32 国を救う勇者 第一号
豪華なシャンデリアとガラス製の透明で長いテーブルに真っ赤なテーブルクロスが敷かれ、各個人の前には白い皿とピカピカに磨かれた銀の食器。
それらを使ってこれでもか、と豪勢な肉やら野菜やらふんだんに使った料理を食べる異世界人一同。
元の世界と遜色無い料理は彼らを驚かせながらも空腹を満たし、果実を搾った新鮮なジュースや冷たい水、お茶など各種取り揃えられた飲み物で喉を潤す。
目の前にある料理に大人も子供も夢中になり、ワイワイとお喋りしながら食事を楽しんだ後に年長者であるエザキを中心にして話し合いが始まった。
とにかく同じ人間なのだから助けよう、様子を見よう、戦闘経験の無い自分達が本当に戦えるのだろうか、相談開始から1時間過ぎた頃には様々な意見が飛び交っていた。
2時間経った頃に上座に座るエザキが最終的な結論を出そうと多数決を提案し、決を取る。
「では、多数決の結果。戦うのは、しばらくこの世界の事を学んでからという事になった」
まずは様子見。なんとも彼ららしい、元の世界で暮らしていた国の精神性が出た結果だと言える。
多数決の結果を見ていたクリスティーナも笑顔を浮かべながら「わかりました」と了承。
「今日は夜まで城の中を回りませんか? 皆様を護衛する人員がまだ決まっていない故、まだ街には出られませんので……」
「街って護衛がいなければいけない程危険なんですか?」
ユウキが挙手しながら質問すると、クリスティーナは表情を曇らせる。
「はい……。我が国が魔族と亜人に侵略されているのはお話しましたよね? 王都であるこの街にも、邪悪な魔族と亜人が街に潜んでテロ行為を行う可能性がありますので……」
クリスティーナは顔を伏せながら「先日も同盟国であるエルフの民が犠牲になりました」と付け加える。
「魔族と亜人は非常に残虐な種族です。捕まれば最後、男性は殺され、女性は慰み者にされた上に殺されてしまいます。先日も同盟国である国の者が魔族に侵略を受けたと聞いております。その結果は惨たらしく……」
「そんな……。酷い……」
シズルは口を手で抑えながら、受け入れ難い現実に言葉を漏らす。
元の世界ではあり得ない状況が広がる世界。平和な異世界からやって来た者達は、そのような状況で暮らしている同じ人間達へ憂いの色が顔に表れる。
「ああ! ごめんなさい! 皆様にそのようなお顔をさせる為に話したつもりはないのです!」
顔を伏せていたクリスティーナはパッと顔を上げ、精一杯気丈に作った笑顔を浮かべた。
「さ、さあ! 皆様! 城を案内しますね!」
常に美しく、所作すらも美しいクリスティーナであったが、この時は彼女には似つかわしくない慌てた動作で勢いよく立ち上がったせいか、座っていた椅子がガタガタと音を立てて揺れる。
彼女は「あう」と小さな声を漏らしながら顔を真っ赤にさせていたが、それを見た異世界人達は彼女へ親近感を寄せながらほっこりしていた。
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異世界人は夕方になると、王を交えた重鎮達とのパーティーに出席した後に各個人に与えられた個室へ案内された。
現在の時刻は深夜。
異世界人達に宛がわれた個室の並ぶエリアは静まり返っている。
非現実的な1日に異世界人達は気疲れもあったのか、皆ぐっすり眠っているようで物音1つ聞こえない。
しかし、その中で1人、深夜でありながら暗い室内で動く影があった。
影の正体はミナト・ビッター。
彼は召喚された際に持っていた自分のリュックに物音を立てないよう荷物を詰めている。
(みんな馬鹿じゃないのか! 戦争している最中の国が、こんなに暢気なワケないだろ!)
