37 出発前に 2
翌日。
イングリット達は荷物をまとめて宿の外に集合していた。
「よし、出発前に傭兵組合に行って傭兵登録の抹消をしに行くぞ」
まずはメイメイの傭兵登録を抹消し、大陸戦争などという煩わしいモノに招集されないようにしなければならない。
目指すは魔王都の南西エリアにある傭兵組合。
一度行った事があるメイメイとイングリット達を待っている間に魔王都を探索済みであるクリフを先頭に向かう。
宿から歩いて15分程度。到着した傭兵組合の建物はコンクリート造りの2階建て。オーソドックスな食堂付きの組合だ。
傭兵組合が魔王都でも珍しいコンクリート造りの建物を組合所として利用しているのは訳がある。
傭兵という者達は荒れくれ者だ。
平時は魔獣と戦い、大陸戦争が起これば軍人と共に前線で戦う者達。当然、気性が荒かったり一癖二癖ある者が多い。
特に魔王都にある傭兵組合は『傭兵組合本部』となっていて、過去の大陸戦争で功績を残した者も多く所属しているので、他の街に存在する支部よりも傭兵の質が高い。
本部所属の傭兵達は魔王軍と連携して戦力の足りない戦争地に赴き、絶大な戦力として期待されるほどの者達。
故にプライドが高い者が多く、腕っぷしも、気性も、癖の強さも一級品。
そんな奴等の巣窟に美少女を2人も連れた見知らぬ者達が現れたら――行われるのは1つしかない。
スイングドアを押して建物内に入って来たイングリット達は注目され、イングリットとクリフの背後にいたメイメイとシャルロッテを見つけた傭兵達の反応は様々。
ヒュー! と美少女2人に目を奪われて口笛を吹く者。露骨に2人の体を見つめて舌舐めずりする者。もしくは現れた4人組が只者ではない、と早くも感づいて静かに観察する者。
しかし、それらの視線を一番に受ける先頭のイングリットは気にする事無く建物奥にあるカウンターを目指して進むが……入り口から受付カウンターまでの動線上脇にある食事用のテーブルにはガラの悪いチンピラのような2人組みが、露骨に美少女2人へスケベな視線を送っていた。
見た目はチンピラのような2人組みであるが彼らはBランクの傭兵だ。Eから始まりD、C、Bと上がってAランクを最上とする傭兵組合のランク別けでも上から2番目。
ガラが悪く悪党な見た目と横暴な態度を取る彼らは有名な2人組で、傭兵の間でも厄介者扱いだが実力社会である傭兵の世界では彼らへ注意を行える立場の者は少ない。
全傭兵の中でも10人しかいないAランクか、魔王軍4将くらいでないと彼らは素直に言う事を聞かないだろう。
そんな2人組に目をつけられたイングリット達。2人組の悪巧みに気付いた傭兵の何人かは気の毒そうな視線を向けていた。
「へへへ」
彼らは先頭を行くイングリット、そして2番目に続くクリフという男2人に恥をかかせてやろうと、転ばせる目的で足をスッとテーブルから出した。
先頭を行くイングリットはヒョイとテーブルの下から出された足を大きく跨いで避ける。
「ああっ!」
だが、2番目に続いていたクリフは足に引っ掛かって大きな音を立てながら盛大に床へ転がった。
「ヒャハハ――」
馬鹿め、傭兵になりたてのルーキーめ、これが洗礼だ! と言いたげにチンピラ風の2人が立ち上がる。
今から転がった男を馬鹿にしてやるぞ、難癖を付けて女を頂くぞ、と意気込むが――
「ア、アニキィ! 足がァ! 足がァ!!」
「おィィ? ク、クリフゥ!? ど、どうしたぁ!?」
床に転がったクリフは足の脛を手で抑えながら大げさにのた打ち回りながら叫び、振り返ったイングリットは大きな声で完全に演技とわかるセリフを棒読みで叫んだ。
「足がいてェよォ!!! 折れちまったよォ!!!」
「こりゃぁ、やべぇ!! 完全に折れてやがるじゃ~ねェかァ!?」
いてぇ、いてぇ、とひたすら叫びながら床をのた打ち回るクリフ。
クリフの脛を触って大声で症状を叫ぶイングリット。
「えっ? えっ?」
突然始まった2人の行動に動揺するシャルロッテ。
「ぷぷー!」
行動の理由を知っているメイメイは口を手で抑えながらも、堪えきれずに噴出す。
「お、おい、てめぇら――」
チンピラ2人は突然始まった大根演技に呆気に取られ、口をポカンと開けていたが正気に戻ると再び怒り顔で絡もうとするが……。
「おうおうおう!! 兄さん達よう!? 俺のツレに何してくれてんじゃあ!? こりゃあ街で最近有名なポーションを使わねえと治らねえなァ!?」
黒く重厚な鎧を纏ったイングリットがチンピラ2人以上にドスの効いた声で凄む。
腹の底から響くイングリットの声に若干ビビりながらも、チンピラ2人は「引けば負けだ」とわかっている。
「は、はぁ!? ふざけ――」
「なァ、外で話そうや。ここじゃあ迷惑になっちまうしなァ?」
故に、反論しようと試みたが2人は肩にガッシリとイングリットの腕を回され、外へと引き摺られて行く。
どうにか腕を振り解こうとするも、2人の予想以上にイングリットの力は強かった。
イングリットが2人を連れて建物の外へ消えると、床に転がっていたクリフはスッと何事も無かったかのように立ち上がった。
「今のは何なのじゃ……」
状況についていけていないシャルロッテはニコニコと笑うクリフを見やる。
「調子の良い中堅の人達って、ああいうのすぐやるよね。冒険者組合でも散々同じようなやり取りがあってね」
クリフ曰くゲーム内で巻き起こっていた、クエストで冒険者組合に初めて登録に来る新規プレイヤーイビリへの『カウンター』というヤツだ。
正義感溢れるベテランプレイヤーが当時ゲーム内で横行していた新規プレイヤー苛めに怒り心頭となり、新規プレイヤーのような低級装備を纏って新規を装って、悪質なプレイヤーを懲らしめるという行為から始まったのがこの『カウンター』である。
結果として新規苛めは無くなったが、一時期は組合内に入って来る誰もが低級装備を纏っていたので『誰が新規なのかわからない』という状況が巻き起こったという。
クリフから突然始まった行動の説明を聞いていると、再びスイングドアを押しながらイングリットが建物に入って来た。
彼の手にはチンピラから奪ったであろう革の長財布が2つ。
「へへへ。アイツ等、結構持ってやがるぜ」
財布から紙幣を取り出し、指で弾きながら金額を数えるイングリット。
その様子を見ていた組合内にいる者達は「アイツは確実に悪党だ」と確信した。
「ほら、お前の取り分だ」
「行く前に甘い物でも買おうか」
奪った金の半分を手渡されたクリフも悪びれもなく受け取り、何に使うかを口にする始末。
鎧と兜で中身がわからないイングリットはともかく、クリフは見た目は中性的で優しそうな顔をしてるのでギャップがスゴイ。
アイツ等に関わってはダメだ、組合内にいる誰もが確信した。
そう確信したのは、受付カウンターにいる受付嬢も同じだ。
このまま依頼ボードを見るだけで、カウンターには近づかないで! と心の中で必死に祈った。
が、ダメ!!
