281 3人のトッププレイヤーがエンディングを迎えたあと
邪神との戦争が終わり、平和が訪れた後のトレイル帝国は立場としては微妙だった。
種族を創造した女神が囚われているにも拘らず、種族存亡の為に人間へと降ったエルフ達。後の歴史書を見れば、戦争終盤で人間の支配から脱して異種族軍に加わったと記載されている。
それでもエルフを『裏切り者』と言う者は多い。
魔族と獣人からは裏切り者と見られ、オークからは餌や繁殖用の種族として見られる。
立場的には非常に危ういが、終戦1年内で何とか同盟締結まで辿り着いた。
戦争に参加し、魔王国から正式に『異種族の1種』として人権を認められたオークに対しても準備は万全。
糧にするはずだった人間を一部受け取って養殖し、それをオークに納品するという国家事業を始めた事でエルフを狙う勢力は実質的にいなくなったと言えよう。
帝国内にある資源を切り売りしながらも、新しい産業を作ったりと比較的安定した状況を構築できたのは女帝ファティマの手腕があったからだ。
エルフからは絶大な支持を得て、彼女に任せれば国は良き方向へ進むとまで叫ばれる。
しかし、そんな女帝ファティマと安定しつつある帝国に恨みを抱く女が1人。
彼女の名はリデル。自然発生したハイ・エルフ。魔王国で捕虜となっていた彼女だったが、終戦後には自由の身を手に入れた。
リデルはローブで姿を隠しながら帝都を進む。事前に手に入れた証書を持って帝城に堂々と入った。
廊下を進み、目指す場所は――
コンコン、とノックするとドアの向こう側から女性の声で「どうぞ」と発せられた。
ローブに身を包んだまま中に入ると、そこには女帝ファティマが執務を行っている最中。ファティマはローブの女性を見て首を傾げる。
リアクションを取った彼女には何も言わず、リデルは黙ってフードを降ろす。
「貴方は……」
特徴的な耳。自分と同じ耳の形を見たファティマは驚愕の表情を浮かべた。
ハイ・エルフはエルフ種にとって王族以外存在しない。まさか、亡き父の隠し子か? と思ってしまった。
「あんたは私を知らないでしょうね」
鼻で笑いながらそう言ったリデルはローブの中に隠していたナイフを手に取った。
「あんたら王族のせいで、私の家族は聖樹王国で奴隷になった」
亡き父の隠し子という線を疑っていたファティマは、思いもよらぬ言葉にピクリと肩を震わせる。
「ハイ・エルフだった私は家族に生かしてもらえたわ。でも、父と母は死んだ。奴隷だったエルフに裏切られてね」
「…………」
「国に売られ、仲間だと思ってた人達に裏切られ……。私がどんな思いをしてきたか、あんたに分かる?」
幼少期から地獄で生きてきたリデルはようやく自由になった……とは、自分では思ってない。
自由を得る為に聖樹王国から逃げたのは事実だ。だが、エルフ全体に抱く恨みを晴らすという野望は終わっていない。
強大な人間達は異種族が殺してくれた。もう障害は無い。じゃあ、どうすればエルフに復讐できる?