彼が最初に気付いた違和感は食事の時だ。
戦争中でありながらも、とびきり豪華な食事が出された。戦時中で、王都でもテロが起きる程に侵略されているならば、もっと切羽詰った状況なのではないか、という考えに至った。
この時は国の中枢であり、城に住んでいる王家だから贅沢しているという推測もあったが、昼間に案内された城の中でも違和感はあった。
会議室や兵士の訓練場などを見て回ったが、この城にいる誰もが余裕のある顔をしている。
訓練場に併設されていた兵士の食堂を通りかかった際に窓越しに中を見れば、自分達が食べた食事よりも豪華さは劣っていたが肉や野菜も食べていたし白いパンも食べていた。
城の窓から見える街も遠目ながら、テロが起こると言いながらも平和そのものだった。
何より、決め手になったのは、チラリと一瞬だけ見えたメイドの顔。
(僕達を見る、あいつ等の表情と目。あれは……)
一瞬だけ見えたメイドの顔に張り付いていたのは、ミナト達を嘲笑うような真っ黒な笑みだ。
それに加え、夜のパーティーの最中に感じた、この世界の者達から密かに向けられる視線の種類も様々だった。
ミナトがバレないようコッソリと探ると、自分達へ向けられているのは視線は憐れみ、冷淡、嘲笑うような……とにかく、面と向かって話している時以外に向けられる視線は温かみを感じない種類のモノだ。
ミナト・ビッターは対人関係があまり得意ではない。内に篭るタイプで、どうしても自分の意見を曝け出す事が出来ないタイプの人間だ。
それ故に友達は少なく、元の世界で所属していた学校のクラス内においてもヒエラルキーは低い。
リョウジのような人種に目を付けられ易く、幼い頃からターゲットにされる事が多々あった。
そんな生活からか、ミナトは常に人の目線に敏感になり、場の『空気』に敏感だ。
(ここはおかしい! これじゃあ、まるで小説の中と同じじゃないか!)
ミナトはこの世界に召喚されるまでハマっていた物は、携帯端末で気軽に読めるWeb小説の投稿サイト『小説家になろうや』というWebサイトだ。
そこには数々の小説が投稿され、中では自分が今体験しているような異世界に召喚されてしまう小説も投稿されていた。
彼が直近で読んでいた小説の中では、笑顔を浮かべて親切にしてくれる国の者が実は召喚した異世界人を利用しようと企む、という内容の物語。
主人公達の見えない場所でほくそ笑み、駒のように扱おうと画策する貴族達。
ミナト自身が感じた視線の種類が本物なのか分からない。現実のこの世界の者達はそのような目論見をしておらず、ミナトの思い違いなのかも分からない。
だが、どうしてもチラリと一瞬だけ見えたメイドの黒い、嘲笑う顔が脳から離れない。
結果、自分の直感に従う事にしたミナトは城を抜け出そうと決意した。
(僕には闇の魔法がある! 影を移動すれば……!)
現在は深夜。どこもかしこも闇と影だらけだ。
室内で魔法を使う練習もしたし、問題無く魔法は使用出来た。
ミナトは自身の中に、確かな勝算を持って決断したのだ。
全ての荷物をリュックに詰め、更には旅の資金へ換金できそうな金の杯を部屋から拝借してリュックに押し込む。
リュックを背負うとミナトはドアへと移動し、音を立てないようドアノブを捻る。
少しだけ扉を開けて外の廊下を覗き見ながら、廊下に誰もいない事を確認してゆっくりと部屋を出る。
廊下の壁には等間隔に蝋燭が入ったランプが掛かっているが、脱出する為の影も十分に存在している。
(闇魔法! 起動!)
廊下に出たミナトは脳内で『影に潜む魔法』のイメージを起こす。傍から見ればミナトの体はズブズブと影に沈んでいき、完全に姿を消した。
当の本人の目線は床と同等の位置に移動、なんて事無く、その場に立っているのと同じ目線の高さだ。
昼に案内してもらった際に、脱出経路の目星は付いている。
城の1階にある玄関は防犯の為に施錠されているか、見張りがいるだろう。ミナトの考える脱出計画は中庭からの脱出だ。
ミナトは影の中を慎重に移動し、城の外を目指す。
城の中を移動して1階へ降りる。途中で見回りの兵士が近くを横切ったが相手は全く気付いておらず、欠伸をしながら歩いて行った。
(すごい! 本当に魔法が使えるんだ!)
