や家の者に命令するのが普通だったワガママなお嬢様が、いつもの行動を取っただけだとクリフ達は察している。
むしろ、素直に謝ってきた事にクリフはシャルロッテの評価を改めた。
彼女と出会い、イングリットから事情を聞いた時は『未知なる魔法を使う、わがままな箱入り娘』くらいの評価だったが、今をもって『少しワガママだけど素直で世間知らず』くらいには評価が向上している。
「君は弱者を助けたいの?」
「父上……家族は皆そうしてたのじゃ」
「そう。でも、私達は君の家族とは違う」
ビクリとシャルロッテの肩が震えた。
「私達は冒険者だからね」
ふふ、と微笑みながらクリフは言う。
「冒険者……」
イングリットとの2人旅をしていた時から聞かされていた肩書き。
神話戦争で神が負けてからこの世より消えた職業の1つ。
「そう。冒険者。私達は冒険者だから自由だ。何を求めるか、誰を救うか、どんな行動をするのか。私達を縛るものは何も無い」
真の自由を求め、己の心のままに行動するのが冒険者。
未知を探求するも良し。国を救って英雄になるも良し。美味しい料理を食べさせて、客を幸せにするのも良し。
自由。何をするも自由なのが冒険者。
「私達は私達の行動を、考えを尊重する。でも、何があっても自分達の責任。故にリスクを常に考える。リスクを侵して得る物が釣り合っている物なのか、常に考える」
故に、イングリットはタダでは動かない。彼は特に最前線に立つ者だからこそ、リスクと報酬を天秤に掛ける。
メイメイだってそうだ。自分の命を晒して己を守る仲間のリスク、自分の作品が傷付くリスクを考える。
クリフも同様。イングリットの命、メイメイの命、仲間の命と自分の命を天秤に掛けて得られる物が釣り合っているのかを考える。
故に、彼らはタダでは救わない。
仲間の命、自分の大切な装備、必死に苦労して得た物の値打ちをタダにする訳にはいかないからだ。
イングリットがシャルロッテに『何の得があるのか』と言ったのはその点があるからだった。
「だから、私達に何かを求めるならメリットを提示しないとダメだよ。私達が被るリスクに値する報酬を、ね」
「リスク……報酬……」
「うん。シャルロッテちゃんも私達と一緒に行くなら、ちゃんと考えてもらわないとね。私達の命の値段と、自分の命の値段を。その上で……仲間として提案するのか、同行者として提示するのか。ちゃんと選ぼうね」
仲間として、パーティの利益になる提案をするのか。
依頼人として、パーティを動かす報酬を提示するのか。
どちらにせよ、命の値段をしっかりと考えた上で判断しなければならないのは同じ事だろう。
「わかったのじゃ」
シャルロッテはクリフの説明を理解し、強く頷いた。
彼女はワガママで箱入りのお嬢様、お姫様かもしれないが馬鹿じゃない。
クリフも彼女の真剣な表情を見て、満足気に笑顔を浮かべた。
「ふふ。まぁ、大丈夫だよ。誰かさんは結局、ニュービーに甘いから」
火の番の組み合わせを決めたのはイングリットであり、彼は何も知らない者へ頭ごなしに怒るほど心は狭くない。
彼はクリフに『冒険者のルール』を説明しろ、と暗に言っていたのだ。
自分が説明するよりも元女性であるクリフに頼んだあたり、シャルロッテには多少なりとも気を使っているのだろう。
「ニュービーってなんじゃ?」
意味がわからないシャルロッテは首を傾げる。
テントの中で目を瞑っていたイングリットは、隣に寝ているメイメイに足でふとももをツンツンされながらモゾリと体を動かした。
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夜が明け、朝食やトイレを済ませれば再び目的地に向かって出発。
相変わらず何も無い、風で土煙が舞い上がるだけの道を走っているとキャビンの中で本を読んでいたクリフの体がピクリと動いた。
昨日と同じようにキャビンの窓を開け、頭を出しながら前方を見つめる。
「イング」
全く同じやり取りを行い、イングリットがラプトル車を停めて望遠鏡を覗きながら口を開く。
「あれは……商人? ラプトルの……いや、帆馬車か? ワゴンに荷物を積んでるな……。周りは護衛らしき死体が1、2……。とにかく、行商人みたいなのが魔獣に襲われている。数は7。魔獣は……キラージャッカルだな」
街道の小脇に大きな岩と何やら遺跡の残骸のような、折れた柱や壁が土に埋まっているオブジェがある所でワゴンを囲むキラージャッカルと魔族との戦闘が繰り広げられていた。
キラージャッカルは魔王国領土内に幅広く生息する犬型の魔獣だ。
ゲーム内では初心者向けの魔獣であるが、キラージャッカルは頭が良く常に群れで獲物を襲う。
奴等は前衛と中衛というような役割を群れの中で持っており、前衛がプレイヤーを引きつけている間に中衛が背後に回り込んで殺しにかかってくる。
何も知らない初心者は弱い犬系魔獣と侮り、奴等の群れによるロールプレイに沈む。
キラージャッカルとの戦闘でロールという大事なモノを知る為の、初心者時代に誰もが一度は経験する出来事だ。
「まぁスルーだろ」
初心者向けの魔獣なのでゴブリンやオーク同様、獲れる素材の価値は低い。
イングリット達だけであれば見て見ぬフリをして先を急ぐが――
「ワゴンの帆に何かマークはあるかの?」
昨日と打って変わって冷静な面持ちなシャルロッテが連絡用窓に顔を近づけながら問いかけた。