異種族が人間と戦争をしている間に考えた末、辿り着いた答えは国家を奪う事。
「あんたを殺して私が女帝になるわ。私もハイ・エルフだしね?」
父と母は生前、幼い自分に言っていた。時代が時代だったら娘はお姫様になれたと。人間がいなければ、今とは全く違う素晴らしい生活をしているはずだと。
だから、リデルは親が言っていた事を現実にする。
自分が女帝となって、国を支配して……壊してやると。
「そう……。ごめんなさい」
リデルはファティマが抵抗すると思っていたが、違った。
ファティマは立ち上がり、リデルの前まで歩くと両膝を付いて俯く。
「あなたを、そうさせたのは私達王家のせい。ごめんなさい。罪は受け入れるわ」
人間側に付くという選択をしたのはファティマじゃない。彼女の父親だ。
エルフを人間の街に送って奴隷にする事を承諾したのも、彼女の父親だ。
だが、親の罪は子が引き継ぐべきであると考えるファティマはリデルの言った罪を受け入れた。
「私を殺して良い。でも、国だけは許して。帝国に住むエルフ達だけは見逃して欲しいの……」
女帝として首を差し出す。だが、エルフという種だけは残して欲しい。そう懇願した。
「ハッ。約束はできないわね!」
銀の刃がキラリと光るナイフを逆手に持ち、振り被ったリデル。
彼女の野望はこれで成し遂げられる。はずだった。
リデルはナイフを振り下ろすよりも早く、彼女の耳元で風を切る音が鳴った。
「あ? え?」
ナイフを握っていた彼女の手首が床に落ちる。切断された手首に熱を感じ、ここで初めて斬られたのだと認識した。
それと同時に胸にも熱を感じる。視線を自身の胸に向けると、剣の刃が生えているではないか。
「な、ん……ゴホッ」
口から血の塊を吐き出しながら、自分の身に起きた出来事に疑問を覚えると――
「ソイツを殺しちゃダメだぴょん。殺したら私の仕事が増えるぴょん」
リデルの背後から特徴的な語尾で話す女性の声が聞こえるが、彼女は首を動かす力すら残っていない。
対し、声の主に驚いていたのはファティマの方だった。
絶命したリデルが崩れ落ちると、リデルの背後に隠れていた声の主が露わになる。
「組合長……」
ファティマの目に映るは、集金係から冒険者組合組合長にまで登り詰めた生粋の事務ワーカー。
睡眠不足で目を赤く充血させて、頭にウサミミを生やした真の女帝。スーツ姿のルルララが護衛を携えて立っていたのだ。
彼女は充血した目をギョロリとファティマに向けた。
「お前、何死のうとしてるぴょん?」
「え……」
「お前が死んだらトレイル帝国とのやり取りが面倒になるぴょん。そうなったら、私の仕事がまた増えるぴょん」
そう言って、ルルララは死んだリデルの頭に足を乗せる。
「こんな小娘が国のトップになったら皺寄せは私達に来るぴょん。この国が誰の物か分かってるぴょん? 誰のおかげで情勢が安定したと思ってるぴょん?」
ルルララの問いにファティマは体を震わせながら黙り込んだ。
「言え」
だが、赤き目の女帝はそれを許さない。
「あ、う……。は、はい……。冒険者組合の方々が尽力して下さったおかげです……」
「そうだぴょん。魔王国とジャハームに掛け合って生かしてやったのは私達のおかげぴょん。お前らにはまだ利用価値があるぴょん」
一時は他国の間で裏切り者のエルフも根絶やしにするべきだとの声が上がっていたが、それを鎮静化させたのは冒険者組合だった。
沈静化させた理由はトレイル国内には多くの資源がまだ数多く眠っているからだ。それらを掘り起こす労働力として利用すべく、沈静化を図った。
「その努力を自ら無駄にするぴょん?」
「い、いえ……。申し訳ありませんでした……」
ズイっと顔を寄せられて、充血した赤い目でジッと見られる。
これほどの恐怖を覚えた事はあるだろうか。人間の支配が健在だった頃よりも恐ろしいとファティマは思う。
「なら、仕事をするぴょん。今日こそ私は定時に帰るぴょん」
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「という訳でして、3ヵ国の市場は狙い通りの推移を見せております。トレイル国内の資源も確保していますので、新しい事業を始めるには良いタイミングだと組合長も申しておりました」