これなら外の世界に飛び出しても何とかやっているんじゃないか、そんな気持ちが沸いてくる。
読んでいた小説のように外の世界へと飛び出し、魔物を倒しながら魔法のレベルを上げて、信頼できる仲間やヒロインとの出会い。そして、最強へと至るサクセスストーリー。
自分の人生も、昨日と比べて楽しいと感じられる瞬間がようやく訪れた。
ミナトは心を躍らせながらも慎重に脱出を図る。
目的地は1階の中庭へ続く応接室だ。
昼の案内の時、目に焼き付けた応接室のドアの特徴と一致する場所を見つけると、ミナトは音を立てないようゆっくりとドアノブを回して中を覗き見る。
予想通り、部屋の中には誰もいない。
ミナトは中に入ってからドアを閉めると次は窓へと近づく。
窓の向こう側は庭園のある中庭だ。中庭へ出た後、影に潜んで城の城壁に沿って行けば門へ行けるだろう。
昼に案内された時に離れた位置から城の城門も見学した時に確認したが、城門には守衛室のような場所があって常に門番は立っているが門は開けられている。
一緒に召喚された委員長が門を閉めないのか、と問いかけていたが「常に街を見回る兵士が出入りする為に開けている」と返答していたのをミナトは聞き逃さなかった。
(よし! 行こう!)
ミナトは応接室の窓を開け、中庭へ出る。再び影に潜んで中庭を突っ切るように真っ直ぐ向かう。
広い庭園を移動していると、ミナトの視線は庭園に佇む人影を捕らえた。
巡回の兵士か? と思いながらも人影を避けるように迂回してから2分程進むと……。
「どこへ向かわれるのですか?」
ミナトの背後から、女性の声で問い掛けられた。
ギョッとしながらも「影に潜んでいるのだから自分じゃない」と思い直す……が、後ろを振り返って確認してしまうのは当然の事だろう。
ミナトが声の主を確認しようと、後ろを振り返る。
すると、そこに立っていたのは昼間見た、一瞬だけ黒い笑みを浮かべていたメイドだった。
「どこに行かれるのですか? もうお休みになられる時間ですよ?」
ミナトは振り返って絶句する。何故なら、彼女は、彼女の目はジッと自分を見ているのだから。
(か、影に、影に潜んでいるんだから……!)
ジッと身動きすらしないメイドに見つめられるミナトは、魔法が発動しているのだと言い聞かせながらも恐怖に呑まれていた。
カチカチと歯が鳴り、足はガクガクと震える。
「ああ。魔法が発動していると思っているのですか」
遂にメイドの口から放たれた衝撃の言葉。
「ま、魔法が、魔法が利いて……」
「ええ。魔法。便利ですよね」
そう言って、メイドはニタァと黒い笑みを浮かべた。
ミナトはメイドの笑みを見ると「自分の直感は正しかった」と思うも足が思うように動かない。
(に、逃げ……!)
とにかく逃げなければ、その強い思いと共に己の心を鼓舞する。
足を動かし、ようやくの思いで体を反転させると視界に入ったのはミナトを囲むように包囲している兵士達。
その中には城内でミナトの近くを通った兵士もおり、彼はニヤニヤと厭らしく笑っていた。
「なんで……! い、いつの間に……!」
ざっと見渡す限り、ミナトを囲む兵士は10人はいるだろう。だと言うのに、足音さえも聞こえなかった。
「さぁ。世界を救いましょう? 勇者様」
そう言って、闇を背景に佇むメイドはミナトを嘲笑うように口を歪めた。
読んで下さりありがとうございます。
次から主人公達の話に戻ります。
明日から仕事で出張の為、帰宅する金曜日まで投稿はお休みです。
その間にストックも作れたら…いいなぁ。




