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36 出発前に 1


 パーティメンバーとして新たに加入する事となったシャルロッテ。


 この先、ダンジョン等を攻略するにあたってデバッファーとして加入した彼女との連携なども考えなければいけないが、既に窓の外は茜色の空から暗い闇へと変わっている。


 一先ず話し合いは明日へと持ち越しになり、一同は食堂で夕飯を済ませる事に。


 だが、ここで問題が1つ浮かび上がる。


「お金無いのじゃ」


 領地を滅ぼされ、ファドナ皇国で捕虜となっていたシャルロッテ。


 イングリットに救い出され、魔王都へ来るも魔王に特務を言い渡されたシャルロッテ。


 彼女は全く金銭の類を持っていなかった。


 持っているのは魅惑的なボディとそれを隠すセクシーな下着。さらにそれを隠すポンチョ型のマントのみ。


 これでは宿に泊まることも食堂で出される夕飯代も払えない。


「イングが出しなよ」


 クリフは食堂の席に座りながらしょんぼりするシャルロッテへ視線を向けた後、対面に座っているイングリットへと視線を移した。


「は? 何で俺が?」


「だって君が助けた子じゃないか。それに一番関係性が深いのも君。さらに言えば、彼女は君のモノ(・・)だよ」


 呪いによりイングリットから離れられず、イングリットから魔力を補充されなければ死んでしまう体。


 片や魔力を与える立場で相手の生き死にを握っている立場。


 こういったモノを現代では良い言い方で『従者』と呼ぶ。悪い言い方ならば『下僕』もしくは『奴隷』だろうか。いや、出来の悪いペットだろうか……。

 