「あ~……。丸の中に……天秤のマークが描かれているな」
「そのマークは商人組合のマークじゃ。助けるのじゃ」
望遠鏡を覗くイングリットが帆に描かれたマークを答えると、シャルロッテは真剣な表情で即答した。
「何でだ? 助けて、俺らに何の得がある?」
「得はあるのじゃ。そのマークをつけたワゴンは商人組合直属の行商人なのじゃ。彼らを助ければ商人組合に恩が売れる。商人組合に恩を売れれば、商人組合を通して売買しやすくなるのじゃ」
魔王国商人組合。
それは各街に存在する行政組織だ。
「普通の店では買えない物や貴重な物を手に入れたい時は商人組合か傭兵組合に頼るのじゃ。しかし、お主らは傭兵組合に登録したくないのじゃろ? ならば、商人組合とは仲良くしておいた方が良い。恩を売れば何かと融通してくれるのじゃ」
それに、とシャルロッテは言葉を続ける。
「イングリットは宝物庫から宝石類や金貨も盗んできたであろう? それらは街にある商会よりも行政である商人組合が少しだけ高く買い取っているのじゃ。金や宝石は亜人国との支払いでも使えるからの」
他にもマジックウェポン等の装備品も商人組合が買取の管轄だと言う。
ダンジョンや敵地で得られる物――イングリット達が手に入れやすい物は商人組合で売るのが一番だと彼女は言うのだ。
しかし、行政組織である商人組合で売ろうにも現状国が侵略を受けている状態なので戦争に対して使える物は『国家の危機』という名目で安く買い取られてしまう。
勿論、街にある商会でも売れるが高価な物は資金不足で買い取り拒否される場合もあるし、買い取ってもらえても買い取った商会は結局商人組合へ卸すのでその分もっと安く見積もられる。
つまり、何をどうしようが結局は商人組合に行き着く。それ故に安く買い取られる中でも多少マシな組合へ直接持って行った方が利口というわけだ。
「じゃが、安く買い叩かれるのを回避する方法があるのじゃ」
商人組合が発行する『信用証』という証書。これは商人組合のみでしか売買できなくなるが、商人組合が安く買い取られる事無く、行政組合相手に直接交渉できる権利書でもある。
発行されるには厳正な審査があるが、一度それを得られれば『国の危機』という強権を適応せず、ちゃんとした金額で取引を行ってでも離したくない相手へ発行する証だ。
「信用証を手に入れられれば直接取引もできるし、国との取引相手と認められている分、値段交渉もしやすいのじゃ。この信用証発行には様々な条件があるが、先ずは組合に所属している商人からの口利きが無ければダメなのじゃ」
これは貴族であろうが一般庶民であろうが条件は同じ。
行政組織である故に差別は無く、組合延いては国に利益を齎す者にしか発行されない。
第一条件に所属している組合員からの口利きや信用(恩)が必要で、紹介した商人も審査に掛けられて問題があればペナルティが発生するので簡単にはいかない。
「なるほどねぇ……」
光モノ大好き、お金大好きなイングリットは腕を組みながら考え始めた。
(それに、行政である商人組合に売れば軍へ供給されるのじゃ)
イングリット達は国の為に戦う気は無いというのはシャルロッテも理解しているし、魔王から強制しないとのお墨付きもある。
しかし、彼らが不要としたマジックウェポンや金銀財宝を商人組合を通して売ればそれらは軍に行き着く。
マジックウェポンならそのまま軍の装備に、金銀財宝ならば砦の修復費やその他諸々に。
そうすれば軍が強化され、大陸戦争も勝てるかもしれない。
彼女の提案した商人組合での売買という内容に嘘は無い。
イングリットの性格からして売買取引には妥協しないタイプだと読んでいる。
生きるには金が必要だが、自分達が命を張って得た物を安く買われるなど耐え難いだろう。しかし、信用証が無ければ生きる為に売らざるを得ない。
昨晩クリフから教えられたルール。
シャルロッテは目の前で死にそうな者を助ける為に、パーティの利益になる事を示したのだ。
目の前の弱者を助ける事ができ、イングリット達は有利な取引を行う事ができる。さらには商人組合を通して軍に何かしらを供給する事ができれば、魔王と4将に恩も売れる。まさに一石二鳥どころか一石三鳥。
(これなら父上達のように民を救えるし、オマケに妾の待遇も揺ぎ無いモノになるのじゃ!)
家族のしていたような正義の行いもする事ができ、国から齎される自分への保障も厚くなる。
なんて良いアイディアが浮かんだのだろうか。さすが妾! ちょー天才美少女! と内心自画自賛。
補足しておくが、彼女が商人を助けたいという気持ちは純粋なモノだ。
イングリット達に利益を示そうと考えている間に魔王や4将に恩が売れる事を思い付いて、10年に1度の名案を思い付いて舞い上がっているだけである。
「俺は助けようと思うが、どうする?」
イングリットはシャルロッテの読み通りの答えを出し、キャビンの中にいるクリフとメイメイへ問う。
「僕はみんながやるならやる~」
「私も構わないかな。商人組合とのパイプは持っていた方が良さそうだ」
「やったのじゃ~!」
2人が救う事に賛成を示すとシャルロッテは笑顔を浮かべながら両手を上げて喜ぶ。
そんなシャルロッテの喜び顔にクリフはそっと顔を近づけて、耳元で「正解」と囁いた。
読んで下さりありがとうございます。
明日は夜に投稿します。