「おう、姉ちゃん」
一直線にカウンターへとやって来たイングリットはカウンターへガントレットを装着した腕をガチャン、と音を立てながら置いた。
「ひ、ひ、ひゃひゃひゃい!! なんでしゅか!!」
ああ、なんてこった。こんなガラの悪い、中堅で実力も確かな傭兵2人をボコボコにした(彼女の勝手な想像)鎧男を相手にするなんて。
彼女は「助けて」と懇願する思いでこちらを見ている傭兵達へ視線を向けるが、一斉に目を反らされてしまった。
普段はあーだこーだ言いながら自分をナンパして来るのに、こんな時に役立たないなんて。
「な、何か、ご、ご、御用でしょうか?」
クソが!! と心の中で悪態をぶちまけながらも笑顔を浮かべる。口元は盛大に引き攣っているが。
「こいつの傭兵登録の取り消しを頼む」
イングリットはメイメイへ指をさし、発行したばかりであろう傭兵組合カードをカウンターに置く。
一方で、受付嬢である彼女はイングリットの用件を聞くと「ああ、終わった。私は終わりました」と心の中で涙を流す。
何故なら、傭兵登録の取り消しは本人が死亡するか、戦えない程の傷を負った者しか行えないのだ。
取り消しをしたい対象であるメイメイは、どう見ても五体満足で顔色も健康そのもの。
確かにこんな可憐な見た目の少女が傭兵となっているのは首を傾げるモノであるが、登録してしまっている以上は誰であっても取り消せないのが国のルール。
しかし、そのルールはイングリット達も知っている。
故に――
「実はよォ? こいつの双子の姉が凄腕の持ち主なんだがね? 推薦したヤツが姉と妹を間違えてよォ。一般ピーポーな妹が傭兵登録しちまったのよ」
「推薦? 推薦者って……」
「魔王軍4将の1人のレガドだったか。そいつが間違えたんだよ」
イングリットは息を吐くように嘘をついた。
しかもレガドを巻き込み、レガドの責任にして。
受付嬢とイングリットのやり取りに見守っていた傭兵達が『4将』というワードを聞いてざわつき始める。
4将といえば国で『最強』の4人であり、特に前線で魔法剣を振り回しながら勇敢に戦うレガドの名は4将の中でも特に有名だ。
「あ、その子覚えているぞ。確かにレガドさんに連れて来られてたな」
メイメイ顔を薄く覚えていた傭兵の1人が、レガドというワードと結びついた事で思い出し、受付嬢にレガドと一緒に居たのは事実だと告げる。
「姉の方は城に言いに行ってるんだ。あとは組合が取り消してくれりゃ、この話は終わりなんだよ」
「お姉ちゃんは朝からお城に行ってる~」
全くの嘘であるが、ここにいる受付嬢がすぐに事実を確かめる術は無い。
メイメイを騙したレガドに責任を押し付け、彼の威光を駆使して取り消しを行わせればイングリット達の勝ちだ。
何せ、イングリット達はこれから冒険の旅に出て姿を消すのだから。
問題になって騒ぎになったとしても魔王都に戻って来る頃には鎮火しているだろうし、数ヶ月は戻って来るつもりもない。
「わ、わかりました。後で確認は取りますが……とりあえず、取り消ししておきます。後でもう一度話を聞かせてもらうかもしれないので、家の場所か、泊まっている宿を教えてくれますか?」
(勝ったッ……!!)
受付嬢はイングリットの自然体で紡ぎ出される嘘を信じ、了承してしまった。
「ああ、泊まっている宿は――」
既に引き払っている宿の名を告げながらイングリットは兜の中でニタリ、と邪悪な笑みを浮かべた。
隣にいるメイメイはホッと胸を撫で下ろし、クリフは特に何も言う事無くニコニコと笑みを浮かべている。
(あ、悪魔なのじゃ……! こやつら、悪魔なのじゃ!)
1人、シャルロッテだけがカツアゲと虚偽の報告を平然と行うパーティメンバー達の邪悪さに口元を引き攣らせていた。
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