 どちらにせよ、主従関係というモノが発生するので主であるイングリットがシャルロッテの世話をするのが当然だとクリフは主張した。


「クリフの言う通りなのじゃ! 妾を養うのはお主の義務なのじゃ!」


 クリフの援護を受け、すっかり調子を元に戻すシャルロッテ。


 顔面だけはとびきりの美少女である彼女が浮かべる満面の笑みを見たクリフは目尻を垂らしてデレデレとしていた。


「チッ。働いて返してもらうからな」


「わかったのじゃ! 任せるのじゃ! とにかく妾はお腹が減ってるのじゃ!」


「これがオススメ~」


 何をさせて返済させようかと思考を巡らせるイングリット。


 きゅるる、と空腹で腹を鳴かせる事に耐え切れず、後先考えずに了承してしまう我慢というモノが苦手な元令嬢なシャルロッテ。


 そんな彼女に横からメニュー表を見せて、ここ数日で試した中で美味しかった料理をおすすめするメイメイ。


 メイメイとシャルロッテが顔を寄せ合い、金と銀の髪が絡み合うやり取りにクリフは鼻血を垂らしていた。


 食事を終わらせ、シャルロッテの部屋を取ろうと受付にいるサテュロスの女性に話し掛けると彼女は申し訳無さそうに顔を歪めた。


「すいません、既に全室埋まっていて……」


 イングリットが泊まる部屋で最後だった、と彼女は言う。


「ど、どうするのじゃ!? 妾はどこで寝るのじゃ!?」


「外の馬小屋で良いだろ」


「馬鹿言うでない! そんな所で寝られるワケがないじゃろうが!」


「魔王都に来る途中で何度も野宿したじゃねえか。それと変わらねえよ」


「変わるに決まってるのじゃ! お主はアホか! 妾のような美少女にする仕打ちではないのじゃあ!」


 相変わらずの鬼畜ドラゴンと魔人として最低限の尊厳を守ろうとするシャルロッテが口論を繰り広げると、それを見ていたサテュロスの女性がおずおずと手を挙げた。


「あの……。イングリットさんのお部屋は2人部屋なので、そちらで寝ればいいのでは……?」


 その言葉を聞いたイングリットとシャルロッテは同時に彼女へ顔を向ける。


 イングリットは兜の中で「余計な事を」と思いながら睨みつけ、シャルロッテは「それだ!」と目を輝かせた。


 それはダメだ、とイングリットが口にしようとする前にシャルロッテはシュババと部屋に向かって走って行く。


「へへーん! お主の部屋で寝るのじゃあ!」


「あ! 待て!」


 ドタバタと階段を上がって行くシャルロッテと彼女を追いかけるイングリット。


「ああ! お土産貰い忘れた!」


 階段を駆け上がって行くシャルロッテとイングリットを見送りながらメイメイが叫ぶ。


「まぁまぁ。明日貰えるよ。それにメイは装備の事になると熱中して寝ないからダメ。明日の昼間に貰いなさい」


 シュン、とうな垂れながらも「はぁい」とクリフの言う事を聞くメイメイ。


 彼女は装備の事となるとそれしか見えなくなってしまうが、パーティメンバーの言う事はちゃんと聞く良い子なのだ。


 因みに部屋の中でイングリットに捕まり、尻を叩かれたシャルロッテは股間から謎の液体を噴出。


 その後、イングリットに担がれてベッド放り投げられたが、その際にイングリットの手が淫紋に触れて魔力チャージ。


 まな板の上でピチピチと跳ねる魚のように体を痙攣させながら朝まで失神した。



-----



 一夜明け、食堂にて。


「昨日はお楽しみでしたか?」


 先に食堂で朝食を食べていたクリフと合流したイングリットとシャルロッテは開口一番にからかわれる。


「ぐっすり寝たのじゃ」


「ふざけんな。最悪だ」


 部屋の中で盛大に謎の液体を撒き散らしたシャルロッテは失神したまま朝までぐっすり。


 一方のイングリットは寝る前に謎の液体を掃除するはめに。


「おあよ~」


 彼の愚痴を数分聞きながらテーブルの上にあった水瓶から水を汲んで飲んでいると、瞼を擦りながら寝ぼけ顔のメイメイが上から降りてきた。


 パーティメンバーが全員揃ったところで朝食を摂り、そのまま食堂で本日の予定を話し合う。


「俺とクリフは市場に行って冒険用の買出し。メイは鎧の修理。お前はどうする?」


 イングリットがシャルロッテに問う。


「お主に着いて行くのじゃ。妾も服が欲しい」


 そう言ってシャルロッテは自分の格好を見やる。


 彼女は貴族令嬢なのにも拘らず、下着の上にポンチョという露出狂一歩手前のスタイル。


 流石にこれで冒険に出かけるには防御力どころか色々足りない。 


「確かに。じゃあ私がコーディネートしてあげる」


 美少女の買い物。それも洋服となればクリフの表情はニッコニコだ。


 既に彼の脳内ではどんな洋服が似合うだろうか、と検索段階に入っている。


 シャルロッテもクリフの笑顔を見て、どうにも断れる雰囲気ではないのを察してしまった。


