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38 冒険者の心得 1


 魔王都から北西に向かって4時間の地点。


 360度緑色の景色は存在しない、荒野の中に敷かれた街道を行くラプトル車。


 街道を突き進む2匹のラプトルを操る為の手綱を握り、運転席に座っているのはイングリット。


 彼は背後を振り返り、キャビン内とのやり取りをする為に備え付けられた大きめの連絡窓から中にいるパーティメンバーへ問いかけた。


「この道で合ってるんだよな? 見渡す限り何も無いんだが」


 傭兵組合でメイメイの登録を抹消した後に、魔王都でラプトル車を取り扱う商会に立ち寄ってから在庫のラプトル車を購入。


 その後、すぐさま魔王都を出発して北西を目指したのは良かったが、行けども行けども目に映るのは荒れた大地のみ。

 

 さすがに目印となる何かが見えなければ不安になってくる。


「私が情報収集した時は、魔王都から4時間くらい北西に進むと小さな村があるってキャラバンの人が言ってたから……たぶん、もうすぐ見えてくると思うんだけど」


 クリフが北西にある神殿の情報を調べている際、有力な情報をくれたのは魔王国内を旅して商売を行っているキャラバンに所属している者だった。


 情報をくれた彼が言うには魔王都から4時間北西に進むと小さな村があり、そこから更に6時間進むとまた小さな村があり……小さな村を目印に北西へ向かって行くと貴族の治める街に辿り着く。


 その街から北に向かえばエルフ領との国境守護の砦がある。ゲーム内で言えば北西戦線――メイメイがこの世に降り立った場所に向かえるとの事だ。


「僕が魔王都に来る時、大きな街と村に立ち寄った~」


 ゲーム内のように目的地へファストトラベルできれば簡単な話だが、ここは現実世界なのでそうもいかない。


「こっちに来てから北西戦線へ実際に行ったのはメイだけなんだ。頼むぞ」


 地図や聞き込みの情報、実際に行った事のある仲間の証言が頼りだ。


「シャルロッテちゃんは行った事無いの?」


「妾は領地から出た事が無いのじゃ……。しかし、北西の街を治めているのはアポス伯爵という者じゃ。大層な臆病者らしく選りすぐりの私兵で屋敷を常に囲んで警備させている、大陸戦争に私兵を出したがらない、と他の貴族に馬鹿にされていたのじゃ」


 国境にある砦へ侵略して来る人間とエルフに怯えている小心者。


 国境の砦が落ちれば次は自分の領地が蹂躙されるというのに、砦への派兵は最小限で魔王都にいる軍頼み。常に自分の周囲を警備で囲んで常日頃から屋敷の外にも出ないという噂だ。


「まぁ、俺等には関係ねえな。街に着いたら補給はするが、滞在は1日が精々だ。貴族に接触する事なんて無いだろうよ」


「確かに~。さっさとクエストクリアしたい~」


「そうだね。……ん?」


 4人で会話をしていると、クリフが何かに気付いたようだ。

 

 彼はキャビンの窓から顔を出して前方を見つめ、探知の魔法を発動させた。


 探知魔法を発動させたクリフを見たイングリットはラプトル車をその場に停めて、インベントリから望遠鏡を取り出して魔法のレンズ越しに前方を探り始めた。


「イング。見える?」


 クリフが探知魔法で見つけたのは複数の魔獣と魔族らしき反応。


 特に魔獣の反応は50を越える大群だった。


 探知魔法は反応は探れても現場の状況は見る事が出来ない。故に、魔法のレンズを装着した望遠鏡を持つイングリットへ問いかけた。


「ああ。村が襲われているな」


 望遠鏡越しに見えたのはオークとゴブリンが小さな村を襲っているところであった。


「美少女はいそう?」


 クリフは真剣な表情でイングリットへ問う。


「あ~……わからねえけど、襲われて結構な時間経ってるっぽいぞ。家のほとんどが半壊してる。終わった(・・・・)後だな」


 イングリットの目に映るのは壊れた家や背中に槍が刺さった状態で地面に倒れる魔族の死体。

 

 そしてオークとゴブリンに髪や足を引っ張られながらどこかへ連れて行かれる複数の女性達。


 女性達は一様に衣服を纏っておらず、泣き喚く者、絶望した者、瞳から生気が感じられない者などの『終わった者』達だ。


 そういった村の様子からは、既にオークとゴブリンに文字通り蹂躙された後のようだ。


「そう……。残念」


 イングリットの言葉を聞いたクリフは窓から顔をキャビン内に戻し、読んでいた本の続きへ視線を戻す。   


「オークとゴブリンか~。大した素材にならないな~」


 メイメイも相手が低級魔獣(・・・・)と知ると興味が無さそうに呟き、膝の上に置いてあった魔石をヤスリで加工し始めた。


「なんじゃと!? 助けに行かんのか!?」


 そんな中でたった一人だけ違う反応をするのはシャルロッテだ。


 彼女はクリフとメイメイの反応を見て信じられないモノを見たかの如く驚愕の表情を浮かべながら叫ぶ。


「行かねえよ。そもそも、行っても無駄だ。それに――」


 あんな村を救って俺達に何の得がある。


 イングリットの発したその言葉に、シャルロッテは遂に顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げた。