「そうか。ご苦労。これが追加資金だ。ルルララに3日間の休暇を与えるように」
「は、かしこまりました。オーナー」
神の国リバウにある豪邸の中で、冒険者組合から来た使者に追加資金を渡すのは赤髪のワイルドイケメン。
邪神討伐の功労者。無事にエンディングを迎え、平和な日々を得たイングリットであった。
現在、彼の立場は『冒険者組合のオーナー』というものである。
冒険者組合という大組織の経営権を持ちながら還元利益による莫大な資金をもって、各国の経済や情報を裏から操る影のドンといっても過言ではない。
「醤油の納品を頼む。家で使う分が無くなりそうだ」
「仰せのままに」
椅子から立ち上がったイングリットは冒険者組合の使者に醤油の納品をするよう言った。
このように、一言言うだけで全てが叶う。まさに世界を牛耳る最大組織のオーナー。さすがは最高権力者。最大出資者なだけある。
というよりは、この世界に来てからチマチマと続けていたイングリットの行動が芽吹いたというべきか。
冒険者組合の設立、各ダンジョンの運営権利、各素材の利権。それら全てが平和な世界になった瞬間に武器となる。
もう邪神や人間はいない。剣と魔法は必要無いのだ。
札束で相手の頬を叩く時代がやって来た。
「あ、そうでした。もう一つ、ご報告が」
「どうした?」
冒険者組合の使者は「重大な事を忘れていました」と焦りながら、1冊のボロボロになった本をカバンから取り出した。
「こちら、ユニコーン族の事が書かれた書物になります。トレイル帝国に住むエルフが所持していました」
使者曰く、ユニハルトが死んだ事で絶滅したユニコーン族に関する種族能力や掟が書かれた書物らしい。
「どうしてエルフが?」
「本人曰く、ユニコーン族もエルフと同じく女神様に創造された種である幻獣種であるから、と。神話戦争以前、幻獣種の一部は妖精種と共に暮らしていたそうですから」
「ふぅん」
まぁ、特に興味無いが。そんな思いを抱きながらイングリットは本の適当なページを開く。
『ユニコーンは女神に一番愛された種である。故に特異個体が生まれる可能性を秘めていた』
『運命を操作する子が500年に一度だけ生まれるが、ユニコーン特有の制約も強くなってしまう』
『運命の仔馬が生まれた際は制約を必ず守るよう言いつける事。交じる相手は必ず処女でなければならない』
『また、運命の仔馬が生まれても運命を操作できると教えてはならない。これは世界を壊さない為である。種の掟として、必ず守るよう種族全体に厳命している』
パッと目にした部分にはそう書かれていた。しかも、隣のページにはメモが張り付けてあった。
『我が子にも強く言い聞かせた。淫乱なサキュバスと交わるなど以ての外。制約が暴走して死んでしまうだろう。種族能力の把握が出来ていなかった頃、我等の祖であるユニグルト様がそうだったように』
イングリットはパタンと本を閉じた。
ユニハルトは死んだ。それも腹上死という死に方で。
彼が死亡したと聞かされ、死因を聞いた時に爆笑していた貴馬隊メンバー達の顔は今でも思い出す。
確か、相手は魔王国の姫だったか。彼女は子を孕み、もうすぐ生まれると街で噂になっていたな、と。お腹にいるのはユニハルトの子なのだろうか。
今思えば、ユニハルトの処女厨っぷりは異常だった。運命の仔馬とやらは処女厨になるよう厳しく教育されると本にもメモにも書かれている。
ユニハルトは運命を操作できる特異個体だったのだろうか。あれは前世の記憶が一部潜在的に蘇っていたのだろうか。それとも、ユニコーン族の祖であるユニグルトの生まれ変わりだったのだろうか。
「何にせよ、憐れなヤツだ」
「え?」
「いや、何でもない。これはどうするんだ?」
「イングリット様に献上致します。ユニハルト様とご友人だったでしょう?」
きっと彼はイングリットがユニハルトの死を重く受け止めていると思っているのだろう。