 その隣で、イングリットはメイメイに服の袖を引っ張られていた。


「ねえねえ~。修理に使えるのがあるかもしれないから、宝物庫から貰って来たアイテムを見せて~? あと、アレ」


「ああ、渡すの忘れてた」


 本日の予定も決まったので、イングリットの部屋に集合してお宝拝見タイム。


「金属類はこれだけ。あと武器は……これだけだな」


 部屋の床に広げられたメイメイ向けの土産の数々。


 床が抜けないか不安なくらいに大量のインゴットや、キラキラ光る宝石が埋め込まれた武器や盾がインベントリから取り出された。


「それと、お待ちかねのコレ」


 イングリットがインベントリから最後に取り出したのは人間から奪った『聖なるシリーズ』の槍。


「ふわぁあ~!」


 メイメイはイングリットの取り出した特上のお土産に、大きいオメメをキラキラさせながら槍を引っ手繰る。


 彼女は心底楽しそうに笑顔を浮かべながら槍を観察し始めた。


 その様子を見ていたシャルロッテがポツリと呟く。


「いつ見ても便利な魔法じゃな」


 イングリットと旅をしている時から抱いていた『インベントリ』というモノへの感想。


 そのポロリと呟かれた感想にクリフが反応した。 


「ん? シャルロッテちゃんはインベントリは使えないの?」


「使えんのじゃ。そもそも、こんな魔法(・・)を使っている者は他に見た事が無いのじゃ。そもそも、空間魔法は神の魔法と呼ばれる超高位な魔法って言われてるのじゃ」


「ふぅん……」


 クリフはシャルロッテの言葉を聞いてから顎に手を当てて脳内で推測を広げる。

 ゲーム内ではシステムの一部だったインベントリ。


 しかし、魔眼で見るに高度な術式を用いた魔法に置き換わっている。


 クリフですら見た事が無い術式なのにも拘らず、シャルロッテを除くパーティメンバー全員が使える状況。


 魔法の心得が浅いイングリットやメイメイですら使えるのだ。神の魔法と呼ばれる程のモノなのに。

 やはりインベントリというモノはゲーム経験者のみに許された『特権』のような――常識の外にあるような『システム』なのは間違いない。


 もし、この推測が正しければ他のシステムである『MAP表示』や『パーティ機能』が使える可能性もゼロでは無いのだろう、とクリフは推測した。


 さらに、この高度な術式やシャルロッテの使う『呪い』についても解析が進めば、クリフは更なる魔導の高みへ至れると確信する。


「クリフにはこれな」


 そんな思いを抱いていたクリフへイングリットからのサプライズ。


 宝物庫から手当たり次第奪ってきた10冊以上の書物である。


「君ってヤツは! 最高!」


 クリフはイングリットの取り出し、テーブルに積まれた書物に目をキラキラを光らせながら飛びつく――が、クリフが手を伸ばすとイングリットがテーブルの前に体を差し込んでクリフの行動を阻止する。


「お前、これを読み始めたら止まらないだろ。買い物を済ませてからだ」


「君ってヤツは! 鬼畜!」


 イングリットの上げて叩き落す行為にクリフは文句と罵倒の言葉を放つが、イングリットの「じゃあいらないな」という言葉を聞いて素直に土下座した。


「服も見に行くんだろう……。早く行くぞ」


「そうだった!!」


 美少女のコーディネートをするんだった、とすぐさま土下座の姿勢から立ち上がって気を取り直すクリフ。


 書物を読みたい欲求と美少女の洋服を弄繰り回す欲求が交じり合い、焦りと喜びが入り混じって変な笑顔を浮かべたクリフはイングリットとシャルロッテの手を掴んで外へと向かって行った。



-----




 女性の買い物というのはどの時代も、どの世界も長いモノである。


 きっとどこの異世界でも同じだろう。


「こっちのチューブトップブラにミニスカートはどうじゃ? いまどきのサキュバスなら定番のコーデじゃぞ?」


「いやいや。ヴァンパイアでもあるんだし、こっちのゴスロリもアリでしょ」


 市場で食料や旅に足りない物を買った後に、女性モノを扱う洋服店へやって来た一行。


 意気揚々とクリフとシャルロッテが店内に突入して行くのを見送ったイングリットは、店の入り口でこんな会話を聞き続けて既に1時間は経過している。


「………」


 40分前までは「早くしろよ」と声を掛けていたイングリットも、すっかり腕組をしたまま黙り込んでしまっていた。


 彼は思う。


 もう何を言っても無駄だ、と。


 そんな考えが過ぎってから更に30分後、ようやくクリフとシャルロッテの買い物は終了した。


「どうじゃ? 妾、可愛くなったじゃろ?」


 主張の激しい大きな胸を張りながらイングリットへ問うシャルロッテの格好は、肩と足を大胆に露出させたミニスカなゴスロリドレス。

 