「何を言ってるのじゃ! お主ならオークとゴブリンなんぞ簡単に倒せるじゃろうが! お主は人間の将も倒したじゃろう! 得や損で考えるのか!?」


 シャルロッテが怒る理由。それは彼女の家族に理由があった。


 彼女の家族は人間とエルフ、そして領内にいる魔獣から己の身を犠牲にしながらも必死に領民を守る正義感溢れる者達だった。


 そんな誇らしい家族に、蝶よ花よと大事に育てられた彼女の胸にも正義感というモノは存在している。


 故に彼女は人の心の中には危機に直面している相手を、無条件で助ける善良な心があると信じていた。


 それは変な行動や言葉を使う、未だ全貌が見えない相手であるイングリット達にも当然備わっているモノだと。


 彼女はワガママな貴族令嬢でもあるが、家族を見て学んだ正義感も兼ね備えている中途半端(・・・・)なお嬢様。


「当たり前だろうが。敵を倒そうとすれば武器がいる。武器で敵を倒せば終わった後にメンテナンスが必要になる。相手に殴られれば鎧が傷付く。鎧が傷付けば修理に金が掛かる。その費用はどこから出るんだ? お前か? それとも、あの村にいる生き残りが出してくれるのか?」 


 イングリット達が使う道具や装備はゲーム内で作られた特殊な物だ。


 万が一、億が一の可能性で破壊されたとしたら……とてもじゃないが、オークとゴブリンから取れる素材では修理代の足しにはならない。


 それに、とイングリットは言葉を続ける。


「50を越える魔獣を相手にするリスクはどうなる? 俺達が全滅しない保障は?」


「ぐっ……。そ、そうじゃ、クリフ。お主は魔法が使えるのじゃろ? 魔法で倒せないのか? オークとゴブリンに連れ去られた中に美少女がいるかもしれん!」


 イングリットの言葉に反論できなかったシャルロッテは、標的をクリフへと変える。


 クリフと出会って時間は浅いが、彼の行動原理が美少女というのは彼の今まで発してきた発言から何となく理解していた。


 美少女というワードを出して説得を試みるが、クリフは首を振って拒否を示した。


「知っているかい? オークとゴブリンは他種族の女性を孕ませて仲間を増やすんだ。そして、女性の腹の中で育ったオークとゴブリンの子供は母体の腹を食い破って生まれる。つまり、もう救えないんだよ」


 オークとゴブリンの繁殖方法は有名だ。


 ゲーム内にあった『魔獣の生態』という本で繁殖方法と出産模様を詳しく描かれてそういったゲームの設定なのかと思いきや、ドリアードの少女アンリを助けた際にアンリ親子と仲の良いという女性からオークとゴブリンに捕まった者の末路を聞かされるとゲーム内の設定と同じだったのだ。


「じゃ、じゃあ、せめて……彼女達に……」


 安らかな死を、と言うが。


「私に自分の手で美少女を殺せと言うのかい? それは酷いんじゃないかな?」


 クリフは困ったように、苦笑いを浮かべながら告げる。


 シャルロッテ・アルベルト。


 蝶よ花よと育てられ、大事に、大事に育てられたアルベルト家のご令嬢。


 汚れ仕事(・・・・)は家の者が代わりに行ってきたのだ。そのお陰で、彼女は今まで自分の手を汚す事無く生きてきた。


「そもそも、お前は俺達に頼るばかりで自分1人で戦おうとは思わないのか?」


 イングリットは兜の中にある赤い瞳で、じっとシャルロッテを見つめる。


「妾は……。妾1人では……」


 彼女はあまりにも無知すぎた。


 自領の屋敷の中で暮らし、その暮らしが全てだった彼女は世の中の厳しさ、戦いの過酷さ、この世の残酷さを知らない。


 知っているのは負けた時の絶望感と、絶望を味わった故の――弱者となった者の心に生まれる、強者に依存してしまう心の弱さだけ。


「俺達は冒険者(・・・)だ。村1つ救ったところでメリットなんざ無いんだ。善意で人を救いたいってんなら1人でやれ。1人でどうにか出来ないなら諦めろ」


 彼女は知らなければならない。冒険者という職業の心得を。


 この3人と共に行動する以上、無知で正義感を振り翳すお嬢様ではいられないのだ。


読んで下さりありがとうございます。

明日も投稿します。

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