そんな事は全然ない。ユニハルトが死んだ時も、死因を聞いた時も「ああ、いつもの」という感想しか浮かばなかった。どうせ復活するっしょ、そんな声はイングリットも含めて多くの人が漏らしていた。
その後で全然生き返らないユニハルトを見てから「もう復活しないんだっけな」と思ったぐらいだ。
このクソどうでも良い本をどうしようか、と表紙を眺めながら思う。
すっかり教祖様ロールプレイが板についてきたプレイヤーに譲ろうか。そう考えをまとめながらインベントリに本を仕舞う。
「確かに受け取った。引き続き仕事をよろしく頼む。これで美味い飯でも食ってくれ」
イングリットはそう言いながら、使者に手間賃として1万エイル札を渡す。
「ハッ! ありがとうございます。それでは、失礼致します!」
豪邸の管理をするメイドと執事に案内されながら冒険者組合の使者は帰って行った。
「ふう。終わったか。醤油が納品されたらいつも通りに保管しておいてくれ」
「はい、旦那様」
リバウでの仕事を終えたイングリットはメイドに仕事を言いつけて部屋を出て行った。
次の目的地は豪邸にあるプライベートルーム。ドアをノックもせず、中に入ると――
「次はオレンジジュースを飲むのじゃ。デザートも用意せい」
「はい、奥様」
豪華絢爛な部屋の中、馬鹿みたいにデカいソファーにぐでっと座るシャルロッテが召使達に指示をしているところだった。
「おい、シャル」
「ん? どうしたのじゃ」
彼女の無くなった右目は眼帯で隠されているが、他は変わらない。
綺麗で長い金髪と美しい容姿。愛すべき妻――正真正銘、本当にイングリットの妻となったシャルロッテの脇にドカリとイングリットも座る。
「そろそろ行くぞ。アイツらも戻って来る」
「ん、わかったのじゃ」
イングリットの体に抱き着いたシャルロッテはイングリットの体温を感じながら頷いた。
イチャコラしていると執事が部屋に入って来て告げる。
「旦那様、奥様。お二人がお帰りになりました」
執事の後ろには頼れるパーティメンバー。クリフとメイメイがいた。
2人もこの豪邸で暮していて、邪神討伐以降も関係性は変わらない。
「準備してきたよ~」
グラトニーを失ったメイメイは新しく武器を作った。機能は再現できなかったものの、ノコギリと槍が組み合わさったグラトニーと全く同じ外見の武器を。
妹が言った通り、メイメイは幸せだ。イングリットの稼いだ資金を使って思う存分に武器開発をしているから。
「もう、聞いてよ! 新しい魔導書がさぁ」
クリフも変わらない。禁忌魔法を使った事で左腕は無くなってしまったが、右手で杖を持てば大丈夫だと彼は言う。
それに私生活はメイメイに介助される。美少女に生活を支えて貰えて本望だろう。
因みに雇っているメイドは全員美少女。雇用時の面接担当は当然クリフが行っている。
「わかった、わかった。向かう途中で話を聞く」
4人は準備をして、召使に見送られながら豪邸を出た。
向かう先は新しいダンジョン。イングリットが男神に求めた報酬は、世界にダンジョンを作らせる事。
平和な世界になったとしても、彼等は冒険をしたいと願った。その報酬第1弾がつい先ほど完成したと連絡が入ったのだ。
スリルとお宝。仲間と連携して進む一体感。
ゲーム内と同じく、まだ見ぬお宝を求めたい。仲間と共にダンジョンを進み、スリルを味わいたい。
いくら莫大な利益を手に入れようとも、冒険で得られる宝とスリルには代えられない。金では買えぬ快感だ。
冒険がしたい。まだ冒険を続けたい。
それが男神に願った報酬だった。
ラプトル車に乗り込んで、御者台に座ったイングリットはラプトルの手綱を掴む。
「よし、行くぞ!」
「出発なのじゃ!」
「「 おお~! 」」
イングリットの冒険は平和になっても続く。
愛しい妻と頼れる仲間と共に。
3人のトッププレイヤーが聖樹をぶっ壊すまで - 完
読んで下さりありがとうございます。
長々と連載していましたがようやく終わりました。
これまでお付き合いして下さった方々にお礼申し上げます。
無事に完結できたのは読んで下さった方々のおかげです。
本当にありがとうございました。