 確かにシャルロッテの容姿とスタイルも相まって大変似合っているし可愛らしい。


「お前、冒険ナメてんの?」


 だが、1時間半も軒先で待たされればどんな美少女相手であろうと悪態をつくのがイングリットである。


 素直に見た目の感想は言わず、冒険する際に必要とする命への防御力が足りていない事を指摘。


 ただでさえ彼女は、一撃食らえばアヘって行動不能になるのに欠点を防御力で補わないのはナンセンスだ。


 イングリット的には欠点を補う為にもフルプレートを着込むくらいで丁度良いとさえ思っていた。


「まぁまぁ。一応、裏地とかインナーは魔獣の革製だからさ」


 美少女と至福の時間を過ごしたクリフはご満悦。


 見た目重視のチョイスをしたのはクリフにも責任があるからか、シャルロッテをフォローしつつイングリットを宥めた。


「ったく。さっさと戻るぞ」


 元女性であるクリフとシャルロッテはすっかり仲良くなった様子。


 イングリットを先頭に、彼の後ろを歩きながらキャピキャピとトークを繰り広げる2人は宿に戻って行った。


 宿に戻ってメイメイのいる部屋へと入ると、部屋の片隅にはすっかり修復されたイングリットの鎧が壁に立て掛けられており、当の本人はイングリットから受け取った宝物庫の武器類を手に取って真剣な表情で見つめていた。


「修理終わってるよ~」


「そっちはどうだ?」


 イングリットは壁に立て掛けてある鎧のもとへと歩きつつ問いかける。


「う~ん。みんな聖銀製だね~。一部、ミスリル製があるけど~。総じて『レア』等級かな~」


 ゲーム内にあるアイテムは『コモン』『レア』『レジェンダリー』『ゴッド』と4つに別けられている。


 コモンは総じて能力が付与されていないただ(・・)のアイテム。大半のプレイヤーは見向きもしないゴミ等級。


 レアは永久付与された能力が1つ付与されているが強力な能力が付与されている事は少なく、大体が属性付与されているような代物。


 レジェンダリーはイングリット達の使用している装備類を指し、ダンジョンで産出されて市場にはあまり出回ることの無い。


 ゴッド等級のアイテムは人間勢力が持っているのしか確認出来ておらず、魔族と亜人プレイヤーは誰一人持っていないと言われている最上級のモノ。


 勿論、イングリット達もゴッド級のアイテムは所持しておらず、メイメイの作った技巧武器はレジェンダリー相当にあたる。


 イングリット達のようなクラスのパーティはレジェンダリーアイテムを収集しつつ、ゴッドアイテムを探すというのが常識的な行動と言えるだろう。


 つまり、宝物庫から持ってきた武器類はイングリット達にとっては物足りない結果となっていた。


「ただ、能力の付与がねぇ~。いくつか聖銀製なのに永久付与されてるから~。それは研究用かな~? 残りは分解して修理素材にする~」

 

 メイメイが魔王都にやって来る道中で遭遇した『聖銀製なのに永久付与されている問題』は既にイングリット達も聞かされているので、メイメイの提案に異論はなかった。


「それで? 聖なるシリーズの槍はどうなんだ?」


「そっちは鑑定中~。見たけど、よくわからない~。ただ……」


「ただ?」


「鑑定しようとすると、ヤな感じがする~。ゾワゾワするような、何というか……ちょっとイヤ」


「おい。どういう事だ?」


「まさか……。メイが装備関連でイヤと言うなんて……」


 装備が大好き、三度のメシより装備が好き。

 

 そんなメイメイが多くを語らない、よくわからないと言う事は彼女の持つ『鑑定眼』をもってしても『聖なるシリーズ』の詳細は不明だった、という事だ。


 加えて『鑑定するのがちょっとイヤ』と言い出す始末。これはもう空から槍が降るくらいに異常事態である。


「う~ん。イヤっていうか~。ちゃんと鑑定するけど、少し気が進まないだけ~。どっちにしても鑑定が終わるまでは時間がかかるよ~」


「そうか……。まぁ、無理はするなよ」


 装備関連は全面的にメイメイに任せしているので、彼女が思う通りにさせるしかないし、イングリット達が代わろうにも代われない。


 2人はメイメイの様子に不安を覚えながらも好きにさせる事にした。


「私も書物に目を通しておくよ。私達の知る魔法の系統とは違うモノが書かれているかも」


 クリフは早速テーブルに積まれた書物を回収。


「妾は?」


「お前は……特にねえな。明日出発するからよく休んでおけ」


「わかったのじゃ」



読んで下さりありがとうございます。

明日も夜に投稿します。

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